◆第十九章 Stage5(ボスルームⅠ)
「ようこそ、第五のボスルームへ。これからボスルームへ招待するが、準備は良いかな?」
全員の回復は済ませてある。重症だったジェミニもマンドラゴラで回復させた。
「――では、健闘を祈る」
扉が開く。巨大なホールは、青白い炎で照らされている。モンスターの姿も、オブジェクトの形もない空間だ。ドッペルゲンガーの時と同じ。
「また何もないな」
「――いや」
レオが俺の言を否定する。
「奥に何かいる」
奥――パズルフロアにあたる地点に、何かいるという。確かに、今何かが動いた。――近づいてくる。
「――嘘だろ」
接近してくる黒い何かには、角が生えていた。歪曲した牛の角。更に顔面も牛。首から下だけが筋骨隆々の大男の姿をしている。でかい。三メートルはある大きさだ。つまり――。
「ミノタウロス……!?」
何で――俺たちの誰かがミノタウロスじゃなかったのか?
ミノタウロスは右手に斧を握っている。両刃の斧。ラビュリスの斧――国の紋章にもなっている武器だ。
間違いない。あれが何人もの仲間を殺した武器。でも、どうして――。
「来るぞ」レオが盾を構える。
「どーなってんのよ!? なんでミノタウロス!?」とテールが叫ぶ。
「……トリックってことかもな」
オフィウクスは杖を構え呪文を唱える。室内が明るくなる。完全に敵の姿が見えた。間違いない。この造形は聞いていたミノタウロスの特徴と一致する。牛の頭に人間の体。間違いない。
ミノタウロスが斧を振り被り、接近してくる。レオが前に出て、盾で防御する。
――やるしかない。考えるのは後だ。
剣でミノタウロスの足を斬りつける。右足にヒット。エリーは左足を切り裂いた。黒い血が飛ぶ。だがすぐに傷が塞がっていく。――自然治癒能力持ちか。
「『エリュト』!」
「『クサント』!」
後衛の火力支援が来る。ミノタウロスに命中する。だが奴は腕でガードし、ダメージを最小限に留める。レオは隙のできた脇腹にシールドバッシュを加える。ミノタウロスがよろめいた。更に足に攻撃を続けていく。だが何度攻撃しても傷が片っ端から塞がっていく。
「こいつ……無敵か!?」
倒せない、という言い分にも納得だ。異常なまでの回復力を持っているのだから。
だが――やはり解せない。タルタウロスは言っていた。ミノタウロスは俺たちの中にいると。俺たちは今、間違いなく七人揃っている。俺、レオ、オフィウクス、ジェミニ、テール、アリエス、エリー、全員いる。なのに何故――。
――いや、待てよ。
タルタウロスは俺たち『十四人』の中にミノタウロスがいるとしか言っていない。まさか――。
「オフィウクス、こいつの正体――死んでた誰かってことはないか!?」
「まさか。どいつもこいつも酷い死に様――」
違う。確かに皆、体を寸断されたり内蔵を喰われたりしていた。だが一人だけ例外がいる。
――まさか、キャンサー?
コーンもスコーピオンもビスケスもサジもヴァルゴもライブラも、皆死んだ際に身体的欠損があった。だがキャンサーにはない。キャンサーの死因は、毒。スコーピオンが検死した。だが検死に誤りがあったとしたら? 更にキャンサーの言うとおり、あの毒がミノタウロスに効かないものだったとしたら……。
「オフィウクス! お前、全ての遺体を火葬したよな!?」
「確かに燃やした! だが――骨になるまで眺めていた訳ではない!」
じゃあ――キャンサーは火葬された後、自然治癒の力で復活して、こっそり俺たちを殺して回っていたのか。姿を見せず、夜の間だけ移動し人間の数を減らしつつ、疑心暗鬼にさせるだけさせていたのか――。
「おい、お前!」
俺はミノタウロスに叫ぶ。
「お前――キャンサーなのかッ!?」
牛面は――笑った。邪悪な、獣の笑みだ。
斧が消滅し、変わりに手には矢が握られ、左手にはいつの間にか弓が出現している。弓に矢を
「レオ――!」
レオは咄嗟に避けた。螺旋の矢が床に命中し、岩石を抉る。すさまじい威力だ。盾で防ぎきれない。
「コニー、どういう意味だ!? キャンサーとは!?」
「こいつの正体だ! こいつはキャンサーなんだ!」
「何!?」
ミノタウロスは再び弓を構える。
「『クサギュロス』――!」
無数の岩がミノタウロスに降り注ぐ。だが奴は腕で頭部を庇い、身を護る。大したダメージはない。
「嘘だ……キャンサーは私の父を慕っていると――」
「嘘だったってことだ。そうやって疑いの目から逃れきろうって策だったんだろうな。お陰で踊らされた」オフィウクスは更に『エリュリュソス』を唱える。ミノタウロスを灼熱の業火が包む。
「そんな……」
「レオ、こんな時に難だけど、チャンスだ」
俺は言う。
「こいつがミノタウロスってことは、俺たちの中にミノタウロスはいないってことだ。団結する時が来たんだよ……!」
「――仕方がないのか」
レオは盾を構える。
「キャンサー、
俺も剣を構える。
「行こう、コニー」
「あぁ、レオ」
ミノタウロスは弓を構える。二手に別れる。弓で狙うことができるのは一人のみ。二人同時に狙うことなど――。
腕が二本増えた。
「な――!?」
肩から生えてきたのだ。左手に弓、右手に矢を持ち、俺とレオをそれぞれ狙う。
「マジでバケモンじゃねーかよ!?」
「『キュローマ』!」
オフィウクスが弓の弦を凍らせる。
「早くしろ! 時間稼ぎにしかならん!」
「感謝するッ! 『シールドバッシュ』!」
「やってやるさッ! 『龍神斬り』ッ!」
二人揃ってミノタウロスの脚を狙う。敵はバランスを崩し、膝を着き倒れる。
「ボクの分も残しておいてよね。――『
床を這う蛇のような動きでエリーが接近し、ミノタウロスの角を破壊する。
「『クサント』!」
更に失われた角に向かって岩石が落下する。ミノタウロスは頭部を庇い蹲る。
「『エリュト』!」
テールが床ごとミノタウロスを焼く。呼吸を遮られ、ミノタウロスが仰け反った。
「借りるぞ、オフィウクスッ!」
レオが『クサント』で落とされた岩石を盾で吹き飛ばす。ミノタウロスの顎に直撃する。
――土手ッ腹ががら空きだ。
「――『龍神』」
一気に接近し、剣を振り被る。
「――『斬り』ィィィッ!」
ミノタウロスの腹を掻っ捌いた。大量の黒い出血。出血の量が増えるに連れ、ミノタウロスは小さくなる。そして――。
キャンサーの姿に戻った。
腹部は切開されている。治癒する動向は見られない。死んでいるのだ。
キャンサーの全身は黒かった。これがキャンサーの真の姿……。
「これが奴の死骸か?」
オフィウクスが覗き込む。微動だにしない。
「死んでいる。これで終わりだな」
「……でも、どうやって出れば良いんだ?」
「パズルフロアの扉を調べてみよう」
二人でパズルフロアに向かう。
「レオ?」
レオはキャンサーの亡骸に傅いていた。
「お人好しだな」オフィウクスが呆れる。
「じゃなきゃレオじゃない」
パズルフロアに向き直る。既にジェミニがいた。こっそり戦闘中に移動していたのだ。……地図作りにしか役に立たなかったな、ホント。
歩きながら考える。なんか――変だ。
――そして気づいた。
「……オフィウクス、弓に右利き左利きって、あるか?」
「そりゃある。もっとも、利き手ではなく『利き目』で弓の持ち手が変わることがあるが――」
そこでオフィウクスも気づいた。
「キャンサー、『右手』で弓を持ってたぞ」
先のミノタウロスは左手。
二人で振り返る。
キャンサーが起き上がっていた。だがその背丈が――高い。二メートル以上ある。キャンサーでも一メートル九十くらいだったのに……。
だが良く見ればキャンサーではない。その顔に見覚えがあった。石像だ。兵舎に飾られていた、英雄の石像。レオに良く似た顔立ち。まさか――英雄カウリオドゥース?
「――ち、父上」
レオが震えた声で呟く。瞬間、英雄の剣がレオの胸を刺し貫いた。
突然の事に思考が鈍る。
英雄が形を変える。その姿は竜に酷似していたが、実際に竜と言えるのかは分からない。非情に歪な姿をしていたからだ。竜らしきそれは、復活を言祝ぐように咆哮した。
「どういう、ことだ――」
オフィウクスは呆然としている。俺は竜に接近し、剣で切り裂いた。
だが手応えが無い。水でも掻き切るような感覚。幾度も斬りつけるも、傷が出来る度水のように元に戻る……。
「『エリュリュソス』!」
オフィウクスが火炎で竜を包み込む。その隙にレオをオフィウクスの元に運ぶ。
「オフィウクス、頼む!」
「『レコギュロス』!」
オフィウクスが素早く回復呪文を唱える。レオの傷はすぐに塞がった。
「おい、レオ! しっかりしろ! レオ!」
揺さ振る。だが――動かない。息をしていない。
「おい、レオ……」
アリエスがやってくる。そして――。
「――亡くなってます」
手首に手を当て、告げた。
「いや、だって、オフィウクスが回復を――」
「傷を塞いだだけだ。蘇生した訳ではない」
オフィウクスが言う。目は燃え盛る火炎とミノタウロスに向いている。
テールも火炎を放ち、戦う。
「嘘だろ……だって、傷は無いんだぜ? 出血も止まってる。なのに――」
もうレオは動かないのか。立ち上がることもないし、喋ることも、戦うことも――。
盾に手を伸ばす。宝石は簡単に取れた。つまり――。
「レオッ……!」
レオは死んだのだ。
「コニー、宝石を寄越せ! こいつはきっと倒せない! 実体がないんだ! 生命と言う概念そのものがない! 恐らく俺たちの恐怖心や想像力に応じて姿を変える魔物だ! だからミノタウロスになったり、キャンサーになったりした! だが分からん! こいつは一体何者なんだ……!?」
「ならお前に渡せない」
「何ッ!?」
「俺がこいつを請け負う。お前は謎を解け」
二つの宝石を鍔にセットする。レオの盾を受け継ぎ、装備する。
「貴様、勝手に――」
「『三ツ星』、『エルリス』」
四つの宝石の内、三つだけ光り輝く。内、一つの輝きが消える。竜の動きが鈍る。全身に棘が絡みついたのだ。
「これは――世にも稀な『木属性』の呪文、『クロサギュロス』。何故お前が!?」
「行け、オフィウクス、こいつの始末は俺がする」
剣を構える。瞬間、竜は液体に姿を変え、茨から逃れる。
「『キュローマ』!」
オフィウクスが敵を凍らせる。だが凍らせきれない。無数の水となって襲い掛かってくる。
「『エルリス』」
黒い液体全てを凍らせる冷気が吹き荒れる。宝石の輝きが一つだけになる。
「これは――『キュロギュロス』、いや、『キュロリュソス』並みの威力……! 何故?」
「俺の『三ツ星』は、勝手に魔法を選んで発動してくれるらしい」
「何だと? ――む」
黒い氷塊が変形していく。凍りついたまま、巨大な竜の姿に戻ろうとする。
接近する。だが氷弾を飛ばし妨害してくる。剣で全て打ち落とす。
「『四ツ星(テタルトス)』、『ボーパル』」
剣が金色に輝く。正眼に構える。
竜が蠢く。胸部らしき部位から、何かが現れた。急ごしらえだったのだろう。歪なレオの氷像が現れた。
助けを乞う様な表情と仕種をしていた。
「『エルリス』」
氷像が掻き消える。先の歪な竜の姿に戻る。宝石の輝きが全て消えた。
金色の剣を振り下ろす。
竜を両断する。水のような手応えだったものが、間違いなく肉と骨を絶つ感覚になっていた。
竜は両断された。だが口らしきものが動く。
「我を斬るか――人間」
だがその口調に
「我は影。人間が最も身近に覗き得る
竜は消滅していく。最後に宝石だけ残って落下した。
宝石を拾い上げる。剣は元の鋼色に戻っていた。
「お前が使え」
オフィウクスが言う。
「どういう風の吹き回しだ?」
「前衛が力不足だ。新しい壁役が必要だからな」
肯いて、宝石を鍔に嵌めた。これで五つ――。
「おーい、オフィウクス! こっち来てくれ、分からん!」
ジェミニがパズルフロアから叫ぶ。
「またか」
ため息を吐いてから、オフィウクスは歩き出す。
パズルフロアはオフィウクスに任せて、レオの葬儀を挙げよう。
オフィウクスの首が飛んだ。
生首が床に転がり、胴体が床に倒れる。一瞬だ。もうオフィウクスは毒を吐くことも、呪文を紡ぐこともできない。
オフィウクスを殺した血塗れた凶器に目が釘付けになる。
両刃の斧だ――。
「嘘だろ」
その持ち主は――。
「なんで――」
お前が――。
「アリエス」
アリエスは魔道書から素早く宝石を奪い、法衣のブローチに嵌める。三つを足して四つ。更に口から一つ出して五つ――。
俺たちの中で宝石を隠し持てる人間は――ミノタウロスしかいない。じゃあ――。
「なん、で――」
「……必ず、こうなると、覚悟していました」
魔道書を拾い、斧で両断する。
「皆さん。――私が、ミノタウロスです」
真剣な表情で、ボスルームにいる皆に告げた。
でも俺は信じられずにいた。アリエスが、ミノタウロス? そんな、馬鹿な――だって、なら、今朝の遺体はどうやって――。
「アリアドネに告げます。私は貴方を殺す気はありません。共存を望みます。武器を捨て投降してください。アナタでは私に勝てません」
「は――ハァ!? そう言って投降する馬鹿がいる訳ないじゃない! つーか、嘘……本当にアリエスが……?」テールが騒ぐ。だがそんなことどうでも良い――。
「アリエス! 嘘だろ……お前がミノタウロスって、そんな――嘘だよなッ!?」
アリエスは何も言わなかった。代わりに斧を構える。全身から魔力が溢れ出しているのが分かった。そして――。
「あぁあああぁぁあああぁあぁあぁああああぁぁぁっ!」
咆哮する。頭部から歪な形の角が生え、髪が白く変わり、肌が緋色に――更に歯が八重歯になり、結膜が黒に変色、瞳が黄金に輝いた。
「ごめんなさい、コズミキコニスくん。――これが私の正体です」
これが、ミノタウロスの不完全体。まだ容貌は人を保っているが、確かに頭部に生えていたのは牛の角だった。完全体になれば、牛頭の怪物に変貌する――のか。
「……なんで?」
思わず呟いていた。
「なんでだよ、アリエス……俺を、騙したのか?」
「……違います」
「なら――なんで……」
「それは……」
「俺、お前のこと――」
「――」
「どうして、なんで、俺に――」
「ごめんなさい」
「謝ってないで答えろよッ!」
叫ぶ。だがアリエスは答えを返してくれなかった。
「コニー、私はアンタとアリエスに何があったなんて知らない。でもね、コイツはミノタウロスよ! 倒すべき敵なの! 忘れてんじゃないでしょうね!」
テールがアリエスを指差す。俺はアリエスの顔を見る。その目には決意があった。
「あいつは化物なのよ!? 良く見なさいよ! 角が生えてるのよ! 人間じゃないの! まさか、アンタ――」
アリエスは言った。共存を望むと。それは、まさか――アリアドネでない俺と共に暮らすには、この方法しかないから……?
「コニー、アンタ、ふざけんじゃないわよ! こいつが何人殺したと思ってんの!? 六人よ、六人! カプリコーン、スコーピオン、サジタリウス、ヴァルゴ、ライブラ、オフィウクス! それだけじゃない! こいつのせいで私たちは戦いを強いられた! その所為で三人死んだ! キャンサー、ビスケス、レオ! 合計で九人! こいつに殺されたも同然よ! なのに、アンタ――」
そうだ。テールの言うとおりだ。九人。十四人もいたのに九人も死んだ。それは全て、ミノタウロスが原因だ。ミノタウロスが人を喰うから、ミノタウロスが化物だから――俺たちは生贄に選ばれた。でも――。
「――分からない」
初めから分かっていたことだ。十四人の中の誰かがミノタウロスだと。でもまさか――よりによってアリエスが……。
分からない。選べない。
俺にとってミノタウロスはもう、ただの化物ではない。アリエスは、アリエスだからだ……。
「――分からないんだ……! 俺……、俺は――!」
「じゃあ、もう良い。死ね」
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