第11章 現場検証
セットしておいた目覚ましに朝七時半に起こされ、顔を洗いに
宿直室のベッドは硬くて小さいが文句は言えない。男性刑事らは柔道場でザコ寝なのだ。全員捜査に出てもうすっかり空になっているだろう。身だしなみを整えると刑事部屋へ向かった。婦警の
「あ、
私たちを見つけて目を丸くしている。私は事情を説明した。
「そうだったんですか。安堂さんたちも昨夜現場に……あ、コーヒー淹れますね、ゆっくりしていって下さい」
早苗は、ほうきとちりとりをとりあえずと壁に立て掛けるとコーヒーメーカーの元へと歩き、二杯のコーヒーカップをミルクパウダー、砂糖壺と一緒にお盆にのせて持ってきてくれた。
「はいどうぞ。本日の一番コーヒーですよ」
一番茶というのは聞いたことがあるが一番コーヒーというのもあるのだろうか。礼を言って私はミルクと砂糖を入れ、理真はブラックのまま口をつける。理真は応接机の上に見つけた朝刊を開く。私も隣に行き覗き込んだ。
「はい、刑事課です。……はい、はい、お待ち下さい」早苗は受話器のマイク部分を押さえて、「安堂さん、お電話です。お医者さんの方から」
「はい、安堂です。ああ、ナルさん」
礼を言って早苗から受話器を受け取った理真の声で相手が分かった。ナルさんこと
「いいわ、どうぞ」
口の動きだけで、ありがとう、と早苗に告げウインクしたあと、ペンを持った理真が電話口に言って、理真とナルさんとのやりとりは開始された。
「……ありがとうございます。助かります、ナルさん。それじゃ」理真は受話器を置き、「丸柴刑事と
電話のやりとりの中で、理真が「徹夜の寝ぼけた頭での検屍で大丈夫なんですか」と冗談ぽく言った直後、何を言っているか聞き取れなかったが、凄い剣幕のナルさんの声が受話器のスピーカーから聞こえた。恐らく、てやんでぃ、馬鹿野郎め、探偵のお嬢、こちとら何年仏さん扱ってると思ってんでぃ! とか言い返したのだろう。そういうときナルさんは江戸っ子口調で捲し立てるのだ。江戸っ子じゃない埼玉生まれのくせに。理真もナルさんのことは信頼しているからこその冗談なのだ。どんな状態で行おうと、あの人の検屍なら信用していい。理真はメモ紙を見ながら、
「次晴さんの死亡推定時刻は、昨日の午後四時から四時半。昨夜の現場での見立てからさらに縮まったわね。死因は後頭部に受けた打撲による脳挫傷。三回殴られていたそうよ。恐らく二発目くらいで死に至ったのではないかと。凶器は直径二十センチくらいの自然石とみられているわ。問題の左腕だけど、やはり傷口に生活反応はなかった。死後切断されているわね。切断に使用された凶器は刃渡り十五センチくらいの斧であることが濃厚。薪割りなんかに使われるものだろうと。死体に動かされた形跡はなし。最も、死亡直後、死斑が出る前に少しの距離を動かした可能性はあるけどね。……こんなところかな」
理真は説明を終えて、早苗が淹れ直してくれた温かいコーヒーに口を付ける。私はそれを聞き、
「昨夜も疑問に思ったけど、殺害した凶器は斧じゃないんだね」
「そうだね。最初の被害者も斧は左腕の切断だけに使われていたね」
「どうして斧で殺さなかったんだろう」
「隻腕鬼が斧を持って追いかけてくる……」理真は都市伝説として語られている隻腕鬼の様相を口にして、「ま、あとは桑原さんたちの現場検証結果待ちね」
昼食は早苗と三人で署の食堂でとった。早苗は早速理真の著書を持参してきており、サインを入れてもらっていた。食事を終え刑事部屋に戻ると電話があった。桑原刑事からだった。「現場に来るか」と、ひと言。何か色々見つかったらしい。当然、理真は行くと答える。早苗に見送られて私と理真は車をとばした。
次晴の車と死体が発見された脇道の入り口には非常線が張られ見張りの警察官が立っている。理真は速度を落とし脇道に目をやる。私も見たが草や木が邪魔で昨夜車があった場所は見えない。軽自動車のR1からの視点では死角となるようだ。運転席の位置の高い配送トラックのドライバーだったため車を発見できたのだろう。理真はアクセルを踏み再び車を加速させた。桑原刑事に来るよう言われたのは菊柳家の別荘前なのだ。幾度かのカーブと上り下りを繰り返し、浮浪者(自分では否定しているが)の
「こんにちは。皆さんは朝早くから大変でしたね」
「何、捜査だからな」
理真の挨拶に桑原刑事は元気な口調で答える。見ると背広の所々には葉っぱや土がついている。捜査員と一緒に林の中を分け入って捜索をしていたのだろう。桑原刑事は引き返す形になり、私たち三人は非常線の奥へ向かった。
「まず、次晴が殺されたのは昨日発見された場所じゃない。……そこだ」
桑原刑事は菊柳家の駐車場横にある細い林道を指さした。舗装されておらず、落ち葉や枝が地面をまばらに覆っている。鑑識が置いた目印の立て札が数カ所に確認できる。
「それが凶器だ」桑原刑事が指し示した先にあったのは、直径二十センチほどの石、その側面には凝固した血痕が見られた。「そして」続いて桑原刑事は、そのそばにある直径十五センチ、長さ五十センチほどの折れた木を示し、
「その木を台にして、腕を切断した」
屈んでよく見ると、確かに木には斧を叩きつけたような切り込みと、その周囲にやはり血痕がある。
「ここらの地面は別荘の庭と違って柔いから、地面に寝かせたままでは切れないと思ったんだろう。実際試してみたのかもしれん」
「桑原刑事、これらはここで発見されたんですか?」
屈んだまま顔を上げて理真が尋ねる。
「いや、すぐ近くの林の中に投げてあった。少しでも発見を遅らせようとしたのかもな。だが、そこ」
と桑原刑事は道と林の境目あたりを示し、
「クレーターみたいな不自然なへこみがあるだろ、そこだけ落ち葉も枝もなく土が剥きだしだ。直径二十センチくらいの石があった跡に見えるだろ。検視してくれた先生から凶器の詳細を聞いていたんで、もしやと思い林の中を探って見つけたんだよ。その血の付いた木も一緒にな」
「犯人はそこにあった石を凶器に使用した後、林の中へ投げ捨てた。腕を切断する台とした木も一緒に。だけど、石のあった跡の処理までは気が回らなかった」
理真の言葉に桑原刑事は、そういうことだ、と言わんばかりに頷いた。一連の説明を聞いた私は、
「それじゃあ、犯人は、ここで次晴さんを殺害して左腕を切断。死体を乗せた車を運転して道を下って脇道で車をめちゃめちゃに壊し、死体とともに置き去りにして逃走した」
「そんなところだろうな」
「どうしてわざわざ死体と車を移動させたんでしょう」
「犯行現場を誤認させようとしたのかもな。ここで殺人が起こったことを隠蔽したかったとか。まだ分からんがな」
桑原刑事は理真を見た。理真がそれに対する意見を出すかと待っていたようだが、理真は少しの沈黙のあと、
「切断された腕は見つかりましたか?」
「いや、それは見つかっていない。切断に使用された斧もだ。それらは犯人が持ち去った可能性が高いな」
「腕を持ち去るのは、前の被害者の時と同じですね。凶器の斧も証拠になるから持ち去ったと考えていいかもしれませんね」
私の言葉に桑原刑事は頷き、
「前回使った斧は別荘の納屋にあったものだが、今回は自分のものを使ったんだろう。現場に残すと足が付くと思ったんだろうな。まったく、犯人は切断した被害者の腕を戦利品だとでも思っていやがるのか?」
「桑原刑事」理真は立ち上がり、「犯人は隻腕鬼だと思いますか?」
「犯行の手口が同じだからな、前の犯人が隻腕鬼なら今度もそうだろう。矢作の目撃証言もある……本当に山狩りをすることになるかもしれんな」
「斧の問題も変ですよね。犯人が自分の斧を持っていたのなら、前回の犯行でなぜわざわざ納屋にある斧を使ったのか」
「そうだな。たまたま持ち合わせていなかったとか……」
「……隻腕鬼、いえ、間多良春頼が左腕を失ったというのは間違いのない事実なんですか?」
「ん? 今更なんだ。ああ、間違いないよ。あの事件、いや事故は当時相当話題になったからな。病院で手当も受けた」
「さっきの由宇の話だと、ここから先の車の発見現場まで車を運転していったのは犯人ということになります」
「……そうだな」
「であれば、犯人は隻腕鬼ではありえないのでは?」
「どういうことだ?」
「桑原刑事も見ましたよね。次晴さんの車はマニュアル車ですよ」
「それが……あっ!」
「マニュアル車を運転するにはシフトチェンジをする必要があります。片腕、しかもシフトレバー側の左腕のない人間にマニュアル車が運転できるでしょうか」
そうだ。次晴の車はマニュアル車だった。食事に呼ばれたとき、駐車場で次晴が降車する際に車内を見ているし、当の破壊された車でも当然確認できる。
「しかし……シフトチェンジしないでローギアのまま発進して、そのまま走行することは可能だ。すごいエンジン音がするだろうが……」
「スピードも出ませんよね。でも、確かに走らせるだけなら左腕がなくとも可能ですが……それと、殺害凶器のその石です。直径約二十センチ、若干細長いから短辺の直径は十五センチくらいでしょうか。それを片手で持ち上げて被害者の頭を殴ることができますか?」
桑原刑事は手袋をした手で、試しにとばかりに右手のみでその石を持ち上げようとしたが、なかなかうまくいかない。数回の挑戦で、ようやく右手で掴み持ち上げることに成功した。さらに頭上まで持ち上げて振り下ろす。石の重量に体が持っていかれ片足が浮いてしまったが、何とかバランスを保ち転倒することは免れた。
「うむ、難しいな……」
桑原刑事は石を元の位置に置いた。
「石は地面にあったままで、被害者のほうを倒して頭をぶつけさせたんじゃ?」
私は自分の推理を口にしてみたが、
「血痕が石の細長い先端のほうにしか付いていないんだよ。普通に石が落ちている状態だと広い面が上を向くんじゃないか? 実際、石の跡はそうなってる」
桑原刑事が石の跡を見た。確かに、その通りだ。私の推理の通りのことをやるなら、細長い石をわざわざ一度地面に突き立てるように置き直し、その上に被害者の後頭部を倒れ込ませなければならない。そんなことをするだろうか。
「倒れ込ませるにしても、右腕しかない人間に可能かしらね。傷は後頭部にあったから、正面から挑み掛かって倒れさせる必要があります。次晴さんは若くて体力もありそうだったし……」
理真が言い終えたとき、携帯電話のものと思われる振動音が鳴った。桑原刑事が懐に手を入れ携帯電話を取り出す。「ちょっといいか、
「ああ、どうした。……何? 分かった、すぐ連れてこい」桑原刑事は電話を切り、「目撃者がいた」
「本当ですか」理真が訊く。
「正確には〈目撃〉じゃなく、音を聞いただけらしいがな。矢作だよ。あいつ、性懲りもなく昨日も例の事務所に侵入してやがった。だが、そのお陰で犯行時刻を絞り込めそうだ」
「どういうことですか?」
「詳しいことは本人の口から話させたほうがいいな。まあ、ちょっと待っててくれ」
十分ほど経つとパトカーが現場へ到着した。運転席から降りたのは丸柴刑事。後部座席からは加藤刑事と二名の男性が降車した。ひとりは見憶えのある男、隻腕鬼の目撃証言をした矢作だ。二人の男は加藤刑事に連れられて私たちのもとへ歩いてくる。その後ろからは丸柴刑事がついてきた。
「安堂さん、江嶋さん、こんにちは」
加藤刑事の挨拶に私たちも答える。丸柴刑事とは軽く手を挙げるだけで済ませた。
「探偵さん、また会ったね」
矢作は笑顔で話しかけてきた。理真も笑顔で答える。直後、矢作は加藤刑事に脇を肘でどつかれてしまった。もうひとりの浮浪者(だろう)は、「探偵?」と物珍しそうな顔で理真を見る。
「矢作、お前、結局あの事務所に入り込んでたそうだな」
桑原刑事の言葉に、
「まあまあ、クワさん。でも、そこにいた俺たちの証言が必要なんでしょ? だから呼んだんでしょ? 今度のことは大目に見て下さいよ」
「加藤、こいつら、どこにいた?」
「聞き込みをしている最中に公園のベンチで駄弁ってる矢作を見つけたんで声を掛けたんですよ。そうしたら、『何だ、もうバレたんですか』とか抜かしてきて。話を聞いたら、昨日例の事務所にいたって白状しました。そっちの男と一緒に」
加藤刑事は、あごでもうひとりの男を指した。
「
矢作の連れも桑原刑事の顔見知りらしい。
「クワさん、お久しぶり。ところで、そっちのお嬢さんは探偵さんなんですか?」
土山と呼ばれた男は改めて理真を見る。
「ああ、捜査に協力してもらっている。俺たちに対するのと同じように丁寧に振る舞うんだぞ」
「こんな綺麗な女性なら、クワさんや加藤さん以上に丁寧にしますよ。いや、しかし探偵の世界も女性の進出が目覚ましいですね。そちらは、もしかして助手の方?」
土山は私のほうに向き直る。思わず頷く。
「ほほう、美人のコンビですね。いや、あなたたちのような探偵になら何度だって取り調べされたい」
「無駄口を叩かないで、さっさと昨日のことを話せ」
桑原刑事の一喝。加藤刑事も、そうだとばかりに頷いた。じゃ、俺が、と矢作が前へ出る。矢作は一昨日会ったときと同じ格好をしている。土山も似たようなものだが靴は革靴だった。相当履き込んではいるが。
「昨日、昼くらいからツッチーと例の事務所で休んでたんだがね」ツッチーというのは土山の愛称だろう。「昼寝から目が覚めて二人で色々話をしてたとき、外で車の音を聞いてね。ツッチーが、あれは結構いじったスポーツカーの音だなって言うんで、じゃあ多分、菊柳のぼっちゃんの車だなって。ここら辺を走るスポーツカーなんて次晴ぼっちゃんのくらいだからね。それからまた少し喋って、夕飯時も近いなってんで町に行ったんだ。町で夕飯を食べて、またあの事務所まで戻るのも億劫だったんで、そのまま公園で寝たんですよ。そうしたら今日になって、加藤さんから話しかけられて、こうして連れてこられたってわけです」
「お前ら、町へ行く途中の脇道で車を見なかったのか?」
「脇道? ああ、あったね。でも、あんなところ用はないからね。車? さあ、分からなかったな。普段から別に気にしてないし」
「桑原刑事」と理真が発言する。「あの車のあった位置は、普通の視点の高さだと草や木の死角になって見えないんです。通報したドライバーは背の高いトラックに乗っていたから車が見えたんだと思いますよ」
「そうなのか」桑原刑事は納得したようだ。「で、お前らが事務所にいて、車の音を聞いたのは何時だったんだ?」
「四時半過ぎくらいでしたかね」
矢作は言ったあと、土山の顔を見る。土山も頷いた。
「確かか?」
「ええ、俺、結構頻繁に時計を見る癖があるんで」
「その車は、どっちに向かって走っていたか分かったか?」
「町に向かってましたね」
「それも確かか?」
「間違いないです。ねえ、ツッチー」
ツッチーは、また頷く。
「そのスポーツカーの音なんだがな」桑原刑事は質問を続け、「エンジン音が妙だとかなかったか?」
「どういうことです?」
「たとえば、ローギアに入れたまま走っているような音だったとか」
「それはないね」答えたのはツッチーこと土山だった。「いたって普通のエンジン音だったよ」
「ツッチーが言うのなら間違いないや。ツッチーはこう見えても昔タクシーの運転手をしてたことがあるんだぜ。車も結構詳しいよ。俺にも特に変なふうには聞こえなかったな。ぼっちゃんの車の音は何度か聞いてるけど、いつもと変わらなかったと思うよ」
矢作も賛同し、再び土山が口を開く。
「ローギアのままって言うことは、その車はマニュアルなのかい? と言うのも、俺たちがいた事務所の前辺りの道はカーブも多いし上り下りもあるだろ。上手にシフトチェンジしながら運転しないとマニュアル車だとうまく走れないよ。俺の聞いた音は何の問題もなくシフトチェンジしながら走ってた音だったよ」
二人の証言を聞いた桑原刑事の表情が神妙なものになる。桑原刑事の口が止まったため、
「私からもいいですか?」
理真が手を挙げる。桑原刑事は質問者の立場を譲った。
「車が走り去ったあと、何か音を聞きましたか? 例えば、車を壊してるような音」
例えば、というか、そのまんまだ。理真の質問に二人は顔を見合わせる。どうやらこの二人はまだ新聞を見ていないようだ。矢作は、
「車を壊す? うーん、そんな音聞こえなかったなぁ……あの事務所、奥のほうまでは結構外の音は届かないんだよ。さっき言ったように目の前の道路を走る車の音くらいはさすがに聞こえるけど。どうだろう。道も曲がってるし、途中、林に遮られて……そんな音がするよと言われて注意してれば聞こえただろうけど、全然気にもしていなかったし」
土山も、その通りだと答えた。
「桑原刑事、車をあそこまで壊すのに、どれくらいの時間が掛かると思いますか?」
理真は質問相手を桑原刑事に変えた。
「そうだな……ひとりでとなると……五分、長く見積もっても十分くらいか?」
「車を壊してから犯人はどこへ行ったんでしょう?」
「おい」桑原刑事は二人に、「お前たちが車の走る音を聞いて事務所を出るまで、どのくらいの時間が掛かった?」
「そうですね……十分くらいですかね」
「途中、誰ともすれ違ったり、人の姿を見たりはしなかったんだな?」
「ええ、そんなことがあったら、とっくに喋ってますよ」
「事務所から脇道まで車で三分、車の破壊に十分、時間的に見て、犯人が別荘方向に戻ったならこいつらと出くわしてるはずだな。ということは、犯人は車を破壊したあと、さらに脇道の奥へ逃げ込んだのか?」
「もしくは、町のほうへ行ったのかも」
加藤刑事の言葉を聞くと、桑原刑事は、
「隻腕鬼が町へ?」
言った直後、口を滑らせたとばかりに矢作と土山を向いた。
「せ、隻腕鬼?」案の定、矢作は震えた声を出し、「あいつが、また何かやらかしたってんですか?」
隣の土山も、隻腕鬼と聞いて驚いた顔をしている。
「お前ら、まだ新聞を読んでないんだな」
二人とも首を縦に振る。それを見た桑原刑事は、
「また人が殺されたんだ。被害者は、お前らが音を聞いた車の持ち主、菊柳次晴だよ。お前らが通り過ぎた脇道の先で殺されてたんだ。もし脇道に入って覗いてたら、お前らが死体の第一発見者になってたかもな」
「……矢作っちゃん」土山が声を掛ける。「あんた、隻腕鬼を見たことあるって言ってたろ。よっぽど縁があるんだな……」
「冗談じゃねえや……ちょ、ちょっと待って下さいよ。犯人が隻腕鬼ってことは、まさか……」
「ああ、次晴の死体は左腕が切断されていた。詳しいことは新聞を読むかニュースを見ろ」
矢作はその場にへたり込んでしまった。
矢作と土山は加藤刑事に車で町まで送られていった。それを見送って桑原刑事は、
「探偵さんの言う通りかもな。犯人はシフトチェンジしながら車を運転してあの道を走った。ということは、犯人は片腕、少なくともシフトレバー側の左腕がない人物とは考えにくい。凶器の石の問題もある」
そういうことになる。次晴が運転したのではないことは明白だ。次晴はここ、別荘前で左腕を切断されている。その傷に生活反応がないことから死後に切断されているはずだ。次晴の死亡推定時刻は午後四時から四時半。ということは、矢作と土山が車の音を聞いた四時半過ぎに、すでに死んでいる次晴に運転できるはずがない。
「犯人は隻腕鬼、間多良ではない?」呟く桑原刑事。
「ちょっと色んなことがありすぎて、それが起こったことが、さも普通なことのように話しちゃってますけど、もうひとつ重要な謎が」
理真が目の前で人差し指を立てた。それを聞いて桑原刑事、丸柴刑事、私も理真を注視する。
「犯人は、どうして次晴さんの車を、あんなにボコボコにしたんでしょう?」
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