◆第十八章 Stage5(ダンジョン)

 ダンジョン内は燐光に包まれている。


 壁や天井、床に至るまで特殊な鉱石で作られていて、自然発光し照らしているのだ。建築物の中というより、洞窟の中にいるような気分になってくる。


 ダンジョン内にいる敵も特殊だった。


 全てエレメンタルなのだ。

 属性攻撃にのみ特化した精神生命体。空中を浮遊する球状の物体で、宝石に似ている。色によって属性が異なり、赤は火、青は水、緑は風、黄は土の属性を持つ。更にエレメンタル同士で融合する能力を持っており、氷や砂、泥や溶岩などの特殊な属性を持つエレメンタルまで現れた。


 最上級魔法を多数使う奴らばかりだったが、山羊皮のマントを新たに手に入れたお陰でなんともない。

 エレメンタルモンスターを倒しつつ、突き進む。


 やがて開けた場所に出た。

 中央に白い光球が見える。床から数十センチ程浮いている。眩い光だ。輝きにエネルギーを感じる。

「まさか、あれは――」

 オフィウクスが呟く。エレメンタルがこちらに気づいた。

「『エリュリュソス』」

 光り輝き、火炎を放射してくる。

 レオが前に出て盾で防いだ。

 火炎放射が途切れた瞬間を狙い、剣で切りかかる。だが堅い手応えがあった。何か強固な壁のような感触。そのまま跳ね返されてしまう。


「なんだこれは!?」

「下がれ! 『攻撃反射』だ!」

「攻撃反射?」後退し、オフィウクスに尋ねる。

「実物は始めてみるが、間違いない。アイテール・エレメンタルだ。エレメンタルの中でも最も強いと言われる上位主だ。『四大元素』の上に君臨する『星』の属性の持ち主と言われている」

「星――」


 あの眩さ、輝きは星の光だと言うのか。

「攻撃反射を持つことで有名で、あらゆる物理的な攻撃が通用しない。剣でも槍でも駄目だ。殴っても通用しない」

「そんな恐ろしいモンスターが……?」

 魔法を使える奴がいなかったら終わりじゃないか。


「それだけじゃない。状態異常魔法も得意とする。危険な敵だ」

「『キュロリュソス』」


 光り輝いた瞬間、地面から無数の氷柱が生え、迫って来る。


「『エリュト』!」

「『エリュギュロス』!」


 テールとオフィウクスが火炎の呪文で対抗する。氷を溶かし無効化していく。

「『キュアリュソス』」

 再び光り輝き、澎湃たる水が激流のように狭い通路を通り押し寄せてくる……!


「『キュローマ』! レオ! 手伝え!」

「分かった!」レオは肯き、盾から疾風を巻き起こす。オフィウクスの氷魔法を風に乗せ、吹雪に変えて水を凍らせ勢いを殺す。

「『メラリュソス』」


 光球は暗黒の球体を作り出し、地面を這わせる。球体は氷を掘削するように進み、大穴を開けていく。


「ヤバイんじゃねーか、あれ! 吸い込まれたらおしまいだぞ!」

「黙ってろ。今止める! 『ヘメラ・レコポース』!」


 眩い光が暗黒の球体を貫いた。球体に亀裂が走り、崩壊する。

「『オロベスキア』」

 ……それだけだ。特に変化があった訳ではない。誰かに肩を叩かれる。エリーだ。鉤爪を外して自分の咽喉を指差している。だが何も言わない。咽喉を指差し、今度は掌を逆に向けて、開いたり閉じたりする。更に唇の前に指で罰点を作る。まさか――。


「声が出ないのか?」

「『沈黙』の状態異常だ」


 オフィウクスが冷静に言う。

「主に呪文を封じるために使う。脳筋が患っても問題ない。暫くすれば元に戻る」

 エリーは怒っていたが何も喋れない。

「『ヒュドラスキア』、『ゴルゴスキア』、『ベルベスキア』、『クロトスキア』」

 光球は次々と呪文を唱える。その内、最後の呪文を耳にした瞬間、目の前が真っ暗になった。死んだ? 違う。生きている。何も見えないのだ。目は開いている筈なのに、目隠しでもされているみたいに何も見えない。

「お、おい! 何も見えねぇ! どうなってんだ!?」

 歩こうとするもよろめいてしまう。何かにぶつかった。やけに柔らかい。


「こっ……コズミキコニスくん!? ちょっと! どこ触ってるですか!?」

「分からん!? なんだこれは!?」

「聞かないでくださいぃぃぃっ!」

「何をステーキしているんだ、洋服ダンスは!」


 レオの声だ。

「犬の群れの腕立て伏せだぞ! 虹の下を潜るなら全知全能にしてくれ!」

 何を言っているんだ、こいつは!? 疑問に思っていると、テールの裂帛の悲鳴が聞こえる。

「馬鹿共! 道具袋から『マンドラゴラ』を出して喰え! 俺が保存食にしてやったものがあるだろう!」

 咽喉から搾り出すような苦しげな声でオフィウクスが叫ぶ。目が見えないのは状態異常の一種と気づき、マンドラゴラを鞄から出そうとする――が上手く出せない。

「さっさと喰え!」

 オフィウクスが俺の口にマンドラゴラを突っ込む。咀嚼して呑み込んだ。口の中の水分を持っていかれる上に味らしい味がない。砂の塊を喰っているみたいだったが贅沢は言えない。

 視界が開けた。周りは大惨事だった。

 レオは盾をくるくる回しながら支離滅裂な歌詞で歌を歌っている。テールは足が石のような灰色になり、固まっていた。

「マンドラゴラは状態異常に効く! レオとテールにもマンドラゴラを喰わせろ!」

 テールは既に自分で鞄からマンドラゴラを出して食べていた。だがレオは駄目だ。食べようとすらしない。

「火炎放射のヒカリゴケ! 山椒魚さんしょううおの焚火泣き! 短距離走の怪我の城! アリストテレスの蹄鉄ていてつを腹空かす! ヘラクロス者は蜥蜴とかげ蛙! ただ丸呑みの船のまぶしい!」

 完全に『混乱』している……。


「おい、レオ、大丈夫か……?」

はと! 後ろ指が涼しい林檎だ!」

「妄言を垂れるその口に突っ込んでやれ!」


 オフィウクスに従いマンドラゴラを口に突っ込むと――。

「『ヒュプノスキア』、『イワシスキア』、『ベルベスキア』、『パンドスキア』」

 敵が更に呪文を唱える。俺はどうやら免れたようだが――。

 エリーが倒れた。そのまま眠る。

 アリエスが座り込む。足が痺れているらしい。

 テールの肌には植物の蔓のような文様が浮かび、赤く発光する。途端、テールが苦しみ始める。

 問題はオフィウクスだ。『混乱』になった……。


「ナルキッソス! まぐろスパイダー!」

「オフィウクスはどうしてしまったんだ!?」正気に戻ったレオが叫ぶ。

「時間稼ぎを頼む」

「天秤では爪の垢だぞ! 羊毛とスネーク真ん丸だ!」

「オフィウクス……?」

「良いから……!」


 レオが魔法攻撃を防いでいる間に、皆を治す。

「誰か助けて……」

 テールが床にうずくまって苦しそうにうめくので、マンドラゴラを与える。更にオフィウクスの口にも突っ込む。アリエスとエリーにはきつけ草を与える。

 皆で体勢を立て直し、敵に向かう。だが魔法しか効かないのなら、戦えるのはテールとオフィウクスしかいない。

「しかし参った……。『星』属性では四大元素で太刀打ちできない……」とオフィウクス。

「ちょっと! それじゃ勝ち目ないじゃない!」とテールが叫ぶ。一体どうすれば……。

「『ラー・ホルアクティ』」

 光球が一際光り輝く。一点に魔力を集中させ、充填していく。

「まずいッ! 全員伏せろッ!」

 まさか――『星』属性の攻撃か?

「いやッ……! 俺が防ぐ……!」

 レオが立ち塞がり、盾を構える。


「馬鹿が! 死ぬぞ!」

「伏せて避けられるものでもあるまい!」


 確かに、明らかに大きな一撃が来ようとしている。

「気休めだが……!」

 レオがマントを盾に被せる。魔法耐性のあるマントだ。

「いや……ありかも知れん! かき集めろ!」

 全員分のマントを集め、レオの盾に被せる。

「後は任せろ」

 レオが呟く。覚悟を決した声音だった。

 皆で後退する。

 ラー・ホルアクティが放たれた。

 破壊のエネルギーが一筋の光芒となって発射され、盾にぶち当たる。盾は破壊されなかったが、レオを押し出すように後退させて行く。

 地鳴りのような轟音。目を焼くような発光。太陽の怒りのような一撃。

 光芒が途絶えた。レオの盾から煙が出ている。


「おいレオ……!」

「大丈夫だ。だが……」


 マントには大穴が開いていた。


「どうすんだ……? 次弾は防げないぞ……!?」

「あぁ……ここまで強力とはな」


 さも感心したようにオフィウクスは言い――。

「だがおかげで、弱点が分かった」

 と不敵に笑った。


「ほ、本当か……!?」

「『ラー・ホルアクティ』」


 光球が再び魔力を充填し始める。

「『キュローマ』」

 オフィウクスが叫ぶ。光球の真下の床を凍らせ、更に――。

「『エリュト』」

 炎で溶かす。


「何を――」

「水鏡だ。氷よりも綺麗に映るからな」


 光球の真下に水溜りができ、光球の姿を反射していた。

「人間は鏡に映った自分を自分だと。だが純粋なエネルギーと呼ぶべき、知能を持ち合わせないモンスターは、

 光球は真下に光芒を放つ。だが床は抉れない。頑丈にできているため――。

「ダンジョンには傷つかない様に魔法がかけられているか、もしくは非常に頑丈な素材が使われている……。そして、攻撃が通じないということは、『反動を受ける』ということでもある。剣が岩に弾かれるように――」

 光球は光芒の反動で打ち上げた大砲のように上昇し、天井にぶつかる。

「だが光球には攻撃反射がある。壁は壊れない。となれば――」

 光球にヒビが入る。

「壁に対し反射しつつも押さえつけられ、反動を受ける上、自らの光芒で圧迫され――」

 ヒビは亀裂に変わり――。

「潰される」

 光球は粉々に砕け散った。


「た、助かった……」

「やるじゃないオフィウクス!」


 珍しくテールが褒める。それほどまでに、この状況は危機的だったということだろう。

 しかし敵の強力な攻撃を逆手に取るとは……オフィウクスらしい搦め手だ。


「また助けられてしまったな」とレオが言うが――。

「俺も黒焦げにはなりたくないんでな」と返すのみだ。

「そろそろ行こうよ。また来るかもよ」とエリー。


 皆、再出発の準備をする。


 何か忘れている気がする。

 振り向いて気づいた。

 首から下が石になって顔が青白くて唇を痙攣させて口も利けずに何も見えない上に自分がどんな状況に陥っているかも分からず眠りながら呪われているジェミニがぶっ倒れていた。

「あ、マント剥いだ時になんか変だと思ったんだよね」

 エリーがあっけらかんと言う。だがジェミニは文句さえ言えない。


 酷い顔してるだろ。ウソみたいだろ。生きてるんだぜ。これで。

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