◆第十二章 Stage4(エントランスⅠ)
本日のディナー、水炊きマンドラゴラ。
マンドラゴラは本来、伝説の植物で万病に効くとされているが、乾燥させないと薬としての効果はない。日光の入らない迷宮内では宝の持ち腐れだが、食用として食べることもできる。味は大根に似るが、万病には効かない。黄金で
味付けは塩のみ。ブツ切りにして、エントランスにあった土鍋で煮込むことにする。ただし肉はない。ベジタブルオンリー。体に良さそうだが、元来得るべき効果に比べれば下の下の下の効果しかないらしい。
残りはオフィウクスが『キュローマ』を使って冷凍させる。微調整することによって、乾燥に近い状態にすることができるらしい。非常食として使えるらしいが、状態異常を治す程度の効果しかなく、万病までは治せない。
皆口には出さないものの、味気ない食事になりそうだ、と思っていた時だった。
「ねぇねぇ、これ入れない?」
土鍋に水を入れたところで、エリーが鞄から布に包まれた何かを取り出す。布の中には――。
「おい、これ――」
ボーバルバニー……。
「兎って食べられるし。美味しいよ、きっと」
全員沈黙。エリーはナイフで兎を捌こうとする。
「ま、待った……」
取り敢えず止める。ガチだと気づいたからだ。
「お前……マジで喰う気か?」
「うん。何で?」
「何でって――」
どう言葉を選んだものか……。
「そいつはビスケスを殺した兎だぞ」ライブラが低い声で呟く。
「それが?」
「何とも思わないのか?」
「汚いとか思ってるの?」
ライブラが無言で立ち上がったので脇に居たレオとジェミニが押し留める。
「さっき洗ったよ」
「いやいや、そうじゃなくてさ」とテールが代弁する。
「アンタ、コイツついさっき仲間殺したのよ? そんなのなんで食べろなんて言える訳?」
エリーは皆を見回してから――。
「皆狩りとかしないの?」と問う。
「いや――あるぜ。村の人たちと一緒に猪狩りとか」
「僕だって、鷹狩りとか、父と一緒に魔物を狩ったりとかは、するよ?」
「嗜む程度に」
俺とレオ、サジは肯くが、話が繋がらない気がする……。
「なら何で?」
エリーはさも不思議そうに問う。
「普通食べるでしょ?」
レオと顔を見合わせる。レオは首を横に振る。俺は首を傾げた。俺が出身の村は猟で生計を立てている訳ではない。一般的な農村だ。家も農家だ。魔物退治や害獣退治をしたことがない訳じゃないが――。
「俺の村は、そういうことがあったとしても、強制しないことにしてる」
「そうなの?」
「年寄りとかは供養だとか言ってたけど、やっぱ、その……」
口にできる物ではないとは言えなかった。
「ふーん。じゃあ、食べる人。挙手」
誰も手を挙げない。サジは露骨にそっぽを向き、後頭部に手を組む。
「じゃ、私だけで」
「おい、やめておけ」
止めたのはオフィウクスだった。
「何で? 食べるのは私だよ?」
「それはただの兎じゃない。魔物だ。妙な毒や寄生虫があるかも知れん」
「クシー大先生のおっしゃるとおりだ。得体の知れないモン喰ったせいで、二度と他のモン喰えなくなった奴を何人も知ってる」とサジも止める。
「大丈夫だよ。寄生虫は火通すし、毒なら耐性あるし――」
「いい加減にしろッ!」
ライブラが叫ぶ。
「お前――そんなに腹が減ってるのか? 仲間を喰った化物までご馳走に見えるかッ!?」
「美味しそうだけど……」
「狂ってるぞッ!」
「……?」
エリーは小首を傾げる。
「リザートだとか、コカトリスだとか、食べたじゃん。なのに今更何?」
「だから言っているだろう! そいつはビスケスを殺した兎だ!」
「この兎だってお腹が減ってたんだよ。だったら食べるために殺すでしょ。当たり前のことだよ。それとも負けた時だけ都合良く被害者面するの?」
「倫理という価値観がないのかッ!?」
「倫理? 何それ、美味しいの?」
「――何故そこまで非情になれる?」
「非情って言うか……皆普段、何食べてるの? 魔物とか動物じゃないの?」
「お前――普段、それなのか?」問うと肯く。
「私、森に住んでたから。獣や魔物を殺して、料理して、食べて暮らしてる。他にも余ったお肉や、毛皮とか鱗とか剥いで、町で売って塩だとかナイフだとか武器だとか買ってるけどね。基本的に猟だよ。武器は鉤爪よりもっと良いの使ってるけど」
「お前、格闘家だって――」
「格闘家でもあるんだよ。普段、修行してるし。だから兼業なの。食べるのは猟師だけどライフスタイルは格闘家、みたいな」
じゃあ――こいつの中では、例え人を喰った魔物だろうと、喰うのが普通のことなのか……。
「アクエリアス……君はもっと、命を畏れるべきだ」とライブラ。
「怖がれってこと?」
「違う。敬意を表せと言っている。それは――さっきコニーが言ったように、食べることこそが供養という考え方もあるだろう。それこそが敬意を表す行いだとも言うだろう。だが私には――人の血のついた肉を忌むことこそ敬意だと考える。これは人を嫌うことじゃない。超えてはならない一線を自覚し、一歩引いて頭を垂れることだ。それこそが私の考える敬意だ」
「あっそ。それは私の敬意じゃないね」
「――なら喰っても構わん。ただし、自分の部屋で一人で喰ってくれ。薪は持って行って良いから」
「……そうだね。皆がいるのにボクだけ食べても美味しくないしね。だったらボク独りだけで食べた方が美味しいよ、きっと」
早々にくじ引きが行われ、各々の部屋が決まる。エリーは自室へ去っていく。
去り際に――。
「お高く止まってんじゃねーぞ、消費者の分際で。お前らが普段喰ってんのが、小奇麗な飯だけだと思うなよ」
そう呪詛を残して。
マンドラゴラは確かに大根に似た味がしたが、わざわざマンドラゴラを煮るくらいなら大根を喰った方が良いと心底思った。
一時間ほど経った後で、全員が集合し、今後の対策を練ることになった。
議題は当然、ビスケスを失ったこと。占いが使えなくなったことで、攻める手段がなくなった。その代替案を捻り出さなければならない。
「何か案のある人はいる?」とレオが尋ねるも、誰も返事をしない。
なので試しに意見を言ってみたが――。
「アリエスは……神託とかできないのか? それなら――」
「ごめんなさい。私は見習いですので……。それに神託は神殿でないと……」
アリエスを困らせる結果になってしまった。
「この迷宮そのものが神の悪意の権化だ。祈りが届くとは思えん。事実上、案はないに等しい」とオフィウクスが言う。
「ミノタウロスを探すだけなら簡単だった。投票で一人ずつ怪しいのを吊るし上げれば良いんだからな。だがアリアドネがいる以上、リスクが高過ぎる。占いがなくなった以上、順当に攻略するのが妥当だ」
それは最も全うな道に思えた。しかし、長く険しく先の見えない道だった。何故ならダンジョンが全てで何層なのか誰も知らないからだ。脱出するまで、ミノタウロスから生き残れる保障などどこにもない。
「誰か……ミノタウロスが誰なのか、分かったりしてないの?」ヴァルゴが問う。誰も何も答えなかった。ミノタウロスは狡猾で、これまでに物的証拠を何一つ残していない。疑わしいと言える人物はいる。だが現に疑わしい人物であったオフィウクスとサジが占われた結果白だった。ならばむしろそう思わせない人間こそ怪しいと言える。だがそうだとして一体、誰が――。
「仕方がない。この話は終わりにしよう。次は今回のボス戦で手に入れた宝石の話だけれど――」
「じゃあ、俺は部屋に戻る」オフィウクスは立ち上がる。
「おい、オフィウクス――」
「どうせ俺の手には渡るまい。貴様らで決めると良い」
言ってオフィウクスは自室へ去って行った。サジもついていく。
残り九人で、宝石の所有者を決める。昨日行ったくじ引きと同じ方法で決めた。無論、イカサマを警戒して。
結果、レオが宝石を手に入れることになった。
「じゃあ、ありがたく受け取るよ。大切に使わせて貰う」
レオは盾に宝石を嵌める。二つ目の宝石だ。
「じゃあ、ジェミニ、よろしく」テールが言う。
「何が?」
「何がって……『オイディプス王』よ! 昨日の続き!」
「え……? やるの?」
「暇なのよ」あんまりな言い種だが、実際暇だし話の続きが気になるのも確かだった。ジェミニは「じゃあ……」とでも言いたげな顔で腰を上げる。
旅に出たオイディプス。
旅は長く険しく、楽だとは言えなかったが、オイディプスは無病息災だった。一度通行人とトラブルを起こし、誤って殺してしまったものの、怪我もなく孤独な旅を続けられた。
ある日、オイディプスはとある旅人と出会う。旅人は付近の国の兵士だった。オイディプスは尋ねた。「旅の目的は?」兵士は答えた。「怪物を倒せる英雄を探しているのです」「怪物とは?」「スフィンクスです。恐ろしい魔物です。奴が存在するだけで、国は飢饉や疫病で苦しむのです。民の大半が死に、国は滅びる寸前です」「王は何をしている? こういう時に舵を執るのが王の役目であろうが」「王様はスフィンクスの討伐に出かけたきり……うぅ、間違いありません。王様は奴に殺されたのです」
オイディプスは泣き崩れる兵士を見て可哀想に思った。そこで腕っ節には自身があったので、その怪物退治を請け負うことにした。
「本当ですか? ありがとうございます」
オイディプスはスフィンクスの居場所を聞き、スフィンクス退治に向かった。
スフィンクスは人間の女性の頭部とライオンの胴体、鷲の翼を持った化物だった。
「愚かなる人間よ、
朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何か?
「今日はここまで」
「えー、ちょっと気になるじゃない!」とテールが避難がましく言う。
「疲れたんだ。明日で良いだろう?」
「待った。じゃあこうしない? その問題、アタシたちの誰かが解いたら続き話してくれるってのは?」
「……ふーん。なるほど。良いぜ。ちょっとだけなら」
「良し! じゃあ、コニー。何か案ある?」
「お前……答えが分かってて振ったんじゃないのか……」
相変わらずテールは軽はずみなところがある。
「朝四本だろ、昼二本、夜三本……そういう化物」と元も子もない解答をするサジ。
「不正解」
「魔物ではないのか?」とライブラ。
「魔物ではない」とジェミニ。
皆が腕を組み考える中――。
「……もしかして、ライアーノン?」とテールが真面目腐った顔で言う。
……ライアーノンとはなんぞや?
「ライアーノンって何?」とレオが訊ねるが――。
「え? 知らない? ライアーノン」と返され。
「生き物なんですか?」とアリエスが問えば。
「当たり前ジャン」と返す。
……ライアーノン。聞いたことがない。
「って言うか、それ、朝四本昼二本夜三本なのか?」とジェミニ。
「いや、ライアーノンは基本、朝は七本だから」
「七本!?」
皆が驚く中、サジが笑いながら言う。
「俺の知り合いが飼ってたのは夜十本だったぜ?」
「十本!? つーか、飼育可能なの!?」とヴァルゴ。
「へぇ、そんなのもいるんだ。私は夜八本までのしか見たことないけど」とテールは感心したように言う。
隣にいるアリエスと顔を見合わせる。……ライアーノン?
「あぁ、もしかしてあれ? 夜になると猫みたいな鳴き声で鳴く」とヴァルゴ。
「じゃあ猫じゃないんだね……」
「そんな猫がいたら失神する」
レオとライブラが迷走する中、俺は正体に気づいた。
「知らないの? ライアーノン。食べると蜂蜜みたいな味するよ」とエリー。
「食べられるのか!?」
「そんな気持ち悪いもの良く喰えるな!?」
俺も参加する。
「幼体の間はな。脱皮を繰り返して成体になると羽が生えて空を飛ぶ」
「ぶっ! 脱皮ィィィッ!? 脱皮するくせに猫みたいな鳴き声!?」
「それどこかの気持ち悪い虫か魔物だろ絶対!?」
「まさか。ライアーノンはただの動物よ。だって生きた蛙や蛇を食べるもの」とテールのダメ押し。
「ちょっと待って整理する。ライアーノンは朝七本で昼四本、夜は最大で十本。飼育できて、夜は猫みたいな声で鳴く。食べると蜂蜜みたいな味がして脱皮を繰り返し、成体になると羽根が生えて飛ぶ。ただし動物で生きた蛙や蛇が主食。なんぞこれ!? ただの化物じゃねーか!? えええ、スフィンクスの謎よりよっぽど難しいし正体が気になる!」
「――もしかして神の御使いか何かですか?」アリエスも降参か。
三人が程よく混乱してくれたのでネタバラシ。
「三人とも冷静になれよ。そんな気持ちワリー生物存在する訳ないだろ。魔物でもいねーよ」
「え? だって皆――」
「糞真面目だからからかわれるんだよ。そんなの初めから存在しない。皆でアドリブで話し合わせてただけだ」
「じゃあ七本とか十本は?」
「適当に言ったんだよ。脱皮も羽も蜂蜜もそうだ」
「馬鹿にしてたのか!?」
「ここまでずっぽり引っかかる方も引っかかる方だと思うぞ……」
呆れ気味に言うとレオとライブラ、アリエスは下唇を噛んで俯いた。
「でも全くナンセンスって訳でもないのよ? ライアー(嘘つき)とアンノウン(正体不明)を合わせてライアーノンだから」とテールの解説。
「じゃあ、あれはライアーノンじゃなかったんだ……」
エリーが呟いていたが聞かなかったことにする。
「で、なぞなぞの答えは?」とジェミニが頬杖をつきながら訊ねる。忘れていた。
「僕が答えよう。見苦しいところを見せたからね」とレオ。
「じゃ、答えを」
「答えは『人間』だ」
「正解」
「何で?」とヴァルゴ。
「朝は赤ちゃんだから、四本足。昼は大人になって、二本足。夜は戦争に行って人を殺して絶望に打ちひしがれて剣を杖にして三本足」
「……ちょっと違う」
ジェミニが呟いたが、正解と言うことで話の続き。
「良くぞ答えた旅人よ!」
そう叫んでスフィンクスは崖の下に身を投げ、死んだ。国には飢饉も疫病もなくなった。オイディプスは英雄として崇められ、褒美として、未亡人となった王妃と婚約し、新たな国の王となった――。
「めでたしめでたし」
「では終わらない」
ジェミニはヴァルゴの言葉を否定する。
「続きは?」
「明日だ」
「えー」とテール。
「言っただろう。疲れてるし、ちょっとだけだと。それに妙な言葉遊びでストーリーテラー喰いやがって……。話聞く気あったのか?」
「分からなかったからつい……」
ともあれそれで解散になった。
皆、順番に自室に戻って行く。
「コニー、少し良いか?」
ライブラに話しかけられた。俺は構わないと言う。
「今夜は楽しかった」
笑いながら言う。緊張の解けた笑いだった。
「こんなに楽しいのは久しぶりだ」
「……そうなのか?」
「私の家族は、真面目な人ばかりだから」
ライブラは燃える焚き火を見つめてから、天を仰ぎ、言う。
「昨日、子どもがいないと言ったな」
「あぁ」
「嘘なんだ。いた。一歳になる子が。流行り病で死んだよ。子どもなら罹ってもおかしくない病気だった」
そう言って、自室に去って行った。
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