第12章 事情聴取

 日が落ちるまで捜索は続けられたが、左腕切断凶器の斧、及び切断された左腕は発見できず、それ以外に手掛かりとなりそうな遺留物も見つからなかった。

 まだ明るかったうちに、理真りまの携帯電話に沖庭おきにわから連絡があった。次晴つぎはるの通夜が今夜行われるという。私と理真は、会場までは行くが参列は辞退することにした。礼服の用意もないし、今からレンタルして駆けつけるのも間に合わない。捜査中に新たに被害者が出ることを頭に入れて、わざわざ礼服持参で捜査に臨む探偵もいないだろう。


 捜査介入後に死者が出てしまう。探偵の宿命と言えるかもしれないが、やり切れないものがある。探偵が捜査に入ってから、ひとりの被害者も出さずに犯人を逮捕できればもちろん最高なのだが、過去に起きた不可能犯罪事件の例を見ても実際そううまくいくことはほとんどない。どんなレジェンドと呼ばれる名探偵でも、この業は誰しも背負っている。安堂あんどう理真も、事件介入後に死者を出してしまったのはこれが初めてではない。新たに被害者を出してしまったから、責任を取って捜査から身を引くなんていうわけにはいかない。犯人を明らかにするまで探偵の戦いは続く。



 通夜は郊外にあるセレモニーホールで執り行われる。放蕩息子とはいえ菊柳きくやなぎ興産の血縁者の通夜だ。参列者はかなりの数にのぼっている。中には、明らかに礼服を着なれない若者の姿も散見される。次晴の友人だろう。私と理真は家族に簡単に挨拶だけ済ませ、一足早く菊柳家へ戻った。丸柴まるしば刑事も一緒だ。このあと警察が関係者に事情聴取をする。それに同席するためだ。私たちはコンビニで夕食とするお弁当を買い込み、菊柳家で借りている部屋へ帰ってきた。


「いい部屋じゃない。旅館みたいね」


 入るなり、丸柴刑事が部屋を見回した。誰もが同じような感想を持つな。さっそく座卓の上に買ってきたものを広げる。


「明日、中野なかのくんたちも応援に来るそうよ」


 丸柴刑事は三食そぼろ弁当とサラダの封を開けた。中野くんとは、新潟県警捜査一課刑事、つまり丸柴刑事の同僚の中野勇蔵ゆうぞう刑事のことだ。今までは県警からは丸柴刑事含め数名のみ応援に来ていたのだが、第二の殺人が起きたため、県警総動員で捜査に当たるということらしい。


「それで理真、どうなの、そっちのほうは? 私は昨日、今日と加藤かとうくんと一緒に聞き込みに回ってたんだけど、まるっきり成果なしよ。第一の被害者を知っている、見たことがあるという人もいないし、隻腕鬼やら怪しい人物の目撃情報も、あの矢作やはぎって人以外からは全然出てこないわ」

「第一の事件も捕えどころのない、ふわふわした状態のまま、もう第二の殺人が起きちゃったからね……お手上げだよ」


 理真はため息をつきながら牛丼弁当の蓋を開ける。


「そんな弱気なこと言わないでよ、理真」

「通夜のときの康幸やすゆきさんと俊子としこさんの様子見た? 随分憔悴しちゃって。あんなの見ると申し訳なくてね、易々と犯人に殺人を許してしまって。源市げんいちさん、来客の対応で忙しかったけど、私のほう見てたよ。この後事情聴取のときに、私、かなり言われるよ、きっと」

「理真のせいじゃないわよ」

「そう言ってくれるのは有難いけどさ……」

「理真」私は沈痛な空気を振り払おうと、「隻腕鬼は犯人じゃないってことが分かっただけでも進展だよ」


 幕の内弁当を食べながら励ます。


「あくまで可能性だからね。確定したわけじゃない。右腕だけでもシフトチェンジして運転する技術を持ってたのかもしれない。石だって持ち上げられないわけじゃない」


 理真の言ったことを想像してみるが、私にはやはり違和感があるように思われる。


「それに、矢作さんが隻腕鬼を目撃してる」


 理真は付け合わせの紅生姜を囓った。


「隻腕鬼は存在するけど、今度の事件の犯人じゃないってこと?」

「……結局、何も分かってない。今回の私は、ただのゴシップ家政婦だわ」


 いや、家政婦じゃないだろ。

「何の話?」と丸柴刑事が訊いてきたため、私は菊柳家に関係する話を語った。三十年前の事件のことは丸柴刑事も知っていたが、玲奈れいな里中さとなかのこと、それに関する可南子かなこのこと、次晴の宝探しのことなどは初耳だったようだ。


「それじゃ、昨日次晴さんが別荘に行った理由はそれなのね」

「そう、現場があんなだったから、あれ以上情報を入れると混乱すると思って、そのときは言わなかったんだけど」

「あと、玲奈ちゃんにそんなことがあるなんてね。可南子さんと仲のいい親子だと思ってたから、意外だわ」

「うん、事件に関係があるかは分からないけどね」


 そんな会話を交わしながら夕食は終わった。

 食後の飲み物を飲んでいるときに、丸柴刑事の携帯電話に着信があった。


桑原くわばらさんから。あと十分くらいでみんな帰ってくるそうよ。広間で話しをしたあと、応接室でひとりずつ事情聴取することになったわ」


 丸柴刑事は私と理真に電話の内容を教えてくれた。

 ゴミを片付けると、丸柴刑事は鏡で顔や髪をチェックしている。彼女は朝から聞き込みで働き詰めだ。事情聴取で刑事が隙を見せるわけにはいかない。探偵も、もちろんその助手もだ。理真と私も鞄から愛用の鏡を取り出した。



 広間に集まったのは、私たち三人に桑原刑事。源市、可南子、光一こういち、玲奈、沖庭。殺害された次晴の両親である康幸と俊子は通夜会場に残っている。遺族であれば仕方がないだろう。桑原刑事の口から、これから応接室でひとりずつ話を聞かせてもらう旨が告げられた。順番は、源市、可南子、玲奈、沖庭、光一と決まった。昨日からの疲れもあり、高齢の源市と女性を先に解放しようということだ。まずは源市と一緒に応接室へ向かった。



「昨日の午後四時から四時半の間、どちらにおいででしたか、聞かせて下さい」


 桑原刑事が尋ねる。その横には丸柴刑事。二人は長手のソファに座り、その両脇のひとり用ソファに私と理真がそれぞれ腰を下ろす。刑事の対面にのソファに源市は座っている。


「家にいたよ」


 源市は目を閉じたまま、静かに答えた。


「それを証明できる方は」

「お手伝いさんにでも聞けばいい。光一くんも家にいたな」

「他にどなたかいらっしゃいませんか? 来客があったとか――」

「私が次晴を殺したとでも思っているのか」源市は目を開き、「どうして私があいつを殺さなきゃならない。馬鹿が。犯人は他にいる、もっとよく調べろ。大体、犯人の狙いは私じゃなかったのか? どうして次晴が殺されたんだ?」


 源市は、わなわなと体を震わせる。


「それを明らかにするためにもご協力願いたいのです」桑原刑事は努めて冷静に質問を続ける。「彼が殺されるような、何か心当たりはありませんか?」

「警察は何をやっていたんだ? それに、探偵も」源市は理真に向かい、「お前たちはどうしていつもそうなんだ。人が死んでからじゃないと事件を解決できないのか。あと何人殺されたら犯人を捕まえるんだ……」源市は袖で額を拭うと、「……すまなかった。色々ありすぎて疲れている」

「……はい、遅い時間にすみません」


 桑原刑事は源市への聴取を諦めるようだ。


「源市さん」ここで理真が、「三十年前のこと、話していただけませんか」


 話は終わり、とばかりに立ち上がりかけた源市だったが、その動きが止まる。理真は続ける。


「見ず知らずの人じゃない、ご家族の次晴さんが殺されたんですよ、しかもあんな状態で。事件の鍵は三十年前にあると見て間違いないんです。もう全て話してくれてもいいんじゃないですか?」

「……昨日話した、あれが全てだよ」

「源市さん……」

「では、失礼する」


 立ち上がりドアへ向かいかけた源市に桑原刑事は、


「源市さん、こうなった以上、我々としても、隻腕鬼、ないしそれを騙った犯人が林の中に潜んでいるという可能性を強く考えねばなりません。山狩りを行うことを正式に検討、実行するつもりです」

「……それで犯人が捕まるなら、そうすればいい」


 そう言い残して源市は応接室を出た。


おきなから山狩りの許可が下りたと受け取っていいな」


 桑原刑事は私たちを見回した。


「あの様子、本当に次晴さんが殺されて悲しんでるみたいですね」


 私は源市の様子を見た感想を述べた。


「そうだな。だがアリバイは不確定だな。お手伝いさんの証言くらいはいくらでも操作できる立場だからな。それと探偵さん、爺さんと話したのか、三十年前のことを」

「はい。ですが、私たちが知っている情報をなぞっただけでした。本当にそれが真実なのか、それとも……」

「手強い爺さんだな」

「……源市さんは車の免許を持ってるんですか?」

「ああ、持ってる。しかし、ここ何年も自分で運転はしていないようだがな。沖庭を運転手に使うかタクシーを利用していると聞く。現場までの足のことを気にしてるんだな」


 理真は頷いた。


「それも当然検討している。タクシー会社に現場周辺まで利用した客がいないか当たっているよ」

「源市さんは年代的にオートマ限定免許ということはないですね」

「そうだな。マニュアル車の運転はできるだろう」


 犯人が殺害現場から車と死体の発見場所まで、次晴の車を運転したことも考えに入れなければならない。


「ついでだ、他の人たちの免許の有無も確認しておくか」桑原刑事は手帳を開いて、「ええと、免許を持っていない人間を言ったほうが早いな。玲奈とトミの二人だけだ、免許がないのは。あとは全員マニュアル車も運転できる普通免許持ちだな」


 トミは、源市の弟である源助の奥さんか。


「その中には、里中さんも?」

「ああ、里中も免許はある」

「犯行時刻にアリバイがなくて、なおかつ、運転免許を持っている人物」

「その条件を満たす人間が怪しい、ってことだな。探偵さん、やっぱり家族の中に犯人がいると睨んでるのか?」

「それはまだ何とも……ちなみに、間多良まだらは?」

「間多良春頼しゅんらい? ああ、免許か……持っているな。東京で就職するときに取ったと調べにあった」

「そうですか……」


 廊下を歩く足音が近づいてきて、ノックの音がした。

 源市が次の聴取の番の可南子を寄越してくれたのだ。入室した可南子は、さっきまで源市が座っていた席に腰を下ろす。


「さっそくですが……」


 桑原刑事は同じようにアリバイを訪ねた。


「その時間でしたら出かけておりました」

「どちらまで?」

「買い物など、色々な用を足しに」

「歩いて行かれた?」

「いえ、車で。沖庭さんが玲奈を送るのと買い出しでおりませんでしたので、自分の軽自動車で。私も運転はしますので」


 証明できる人物の有無については、特にいないと答えた。買い物をしたときに店員が憶えていればいいのだが、と付け加えた。買い物をした際のレシートはあるという。


「次晴くんが殺されたことについて、何か思い当たることなどありませんか?」


 その問いには数秒間口を閉ざしていたが、


「……犯人は、あの人なのでしょうか?」


「あの人、とは、間多良春頼のことでしょうか」


 再び沈黙。


「……あの人が、生きていたんでしょうか。だったら、どうして……」


 可南子は懐からハンカチを取り出し目元に当てる。薄藍色の生地の一部が色濃く滲み、そのまますすり泣きの声が漏れ始めた。桑原刑事は困ったように私たちの顔を見る。


「可南子さん」助け船を出したのは丸柴刑事だった。「今日は疲れて頭も混乱してるんですよ。明日、またお話聞かせて下さい」


 可南子は黙って頷くと立ち上がる。一礼して、玲奈を呼んできます、そう言い残して去った。


「参ったな。誰からも、まともな話が全然聞けてないぞ」


 桑原刑事は背もたれに背中をぶつけて、両腕を上げて体を伸ばした。


「気分転換でもしますか。私、何か飲むものいただいて来ますね」


 丸柴刑事が立ち上がる。俺はコーヒー頼む、と桑原刑事の声を背に応接室を出た。桑原刑事も働き詰め、しかも早朝から林の中の捜索という重労働だったのだ。私がそれに触れると、何、このくらい、と元気な声を出した。聞けば、加藤刑事らも夜の町に聞き込みに行っているという。本部から増援が来るそうなので、少しでも桑原刑事らの仕事が楽になればよいのだが。

 次に聴取する玲奈の分も含め、五人分のコーヒーをお盆に乗せて持ってきた丸柴刑事と玲奈が、ほぼ同時に応接室に入ってきた。

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