◆第九章 Stage3(エントランスⅡ)

 翌日。


 部屋の戸を叩かれ、起きる。

 出るとレオが立っていた。


「おはよう、レオ」

「おはよう、コニー。さっそくだが、良いかな?」

「ん? 何だ……?」

「――服を、脱いでくれないか?」


 ――と真面目腐った顔で言った。

「…………。――は?」

 寝惚けているからか、理解が追いつかない。それとも聞き間違い?」


「ご、ごめん……なんて?」

「だから――服を脱いで欲しい。全裸になって欲しいんだ。……こんなこと、二度も言わせないでくれ」


 ……。――え?


「えぇえええぇええぇえぇぇぇ!? お前、そっちだったの!?」

「……え? ち、違う! 誤解だ! そうじゃない!」

「もしかして、所属『神聖隊』だったりする訳? それずっと隠してた訳!?」

「ま、待て。違う、そうじゃない! 僕はそっちじゃない。誤解だ!」

「……な、なら何で全裸なんて――」

「い……今は言えない」

「何故!?」


 途端、レオの表情が真剣に戻る。


「頼む。脱いでくれ。僕は君を信じている。だから」

「どういう意味で信じてんだテメー!?」

「大事なことなんだ。僕を信じてくれ」


 ――あ、朝っぱらから何を言っているんだこいつは……!


「……。――ほ、本当に、脱ぐだけなんだな?」

「あぁ、信じろ」

「で、でも……恥ずかしいし……」

「恥ずかしいだと!?」


 たかぶり始める。


「情けない! 男子足る者、自身の肉体に自信を持ったらどうだッ!?」

「何顔真っ赤にして熱弁してんだ如何わしいッ! 分かった脱ぐ。脱ぐよ! でも五メートル以上離れやがれ!」


 こうして全裸になった。全裸を見せた。ぐるっと回った。そして――。


「何肩に触れてんだテメーッ!?」

「い、いや、違う! 誤解だ! なかなか良く鍛えられている筋肉だと思って、つい……」

「誤解誤解って何回言や気が済むんだよッ!? 全然弁解になってねーんだよッ!」

「そ、そうだな。済まない。君の体に新しい傷がないか確かめたかっただけなんだ。実は――」


 レオ曰く、ミノタウロスは体に外傷を負っている可能性があるらしい。襲われたのがコーンのような非戦闘要員ではなく、戦闘要員だったからだ。

 それは、つまり――。


 レオから占いの結果を聞いた。

 ビスケスが占ったのは――サジタリウス。結果は――『サジタリウスはミノタウロスである』。

 つまり、九割の確率でサジは『白』だ。


 更に新たな遺体が発見された。

 被害者は――スコーピオン。

 自室にて殺害され、腹部を切開、内臓を欠損――コーンと同じ創傷だった。


 だが室内の様子が異常だった。

 広がった血溜まり。

 部屋中に散乱した拉げたり折れたりしたナイフ。

 中身をぶちまけた皮袋。

 引き裂かれた枕。

 ひっくり返され、中身を抉られたベッド。

 ……嵐でも来た様な有様だ。

「スコーピオンは……最後まで戦ったんだろうな」

 レオの言うとおり、恐らくこれは、死闘の証なのだろう。

 無愛想で冷めた雰囲気の奴だったが、自分なりの生を全うする気概はあったのだ。

 スコーピオンの遺体には毛布がかけられていた。……女性陣の配慮だろう。

 部屋には俺とレオとアリエスしかいない。アリエスが手の部分だけ捲る。――丸印の痣が浮かんでいた。

 丸、罰、……そしてまた丸。何の意味が……。


「これ……罠とかじゃないよな?」

「何故そう思う?」とレオ。

「もし俺たちに益になる印なら、ミノタウロスが黙ってないだろ。……その、跡形も残さないことだって、できるかも知れないだろう?」

「いや……分からない。言っただろう。この戦いがフェアだとしたら、ヒントを妨害する権利をミノタウロスは持たない筈だ……そのような工作は無意味になるようになっている可能性もある」


 死体を磨り潰しても勝手に血文字が浮かんだりするのだろうか。……あんまりにも死者を冒涜した仕組みだ。

 俺は次にナイフを調べた。部屋中に散乱したナイフだ。ボロ切れで直接触れないように、拉げたナイフを掴む。細身の投擲用ナイフ。『〆』の字のように湾曲わんきょくしたこの有様では、とても投げられたもんじゃない。ただのナイフとしてさえ使うことはできないだろう。コーンの竪琴と同じだ。武器を破壊したのだ。

 ナイフを仔細しさい観察する。そこで――宝石を象嵌ぞうがんする穴がないことに気づいた。というよりも、投擲物のナイフに一々宝石が嵌め込まれていたのだろうか……?

「レオ、ちょっと良いか?」

 二人で協力し、部屋に散らばったナイフを全て集める。折れたものは形が合うものを探す。血に浸かったものが幾つかあったが、ナイフは全てで――十本あった。

「十本。これで全部の筈だ」

 確かに部屋にもうナイフは落ちていない。数もキリが良い。だが――。

 ナイフを一本一本確認する。どこにも象嵌する穴がない。


「レオ……これ、どこに宝石を嵌めると思う?」

「何を言ってるんだ? 宝石なら、ミノタウロスが武器ごと処分したに決まってるだろう?」

「それはない」


 断言できる。


「何故?」

「コーンの竪琴を思い出してくれ。宝石は盗られていたし、弦は全て切られていた。だが丸ごと無くなりはしていなかった」

「つまり……?」

「ミノタウロスのやり口は、宝石は隠す、武器は破壊する、だ。多分、宝石を破壊することはできないんだろう。だが武器は壊せるから壊す。だから象嵌部分のある何かを、ミノタウロスは壊して捨ててる筈なんだ。それがない」

「どういう意味だ?」


 部屋を回る。部屋にあるのは、寝具と皮袋と遺体……。


「あの……レオさん、コズミキコニスくんは、何を……?」

「さぁ……?」


 枕と皮袋の中身はぶちまけられ、ベッドはひっくり返された。つまり……。


「ミノタウロスも探してたんじゃないか?」

「何を……?」

「武器を。宝石の嵌った武器を」


 だとすれば――。

 俺は松明かけを見る。松明が燃え盛っている。床には古くなった松明が置かれていた。

 古い方を手に取り、分解する。――中からナイフケースが出てきた。


「まさか……!」レオが驚愕する。俺も驚いていた。ケースには宝石が二つ嵌っており、簡単に外れた。

「なんで、こんな――」

「このナイフケースこそが、スコーピオンの武器だったんだ。どんな効力があったのかは分からない。収めているナイフに毒を塗れるとか、多分そんな感じだと思うけど……。スコーピオンは、この武器を松明にカモフラージュして隠したんだ」

「何故そんなことを……?」

「分からない。ただもしかしたら、ミノタウロスに勝てないことを見越して、一矢報いるためにこんな仕掛けをしたのかも知れない」

「でも、何でミノタウロスに襲われると分かったんだ?」

「襲われなかったら、翌日松明からナイフケースを取り出せば良い。俺たちの武器は、かなり頑丈にできてるみたいだからな。レオの盾だって、リザードの火炎にびくともしなかった。そういうのをきちんと観察してたんだろう」


 ミノタウロスがスコーピオンを殺した時、武器を探すためには松明で照らす必要がある。故に松明そのものを調べることができない。そういう物理的な盲点を突いて隠したのだ。

 ナイフケースにはナイフが五本残っていた。

 スコーピオンは他人のために何かする人間には見えなかった。あくまで自分のために生きているような人間。そう見えた。でも――俺たちのために「力」を遺してくれた。ありがたいことだ。そういう人間性も、あったのかも知れない。

 または、単にプロフェッショナルとして、ミノタウロスに太刀打ちできないと考え、せめて一矢報いるためだけに、こんな仕掛けをしたのかも知れない。

 本意は分からない。語ってくれる人間が、もういないから。


「……ありがとう、スコーピオン」


 遺志は確かに受け取った。

 皆と合流し、宝石を手に入れたことを話した。レオと話し合い、宝石の持ち主は皆で決めようと思ったのだ。

 また、誰にも新しい傷が見つからなかったことが確認された。スコーピオンは、ミノタウロスに傷一つつけることができなかったようだ。余程頑丈なのか、素早いのか、両方なのか……その全貌は未だに知れない。


「それ、何なんだ?」とサジがナイフケースを指差す。

「これか? これはナイフケース――」


 いつの間にサジの掌の上に宝石が二つ転がっていた。


「――え?」

「ほらよ、クシー」


 サジがオフィウクスに宝石を投げる。


「おい――」

「動くな」


 オフィウクスが魔道書を開く。

「悪いな、皆。でもこれは皆のためなんだぜ?」

 サジが万能ナイフに宝石を嵌める。

 オフィウクスも魔道書に宝石を嵌めた。

「貴様ら! 何をしている!?」

 レオが激昂する。


「おい、サジ。クシーとは何だ?」

「待てよ。どういうつもりだお前ら!」


 俺も冷静ではなかった。皆で決めようと思っていたのに、こいつらは――。

「当然だろ? 俺たちは『ミノタウロス』じゃないんだぜ? ミノタウロスかも知れない奴の手に渡るより安全だろ?」

 欺瞞だ。仮にミノタウロスでなかったとしても、強奪して良い理由にはならない。

「む。やはりな」

 オフィウクスは魔道書を見ながら呟く。


「俺の推理通り。宝石によって得られる新たな能力は、実際に嵌めてみないと本人にも判らないらしいな。今俺は『エリュリュソス』と『レコギュロス』を使えるようになった」

「何が推理通りよ! 問題なのはアンタたちの独断専行よ! 話し合おうとせずに、宝石をギるような真似して! どんだけ自己中なのよッ!?」

「自己中? 自己中心的の略? そりゃ誤解だ。そもそも仲良しこよしで脱出するつもりなんてないからな」とサジが悪びれずに言う。

「おい、外道共――多少は恥を知ったらどうだ?」


 ライブラが槍を振るう。――殺る気だ。


「おー、怖い怖い。俺たちを殺す気か? ミノタウロスさん」

「なんだと……!?」

「だってそうだろ。こんな状況で仲間を殺そうとするのは、ミノタウロスしか有り得ない。宝石も奪えて頭数も減らせて、一石二鳥だ」

「貴様らッ!」レオが吼える。


 レオが怒っているのは――もしかすると、スコーピオンの遺志をぞんざいに扱われたことに我慢ならないのかも知れない。


「何だ? それともお前がミノタウロスか? 怖いな、サジ。俺たちの周りはミノタウロス候補ばかりだ。ククク……」

「アンタたち……グルだったの?」

「別に。そういう訳じゃないさ」テールの問いにサジが答える。

「ただ宝石の話を聞いて、互いに顔を見合わせた時、同じこと考えてるって分かっちゃってさ」


 ――この悪党共。

「お主ら……妾はこんなことのために、貴様らを占ったのではないッ!」

 ビスケスが激昂する。当然だ。自分の力をこんな形で悪用されたのだから。

「なら何のためだ? 俺たちが怪しかったから? それはそれで心外だなぁ……」

 サジの野郎、舌が何枚あるんだ? よくもまぁいけしゃあしゃあと――。

「皆怒り過ぎだよ」

 エリーが言う。両手に爪を嵌めながら。

「ここは冷静に、戦って決めた方が言いんじゃない? 違う?」

 またか。また――戦いを。

「いや、その必要は無い」

 レオが断言する。力強く、逞しい声音で。

「今、僕はここに宣言する! 『レオはアリアドネではない! たとえ死んだとしても、皆に損害を発生させる怖れはない』ッ!」

 レオはエントランスホールに響くように声を上げ、吼える。それが何を意味するのか、俺には理解できた。


「く――ククク、そう来るか……」

「な、何だこいつ、急に叫んで……」

「サジ、黙ってろ。俺が相手をする」


 オフィウクスが前に出る。


「俺も宣言するッ! 『オフィウクスはアリアドネではない! たとえ死んだとしても、人間の敗北になるようなことはない』ッ!」

「ちょっと、二人とも急になんなのよ――」テールは動揺していたが、ライブラやエリー辺りは理解しているようだった。

「オフィウクスッ! 僕はお前に決闘を申し込むぞッ!」

「なッ――、け、決闘――」

「受けようッ! お前と決闘してやるよッ!」


 テールの動揺を他所に、二人の間で意思の確認がされた。 

 二人が自身がアリアドネでないと明かした理由。それは――決闘のため。命を落としても皆を死に陥れはしないと明かすため。


「ちょっと待って! 決闘って本気!?」

「冗談で決闘などと口にしない」

「でも――」


 レオはテールの言葉を聴かずに、盾と竜の鱗で作った新しい鎧を装備する。


「ジェミニ、審判をしろ」

「ま、また俺ェ!?」


 オフィウクスは魔道書を持ち、身構える。


「待て、レオ」

「止めるな、コニー」

「そうじゃない。これを使え」


 俺は剣を突き出した。


「……。受け取れない。これは僕の戦いだ」

「ふざけるな。受け取れ。奴は二ツ星だ。武器はあった方が良い」

「必要ない!」

「レオッ!」


 レオがこちらを振り返る。


「良いか、レオ。腹立ってんのはお前だけじゃねーんだよ。それなのにテメー、勝手に喧嘩売りやがって。カッコつけてんじゃねぇ」

「コニー……」

「これはお前だけの戦いじゃない。俺たちの戦いだ。負けて貰っちゃ困るんだよ」

「……」


 レオは暫し黙り――。

「分かった。借りるよ、コニー。必ずこの手で君に返す」

 剣を受け取った。


「オフィウクス! お前も借りられるなら誰から借りて良いぞ! 借りられるならな!」と俺は叫んだが――。

「必要ない。貴様と違ってな」


 予想通りの答えだった。

 二人の男が対峙する。レオとオフィウクス。

 レオは剣と盾。

 オフィウクスは魔道書。


「容赦はしないぞ、オフィウクス」

「無論だ。ククク、ちょうど試し撃ちがしたかったところだ」

「……。二人とも、本当に良いんだな?」とジェミニ。


 互いに殺気をぶつけ合い、肯定する。


「ルールは?」

「どちらがか死ぬか、降参するまで」とレオが言う。

「問題ない。それで良い」とオフィウクスが答える。

「僕が勝ったら、今後勝手な――いや、以降僕の指示に忠実に従って貰う。サジも含めてだ。良いな?」

「構わん。だが俺が勝ったらこれまでどおりにやらせて貰う。それともう一つ」


 オフィウクスがもったいぶってから言う。

「死んだ方の宝石は、勝者のものだ」

 場がざわめく。レオが負けたら、オフィウクスは三ツ星。更に手がつけられなくなる。

「良いだろう!」

 互いにルールの確認を終える。

「あと、決闘の邪魔をされては困る。エントランスの端に野次馬を避難させろ」

 オフィウクスが言い、銘々めいめい端に移動する。


「では……両者――初めッ!」

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