◆第十一章 Stage3(ダンジョン~パズルフロア)

 第三のダンジョンは暗闇だった。これまでのダンジョンは壁に松明がかけられていた。だが今回はそれがない。俺たちが松明をそれぞれ持っていなかったら、何も見えない闇の中を進む破目になっていただろう。

 蝙蝠の鳴き声と羽ばたく音が聞こえる。「バット」と呼ばれる吸血蝙蝠のモンスターだ。床にもねずみが張っていたが、モンスターではなく、ただのねずみのようだ。

「上の蝙蝠、どうする?」

「ノーマーク……という訳にはいかないが、ほっとくしかない。数が多すぎる」

 真紅の光が数え切れないほどこちらを睨んでいる。ちまちま狩っていたら時間切れになってしまう。

 他にもリビングデッド、マンドラゴラなどのモンスターが居たが、決して強い相手ではなかった。リビングデッドの毒を持つ爪とマンドラゴラのスクリームに警戒する必要はあったが、確実に倒していけば問題がない。ここまで有利に立ち回ることができるのは、サジとオフィウクスのパワーアップがあったからだ。認めたくはないが、事実は事実だ。


 そのまま歩き続け、昼食を済ませた頃……。

 何かを蹴っ飛ばした。硬い。それでいて軽い何か。

 松明の灯りを床に近づけ、蹴飛ばした何かを確認する。

 頭蓋骨だった。

 ――人間の、頭蓋骨。

「……恐らく、前回の儀式の敗者だろうな……」とレオ。

 床を確認する。他にも骨が散らばっている。皆ここで脱落したのだろうか……。

 違う。人間の骨だけではない。色々な生物、恐らくモンスターの骨が転がっている。

「なんだここは……墓場か何かか?」

 ここら一帯だけ妙に骨が多い。まさか――。

「強敵がいる、ってことかもな」

 レオの言葉に肯く。松明を前に掲げ、警戒する。


 開けた場所に出た。やはり骨が転がっている。

「道が三つに分かれてるな」

 来た道を含めると四つ。十字の様に道が別れ、中央がホール状に広くなっている。

 ジェミニの地図を確認しながら、進む道を決めることにする。

 レオやオフィウクス、サジと共に話し合いをしていると――。

「あ!」

 ビスケスが声を上げた。俺はそちらの方を見る。ビスケスが指差す先には、ビスケスの松明に照らされた一匹の兎がいた。こちらに近づいてくる。

「兎さんだー!」

 ビスケスも近づく。

「馬鹿そいつから離れろォッ!」オフィウクスが絶叫するや否や――。

 兎が飛んだ。跳躍しビスケスの高さまで。一瞬で首を刎ねた。

 何が起きたか分からない。人形が壊れるみたいにビスケスの首が跳んだ。ビスケスの手から松明が離れ、あらぬ方向に転がる。ビスケスが闇に消える。軽いものが倒れる音。


 ――今、何が。

 俺以外も同じ疑問を抱いていた。途端パニックになる。


「おい、今のは何だ!?」

「ちょっと何なのよ!」

「今の何なの! ねぇビスケスは無事なの!?」

「足踏むんじゃねぇよ!」

「馬鹿共! 警戒しろ! 奴は殺人兎だ! モンスターだ!」


 松明で必死に床を探る。だが兎の姿は見えない。

 松明を掲げる。ビスケスを探す。ビスケスの顔が見えた。逆様の。切断面が上になっている。首だけしかなかった。

「――マジだ……! あの兎やりやがった! 全員警戒しろ! 兎から身を護れ! 奴は高く飛ぶ! 首を刎ねるだけの跳躍力があるッ!」

 だが松明しか明かりがない状態では動きようがない。どこから跳んでくるか分からない。背後からポンと吹っ飛ばされるかも知れないのだ。

「貴様ら一塊になれ! 動くな!」

 オフィウクスが叫ぶ。分裂するのは劣勢になると考え、俺たちはホールの中央に集まる。

「『キュローマ』!」

 オフィウクスが床を凍らせる。兎の足止めをする気だ。

「『クサギュロス』!」

 さらに岩を降らす。燃え盛る岩が灯りとなり、兎の居場所が判明した。ビスケスの亡骸の断面を――。

「貴様ァァァッ!」

 ライブラが吼えた瞬間、兎がこちらに気づき飛び上がる。速い。避けられない。――誰か殺される。視界の外から何かが放たれた。光芒のようなものは兎と交わり、共に視界から消える。何が起こったのか分からなかった。

 俺たちは反射的に伏せていた。そうすれば兎の跳躍攻撃から身を護れると思ったのだ。だが松明で照らしても、兎の姿は見えない。


「おい、ライブラ、身を低く――」

「いや……その必要はない」

「『レコポース』」


 どこかから声がした。オフィウクスの声だ。場が一気に明るくなる。太陽の下のようだ。

 すぐ視界にビスケスの亡骸が入った。更に遠くで槍に串刺しにされ、床に縫い止められた殺人兎がいた。動かない。死んでいるのだ。

「――ライブラがやったのか?」

 あの暗闇で、あの小さい的に……恐るべき腕だ。

 オフィウクスの方を見る。――魔道書に三つ目の宝石が象嵌されていた。


「おい、それまさか……!」

「これか? ビスケスのだ」


 なんて抜け目のない――。

「オフィウクス、君はまた――!」

 レオは怒りを露わにするが――。

「良いじゃないか。明るくなった」

 ……自分勝手な奴だが、何故こうも有能な呪文ばかり……。


「……あんた、『光属性』だったのね」とテール。

「光属性?」と鸚鵡返しで訊ねる。

「どんな人間にも、魔法的な才能として四大元素と光と闇があると言われているわ。中でも光と闇はあらゆる人間に備わった属性なんだけれど、魔力を行使して引き出すのは至難の業とされている。光魔法、または闇魔法が使えることが、一流の証を言われているの……」

「それで、こいつが光?」


 似合わねぇ……。


「悪いか?」

「意外よ。だって私は『闇属性』だもの。さっきのレコポースは光属性の中でも最も弱い呪文。暗闇を照らす程度の光しか生めない。でもそれを出せると出せないには雲泥の差がある……」

「なぁ、それって光だと性格良いとかあるのか?」

「目安としてだけど……」

「じゃあ絶対こいつ例外だぜ」

「アンタもはっきり言うわね……」


 テールに飽きれられたが、そうとしか思えない。

「……オフィウクス、君は本当は――善良な人間なんじゃないのか?」

 レオがテールの言を真に受けて血迷ったことを言い始めた。


「ちゃんと話聞いてたのか? あくまで目安だって――」

「だが……ビスケスが兎に近寄った時、危険だと叫んだとはオフィウクスだ」


 それは――。


「オフィウクス、あの兎は何なんだ?」とレオ。

「……ボーパルバニーだ。まさか実在するとはな」


 ボーパルバニー、聞いたことのない名前だ。


「それは一体何なんだ?」

「都市伝説……とでも言えば良いのか。擬態を得意とする魔物、突然変異の種、実験事故によって生まれた怪異の生物……話の尾鰭にキリはないが、共通する点として、人間の首を刎ねることを得意とする兎がいる、と聞いたことがあるんだ」

「それがボーパルバニー?」

「ボーパルの意味は判然としない。鋭い、恐ろしい、人喰いの、殺人の、などと訳されるが、実際のところは分からない。ただ――あの兎を見た瞬間、その噂を思い出したんだ」


 噂……。確かにそうだろう。仮に首を刎ねる兎を見た、殺したと他人に言ったところで、誰が信じてくれるだろう。


「君はビスケスを、そのボーパルバニーから助けようとした。結果的には間に合わなかったが……違うか?」

「それが何だ? 占い要員を護ろうとするのは当然の考えだろう? それよりこれからのことだ。どうする? 貴重な占い師を失ってしまった」


 ビスケスの亡骸を見る。……あんまりだ。こんな小さな女の子が、首を刎ねられて死ぬなんて――。

 だが、突然現れた兎に不用意に近づく方に落ち度がないかと言えば……いや、考えるのは止めよう。

「む。これは――」

 オフィウクスがビスケスの遺体に屈み、手の甲を指差す。例のアレか……。

 痣は円。更にその中に小さな横棒が入っている。

「おい、これ――『Θテータ』じゃないのか?」

 テータ。ギリシャ文字の一つ。文字としてだけでなく、『九』を意味する記号でもある。

「じゃあ、今までの痣も――」

 ジェミニが言いながら、パピルスを確認する。確か、これまでの痣は丸、罰、丸だから……。


「『Οオミクロン』、『Χキー』、『Ο』……だね」

「で、テータか……」


 一体何の意味が……。


「何かの文章だったりするのか?」

「どうだろう……これだけじゃ、何も……」

「全部で十四文字だろうな」


 この文字の意味は皆がほとんど死んでからやっと理解できる、ということなのか……。

「これ、脱出に関係あったりするの……?」

 ヴァルゴが震えた声で問う。もしあったら――。

「どこぞのインテリが皆殺しを開始するかもな」

 俺が呟くと、どこぞのインテリが鼻で笑う。

「今はまだ分からない。――が、記録はした方が良さそうだな」

 レオの言葉を聴き、ジェミニがパピルスに書き留める。

 あとは――。

「今までどおりで、構いませんよね?」アリエスが皆に問う。反論する者はいなかった。

「……おい、大丈夫か?」

 ライブラがさっきから一言も発しない。遺体を見つめたまま微動だにしない。

「――いや、あぁ……何でもない。大丈夫だ」

 エリーがライブラの槍を抜いて持ってきた。ライブラは小さく「すまない」と言って受け取る。

 レオがビスケスの頭部を丁重に運び、遺体の傍らに置く。オフィウクスが火を点けた。

「ビスケス、ビスケス、ビスケス……。汝の遥かなるエリュシオンへの旅路に無病と息災のあらん事を。風と共に去りぬ、安らぎの地へ――」


 最年少の犠牲者。初の戦闘での犠牲者……。

 恐るべき敵、ボーパルバニー。一瞬で人命を奪ったモンスター。

 ここから先、そんな敵ばかり出て来るのだろうか……。俺たちは、ミノタウロスの正体以前に、魔物たちに勝利し続けることができるのだろうか……。

 ビスケスの占いに頼ることはできない。その力故に、小さな身に余る重責を与えてしまった……。ごめん、ビスケス……。せめて安らかに眠ることを祈った――。


 歩みを止めることは許されなかった。

 幸い、二体目のボーパルバニーに遭遇することはなく、ボスルームに辿り着いた。


「ようこそ、第三のボスルームへ。おや? また一人減ったかな?」

「黙れシャレコウベッ! そのスカスカの頭に汚物を突っ込むぞッ!」


 急にライブラが怒鳴ったので、皆黙ってライブラの方を見る。

「マジギレかよ……怖い怖い。これからボスルームへ招待するが、準備は良いかな?」

 回復は済んでいる。レオが肯く。

「健闘を祈る」


 扉が開き始める。オフィウクスのレコポースはボスルームでも有効らしい。非常に明るい。床はこれまでと違い土が剥き出しで、部屋の奥に一基の棺があった。これまでのパターンから考えて――。

「アレの中身らしいな……」オフィウクスが呟く。

 皆がボスルームに入り、扉が閉じる。今度は棺の蓋が開き始める。中から瘴気を沸かせながら、――ローブを身に纏い、杖を携えた屍が姿を覗かせた。

「キャンサー、カプリコーン、スコーピオン、ビスケス……。皆があんな形で葬られたというのに――魔物の分際で贅沢な――!」

 ライブラが槍を構え、殺気の篭もった双眸を向ける。

「行くぞ――!」

 レオが先頭に立ち、皆が戦闘体制に入る。

 屍は杖を振り回し、呪文を唱える。瞬間――。

 地面の中から無数の骸骨が現れた!

 その数――十体。

「なんじゃこりゃあッ!?」思わず叫んでしまう。骸骨はそれぞれ骨でできた棍棒や剣を持っている。それぞれが人間の骨格をしており、二足歩行で接近してくる。

「あの襤褸雑巾ぼろぞうきん――ネクロマンサーだ」

「ネクロマンサー!?」オフィウクスが肯く。

「死体を総べる術を操る魔術師を本来は指すが……中には朽ちた自身の死体さえ操る者がいると聞く。あの襤褸雑巾はそういった死に損ないの類だろう」

 骸骨がわらわらと迫って来る。

「『龍神切り』!」一気になぎ払い、三体壊す。更にエリーが鉤爪で裂いて二体。

「『エリュギュロス』!」

 火炎が骸骨たちを焼き尽くす。

「こういうアンデッド系の敵にはね、炎が良く効くのよ!」

 一気に十体を一掃した。だが更にネクロマンサーが呪文を紡ぐ。もう十体の骸骨が現れる。

「おいおい、キリねーぜ……!」とサジ。

「この骨ってやっぱ……負けた生贄なのか?」

「違うだろうな」

 思わず出た呟きをオフィウクスが否定する。

「これが迷宮を作った奴の目論見の内にあるのならば、あらかじめ『人間の骨』を幾つも埋めて『下準備』させたに違いない。生きたままか死んだままかはさておきな」

 ――外道が。

「『エリュリュソス』!」

 オフィウクスの呪文が全ての骸骨を焼き払う。俺とライブラ、エリーが接近し、ネクロマンサーを攻撃する。だが手応えがない。液体か何かを斬りつけているみたいだ。

「――あ、かかか、――『ヒュプノスキア』」

 ネクロマンサーが何か呟――。


   *


「目は覚めたか?」

 オフィウクスが傍らに居た。手には緑の葉が握られている。


「これは――一体?」

「奴の呪文だ。人を眠らせる力がある」

「皆は――!?」


 まだ戦っている最中だ。レオを先頭に、テールやライブラ、エリーが奮闘している。

「眠ったのはお前とあの馬鹿共だけだ」

 オフィウクスが後方を顎でしゃくる。サジとジェミニとヴァルゴが眠っていた。

 あいつらと一緒……。


「アリエス、さっさとそのド腐れ脳味噌共を起こせ!」

「分かってます!」


 言いながらジェミニの口に赤い葉を突っ込む。


「違うッ! 気付けは緑の葉だ! 赤じゃない!」

「え? え、えっと……?」

「もう良い! 俺がやる! ……何をしている。目が覚めたなら貴様はさっさと戦え!」

「言われなくても……!」


 剣を持ち、骸骨に斬りかかる。いつの間にか二十体に増えている。ネクロマンサーは次々と数を増やす。


「これじゃキリがないぞ……!」

「『クサギュロス』!」


 無数の岩が敵陣に降り注ぐ。十三体の骸骨が破壊された。

「――こ、けけけ、――『メラコトス』」

 視界が暗転した。何も見えない。一体何が――。

「やられた! 『レコポース』!」

 再びオフィウクスが光の呪文を唱える。また明るくなった。骸骨は三十体近くいた。

「闇の呪文だ! 『レコポース』をかき消された!」

 そんなことまで――!?

「だったらまた燃やせば良いのよ! 『エリュギュロス』!」

 火炎が骸骨を掃討していく。俺たちも骸骨を駆除し続ける。

「時間を稼げ。『これ』は何度も使えないからな」

 どうやらオフィウクスに策があるらしい。癪だが信じて皆で骸骨を減らし続ける。

「『エリュギュロス』!」

 数が減った隙を見て、テールがネクロマンサーに火炎を放つ。

「クコココキコココココココ――『キュローマ』」

 しかしオフィウクスがかつて使った氷の呪文で打ち消されてしまう。

「ちょっと、こいつ、炎対策を……!」

「ならこうするまでさ――『ヘメラ・レコポース』ッ!」

 眩い光が敵全体を包む。骨そのものが浄化され、消滅して行く。ネクロマンサーも一緒だ。呻き声を上げながら、光に吸収されるように消滅した――。

「や、やったか……?」

 場は静まり返っている。モンスターは全滅した。


 勝ったッ! 第三ステージ攻略だ!


 オフィウクスは地面を注視していた。


「――お前、また宝石を……!」

「……見当たらないぞ?」


 確かに地面に宝石は転がっていない。


「言っとくけど、手に入ったら話し合いだからな?」

「――『エリュリュソス』」

「……いや、しま――」


 俺たちの総身を灼熱の炎が包み込む。今の声は――オフィウクスではなかった。現にオフィウクスも攻撃されている。ならば――。

「う、ぐ、ああああ……!」

 オフィウクスが転がり回る。俺は竜の鱗で作った鎧があったから、あまりダメージは受けずに済んだ。だがオフィウクスには鎧がない……!

「『レコン』!」

 アリエスが俺たちに回復魔法をかける。だがオフィウクスは動かない。――一体、どこから敵が……!?

 棺が立ち上がった。独りでに、跳ね上がるように立ち上がった。更に中から――新たなネクロマンサーが。

「マジかよ……!?」

 オフィウクスを連れ後退する。レオが前衛に立ち、壁の役目を果たす。


「おいオフィウクスしっかりしろ!」

「が……! 『レコギュロス』!」


 自らの呪文で回復する。


「やられた……! あれだ! あの棺そのものが本体なんだ……!」

「え――」


 棺そのものが――モンスター!?


「ミミックと呼ばれる種族だ……! 外殻を物体に擬態させることを得意とするモンスターで、人間を観察し人間が近づき安いものに良く化ける。呪文を唱える知性もある。宝箱に擬態した例が幾つも確認されているが棺なんてのは初めてだ」

「やばいのか!?」

「種さえ分かればただのモンスターだ。不意打ち至上主義の臆病なモンスターだからな」


 ネクロマンサーは棺の中から出てきた。――となれば、骸骨と同じで無尽蔵に出てくる怖れがある。あの棺を壊さない限り――モンスターを倒したことにはならない。


「サジ」

「何だ?」

「言わなきゃ分からんか?」

「また行けと!?」

「あいつら、数が多過ぎる。消耗戦でこっちが負けるかも知れん」


 サジはため息を吐き、首をゆるく振ってから――。

「隙を作るのは、アンタらの仕事だからな?」

 と了承した。

「当然」

 剣を構え、骸骨の群れに吶喊する。


   *


「――ま、またやるのか?」

 ジェミニが声を震わせ言う。

 パズルフロアはホールの反対側にある。辿り着くためには、骸骨の群れを駆け抜けて行くしかない。

「仕方ねーだろ。最弱の俺たちだろーと、戦わなきゃなんねーだよ。劣勢なんだ!」

 サジは前衛のレオたちを指差す。骸骨の群れに押され気味で、後退している。


「で、でも、どうやって……」

「隙を見て行くしかない。昨日と同じ。合図するから準備だけしてろ」

「わ、私はここに残るわ!」


 ヴァルゴが突然そんなことを言い出す。


「ち、違うのよ? 戦わない訳じゃないの。でもほら――私、足手纏いじゃない? 字だって読めないし、頭だって悪いし……それに、昨日迷惑かけちゃったし。だから残るわ。二人でやって。その方が――」

「やれやれ……」


 サジは首を軽く振りつつため息を吐きながら――。


「忘れたのかよ? レッド・ドラゴン倒す隙作ったのは、俺でもジェミニでもねー。お前なんだぜ?」

「それは――無我夢中で」

「俺たちはその無我夢中に助けられたんだ。足手纏い? まさか。お前は俺たちの、勝利の女神になってくれたじゃないか」

「はぁっ!? そんなこと言われても――。あーもう分かったわ! 行けば良いんでしょ! 行けば!」


   *


「もう……疲れた、キリないし……」

 テールが膝を着く。


「立てテール! 死ぬぞ!」

「そのくらい分かってるわよ!」


 骸骨の群れは夥しい。倒しても倒しても現れる。緩慢な動作で群れながらにじり寄って来る。死神の歩みのようだ。

「雑魚ばっかでつまんなーい!」

 エリーはまだまだ動けるようだが、群れの駆逐くちくに嫌気が差しているようだ。

「黙って数を減らせ!」

 と骸骨を二三体切り捨てるも、すぐに十対以上増える。

「オラァッ!」

 敵の攻撃が弱いのでレオも攻撃に回り、盾で骸骨を殴って破壊している。

 だがこのままでは――ホール全体が骸骨に埋め尽くされてしまう。

「貴様ら。あの空箱を叩く準備をしろ!」

 背後からオフィウクスの声。瞬間――。

「『ヘメラ・レコポース』!」

 浄化の光が大群を包む。氷でも溶かすみたいに骨を溶かす。

 ミミックへの道程ががら空きになった。

「チャンスッ!」

 エリーが一気に接近し、鉤爪を振るう――が。

「――『クローロ』」

 疾風が吹き荒れ、エリーが後方へ吹っ飛ばされる。接近対策まで……!

「『エリュギュロス』!」

 火炎が箱を包み込む。棺は震えながら悶え苦しむ。蓋が開き、中に本体のようなものが見える。金色の双眸のみが炯々と輝いている。

「やっと面見せやがったか……!」

 接近し剣を突き立てる。声にならない呻き声を出し、棺は痙攣する。

「ケケケココ……『キュローマ』」

 内側から新たなネクロマンサーが現れ、氷の呪文で鎮火する。剣を抜き、ネクロマンサーを斬るが骨の間を擦り抜け中らない。骸骨共と違って避けるのだ。

 疾風の呪文で後退を余技なくされる。敵はミミック一、ネクロマンサー一。ネクロマンサーが骸骨を十増やす。それだけではない。ミミックが新たに二体のネクロマンサーを追加した。更にそいつらも十体の骸骨を――。


   *


 骸骨の群れが消えた隙を突き、サジたちはパズルフロアに侵入した。

 全員生きた心地がしなかった。


 パズルフロアの奥には、階段へと続く扉があり、扉の前には三体の女神を象った石像があった。更にフロアの中央には台座があり、上に『黄金の林檎』が鎮座していた。

「嘘、あれ……本物!? 純金!?」

 ヴァルゴが伸ばした手をサジが掴む。ヴァルゴが気づく。罠かも知れない、と。

 サジは台座の周囲を調べ、罠があるか否か調べる。何もないことを確かめると、念には念を入れ警戒しつつ、黄金の林檎を手に取る。

 途端、三体の女神像が林檎へ視線を向ける。口を開き喋りだす。


『妾の名はヘラ。結婚、母性、貞節を司る女神也』

『我の名はアテナ。知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神である』

『私の名はアフロディーテ。愛と美と性を司る女神です』

『美しさは矜持』

『美しさは勝利』

『美しさは正義』

『其の林檎は』

『黄金の林檎』

『最も美しい女神が』

『持つべき林檎』

『人の子よ。真実を見定めよ』

『林檎をあるべき所に捧げるのです』


 三体の像は沈黙した。


「これって、まさか――」とジェミニは言いかけるが。

「最も美しい女神だろ? だったら――」とサジはアフロディーテに捧げようとする。ジェミニが止めうとした途端――。

『痴れ者がッ! 最高位の妾を差し置き、見てくれしか能のない女神に林檎を差し出すかッ!』

『愚物めッ! 外見の麗しさのみに惑わされる、真に盲目なる無知蒙昧な人間風情がッ!』


 天井から雷が落ちる。激しい紫電が鳴り響き、地面を焦がし、閃光を明滅させる。

 雷が消えた。床には焦げしか残っていない。遺体さえも、残らない。ヴァルゴは口元を覆っている。声すら出せない。ジェミニは震えた声で呟く。


「――サジが、死んだ」

「生きてるよ」


 台座の裏からひょっこり現れた。


「な、何故? まさかモンスター!?」

「え?」

「蘇ったのか!? お、大人しく死んでくれ! 頼む!」

「ちょいちょいちょい……! 俺だよ俺、オリジナルですー。骸骨じゃねーだろ、良く見ろや」

「なら何で……?」

「避けたんだよ」


 サジは万能ナイフを見せる。そこには宝石が三つ嵌っている。


「これが俺の『三ツ星トリトス』。『罠回避能力』って奴さ」

「脅かさないでよォッ! 死んだかと思ったじゃない!」


 ヴァルゴがやっと口を開く。


「悪いね。どこまでやれるか試したかったんでな。で、どういうこった? 一番美しいのは美を司るアフロディーテなんじゃねーの?」

「その林檎を見せてくれないか?」


 ジェミニに林檎が渡る。


「これ……重いな」

「間違いない。純金だ」

「……やっぱり刻んである。ここ。『最も美しい女神に』って」

「それがどうかしたのか?」

「『不和の林檎』だよ。神話の。知らない?」

「悪いな。お勉強はさっぱりなんだ」


 ジェミニは林檎の背景を簡単に説明する。曰く、パーティに呼ばれなかった女神エリスが、腹癒せに『最も美しい女神に』と書かれた黄金の林檎をパーティ開場に送った。それを見たヘラ、アテナ、アフロディーテが所有権を主張し始める……。


「で、神話では結局誰の手に渡ったんだ?」

「一応……アフロディーテ」

「なら――」

「それが原因で戦争が起きた」

「あんまりだ」


 二人揃って辟易した顔つきになる。


「でも、実際美を司る女神なんだから、アフロディーテが一番美しいんじゃねーの?」

「揃いも揃って我が強いんだよ。一柱に渡したら他の二柱が納得しない。それにさっきも言ってたじゃない。『外見だけが美しさの基準じゃない』って」

「負けそうになった時にそれを言うのか……」


 試しに他の二人に渡す。

 アテナの場合。


『痴れ者がッ! 最高位の妾を差し置き、女伊達らに勇み猛る女神に林檎を差し出すかッ!』

『馬鹿なのですかッ! 神の与え賜うたその双眸で良く御覧なさい。最も美しい女神は寛容で見目麗しい私ですッ!』


 ヘラの場合。


『愚物めッ! 権力に媚び諂い阿り強者に縋り弱者という立場を糊塗する薄弱な人間風情がッ!』

『馬鹿なのですかッ! 神の与え賜うたその双眸で良く御覧なさい。最も美しい女神は若くて見目麗しい私ですッ!』


「どうしろと!?」


   *


 ホールの三分の二を骸骨が占めている。緩慢な動作で蠢きながら、こちらへ接近してくる。

 ミミックの背後のパズルフロアで、光が明滅しているがそれどころではない。

 もう骸骨の数は数え切れない。

「なんか、こいつら段々強くなってない!?」

 テールが愚痴を零した瞬間、思い出す。


「レオ、今時間は?」

「時間……? しまった、もう夕焼け空だ……!」


 魔物は夜が近づくにつれ強くなる。つまり、こうして長期戦になればなるほど、骸骨共の戦闘力は増していく。

 万事休すか……。


「オフィウクス。もう一度呪文を頼む」レオが言う。表情には決意があった。

「皆。訊いてくれ」


 レオが策を告げる。

「それ――マジでやるのか?」

 かなり無茶な策だ……。


「やるしかない。頼むぞ、皆!」

はらを決めろ。――行くぞ! 『ヘメラ・レコポース』!」


 ホール全体を覆う閃光。全てのアンデッドモンスターが死滅し、ミミックだけが残る。

「今だ!」

 レオが吶喊する。だが疾風呪文が襲い掛かる。盾を構え、身を低くし風圧に耐える。

 レオの背後からライブラが接近し、地面に槍を突き刺し、柄の撓りを利用して飛ぶ――! 吹き荒ぶ疾風の上空を通過し、ミミックに接近する。

 ミミックはライブラに気づき、呪文を解き棺の蓋を開く。――ライブラはその中に三本のナイフを投擲した。スコーピオンが遺したものだ。咄嗟にミミックは蓋を閉じる。その隙に俺たちは一気に接近していた。

「『エリュギュロス』!」

 テールの火炎がミミックを包み込む。エリーの鉤爪が蓋を切り裂く。

 再び疾風の呪文。ライブラとエリーが吹き飛ばされるが――レオだけは耐える。そのレオを踏み台にして――俺が空中から斬りかかる……!

「『龍神斬り』ィィィッ!」

 剣が棺の途中で止まる。四分の一ほど切断したが、まだ残っている。蓋が開こうと痙攣している。まだ息がある……!

「レオッ! 駄目押しだッ!」

「応ッ!」

 レオは盾を構え、渾身の力を込め棺を殴りつける。棺に亀裂が入り――真っ二つに割れた。

 中から目のついた黒くて丸い何かが現れる。これが本体――。

「ラァッ!」

 両断した。あっさり真っ二つになり、溶けて消滅する。後には宝石が一つ残った。


    *


 宝石はレオが預かり、非戦闘組と合流した。

 ジェミニがパズルの内容を説明する。

 感想。

 どうあがいても絶望。


「誰に渡しても駄目だったんだろ? じゃあどうすりゃ良いんだよ?」

「多分……仮に誰かに渡したとして、他の二人を納得させられれば良いんだと思う。つまり、全員が納得する答えを用意すれば良いんだ」とジェミニ。


 だが自分が林檎を貰えないと分かった途端、渡した人間を攻撃するような女神をどう説得しろと?

「――そうか、分かったぞ」

 レオが晴れ晴れとした顔で言う。

「簡単なことだ。こんな話を知っているか?」

 レオが語り始めたのは、誰がも聞いたことのある寓話だった。

 ある所に一人の子どもがいた。しかし、子どもの母親を名乗る女性は二人いる。王はどちらが子どもの本当の母親か見定める必要があった。

 王は二人の母親に告げる。「争いは良くない。子どもを真っ二つにして二人に分けなさい」

 で、子どもの死を怖れ先に譲った方が本物、という誰もが知っている話だ。

「偉大なるソロモン王の逸話だな。――で、それを説得にどう落とし込むと?」とオフィウクス。

「要するにこう言えば良いのさ、『この林檎は美しい女神が持つのに相応しい。でも自分が本当に一番美しい女神だと知っているならば、こんな証など必要ないでしょう?』ってね!」

 こうして監督、脚本、演出レオ。主演俳優サジで女神の説得が試みられた。

 三柱の女神の反応の共通項を抜き出すと以下のようになった。


『御託は良いから寄こせ』

「髪が焦げたぞどうしてくれる」

「ち、違ったみたいだね……」


 奴らは女神だ。慈悲はない。


「林檎のために賄賂わいろ送るような三柱だよ。そんな人情作戦通じる訳ないじゃん」

「先に言えよ」


 サジはジェミニに文句を言う。作戦は白紙に戻った。

「例えばだけどさ。こう……林檎の所有権をローテーションするってのは……駄目ですよね。分かります」

 女性陣の視線を感じてジェミニは自分の意見を引っ込めた。


「やっぱアフロディーテに渡すのが正しいんじゃーのか? 実際神話でもそうだったんだろう?」

「それで戦争が起きたって最初に説明したのに何故同じ過ちを繰り返そうとする?」

「人間だからかな。そんなことはどうだって良いんだ。重要なのはだな、林檎が一個ここにあるってことは、正解が一つあるってことだ。そうだろ? だとしたら三人の内一人は本当にいっちゃん美しい女神な訳だ。他二人はごねてんだよ。ジェミニの言うように、それをどう説得するかって話。美談とかじゃねーんだ。どう口説いて説得するかなんだ」

「で、お前は正解はアフロディーテだと?」とオフィウクス。

「そりゃそうだろ。美の女神だし、スタイル良いし、何より他の二人に比べて怖くない」


 最後の何気に重要だな……。


「待った。それは違うと思う」意外にもレオが反論しだした。

「一番美しいのはヘラ様だろう。外見の美しさが存在の美しさとは限らない。内面も考慮しないでどうするんだ?」

「お前、年増が好きなのか?」とサジ。

「と、ととと、年増とか言うんじゃない! 僕はだな、考えたんだ。女性の美しさとは何か。そして気づいた。それは慈しむ心。母性であると」

「え? マザコンなの?」とジェミニ。

「誤解を招くようなことを言うな! 僕は論理的に考えてだな! 最も美しい女性とは、母性のある女性であり、となれば母性を司り現に他二人の母でもあるヘラ様が妥当だと――」

「だったら俺はアテナ様が一番美しいと思うぞ」


 ジェミニが話をややこしくする。


「外見だとか、内面だとか言うけどな。美しさってのを勘違いしてないか? 『美』ってのは『洗練』なんだよ。『混沌』を美しいと思うのは心が病んでる証拠だ。『秩序』立ったものにこそ、人は『美』を感じる。『秩序』あるものは『洗練』されたものとなる。無骨な岩石を美しい女神像に変えるように、雑然とした思考を美しい論説に変えるように、散逸した音色を美しい音楽に変えるように、氾濫する幾万の言の葉を美しい詩篇に変えるように――。秩序は洗練であり、洗練は美だ。ならば工芸や芸術、知性を司るアテナ様こそが一番美しいに決まっている!」

「暗い奴には優等生が眩しいもんさ」サジが容赦ない。

「そうは言ってないだろ!」

「落ち着けジェミニ。君の意見は分かるが、女性はやっぱり母性だ」


 女性陣がすげー目でこちらを見ている。三人は気づいていない。


「おい、コニー、クシー。お前らも意見言えや」

「クシーと呼ぶな」


 そう言っただけでオフィウクスは何も言わない。至極興味がなさそうだ。俺は仕方なく思ったことを言う。


「林檎を三つに分ければ……」

「はぁ!?」とずっと黙っていた女性陣から一斉にバッシングが。

「おいおい、キープかね?」とサジ。

「コニー、それは僕でも一番やっちゃいけないことだって分かる」レオまで。

「男気のない奴だ」テメーに言われたくねーよ、ジェミニ。

「だって仕方ねーじゃん! あぁいうタイプが誰か一人選ばれて黙るかよ! なんやかんやでごねるに決まってる! その時点で美しくねーんだよ!」

「おい、石像がお前を睨んでるぞ」

「え!? マジ!?」


 石像を見る。明後日の方向を見ている。サジの嘘だった。

「サジ、テメー!」

 サジの頭蓋を拘束して締め上げていると、オフィウクスが前方に歩き出す。


「オフィウクス?」

「貴様らの意見は駄目なりに参考になった。答えは大体分かった」

「でも――お前」

「こういう謎は自分でやらねば解答は得られん」


 賢者らしいことを言っているが――大丈夫か? 命懸けだぞ……。


「おい、林檎――」

「必要ない。台座に置いとけ。そうだ、お前ら端にならべ、中央につっ立ってるんじゃあない」


 策有りと見て俺たちは端に並ぶ。だが何をする気なのか……。


「クシー、やばくなったら俺が合図する。避けろよ?」とサジがナイフを見せながら言う。

「そうならないよう善処する」


 オフィウクスは三体の女神像の前に傅き、頭を垂れる。

「ご機嫌麗しゅう、ヘラ様、アテナ様、アフロディーテ様。私は人間界にてしがない賢者をしております、オフィウクスと申します」

 皆口を開けて驚く。オフィウクスが敬語を使っているからだ。


『ほう……人間界の賢者か』

『ならば当然理解しているな?』

『この中で、誰が最も美しい女神かを』

「怖れながら申し上げますと、私には判りかねます」


 堂々と『判らない』とは――死ぬつもりなのか?

「私は賢者と他人から呼ばれる身とは言え、所詮は一介の人間に過ぎません。人間如きが女神様の美貌に意見するなど、おこがましい……」

 このオフィウクス、偽者じゃないのか? モンスターが擬態してるとか……。


『ほう、殊勝よの』

『近頃の人間にしては奥床しい』

『その謙虚な態度。信心を忘れぬ良き心がけです』


 殊勝。奥床しい。謙虚。――オフィウクスの対義語ばかりだ。


『しかしオフィウクスよ、妾らが求めるは林檎に相応しい女神』

『知らぬ存ぜぬでこの扉を通す訳には行かぬ』

『答えなき者に与える未来はありません。貴方になら分かるでしょう?』

「心得ております。そこでこのオフィウクスめが愚考致しました」


 像の双眸が光る。――ここからが、本選ということか。


「女神様はおっしゃいました。美しさは矜持、美しさは勝利、美しさは正義。ならば答えはただ一つ」

『なんぞ?』

「――戦って決めてください」


 ……なん、だと?


「美しさが矜持であり、勝利であり、正義であると言うのならば、最も強い者が林檎を持つのは必定。故に女神様の中で最も強い女神が林檎を持つに相応しいのです」

『ほう……汝、妾らに争えと?』

『我らに醜く奪い合えと?』

『そんなことが美しい証だと言うのですか?』


 雲行きが怪しい……。オフィウクスも女心までは解けなかったか……。

「えぇ! その通りです! さぁ、あの台座の上に黄金の林檎がございます! あれを真っ先に手に取った女神こそ、最も美しい女神です!」

 だがその一言で女神の反応が変わった。静寂。女神像が一様に動き出す。緩慢な動作で歩き始める。それだけではない。手を使って他の女神を妨害し始めている……!


『退け! 最も美しいのは妾じゃ!』

『退かぬ! 最も美しいのは我だからだ!』

『否! 最も美しいの私です!』


 台座を前に激しい攻防戦を繰り広げる。石像の一部が壊れ、破片が散る。

「馬鹿共、いつまで呆けている。走れ! 扉の向こうへ!」

 オフィウクスが扉を開く。俺たちは急いで扉へ向かう!


『貴様、母に逆らうか!』

『美の優劣に親子など関係ない!』

『そうです! 最も美しいのは私です!』


 扉を閉じた。


 全員いる。助かった。


「オフィウクス……なんか、雲行き怪しかったのに、何で……?」

「目の前に餌をぶら下げたんだ。『林檎を真っ先に取れば勝ち』。ルールを明確にすれば、喰い付かざるを得なくなる。逡巡している間に出し抜かれたら元も子もないからな」


 そこまで計算して林檎を台座に置いたのか……。とんだ詐欺師だな。


「だがオフィウクス。君のお陰で助かった。感謝する」レオは手を差し出すが――。

「感謝されるためにやったんじゃない。俺が生き残るためだ」と言ってオフィウクスは階段を昇って行く。

「照れ隠しだぜ、多分」


 サジはそんなありえないことを言いながら昇って行く。ヴァルゴも着いて行った。


「時間はかかったけど――」レオは言う。

「分かり合えた気がしないか? オフィウクスたちと」


 俺は――。

「そうか?」

 正直そうは思えなかったので、疑問で返す。だがレオは晴れ晴れとした表情をしていた。

 七人で歩き出す。


「ところでさ――」テールが何気なく訊ねる。

「もしここに黄金の林檎があったら、誰が持つべきだと思う?」


 俺とレオとジェミニは全力で階段を駆け登った。

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