◆第十章 Stage3(エントランスⅢ)

 ジェミニの合図が出た瞬間――レオが突進した。


 盾を前に出し、一気にオフィウクスに接近する。

「『エリュギュロス』」

 オフィウクスの魔道書が光る。燃え盛る火炎がレオに襲い掛かる。だが全ての炎を盾で防ぎ、そのまま突進を続ける。

 オフィウクスは後退し、更に火炎を放つ。床に火を放ち壁を作る。だがレオは炎の壁を越え、更に接近する。

 レオの攻撃手段は近距離しかない。だが近づきさえすれば勝ったも同然だ。

 レオとオフィウクスの距離は三メートル弱。近づけない距離ではない。

 だが――見た。オフィウクスが笑うのを。

「『クサント』」

 巨岩が落下する。レオは後退し回避する。

「――『クサギュロス』」

 ――待て。さっきは、『エリュリュソス』と『レコギュロス』を使えるようになった、としか――。

「アイツ……! ここまで見越して業と……!?」

 無数の岩がレオに降り注ぐ。レオは盾で防ぎ、剣で払い、岩から身を護る。更に疾駆し接近する――。

「『キュローマ』」

 新たな呪文。床一面を凍らせる。レオは凍った床に足を滑らせ、転倒する。

「『エリュリュソス』!」

 業火がレオに襲い掛かる。体勢を崩したレオに直撃する。だが――。

「この鎧のことを忘れたか?」

 炎のエネルギーを竜の鱗が吸収していく。炎を剣で掻き切り、一気に接近する――。

「――ラアァッ!」

 剣はオフィウクスを袈裟切りにし、血潮を噴出させる――。


「――う、か……!」

「オフィウクス、許せ」

「構わん。俺の勝ちだ」


 そう笑い――。

「『キュローマ』」

 噴射した血を凍らせた。無数の細かな針となった凍った血が、レオに降り注ぐ。盾が間に合わない。顔面に直撃する。


「――う、ぐあ……!?」

「『レコギュロス』」


 オフィウクスはあっさり傷を塞ぎ――。

「『キュローマ』」

 血液の付着した鎧を凍らせた。 

「ま、まだだ……! まだッ――!」

 瞬間――鎧に亀裂が入り、砕けて行く。――何故?

「『錬金術』の応用だ。熱した物体を急激に冷やすと、亀裂が入る。温度の急激な変化に物体がついていけなくなるのさ」


「う、ぐ……」

「だが……やはり盾と剣は無事か……。どうやっても壊れない造りらしいな」

「オフィウクスゥッ!」


 レオが剣を振るう。だがオフィウクスはあっさり避け――。

「『エリュリュソス』」

 レオを火炎で包み込んだ。

 鎧がエネルギーを吸収しきれず、粉々に砕け散って行く……。

「う、ぐ……」

 レオが両膝をつく。

「さて。こんがり焼かれて死ぬのと、酸欠でもがき苦しみながら死ぬの、どっちが先かな……?」

 レオが負けた。そう思った。鎧のない状態であんな火炎に包まれて、生きている訳がないと。――だが、俺は忘れていた。レオが兵士であることを。

 レオは咆哮ほうこうし、オフィウクスに吶喊とっかんする。

「馬鹿め。――『クサント』」

 巨岩がレオに落ちる。だが――レオは両手に持った武器を捨て、加速し巨岩の下を潜る。

「――な」

 鎧も武器も失ったレオは素早く接近する。だが――無茶だ。武器もなしで何をする気なんだ――。

 レオはオフィウクスに突進し――体当たりを決めた。オフィウクスは吹っ飛ぶ。更に掴みかかり、拘束する。オフィウクスの服に炎が燃え移る。

「な、何――馬鹿か貴様!? まさか――心中するつもりかッ!?」

 火達磨ひだるまになりがなら、二人の塊は転がって行く。

「離せッ! 貴様ッ! 正気かテメェェェッ!?」オフィウクスが絶叫する。レオは本気だ。

「ちょっと、流石に止めた方が良いんじゃないの!?」とテールが俺の袖を引っ張る。

「……」

 どうすれば良い。止めた方が良いのか? だが男同士の決闘だ。水を差す訳にはいかない――。

 逡巡しゅんじゅんした瞬間、動いた人間がいた。レオとオフィウクスに桶を使って一気に水をかけたのだ。

「――頭は冷えたか?」

 見下ろしながら死屍累々ししるいるいの男二人を――ライブラが見下ろす。

「……貴様、よくも邪魔を……」とオフィウクスが恨みがましく言う。

「私も命が惜しい。戦力は減らしたくないのでな」

 言いながら去っていく。

「カッコイイ……」

 テールが目を輝かせていた。

 それよりも――。

「おい、レオ。大丈夫か? おいレオ!」

 駆け寄り安否を確かめる。だが――。


「おい、レオ……。酷い火傷だ。このままじゃ死ぬ……!」

「アリエス、頼む。レコンを!」

「は、はいっ!」


 アリエスに治癒魔法をかけて貰う。だが――。

「む、無理です! 火傷が酷過ぎます! 私では――」

 となれば――。


「おいオフィウクス! レコギュロスをかけろ!」

「……。……――断る」


 息も絶え絶えに答える。


「何だとテメェ!?」

「まだ……勝負はついてないんでな」


 邪悪に笑いながら言う。こいつ――。

「そうか。そうかよ」

 なら仕方ない。俺は自分の剣を手に取り――オフィウクスの腹に突き刺した。


「ぐああああっ! 貴様、何を!?」

「レオを治療しろ。したら抜いてやる」

「脅す気か貴様ァ!?」

「そうだよ。さっさとしろ」

「動くんじゃないわよ、サジ!」とテールが叫んだのが聞こえた。向こうはテールが押さえてくれるらしい。

「聞こえなかったか? さっさとしろよこの糞インテリ! それともこのまま死にてぇかァッ!?」

「ぐ、おおぉぉぉおおぉぉぉっ! 憶えていろ、コズミキコニス! この屈辱は必ず晴らすからなッ! 『レコギュロス』ッ!」


 レオの火傷が治っていく。俺は剣を引き抜いた。

「『レコギュロス』ッ! ……憶えていろ、コズミキコニス……!」

 呪詛を吐きながら、腹を抱え去っていく。俺はレオに近づいた。


「どうだ? 容態は……」

「傷は治りました。でも――」


 脈を取る。生きてはいる。仰向けにして寝かせた。

「大丈夫なの?」

 テールも心配してくれた。「恐らくは」と答えた。息はしている。気を失っているだけだろう。


「なんで男って無茶する訳?」

「……さぁな」


 男だから。そんな同語反復をするしかない。

 レオを適当なところに寝かせ(部屋まで運ぶのは重くて無理だった)、皆で朝食を摂る。いないのはオフィウクスとサジ、ヴァルゴだ。二日も経つが、レオの言うようにアウトローチームが考えを改めてくれる兆候はない。

「すまぬ」

 食事中、何度目かのビスケスの謝罪だった。


「お前は悪くない」

「じゃが――」


 まだ十そこらの子どもにこんな修羅場を見せた上、気を使わせるとは……大人失格だ。


「ビスケス、私たちにはお前の力が必要なのだ」ライブラが言う。

「じゃが、それがこんな――」

「違う。ビスケスは悪くない。悪いのは私たちだ。私たちが考えなしの投票をしたのが悪いのだ。ビスケスは占っただけだ。自分を責めなくて良い」


 ライブラの言うとおりだ。俺たちが短慮だったのは間違いない。短絡的に「不道徳」な奴即ちミノタウロスと考えた。だが果たして本物のミノタウロスがそんな分かりやすい行動をするだろうか? 人間だと証明できるのは、この場において大きなステータスだ。そのステータスを見す見す与えてしまった俺たちに落ち度がある。第一手は協力してレオ辺りを『人間だと証明して貰う』べきだったのだ。一刻も早くここから脱出したいという欲望に打ち克ち、本人に隠れて団結することができればの話だが……。

 だが、逆に言えば――ミノタウロスは、今俺の周りにいるとも言える。俺、テール、アリエス、ライブラ、ジェミニ、エリー、ビスケス、気を失ったままのレオ……。

 この中にミノタウロスが? そうは思えない。だとしても、誰だか見当もつかない。

 ならサジやオフィウクス、ヴァルゴがミノタウロス? だがサジやオフィウクスがミノタウロスである確率は共に一割。俺たちよりも格段に低い確率なのだ……。

 本当に……俺たちの中に、人間のフリをした化物が? 一体、誰が――。

 レオが目を醒ました。

 第一声は謝罪だった。「すまない」と。


「全くだ。無茶しやがって」

「はは……、カッコつけ過ぎ、かな?」


 思わず笑ってしまう。タフな奴だ。


 レオの食事が終わり、俺たちは今後の対策を練る。

 第一に今夜の投票は、信頼できそうな人間で尚且つミノタウロスだと思えない人間に投票すること。

 第二にアウトローチームとの協力関係はあくまで続けること(向こうに反意がある場合はその限りではない)。

 第三にスコーピオンの遺したナイフはスコーピオンが持っていた砥石と共に、俺が預かること。

 以上の三つが決まった。

 アウトローチームとの協力には是非があったが(特にテールが反発した)、正直、奴らは強い。これから先、レッド・ドラゴン以上の敵が出てくる可能性がある以上、協力は必須。だがそれは向こうも同じだ。

 決闘が終わってから一時間ほど経ち、アウトローチームと合流。互いに「まだ」協力する意思があることを確認した。無論、ダンジョン攻略、ミノタウロス討伐に関してのみだろうが……。

 レオとオフィウクスの決闘も、ノーゲームということで決着がついた。


 スコーピオンの葬儀を行った。

 この段になってやっと死者のとむらいいとは、俺たちはロクな死に方をしないだろう。

「スコーピオン、スコーピオン、スコーピオン……。汝の遥かなるエリュシオンへの旅路に無病と息災のあらん事を。風と共に去りぬ、安らぎの地へ――」

 スコーピオンがいなければ、レッド・ドラゴンに勝つことはできなかった。スコーピオンの暗殺のプロフェッショナルとしての知識や機転に何度も助けられた。社会的には悪だったかも知れないが、俺たちにとっては頼りになる仲間だった……。


 ありがとう、スコーピオン。


 葬儀が終わった瞬間、どこからともなく鐘の音が聴こえてくる。五分以内にここから出る決まりだ。皆でダンジョンへ続く扉の前に集まる。


 タルタウロスが喋り始める。

「おはよう、諸君。いやいや、今朝もド派手に騒いでたみたいじゃないか。もう少し優しく起こしてくれると嬉しいかな」

 何様だよ……。

「また頭数は減っているようだが、確かに全員いるようだな――ではタルタウロス討伐の戦士たちよ、これから汝らに糧を与える」

 扉が開いた。

「自分の名前が書かれた宝箱を開けるが良い」

 宝箱の中身は変わらない。俺、ライブラ、エリーは竜の鱗で作った鎧を新しく装備する。これまでの装備より重い。だが防御力や魔法耐性は格段に高い筈だ。レオは急ごしらえだが同じ鎧を装備している。それ以外は体力や戦いのスタイル的に鎧を装備できない。

 装備を終え、ダンジョンへ続く扉の前へ。

「では、諸君、健闘を祈る……」

 扉が開く。


 始まる。第三の死闘が――。

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