◆第五章 Stage2(エントランスⅡ)
見張りの交替時間になった。
ライブラ、エリーと交替し、レオと別れ自室へ……。
別れ際に「君も兵士なら王を侮辱する発言は慎んだ方が良い」と忠告を受けたが、なんのことか思い出せなかった。
部屋は初めて目覚めた時と全く同じ内装だった。
どっと疲れた。見張りとして神経を張り詰めていたし、ミノタウロスの正体を探るために考え事までしていたから、疲労感が半端じゃない。
松明を松明かけに入れ、ベッドに座り込み、靴を脱ぐ。さっさと寝よう……。
その時、靴と足の間に何か小さなものが挟まっているのが見えた。取って見ると、宝石だった。剣の
「……?」
つい咄嗟に嵌めてしまったが、鍔にはちゃんと宝石がついていた。つまりこの石は二つ目ということになる。何故……? 外そうとするも取れない。
良いや、明日考えよう。
剣と靴を放り出し、眠りに着いた。
疲労のためかぐっすり眠ることができた。夢も見ずに熟睡だ。
目を醒まし、身支度をしているとノックがあった。
「はーい」と言いながら戸を開ける。ミノタウロスがいた。
牛頭は凶器を振り下ろす。いとも簡単に肉体は両断され血液と臓物を撒き散らし――。
「うああぁあああぁああああぁぁあぁぁぁっ!?」
目を醒ました。体をまさぐる。傷は無い。
……夢か。汗びっしょりだよ……。
てゆーか、俺、昨日も殺される夢みてなかったぁ!?
縁起悪過ぎだろ……。そう言えば、人間の夢で占いができるとか何とか聞いたことがある。ビスケスに占って貰おうかな……。
戸がノックされる。
「テールか?」
「テールか、じゃないわよ! いつまで寝てんの!? さっさと来なさい!」
手首を掴まれ引っ張られる。どうやら殺されはしないらしい。
エントランスに到達した。皆集まっている。
いや――違う。一人足りない。
「……コーンは?」
レオはこちらを一瞥し、着いて来るよう手招きしてから移動し始める。
部屋についた。
カプリコーンが殺されていた。腹を裂かれ中身をバラ撒かれていた。ただし中身の一部は喪失している。具体的に言えば血液は飛散していたが、内臓は失われていた。恐らく――喰われていた。
「左肩から右脇腹にかけて、
「斧……ってことは」
武器を明かしていないのはサジとヴァルゴの二人だ。
「遺体の傷から、犯人は右利きだと思われる。君は右利きだったね」
「そう言う……お前は?」
「右利きだよ。左利きはオフィウクスとサジ、エリーだけだ」
「じゃあ、ヴァルゴが……?」
「ヴァルゴの武器は鞭だった。尋ねたら教えてくれたよ」
「おかしいじゃないか。武器が斧で右利きの人間がいない――」
「ミノタウロスには、何らかの手段で専用の武器を調達する手段があると考えた方が良いと思う」
「魔法か何かってことか?」
「自由に出し入れできるのかも知れない。この話は皆にもした」
敵は合計二種類の武器を持っている可能性があるということか……。
話を終え、コーンの亡骸を見やる。
そんな……コーンが……。
あんまりにも――あっさり。気づいたら会えなくなっているなんて……。
「悲鳴はライブラとエリーも聞かなかったそうだ」
ミノタウロスが一撃で殺したからか、それとも――。
感傷に浸っている時間はない。これから俺たちは、次のダンジョンに進まねばならないのだから……。
「気づいてるか?」
レオが問いかける。俺は軽く頷く。
コーンの頬には、また記号の痣が浮かんでいた。
罰印に見える。キャンサーは丸でコーンは罰。何か基準があるのだろうか……。
遺体の傍らには無造作に竪琴が置かれていた。昨日の夜、コーンが奏でた竪琴だ。もうその音色を聞くことはない。
コーンの竪琴を手に取る。弦が全て切られており、胴も壊されていた。……酷い有様だ。もうあの美しい音色を奏でることすらできない。調べ気づいた。宝石が無くなっている。原型の残った象嵌部分には、穴が五つ。一つあった宝石がない。
「レオ、ちょっと良いか?」
「何だ?」
「竪琴に嵌めてあった、ここの宝石、知らないか?」
レオは竪琴の象嵌部分を覗く。「いや……」と首を横に振る。
俺はこれまで武器に同じ象嵌部分があったこと、昨夜宝石を見つけたこと、それを剣の鍔に嵌めたことを説明した。
「じゃあ――どこかに宝石が――」
「待て」
二人で声のした方角を見る。戸の近くにオフィウクスが立っていた。後ろに他の皆もいる。
「待てって、何を――」
「『エリュト』」
火炎が接近する。咄嗟で脇に避けた。
「てめッ! 何しやがる!?」
「動くんじゃねぇ! レオ、室内を調べろ。宝石を捜せ」
「な、何故だ!? 何故こんなことをする!?」
「コーンの葬儀をするつもりだったが、思わぬ収穫だ。立ち聞きで悪いが、話は聞かせて貰った。コズミキコニス。貴様にカプリコーン殺しの容疑がかかった」
「な、俺!? 何でだよ!?」
「その宝石が証拠だろ」
それは――。
「ち、違う! 俺じゃない! これは靴に挟まって――」
「レオ、探せ」
レオはこちらを一瞥し、頭を軽く下げてから、室内を調べ始めた。
結果、レオが宝石を見つけることはなかった。
「決まりだな」
「違う! 俺じゃない! 創傷だって違うじゃないか! レオもそう言っただろう!?」
「あぁ、確かに、剣の創傷とは思えない」とレオが肯定するが――。
「どうかな? そういう小細工をするのは
「違う俺じゃない! 信じてくれ!」
「殺せば分かる」
おい――嘘、マジかよ……!?
「そういうお前がミノタウロスなんじゃねーのかよ!?」
オフィウクスは鼻で笑う。
「占いの結果を聞いていなかったのか? 陶片は全て一致したぞ」
いや、聞いている。レオと一緒に聞いた。ビスケスが占ったのはオフィウクス。その結果は――『オフィウクスはミノタウロスである』。つまり、『九割の確率でオフィウクスは人間である』ということ。
「でも九割だろ!? あと一割――」
「生き汚い。死ね」
「待ってください」
声を上げた人物がいた。アリエスだった。
「何だ?」
「まだコズミキコニスくんがミノタウロスだと決まった訳ではありません」
「何故だ?」
アリエスは室内に入り、竪琴を手に取る。
「この竪琴に象嵌されていた宝石、それを奪って自分の剣に嵌め込んだ。だからコズミキコニスくんが犯人だ。それが貴方の推理ですね?」
「それが何だ?」
「なら私の推理を。コズミキコニスくんの宝石はキャンサーくんの宝石ではないでしょうか?」
キャンサーの?
「何故そう言える?」
「この宝石は、武器の所有者が亡くなると取れるようになる仕組みなのではありませんか? 試しに皆さん、自分の武器の宝石を外そうとしてみてください。私は外せませんでした」
テールが杖から宝石を外そうとする。外せないらしい。昨日の夜、俺は確かめた。新たに嵌めた宝石も含め、外すことはできなかった。
「コズミキコニスくんは靴に宝石が挟まっていたと言っていました。それはキャンサーくんの弓に嵌められていた宝石が外れて、挟まったしまったのではないのでしょうか?」
「そんな馬鹿な――」
「サジタリウスくん。貴方の弓を見せてください。そこに宝石が嵌められているか否か」
サジはため息を吐いてから、袋から弓を取り出す。そこに宝石は嵌められていなかった。
「これでコズミキコニスくんだけを疑う理由はなくなりました」
「だが――」
「そもそも本当にミノタウロスだとしたら、こんな形で足のつく行動をする筈がありません。ならば答えは一つ。貴方はコズミキコニスくんを殺したいだけなのです。貴方は自分がミノタウロスでないと知っている。だからミノタウロスの疑いのある人間は一人でも多く殺しておきたい。その方が確実だから。違いますか?」
「アリアドネかも知れないのにそんな真似をすると?」
「貴方ならしますよ。そういう人でしょう? 『殺せば分かる』なんて言う人ですし」
互いに沈黙し、睨み合いを続ける。
声を上げたのはサジだった。
「俺は神官ちゃんの意見に賛成だ」
「何故だ?」とオフィウクス。
「俺は盗賊だから分かる。賊ってのは、足がつくことを何より恐れるもんだ。だとしたらその兵士の行動はお粗末過ぎる。だがこの場から弾き語りの宝石がなくなっているのも事実だ。俺の推理もとい勘だが、賊は弾き語りの宝石を隠したか捨ててる。動機は分からん。だが自分の利益になるからそんなことをしたんだろうな」
逆に言えば、この剣に二つ目の宝石が嵌ったことは、ミノタウロスにとって不利益ということ……。
「僕はアリエスとサジの意見に同意する」とレオ。
「僕にはコニーがミノタウロスだとは思えない。オフィウクスの論は、コニーを殺すための大義名文を得ようとしているとしか思えない」
「私もそう思うわ」とテール。
「仮にコニーがミノタウロスだとしたら、あんまりにもマヌケ過ぎるわ。そんな奴が、二回も儀式で生き残れるとは思えない」
「二人とも……」
「貴様らが何故そいつに肩入れするのか知らんが……。そこまで言うなら多数決だ。コズミキコニスを殺すことに賛成する者」
手を挙げたのは――ジェミニ、エリー、ビスケス、ヴァルゴ、スコーピオン。オフィウクスを含め六名だった。
つまり、賛成と反対、六対六で半々ということ――。
「悪いが私は、諸手を挙げて君たちの考えに賛同できない」
ライブラは反対の意見を述べる。
「何故だ?」
「確かに……コニーは怪しい。だが、殺す程ではないと思う。反対意見だってある」
「なるほど……どうやら、意見は真っ二つになったみたいだな。譲る気のある奴はいるか?」
答える者はいない。
「レオ、テール、俺はお前たちに貸しがある筈だぞ」
「忘れたわ」
はっきりとテールは言う。あんまりにも潔い言い様に開いた口が塞がらなかった。
「ぼ、僕も悪いけど、この件で借りを返そうとは思わない」とレオ。
「ねぇ。このままここでこうしててもどうしようもないでしょ? 戦って決めない?」
エリーが物騒なことを言う。
「良いの? アンタたちの方、戦えない奴三人もいるけど」テールが挑発する。
「俺は一向に構わん」オフィウクスがはっきりと言う。
「ボクも良いよ。何人だって。むしろ多い方が嬉しいかな」
揃いも揃って好戦的な奴ばかり敵に回った。でなけりゃそもそも殺す殺す言ったりしないか。
「あんたら……本気?」テールが問う。
「私個人としては、人間一人にここまで出張る必要はないと思うが?」スコーピオンが血の気の多いオフィウクスとエリーに言う。
「やりたくないならそれで良い。二人でもやる」
「好きにすれば? ボクも好きにするから」
「……仕方ない。意見は意見だ」
向こうの三人はやる気だった。
「私、やります」
アリエスが言う。
「私だってやるわよ! 舐められてらんない」テールも乗っかる。
「おい、お前ら――」段々どいつもこいつもマジになり始めたので止めようとすると――。
「好きにしな」とサジ。俺は賛成はするが戦闘はパス。ガラじゃない」
「そうか」とライブラ。「私は参加する。争いは嫌いだ。だが理不尽な殺人はもっと嫌いだ」
「……」レオは暫し沈黙した後、決断した「――やはり血は流れるか」
「おいおいライブラとレオまで! ちょっと待てよ。流石にやり合うまでは行かなくても良いだろ? ガチで仲間割れしてどうするんだよ!?」
「ならコインで決めるか? それとも死ぬか?」オフィウクスが挑発してくる。
「挑発してんじゃねーよ。俺たちの敵は誰だと思ってる?」
「その敵がお前かも知れないという話だろう?」
それは――。
「戦えコズミキコニス。自分は無実だと信じるならば」
レオの目は既に兵士の目になっていた。もう――止められない。
「決まりだな。だが流石にここは狭い。エントランスに行くぞ」
皆でエントランスに行く。俺も肚を決めるしかなかった。
「ルールはどうする?」レオが問う。
「そうだなぁ……じゃあ、こうしよっか」エリーが答える。「お互いにリーダーを決めて、その人が這い蹲ったら負け、ってことで」
「這い蹲るの定義は?」テールも尋ねる。「仰向けで尻餅をつくのは?」
「どうする?」とエリー。
「構わん」オフィウクスが答えた。
「ところで、そっちは三人も抜けちゃって良いの?」エリーが言う。「後でアンフェアだって騒がれても困るんだけど」
「問題ない。十分だ」とオフィウクス。
「何度も言わせないでよ。さっさとやろ。こっちのリーダーはオフィウクスだから」
話し合ってもいないのにエリーが勝手に言う。だがオフィウクスは一瞥しただけで反論しなかった。初めからそのつもりだったのだろう。
「こっちはどうする?」とレオ。
「レオで良いんじゃない?」とテール。
「駄目だ」とライブラ。「レオは前衛に出る。後衛のテールかアリエスの方が良い」
「お前ら……その、ごめん」俺は謝る。だが皆の反応は冷ややかなものが多かった。
「何故謝る?」ライブラが答える。「私はあぁいう連中を野放しにしておくのが嫌いなだけだ」
「私だって、別にアンタのためにやってるんじゃないから」テールも答える。「初めてあった時からあのインテリ面が気に喰わないだけよ」
「コズミキコニス」レオも答える。「君には兵士としての自覚が足りないところがある。『戦いたくない』とは、兵士が思っても口にしてはいけない言葉の一つだ。それを匂わせる発言も」
誰も彼もが自分のために戦っている。別に俺のためじゃない。でも――。
「私は貴方を信じています」アリエスに促される。「だからお願いします。一緒に戦いましょう」
――仕方の無いことなのか。結局、人間の敵は化物ではなく、人間なのか。人間は人間と戦うしかないのか……。
「リーダーは私にやらせてください。お願いします」
アリエスが頭を下げる。皆は承認した。
互いにリーダーの確認が終わる。合図はジェミニがすることになった。
「……今更だけど、殺す気じゃないだろうな?」
「じゃ、こうしよ。死人が出たほうは勝ちってことで」
「それで良い」とエリーの言にオフィウクスもレオも賛成する。
「では……両チーム前へ」
敵はリーダーがオフィウクス、他にエリーとスコーピオン。
こちらはリーダーがアリエス、他に俺、レオ、テール、ライブラ。
まさか――人間同士で争うことになるとは。
「両者――」
ジェミニが手を挙げる。
だが仕方が無い。これは戦争だ。なら身内でいがみ合うことだって――必然。
やるしかない。殺されないためにも。
ジェミニが手を振り下ろす。
「ひゃじめッ!」
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