◆第十四章 Stage4(ダンジョン~パズルフロア)

 非情に明るい部屋だった。オフィウクスの力や松明がなくても、通路の奥まで見通せる。オフィウクスによれば、このフロアだけ特殊な魔法がかけられていて明るいらしい。日光と同じ光力があるようで、床には草が茂っている。壁や天井の装飾は神殿を思わせ、明らかに他のフロアとは異なる空間だった。


 だがモンスターがいることに変わりはない。最初に出会ったモンスターは宙に浮いていた。

 猫だ。

 猫のようなモンスターが宙に浮いている。

「かーわーいーいー!」

 近づこうとするテールの襟首をオフィウクスが鷲掴みにする。


「ちょっと何すんのよ!?」

「何すんのよではない、このド腐れ脳味噌がッ! ビスケスの死に様をもう忘れたかッ!? 昨日の今日だぞ!?」


 そうだ……ボーバルバニーは外見が全く兎だった。だが戦闘力は兎なんてものじゃない。魔物の中でも凶悪なレベルだった。


「皆、警戒しろ。僕が前に出る。後衛は後ろへ――」

「つーか、こいつ。猫なのか?」


 外見は似てはいる。がどことなく違うし、額にある宝石のようなものが気になる。


「恐らくカーバンクルだ」とオフィウクス。

「カーバンクル?」

「ガーネットに宿る精霊だ。可愛らしい外見にも関わらず、好戦的で悪戯好き。旅人をからかうのが好きな困った奴だ。特に――」


 カーバンクルがこちらに視線を向ける。レオが前に立つ。摺りよって来た。


「くぅ、くぅ」と鳴きながら。

「……。――こんなに可愛い生き物が魔物のはずがない」

「魅了の能力が驚異的だ」

「おい、レオ――」


 呆れている暇はなかった。部屋の奥に魔物が見える。床を這いずり回る木偶人形のようなもの。人形はこちらに気づき、這い回っているにしては異様なスピードでこちらに接近してくる。


「奴は――!?」

「ホムンクルス。魔術師や錬金術師が使役する魔道具の一種だ。人間に似て非なる人工生命体で、人間に似た体格、虚ろな目、駆動域の広過ぎる関節が特徴だ。呪文は使わないがパワーがある。気をつけろ」


 オフィウクスの言うとおり、人間に酷似した人形のような外見で気持ち悪い。それが表情のないまま、視線だけは逸らさず、床を高速で這い寄り接近してくるのだ。

「俺が前に出る。魔法は頼んだぞ!」

 剣を構え、ホムンクルスの前に立つ。気味の悪い外見だ。飛び上がった瞬間を『龍神斬り』で切り裂く。ホムンクルスは床をのたうち周り、白い体液を撒き散らす。どうやらこれが血の代わりらしい。

「『エリュリュソス』」

 灼熱がホムンクルスを包み込む。そのまま炭になった。


「一体だったから助かったが。三体もいると洒落にならない強さになる。分かったな、レオ。分かったらそのチビに構うのをよせ」

「何故だ!? こんなに可愛らしいのに!?」

「くぅくぅ」

「確かに可愛いけどさ……」


 レオの人間味が思い切りマイナスに働いている。


「くぅくぅ……。『クリフォト』」

「――やりやがった、死体を見ろッ! 生き返るぞッ!」


 オフィウクスが叫ぶ。先の炭に還元されたホムンクルスを見る。蘇っていた。

「こいつッ!」

 再び剣を突き立てる。だが激しくもがいている。弱っていない。全快の状態だ。ライブラも槍を突き立てるが、余計激しく暴れるだけだ。

「『エリュギュロス』!」

 テールが火炎で攻撃する。ひるんだところで剣を抜き、更に二度斬り付ける。再びホムンクルスは死滅した。


「くっくくくく!」

「待て、このチビ!」


 カーバンクルは逃げ出した。俺たちに嘲笑を向けながら……。


「カーバンクル自体の戦闘能力は低い。だが回復魔法を多数使えることでも有名なんだ。特に『クリフォト』は魔物を一時的に蘇生させて使役する厄介な呪文。可愛らしさに気を取られると、こうなる」

「だとさ、レオ」

「――ハッ、僕は今まで何を……?」


 カーバンクルの補助を警戒しながら進んだ。

 他にもスケープゴートなる山羊のモンスターがいたが、堅実に倒して進んで行った。

 これまでの経験から、ダンジョンの四分の三は攻略しただろう、と思っていると――。

 壁に武器がかけられていた。剣と盾。飾られるように陳列してある。荘厳ソウゴンな神殿の雰囲気に相応しい豪奢ごうしゃな装飾のされた剣と盾だった。


「良い剣と盾だな」とレオ。

「ミミックのようなモンスターかもな」とオフィウクス。


 職業が違うだけでこうまで反応が違うか……。


「どうする?」

「燃やしてみよう。テール」

「命令すんなっつーの」とオフィウクスの言葉に毒づきながら、テールは剣と盾にそれぞれ火炎攻撃をする。特に反応はなかった。

「一応、槍で触れてみよう」


 ライブラが良い、剣や盾を槍で突く。特に盾は強めに突いたが、モンスターになるようなことはなかった。

「大丈夫そうだな」

 レオが近づく。

 剣を取ろうとした瞬間宙に浮いた。そのまま剣先が落下する――。

 素早い反応だった。――いや、見越して隙を見せていたのだ。レオは盾で剣をはばみ、弾く。


「油断ならないね。全く」

「レオ! 大丈夫か!?」

「盾が傷ついた」


 こいつがこんなジョークを言うとは……。

 剣と盾は共に宙に浮く。剣先をこちらに向け、攻撃態勢を取る。


「こいつ、ミミックみたなモンスターなのか?」

「分からん。タイプとしてはそうなんだろうが……。剣と盾に擬態する例は聞いたことがない」


 棺と同じ、特例タイプのモンスターか。

 剣が迫る。レオが受け、弾く。だが盾も迫る。突進するように激突する。レオはそれを盾で受けきる。

 俺は剣に斬りかかる。鍔迫り合いをし、剣戟けんげきを繰り返す。戛然とした音を幾度も奏で、数十合目で敵は間合いを取る。

 レオは先頭に立ち、盾を構え――敵に突進する。敵は盾を前に出したが、レオは勢い良く盾で殴りつけるように攻撃した。瞬間、疾風が吹き荒び敵を吹き飛ばす。

「――『二ツ星』、『疾風属性』」

 剣と盾はまとめて通路の奥まで吹っ飛ばされた。壁に当たり、床に転がる。

「レオ、今はは――」

「僕の『二ツ星』だ」

「良いんじゃないのか? 俺は風属性はあまり得意じゃないからな」とオフィウクスの感想。

「なら何が得意なんだ?」

「火と土、あと水と風の複合属性の氷だな」

 ……。……それって実質全部なんじゃ……。

 剣と盾が再び宙に浮く。

「随分頑丈なモンスターだな」

 火炎に対しても耐性があったし、油断ならない敵だ。

 剣と盾は揃って接近してくる。こいつらは、二つで一つのモンスターなのか……。

「ちょっと良い?」

 エリーが前に出る。

 剣が振り被り、盾が突進を構える。

 その二人を同時に弾き、エリーは空中に蹴りを入れた。

 何かが蹴り飛ばされ、天井に当たり、地に落ちる。


「やっぱりね」

「やっぱりって――」

「何かいるよ、そこ」


 エリーが指差すのは蹴り飛ばした何かが落下した地点だった。


「そうか。剣と盾がモンスターなのではなく、剣と盾を操る透明な何か自体がモンスターだった訳か」とオフィウクスが納得したように言う。

「そういうこと」

「何で分かったんだ?」

「剣と盾の間隔が大体同じだったし、草がほんの少し潰れてたし、変な影があったから」

「影?」

「うっすらとね」


 全然気づかなかった。


「でも透明な奴じゃ、剣と盾を持ってなきゃ対処のしようが――」

「あるさ」


 オフィウクスが呟き、『キュローマ』を唱えた。一面の草が凍る。その上を、シャクシャクと音を立てて歩く何かが。

 ライブラが一閃した。床に倒れる。動かなくなった。

「この剣と盾はどうする?」

 ライブラが槍で突きながら言う。

 パキン、と音を立てて剣が折れた。盾も砕ける。本体が死んだので武器も壊れてしまったらしい。もったいない。

「しかし透明なモンスターか。今までに発見例がない。『インビジブル』と名づけよう」オフィウクスは何やら嬉しそうだった。

 その後、インビジブルを含めたモンスターを倒しながら進み――。 

「ようこそ、第四のボスルームへ。誰一人欠けることなく、何よりだ」

 相変わらずの言い種だ。

「これからボスルームへ招待するが、準備は良いかな? ――では、健闘を祈る」

 扉が開く。いつもの巨大なホール。


 だが中には何もなかった。石のオブジェも金属音も、棺もなかった。何もない空間だ。


「どこにボスがいるんだ?」とレオ

「見当たらないじゃない」とテール。


 皆で探すも、それらしい姿はない。

『貴様ら、もう少し警戒したらどうだ?』

 オフィウクスの嘲りに違和感があったので、振り向く。

 二人いた。オフィウクスが二人も。

 全く同じ。まるで双子だ。

 当の本人も気づく。

『何だ貴様は!?』

 声がシンクロする。周りの皆も気づく。


「オフィウクス、君、双子だったのか!?」

『くだらんボケを挟むな!』


 レオに対するツッコミも同時。全く同じだった。

 だが片方が足元を見る。瞬間、もう片方が魔道書を開いた。


「『エリュリュソス』」

「――がッ!」


 もう片方は火炎に包まれる。これは――敵の攻撃、いや、味方が隙を突いたのか? どっちなんだ!?

「ふざけるなよ! このもやし野郎が!」

 火炎に包まれた方が呪詛を投げかける。やはり敵? だが味方でもこれくらいは言うし――。

 そう考えていると、言われた方が苦しみだす。肌の色が漆黒に変わり、顔から目や鼻、口が溶け落ちのっぺらぼうになる。

「こっちが偽者かッ!」

 のっぺらぼうを斬る。だが手応えがない。霧のようになり、掻き消え消えた。

「『レコギュロス』!」

 オフィウクスが自身を回復する。


「今のは何だ!?」

「ドッペルゲンガーだ! 人間に擬態する魔物だ! 見分けがつかないくらいにそっくり化ける! 気をつけろ! 能力までコピーする上に、特殊な呪いを使って人を殺す!」


 呪い――それは一体。

「ちょっとこっち!」

 テールの方を見る。指差す先にはエリーが二人いた。

『何、君? ボクの真似しないでよ!』

 双子だ。全く見分けがつかない。

 だが気づいた。片方の影が――少しずつ、頭の部分から消えている……。


「おいエリー、影! 影!」

「エリー! なんでも良い! 罵倒するんだッ!」

『罵倒って?』

「悪口を言え!」

『わ、悪口!?』

「おいもう半分以上消えてるぞ!」


 エリーを急かす。影が半分、跡形もなく消えている。

「え、えっと、えっと、この、『貧乳』!」

 場が静まり返った。

 ドッペルゲンガーだけがもがき苦しみ、エリー本体の影は元通りになる。

 だが何故か声をかけ辛かった。


「オフィウクス! 影が全部消えると殺される! その前に罵倒する! そういう解釈で良いんだな!?」

「あぁそうだ! ただし、『自分を罵倒』しろよ! ドッペルゲンガーは本人に成り切る! 故に本人に向けた罵倒しか効果がない!」


 自分を罵倒って――意外と難しいぞ!


『具体的には!?』

「隣を見ろ愚か者ッ!」


 ――いた。俺がいた。まるで鏡写しみたいに、全く同じ俺がいる。不気味だ。鏡の中の自分が這い出たような恐ろしさ。

「えと、この貧乏人!」

 もがき苦しむ。剣で斬る。悲鳴が大きくなる。少しはダメージがあったようだ。

『ちょっと今度はアタシ!?』

 テールが二人いる。やはり片方の影は減り始めている。

「アンタ才能ないのよ!」

 悲鳴のように叫ぶと、言われた方はもがき苦しみ黒く変色する。

 今度はライブラだった。

「――愛想のない女め」

 そう言いながら槍で突き刺す。霧となって掻き消える。

 次はまた俺だった。

「だからしつけーんだよ、貧乏人!」

 剣で斬る。受け止められた。

「――な」

 弾き返される。偽者は剣を振り被る。受け止め後退する。


『おい、オフィウクス! どういうことだ!? 俺、今罵倒したぞ! 影は!?』

「止まらない。止まっていないぞ!?」


 レオが絶叫する。何でだ? 確かに罵倒した筈なのに。

「う、ぐ、ああああああああ! やめろ無能があぁあああぁぁぁっ!」

 俺も苦し紛れに絶叫する。途端、苦しみ出す。消え去って行く。


「な、なんで……?」

「どうやら同じ罵倒は二度使えないらしい」

「ちょっと待てよそれじゃ――」


 ジェミニが二人になった。

「この三文文士!」

 片方が消える。


「どうやら『才能がない』と『三文文士』は別カウントらしいな」

「でも全く同じは駄目なんだろ? 悪口のバリエーションなんてそんなにないぞ!?」

「語彙のない奴め」

「誰もがテメーみたいに他人の粗探ししながら生きてると思うなよ!?」


 レオが二人になった。


「やばいぞどうすんだよ? レオになんて悪口言うんだ?」

「レオ! 『すかした野郎』があるぞ!」オフィウクスが叫ぶ。


 え、そういうフォローになってないフォローしか解決策ない訳……?


『貴様……僕の影法師か?』

「早くしろレオ! もう半分消えてんぞ!」

「この操り人形」


 言われた方がもがき苦しむ。消え失せる。

『またボクゥ!?』

 エリーが二人。


「『洗濯板』が残ってるだろ!?」とジェミニがフォロー。

「『洗濯板』ァ!」


 叫んだ後、ジェミニめがけて全力疾走する。ジェミニも全力疾走する。

『あいつら……』

 隣に同じ俺がいた。


『くっそまたかよ、えーと……』

「『凡人』があるだろう!」とオフィウクス。

「ちょっと『積極性に欠ける』ところがある!」とレオ。

「『冴えない』のよアンタ!」とテール。

「もっとお話してください! 『言葉少な過ぎます』!」とアリエス。

「『覇気がない』ところがあるにはある!」とライブラ。

「『影が薄い』」とエリー。

「『あげつらうほど長所も短所もない』」とジェミニ。


 ……そうかそうか、皆は俺のことをそういう人間だと思ってたんだな。共闘しておいて腹の底ではそう考えていたんだな。


「早くしろコニー! もう四分の三は消えてる!」

「『凡人』ッ!」


 この魔物は精神攻撃を得意とするタイプだ。しかも狡猾に本人や周りにいる人間を使う。強敵だ。皆の罵倒を反芻はんすうしていつでも言えるようにしながらそう思った。


「奴にダメージを与えられるのは、苦しんでいるほんの少しの間だけのようだ。ジェミニ! パピルスとペンを貸せ! 俺が罵倒のアイデアを出す! お前はパズルを解け!」

「分かった、た、頼んだぞ!」


 ジェミニはパピルスとペンをオフィウクスに渡し、パズルフロアに走る。……そういや、パズルフロア担当、あいつ一人になっちまったのか。

 次はアリエスの番だった。自身の偽者に叫ぶ。

「『臆病者』!」


   *


 たった一人の非戦闘員になってしまったジェミニは、パズルフロアに無事到達した。これまでのように敵が行く手を塞いでいなかったからだ。今回の敵は、ホールの色々な場所を瞬間移動するように移動している。

「で、謎は――」

 ジェミニは観察する。


 第三のパズルフロアと同じ台座があり、台座の上には六本の鍵が置かれている。鍵は四色。金色、銀色、銅色、黒っぽい色。金色の鍵にだけ、持ち手に王冠を象った印が彫られていた。

 奥の扉には六つの鍵穴が縦に並んでいる。

 それだけ。他に情報はない。文章もない。

「これ――挿せってことか?」

 恐らく、正しい組み合わせで。鍵穴に間違った鍵を差し込んだ瞬間――。

 キャンサーの死に様が想起される。

 ジェミニは生唾を飲んでから、台座の上にある鍵を調べ始めた。


 金色の鍵は一つ、銀色は二つ、銅色は一つ、黒っぽい色は二つ。全部で六つ。

 それぞれ手に取る。重さが違う。金色はずっしりしているが、銅色はとても軽い。金色の半分くらいの重さしかない。ということは――。

「これも、純金!?」

 先のパズルで使った黄金の林檎もずっしり重かった。サジは純金の林檎だと言っていた。ならばこれが純金でもおかしくない。なら銅色はそのまま純銅になるのか。ならもしかして順番は……値段? でもおかしなことがある。同じ色の鍵が二種類ある。銀色と黒っぽい色は二つある。この区別はどうつければ良いのだろうか……?


   *


「ちょっとオフィウクス、早くしてよ!」

 エリーがオフィウクスを急かす。オフィウクスはパピルスに罵倒の言葉を書き連ねている最中だった。……状況が状況じゃなかったらすげー暗い奴だ。

「アクエリアスの分は大体終わった。届けろ」

 オフィウクスが俺にパピルスを渡す。折らずに剥き出しのままだ。だからつい文面を見てしまった。


『壁』

俎板まないた

『石版』

『フラット』

『水平線』

『地平線』

『背中じゃないの?』

『背中だったの?』

『うつ伏せで寝ても辛くないよね、良いなー』

『スレンダーって言うんだよね、そういうの』


 ……。……あんまりだ。

 生きるためとは言えあんまりだ。

 だが仕方なく、エリーにパピルスを渡す。

 文面を眺めたエリーの目がすっと細められるのを見た。

「オフィウクスッ! 他人の身体的特徴をあれこれ言うのは良くないと思うッ! 人は見かけじゃないぞッ!」

 保身に走った。

「読んだな」

 ハッ、ヤベッ!


 だが運命とは平等だ。俺にもパピルスが回ってきた。

 戦意が失せた……。

 これを皆の前で半ば朗読しろと言うのか……。

 しかし戦わなければならない。何故なら俺たちにはタイムリミットがあるのだから。


「レオ、宝石時計は?」

「待って……まずい、意外と長引いてる。もう夕方だ! 空が少し暗くなってる!」

「道理で攻撃が効き難い訳だ……」


 魔物は夜になればなるほど力を得る。ドッペルゲンガーも例外ではない。完全に夜になったら、手に負えない。全員殺されて終わりだ。


「できたぞ、レオ。お前は時間がかかった」

「ありがとう。……うわ」


 露骨に顔を歪める。相当えげつない内容だったのだろう。


「オフィウクス、パズルの方に回ってくれ。時間がないんだ!」

「何? ……まずいな。分かった。貴様ら! 俺がパズルを解くまで持ち堪えろ!」


 オフィウクスはパズルフロアに向かう。後は奴次第だ。

 パズルはここまで任せきりだ。でも――頼るしかない。

『頼んだぞ……』

 ……。

「お、おおっ、『お前特徴ないな。お前と同じ顔の奴町に後二人はいるぞ』ォッ!」


   *


「多分……銀色は白金と銀だ、純白金と純銀。で、黒は多分、鉄と鉛……か? 高価じゃないのは間違いない。だとすると順番は、金、白金、銀、銅で……鉄と鉛ってどっちが高いんだ? 武器とかに使うから、鉄の方が高いのか……。そうだ! 確か鉛は重い筈だ! 『鉛のように重い』って言うしな! なら順番は金、白金、銀、銅、鉄、鉛だから……こうなる筈だ」

 ジェミニは鍵を順番に並べる。後はこれを扉に差し込むだけだが――。

 合ってる、のか……?

 金属の種類は正しく見抜けているだろうか。サジならば音で判断しただろうが、ジェミニにそのような技術はない。

 そもそも鉄が高価なのは間違いないのだろうか。鉛の方が高価な可能性もある。いや、高価な順ってのがそもそも……でも――。

 戦場を振り返る。優勢、といった雰囲気ではない。確か、タイムリミットは日没まで。日没になったら、魔物は勝てないほど強くなる。つまり――。

「やるしかないのか……」

 金、白金、銀、銅、鉄、鉛――。六つの鍵穴に六つの鍵を。

「――やるしなかないんだ」

 キャンサーの死に様。したり顔をした瞬間、咽喉笛に毒針が刺さって、そのまま死亡。サジは雷に打たれて死にそうになって――。

「私は――」

 私は、敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者の方を、より勇者と見る。

「――自らに勝つことこそ、最も難しい勝利だからだッ!」

 ジェミニは黄金の鍵を手に取り、扉に近づく。

「待て」

 肩を掴まれる。振り返る。


「――オフィウクス」

「聞かせろ。お前の答えを」


 ジェミニはパズルの内容と、自分の答えを教える。


「なるほど。考えたな。――だが不正解だ」

「なんで!?」

「これだ」


 オフィウクスは先程ジェミニから受け取った黄金の鍵を見せる。


「ここに彫られている王冠が、何の王冠か分かるか?」

「……ヒエロン二世の、黄金の王冠――」


 つまり――。


「アルキメデスの原理」

「正解」

「……ものには密度がある」

「そう。物体には比重が『定められている』。決して変わることはない。そして、比重の比は環境さえ統一されていれば、重さの比でもある。ということは――」

「重さ順ということ……」

「お前の推理通りならば、重いのは白金、金、鉛、銀、銅、鉄の順だ」


 オフィウクスは鞄から弦を取り出す。


「それは?」

「カプリコーンの鞄の中にあったのを受け継いだ」

『くすねた』をここまで修飾して言える人間がいるとは……。

「弦の両端に鍵を結び――また別の鍵の尖端に引っ掛けて吊るす――」


 銀色の鍵が下へ、金色の鍵が上へ動く。


「即席の天秤だ。これでこちらの銀色は白金だと判明した。残りもこうして調べて行くぞ」

「やっぱり、適わないな」とジェミニが呟く。

「何の話だ?」手を動かしながら問う。

「俺……サジたちと協力してたこともあるけど、結局何もできなかった。ここに潜り込むのに精一杯で、何の謎も解けなかった……。悪い、また頼る」

「まだ正解と決まった訳じゃない」

「合ってるさ。むしろ間違ってたら、全員助からない。良いんだよ。自分が足手纏いって自覚はある。俺なんてどうせ筆記用具だよ」

「そうだな」オフィウクスは即答する。

「だが――」


 オフィウクスは銀色の鍵を一番上の鍵穴に入れ、回す。

「羽根ペンだろうと、木の棒だろうと――」

 二番目に金色、三番目に黒色を入れ回す。

「削った石だろうと、爪だろうと――」

 四番目に銀色、五番目に銅色を入れて回す。

「――筆記用具がなければ、人類はここまで繁栄しなかった」

 最後の鍵穴に黒色の鍵を入れて回す。扉が開く。

「違うか?」

 オフィウクスは羽根ペンとパピルスをジェミニに返却する。ジェミニは暫し考え――。

「でも俺……やっぱりお前や皆と違う。死ぬ怖いし――皆が危ないのに、鍵を使うのを、迷った――」

 オフィウクスは真顔で言う。

「逡巡せずして人間とは呼べん」


   *


 オフィウクスの声だ。「開いた、さっさと来い」と言っている。


「『二択になったら絶対男に選ばれないタイプよね、アンタ』! 開いたのね、行くわよ!」

「応ッ!」


 ドッペルゲンガーが苦しんでいる間に皆で扉に飛び込む。扉が閉まる。――ドッペルゲンガーは現れない。助かったようだ。

「ありがとう、オフィウクス。また助けて貰った」とレオ。

 今回ばかりは皆、オフィウクスを労う。時間がなかったのもあるが、それほど危険な敵だったのだ……。

「オフィウクス」

 ジェミニが話しかける。珍しい。

「……。助かった」

 それだけ言って階段を上っていく。妙な態度だ。誰に対しても距離を置いた態度を取る奴だったのに、親しげな雰囲気があった。

「ホント、助かったよ。ま――それとこれとはまた別の話なんだけどね」

 エリーが笑顔でパピルスを握り潰す。自身への罵倒が綴られたパピルスを。


「……感謝ぐらいしてるんだろう?」

「してるわぁ、してるわよ? でもね、それとこれはまた別かなーって」


 テールもエリーと同じ笑顔を浮かべパピルスを握り潰す。

「全くだ。物事、メリハリが大事だからな」

 ライブラも二人に倣って笑顔でグシャリ。

「うふふ、オフィウクスさんって、本当に博識なんですね。こんなにレパートリー豊かな中傷を受けたのは、生まれて初めてです」

 アリエスも笑顔だった。目は笑ってなかった。


「……レオ、コニー。なんとかしろ」

「あー、足が痛いな。ちょっと頑張り過ぎたみたいだ。ここで少し休もうかな。これじゃ仲間が傷つけられても助けに行けないなー」


 すごい棒読みでレオが言う。

「奇遇だなー。俺も足が痛くて動けないなー。でもちょっと休めば大丈夫だな。一人の人間が蛸殴りにされることには、すっかり歩けるようになってるだろうなー」

 俺の演技力も人のこと言えない。

「待て、お前ら――」

 女性陣は皆得物を手に取っていた。


「待て、待てッ! 貴様ら、そこまで――うわああああぁっ!」

「胸のことばっか言ってんじゃねーよ、気にしてんのに!」

「ガサツな女で悪かったわね! モテそうになくて悪かったわね!」

「安心しろ! チクッとするだけだ。『チクッ』とな!」

「大丈夫ですよー。私が何度でも回復してあげますからねー。でもそれって何度怪我しても大丈夫ってことですよねー!?」

「やめろぉおおおッ!」


 オフィウクスは逃げていく。それを追いかける女性陣。火炎が舞う。オフィウクスの悲鳴。――気の毒に。


「ほら、やっぱり馴染んできてる」レオは場にそぐわない晴れやかな顔をしている。

「……えー」


 相変わらずのポジティブさだ。だが、一日目よりはマシなのは、確かだった。

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