第16章 作戦会議
別荘に着いた。途中の脇道には変わらず非常線が張られていたが、見張りは立っていなかった。別荘からも捜索陣はすでに引き上げている。駐車場には一台の車が停まっているだけだ。
私たちの車の音を耳にしたのだろう、その車の中から二人の男性が降りてきた。停まっていた車は
「中野さん、こんにちは」
「
中野刑事も笑顔で答える。
「中野刑事は安堂さんたちと組んで、いくつも事件を解決しているんですってね。名チームだと聞いていますよ」
「ええ、まあ」
桑原刑事の言葉に、顔を赤くして頭を掻く中野刑事。それを見て丸柴刑事は少し呆れ顔だ。
立ち話も何ですので、と
「電話でも話したがな、今日からここに泊まり込みで、林に点在する倉や小屋のどれかに保管されている
全員は居間に集合。座卓を囲んでいる。沖庭が出してくれたお茶をすする中、桑原刑事が二人の若い刑事に今回の任務を告げる。
「頑張ります」
「絶対に見つけます」
加藤、中野両刑事の鼻息は荒い。
「骨の捜索もだが、安堂さん、江嶋さんのボディーガードという大切な役割もある。犯人が林の中に潜んでいるという可能性もあるからな」
続く言葉には、二人とも力強く頷いて答えた。
「中野刑事、加藤のことを頼みましたよ。みっちり鍛えてやって下さい。じゃ、俺と丸柴刑事は捜査に戻るから」
「えっ? お二人はこっちに加わらないんですか?」と、加藤刑事。
「山狩りの準備とか色々あるからな。じゃあ頼んだぞ。安堂さん、江嶋さん、中野刑事、こき使って鍛えてやって下さい、加藤のことを。加藤、毎日作業終了後に定期連絡を忘れるなよ」
「じゃあ、頑張ってね、理真、
桑原、丸柴両刑事は別荘を後にした。車のエンジン音が遠ざかっていく。
「では、中をご案内いたしますので」
玄関まで二人を見送った私たちは、沖庭の案内で別荘の中を見て回った。
ここが台所、ここがお手洗い、ここが浴室、と順番に案内される。二階は二部屋だけ。そのうちの一室は昔は可南子の自室だったという。二本渡された玄関の鍵は理真と中野刑事がそれぞれ預かった。
「それでは私もこれで。何か不都合などございましたら、お電話にてお申し付け下さい」
その言葉を残して、沖庭も去っていった。
居間に戻った私たちは再び座卓を囲んだ。
「さて、まずは部屋割りを決めますか。私と由宇は二階、中野さんと加藤さんは一階の客室でいいかしらね」
さっそく理真が仕切りにかかる。
「捜索は林の中なので、日が落ちてすぐに暗くなることを考えて朝早くに始めたいですね。天候が悪化した場合のことも考えて。そうですね、朝六時にここを出発でどうでしょうか」
理真の提案は全員賛成で受け入れられた。理真はさらに、
「食事はどうしよう。捜索にかかると、お昼はお弁当を持って行ったほうがいいかもね」
「私、作るよ」
「そう。じゃあ食事一切は由宇にお願いするね。でも、捜索の時、由宇ひとりここに残していくわけにいかないから、由宇は捜索とご飯とやることがいっぱいになっちゃうよ」
「捜索には、江嶋さんは付いてきてくれるだけでいいですよ。俺がその分働きますから」
加藤刑事が頼もしいことを言ってくれる。「俺ももちろんそうです」と中野刑事も続けた。
「じゃあ、決まりね。さっそく食料の買い出しに行きましょう」
別荘を出て、私たちは町のスーパーマーケットまで下りてきた。加藤刑事の運転する覆面パトに四人同乗してだ。
カートを押しながら私は料理の材料を吟味して篭に入れていく。捜索はいつまで掛かるか分からない。とりあえず三日分くらいの材料を買い込むつもりだ。三日と言っても四人分だから結構な量になる。桑原刑事らが来たとき用にお茶請けもあったほうがいい。私が生鮮食品、中野、加藤両刑事は乾物やお菓子担当で別々にカートを押してもらっている。理真は遊撃隊的に、必要と(理真が勝手に)判断したものを選んで次々に篭へ放り込んでいる。お菓子は刑事部隊の担当のため、追加購入を伝えようと両刑事の後ろ姿を見つけ近づく。私は声を掛けようとしたが、先に加藤刑事が中野刑事に小声で話しかけた。
「中野さん、ちょっといいですか」
「ん? 何だ」
二人は私が背後に迫っているのも知らないでか、こそこそと会話をしだす。
「中野さんと安堂さんって、その、どういう関係なんですか?」
「どういうって、お前、不可能犯罪に立ち向かうパートナーだよ」
「……個人的に深いお付き合いをしてる、ってことじゃないんですか?」
「な、何を、君、そんなことはだな……」
中野刑事は見もしないで棚からお菓子を掴んでは篭に放り込む。〈ベビーボーロ〉とか入っているぞ。誰が食べるんだ。
「違うんですね? そうなんですね。そうかー、そんなことはないのかー」
加藤刑事は、ははは、と、こちらも棚を見もしないで掴んだお菓子袋を篭に入れる。〈新潟チップス〉それはうまいけど高いやつだ。
「ん? さては、あんた、もしかして……」
中野刑事、さっきから加藤刑事を呼ぶ二人称がころころ変わってる。
「いけません! いけませんよ! 安堂さんは俺たち警察官みんなのアイドルなんだからね。所轄の若手が何変な気出してるんだよ!」
「所轄とか本部とか関係ないでしょ! 中野さんには丸柴さんがいるじゃないですか」
「何言ってんの! お前、丸柴さんは違うからね!」
「じゃあ、江嶋さんですか? メガネっ子好き?」
「嫌いじゃないけどね! って何言わせるんだよ!」
「いいなー、本部には美人が大勢いて」
「お前ね、そういう
「中野さんだって務まってるでしょ」
「どういう意味だよ!」
「あのー、中野さん、加藤さん……」
小競り合いに発展しそうだったので、私はもう声を掛けることにした。
「はっ!」「え、江嶋さん!」
二人は飛び上がって振り向いた。
「お茶請けに、和菓子っぽいのも買っておいて下さい。なるべく日持ちするやつを」
「わ、分かりました……」中野刑事は、ばつが悪そうに、「あ、あの、江嶋さん」
「はい?」
「今の僕たちの会話、聞いてました?」
「……ううん、今通り掛かったばっかりですよ」
「そうですか、はは、お茶請けですね、了解しました。行くぞ加藤君!」
「はい! 中野さん!」
二人はカートを押しながら走り去った。いい大人が店内を走り回るな。今聞いたことは理真には内緒にしておいてあげよう。と、突然後ろのカートに衝撃が加わった。
「うわっ! 理真?」振り返ると理真が篭に何か放り込んでいた。
「こんなにいらないから!」
理真が放り込んだのは様々なおつまみが一緒になったお徳用パックだった。しかも四袋も。
「どうして? ひとり一袋だよ。捜査中は禁酒って決めてるんだからさ、おつまみくらいは豪勢に行こうよ」
理真は笑っていた。
別荘に帰ってきて、車のトランクから買った物を入れた段ボール箱を下ろす、結構な大きさの段ボール三箱にもなった。その中には理真がレジを強行通過させたおつまみパック四袋も入っている。今晩のメニューは作る時間も限られるので、出来合いのお総菜とレンジで暖めるご飯で勘弁してもらおう。明日の朝は多めに魚を焼いて、余ったらお昼のおにぎりの具材にする。お昼を持ち出して弁当にするということも考えた献立にしなくては。ご飯は大量に炊いておく必要があるだろう。別荘に炊飯ジャーは一台しかないため、ご飯を炊き終えたらすぐにもう一度炊く。ご飯は小分けにして冷凍して、使うときに電子レンジで解凍してやるのだ。明日以降の食事のやりくりを頭の中で考える。
総菜パックのままでは味気ないので、理真にも手伝わせて皿に移し替えて居間の座卓に並べる。この間、刑事コンビは寝室、お風呂の掃除とお湯張りだ。準備が整い四人で夕食をいただいた。
食後、お茶を飲みながら明日の作戦会議をする。加藤刑事はインターネットからプリントしてきた地図を広げる。
「結構道があるんですね」
理真は座卓に広げられた地図を覗き込んだ。
「そうなんです。昔、菊柳家が工場を建てていた名残ですかね。名前もない細い道が網の目のように這ってます。一部の道はカーナビにも登録されてましたよ。もっとも、舗装もされてなくて車一台通るのがやっとの道幅ですから車で行くのは限界がありますけれど」
別荘脇の道から車で捜索に向かう。途中倉や小屋を見つけ次第、中を検める。倉や小屋の位置はその都度地図に書き込む。地図にない枝道を発見したらこれも書き込み、車両の進入が不可能であれば徒歩で行ってみる。所要時間を随時計算しておき、暗くならないうちに帰ってこられる時間になったら捜索を切り上げる。帰る途中に見逃した倉や枝道を発見しても地図に書き留めるのみにして、捜索は翌日に回す。行動方針はこんなところで落ち着いた。
「では、明日は五時起床。朝ご飯を食べて予定通り六時には出発するということで」
理真の確認に一同頷く。
「安堂さん、江嶋さん、お風呂沸いてますよ」
中野刑事が浴室のほうを指さした。
「男性陣からどうぞ、明日は活躍してもらうんだし」
「いえいえ、一番風呂はぜひ、女性の方に」
「じゃあ、みんなで一緒に入りましょうか」
中野刑事は、えっ!、と固まり、加藤刑事は勢いよくお茶を吹き出す。
「冗談ですよ。大丈夫ですか? 加藤さん」
加藤刑事は咳き込みながら布巾で座卓を拭いていた。地図を片付けておいてよかった。
「じゃあ、お先にいただきますね。由宇、行こう」
私も、お先に、と言って洗面用具と着替えを取りに理真のあとから二階へ上がった。居間では、中野刑事が加藤刑事の背中をさすってあげているのが見えた。
風呂を上がり、髪を乾かして台所へ向かう。ご飯が炊きあがっている炊飯器から釜を取り出し、茶碗にご飯を小分けにしてラップを被せていく。食器はたくさんあるので助かる。その間に理真にお米を研がせておく。このご飯はお昼のおにぎり用で、明日の朝は炊きたてのご飯を振る舞うためだ。お米は理真に任せて、私は明日の夕飯のカレーを作ることにする。理真が炊飯器にお米をセットし終えたので、こっちを手伝わせる。
「今夜のうちにカレーを作っておくのね」
「うん、一晩寝かせたカレーはおいしいからね」
「あ、そんなこと聞いたら、もうお腹減ってきた」
理真は唾を飲み込みながら材料を細かく切っていく。理真はカレーの具は小さめが好きなのだ。切り上がった野菜と肉を炒める。肉は、いわゆるカレー用のブロック状のものでなく細切れ肉を使う。このほうがカレーが肉全体に染みるし食べやすい。これも理真の好みだ。
カレー完成。明日食べる前にまた煮込めばさらに味が深くなるだろう。これで今日の仕事は終わり。時計を見るともう十一時を回っている。
「理真、もう寝ようか」
「そうだね、明日は早いし、というか明日からずっと早いのか」
理真は伸びをして、そのついでか、あくびも漏らした。二階にも洗面台だけはあるのでそこで歯磨きをしよう。台所を出ると、一階客間のほうから加藤刑事と中野刑事の声が聞こえる。
「事件のことについて意見を戦わせてるのかしらね」
理真は感心したような顔で言ったが、私はスーパーマーケットでの続きのことで意見を戦わせているのではないかと思った。
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