◆第三章 Stage1(ダンジョン~パズルフロア)

 迷宮のダンジョン区画。進めば分かれ道は当たり前、行き止まりになるのも当たり前。そんな道ばかりが続いた。松明のみが灯りだが、等間隔で焚かれているので光は確保されている。手持ちの松明が燃え尽きたら、新しい松明を壁から拝借すれば良いのだ。


 壁は頑丈で、壊して進むことはできない。剣で叩いたり、魔法を使ったりしたのだが、傷一つつかなかった。オフィウクス曰く、頑丈な素材を使っているか、強い防御の魔法がかけられているせいなのだと。


「また行き止まりだな。二つ前の道に戻ろう」


 ジェミニが言う。パピルスにダンジョンの地図を描いているのだ。


 ぞろぞろと陣形を変えぬまま進行方向を変え、元の道へ――。

 分かれ道の影から何かが飛び出してくる。モンスターだ。

「やっとお出ましか」剣を構える。


 スライムだ。ゲル状の身体を持つ謎の生命体。雑魚モンスターとして知られているが、肉体に弱いものの溶解能力があることが知られているので、油断はできない。


 まだこちらには気づいていないようだ。


 さっそく先生攻撃で斬り付ける。まだ体力があるのか、真っ二つにしても元に戻ろうとする。

 エリーが爪で八つ裂きする。体力が尽きて、スライムはどろどろに解けて消滅した。


「よっしまず一体!」

 エリーは派手にガッツポーズをする。意外な一面だった。

「雑魚一匹で……」と呟いたのはオフィウクスだったが、誰も気にしなかった。


 続いてゴブリン、ガーゴイルなどの雑魚モンスターを蹴散らして行く。


 数え切れない程の分かれ道を選び、また引き返したところで、リザードと遭遇した。

 リザードは火を噴く大蜥蜴の総称だ。中でも単にリザードと呼称されるのは最も弱い種類だが、火を噴くことには変わりない。

 レオが先頭に立ち、盾を構える。リザードが火を噴いた。だがレオの盾は火炎の全てを防ぎきる。リザードは火炎放射の連続攻撃をすることができない。レオが時間を稼いだ隙に、俺とエリー、ライブラがリザードに一斉攻撃を加える。あっという間にリザードの体力は尽き、死に絶えた。


「レオさん、大丈夫ですか?」

「平気だ。良い盾だ、これは」


 レオが盾を見て満足そうに呟く。煤一つ着いていなかった。

 エリーはリザードの死体を調べている。

「これ、食べよ」

 リザードは食用としても知られている。味はお察しレベルだが、力は着く。

「でもナイフがないぞ」

 流石に剣や槍で肉を解体するのは骨が折れる。

「これを使うと良い」

 気配無く背後に立っていたスコーピオンが、ナイフを差し出す。刃はスコーピオンの方に向いていた。


「そ、それは――」

「私の武器だ。毒が塗られている訳ではない。綺麗なものだ」


 ナイフを受け取る。細身で軽い。だが尖端は鋭利で柄には滑り止めの加工がされている。宝石も象嵌部位もない。恐らく、刺して使うものではなく投げて使うものだろう。それでもナイフとしての最低限の機能は果たせそうだ。

「――ってスコーピオンが言うんだけど」

 エリーやレオの方を見る。


「本当に大丈夫なの、それ?」とエリー。

「まぁ、アリアドネがいるかも知れないのに、毒の塗られたナイフなど渡さないだろう」レオは純粋な好意として受け取るつもりらしい。「ありがたく、使わせて貰うよ」


 エリーがナイフを使い、血抜きをし、肉を解体して行く。手馴れた動作だった。


「器用なもんだな」

「師匠に教わったんだ。修行中は良く食べてたから、これ」


 俺も何度も喰ったことがあるが、はっきり言って旨いものではない。キング・オブ・非常食と呼ぶべき味わいだ。

 首尾良くリザードを肉塊に変え、先へ進む。

 雑魚モンスターしか出て来ないので、道の記録さえきちんとつけていれば攻略は難しくなかった。


 やがて、仰々しい扉に辿り着く。扉のノッカーの部分が、タルタウロスの髑髏になっていた。

「ようこそ、第一のボスルームへ」

 黄金の歯を鳴らしながらタルタウロスが言う。

「良くぞ一人も欠けることなく辿り着いた。これからボスルームへ招待するが、準備は良いかな?」

 レオが宝石時計を確認する。まだ青い色だ。

「皆、良いかい?」

 異を唱える者はいなかった。扉が開く。

「健闘を祈る」


 ボスルームは広いホールになっていた。中央の少し奥に岩製の巨大な直方体のオブジェが置かれていた。五メートルはある。

「これ、何?」

 エリーがオブジェを指差す。

「皆警戒しろ。ボスルームだ。何が起こるか分からない」とレオ。

 部屋を見渡す。ボスらしき姿は無い。

 全員がボスルームに入ると、勝手に扉が閉じた。「逃げられない」という意味だ。

 途端、オブジェの一部が回転しだす。そのまま変形を繰り返し、腕が出て足が出て、人の形となり――一歩踏み出した。

「皆気をつけろ! こいつだ!」

 レオが叫んで前に出る。

 五メートルの巨体を徐に動かしながら、オブジェだったものは攻撃態勢に入る。

「ありゃ何だ!?」

 始めてみるモンスターだ。


「きっとゴーレムよ」とテール。

「ゴーレム?」

「特殊な術で泥人形とかに命を与える魔術があるの。そうやって作り出した人工生命体がゴーレム。でも岩製のこんなに大きなものは初めて見るわ」


 豪腕の一撃をレオは避ける。動きは早くないので、避けるのは難しくない。


「弱点はないのか?」

「額にある文字、分かる?」


 ゴーレムの額を見る。三つの文字が刻まれているのが見えた。


「あの中の右端。右端の一文字を攻撃して破壊すれば、奴はただの岩に戻るわ。魔術が解けるのよ」

「破壊って――五メートルはあるぞ!?」

「それを何とかするのが私たちの仕事でしょ?」


 取り敢えず、足を攻撃してつまづかせるか――と前衛で相談し、攻撃を仕掛ける。だが――。

 攻撃した瞬間、硬い手応えが跳ね返って来る。ライブラやエリーも同じだったようだ。

「駄目だ! 硬過ぎる!」ライブラが叫ぶ。物理攻撃はほとんど通じない。

 キャンサーが左手で矢を引き絞り、直接額の文字を狙う。だが距離が遠すぎて届かない。テールが魔法を使って攻撃するが、これも届かなかった。

 ゴーレムの攻撃動作は緩慢で、避けるのに問題は無い。向こうは攻撃が当たらない事に業を煮やしたのか、力を溜めるように身体を縮こませた後、――反動をつけてその場でジャンプした。着地。激しい揺れがパーティ全体を襲う。立っていられないほどだ。皆一様にバランスを崩してしまう。皆が体勢を崩したところに、ゴーレムの巨大な掌が迫る。

 空中に何かが飛んだのが見えた。ゴーレムに命中する。しかし、ゴーレムの気を逸らしただけで、ダメージにはならない。投擲した主はスコーピオンだった。恐らく、先の投げナイフを使ったのだろう。スコーピオンだけは、振動攻撃を受けても体勢を崩していなかった。スコーピオンが作った隙のおかげで、全員が無事立ち上がる。

 途端、竪琴の音色が聞こえてくる。コーンだった。

「コーン、こんな時に何を――」とキャンサーが騒ぎ始めるが――。

「おい、なんか、身体が軽いぞ!?」疲れていた筈の肉体に重みを感じない。羽根のように軽い。

「音楽の力さ。僕の奏でた音色で、一時的に君達の感覚を誤魔化してる。今は身体が軽く感じる筈だ」

 再びゴーレムが身体を縮こませる。

「皆! 奴が体勢に入った! 身体の重心を低くして振動に備えるんだ!」

 レオの叫びと同時に、ゴーレムが勢い良くジャンプする。着地した瞬間、振動がパーティを襲う。だが今度は無様な姿を曝さない。


「でもどうするんだ? 俺たちの攻撃じゃ奴に届かないぞ!」

「攀じ登って攻撃するしかない!」レオが無茶なことを言う。

「おいおいそんな危険なこと――」

「『クサント』」


 巨大な岩塊がどこからともなく表れ、ゴーレムの腹にぶち当たる。


「おい、今の――テールか?」

「違うわ」

「俺だよ」


 声を上げたのはオフィウクスだった。手には巻物を広げている。あれが噂に聞く、魔道書というものだろうか。

「全く見てられん」

 ゴーレムは体勢を崩し、後ろに倒れ込む。その好機を逃さず、俺とエリー、ライブラが額の文字に攻撃する。だが――。

「ちょっと待て、これ! 意外と頑丈だぞ!?」

 三人で協力して額の文字を攻撃しているが、思いの外頑丈で削り切れない。

 ゴーレムが立ち上がる。急いで三人は距離を取った。

 ゴーレムは自分が致命傷を受けかけたことに気づいたのが、身体を震わせた後、――自らを攻撃し始めた。拳で胸の辺りをリズミカルに何度も叩いている。胸の部分の岩が壊れ、地面に落ちる。

「なんだありゃ……威嚇か?」キャンサーが呟くがそんな単純なものではなかった。

 ゴーレムは自傷行為をやめ、地面に落ちた自身の欠片を拾い――。

「おい、まさか――!?」

 こちらへ投げつけて来た!

「皆避けろぉぉぉッ!」レオが絶叫する。投擲とうてきされた岩石は空気を裂く音を奏でながら直進。地面に突き刺さった。

「嘘だろ……?」強過ぎる。こんなのが後幾つ来るんだ?

 ゴーレムは再び地面の岩を拾う。投擲の姿勢に入る。

「させないわ! 『エリュト』!」

 テールが火炎魔法を放つ。ゴーレムの肘に中り、体勢を崩す。

「今よ! 皆――」

 しかしゴーレムは倒れたまま、掌に握った岩を握力で砕き、中身を目の前にバラ撒いた。細かい岩塊の雨が、接近した前衛を襲った。剣を振り岩塊を振り払う。だが――。


「皆! 大丈夫か!?」とレオが叫ぶ。

「おいコニーが!」とライブラが応える。


 大腿部に岩塊が突き刺さっていた。これでは動くことすらままならない。

 ゴーレムは前衛が滞った隙を逃さずに体勢を立て直し、また地面に落ちた岩塊を拾おうとする。

「『エリュト』!」

 テールは、今度は地面に落ちた岩に攻撃する。なるほど、武器そのものを破壊しようという寸法か。

 俺はなんとか前線から後退しようとするも、足が思うように動かない。

「『レコン』」

 ボスルームにアリエスの声が木霊する。優しげな光が大腿部に集まり、傷を塞いで行く。


「アリエス、お前なのか!?」

「違います。神様のご加護です」


 神官の職に就くものは回復スキルに長けていると聞く。その能力だろう。

 武器がなくなったことに気づいたゴーレムは、再び胸を破壊し岩を落とす。

「『クサント』」

 再びオフィウクスのクサントがゴーレムに直撃する。ゴーレムは体勢を崩して倒れ込んだ。

「今だ皆!」

 レオの掛け声と同時に、前衛が一気にゴーレムに飛び掛かる。額の文字に三人で一斉攻撃する。文字が砕けた。残りの二文字が光り、そして――ゴーレムは岩屑になってバラバラに瓦解し、砕け散った。

「や、やった……!」

 倒した……。


「やったぞ、おい!」

「よっしゃー!」


 またエリーはガッツポーズをする。俺も似たようなものだ。

 五メートル以上ある巨体のモンスターを倒したのだ。嬉しくない筈がない。

「皆、降りてきなよ! ここから移動しよう!」

 レオが宝石時計を掲げながら言う。青い宝石に赤い色味が差していた。

「ヤバ。行こう、二人とも」

 ライブラとエリーに告げ、岩から降り――。

「とっと!」

 バランスを崩してしまい、滑り落ちるように岩から降りた。

「ちょっと、しっかりしてよ!」

 岩の上からエリーの声が飛んでくる。


「大丈夫か?」とライブラ。

「あぁ。問題ない」


 土埃を叩き、皆の後に続いて移動する。


「アリエス、さっきは回復、ありがとうな」

「いえ、私は当然の事をしたまでです――」


 アリエスが笑う。可憐な微笑みだった。


 ボスルームのすぐ奥がパズルフロアになっていた。ボスルームほどは広くないが、全員が入れるほどの十分な広さがある。


「――で、パズルって何をするの?」とテールが俺に尋ねてくる。何も知らない俺は「分からん」と答えるしかない。だが――。

「あれじゃないか?」


 壁面に横書きのギリシャ文字の羅列が見えたので指差す。

 奥の壁面には、円の中に五つのギリシャ文字が彫られていた。それぞれに数詞であることを示す点が打たれていたので、全て数字だ。

 『1』、『2』、『4』、『8』、『16』、――最後に右端に空欄と思われる四角が掘られている。

「これがパズル?」とエリー。

 壁の一部にギリシャ文字が全種類彫られている。妖しく燐光を放っているので、なんらかの仕掛けがあるのだろう。

「オフィウクス、アンタ賢者だったわよね? 頭良いでしょ。解いて」

 若干棘のある言い方でテールが笑顔のまま命令する。

「ま、待った……」

 レオが静止する。


「他薦は危険だ。やめよう」

「なんで?」

「アリアドネを偶々指したらどうする……」

「あ……」


 変な断り方をすれば、ミノタウロスに感付かれるし、もし間違ってしまい、なんらかのダメージを負えば、パーティ全体への大きな打撃となる。

 となれば分かる奴が答える、という流れになるが……。


「なんだよ、皆。分からないのか?」とキャンサーが歩み出る。

「簡単な規則性だよ。答えは『32』。数字が倍になって行くのさ」


 キャンサーは燐光を放つ文字を順に押し、『32』と入力する。

 ガゴン、と何か仕掛けが動く音が――。

「ほら――」

 何かが発射される。

「なっ」

 キャンサーの喉笛に突き刺さった。

 硬直する。倒れる。二、三度痙攣して、動かない。妙な太い針が突き刺さっていた。


「おい――」

「キャンサー!?」


 俺とレオが近づこうとするが――。

「待てッ!」

 スコーピオンに止められる。


「なんで――」

「良いから」


 スコーピオンは一人、キャンサーに近づく。皮袋から着替えを取り出し、裂いて布切れにし、針を覆うようにして抓み、抜く――。

 針は血に塗れていたが――血は黒々と変色し、泥のように妙な粘性を持っていた……。

 スコーピオンは棒切れの先の臭いを、手で扇ぐようにして嗅ぐ。


「……アマヨモギの毒だ。熟れ過ぎた果実のような独特の濃い甘い匂いがある……」

「そ、それ――どのくらいヤバイの?」


 コーンの問いに、首を横に振る。

「まず、助からない」

 ライブラは心音を確かめる――が、顔を上げ、力無く首を横に振る。

 サジは扉の隙間を覗いている。

「罠だ」

 端的に告げる。


「無理だな。外せない。誤答した瞬間、ぽっくり、って寸法だ」

「じゃ、じゃあ! この謎とかないと、ずっとこのまんま、ってことッ!?」


 ヴァルゴがヒステリックに叫ぶ。

 いや――それ以前に。

 死んでんだぞ。

 あの巨漢が、こうもあっさりと……。

 あいつの最後の言葉、「なっ」だったぞ……。

 ここまで簡単に、人が死んでしまうなんて……。

「大丈夫ですか?」

 アリエスが心配そうな顔でこちらを見る。

「いや――大丈夫だ。ただ、こういうのは……初めて見るから……」

 スコーピオンは手馴れた所作でキャンサーの瞼を閉じさせる。やはり、死に触れる機会が多いからできるのだろうか……。


「何も起こらないな」オフィウクスが言う。

「つまり、ミノタウロスでもアリアドネでもなかった訳だ」


 随分冷静に言ってくれる。


「――で、どうするよ?」サジが投げ槍気味に言う。

「パズルのことか? 死体のことか?」真顔でオフィウクスが聞く。「両方」とまた投げ槍に返事をする。

「テール、荼毘に……付してくれないか?」


 レオが重々しく呟く。


「荼毘って……どういう意味?」

「火葬、してくれ」


 途端、テールの顔が引き攣る。


「わ、私に……死体を焼けって言うの?」

「お願いだ」喰い気味に言う。

「このままにしておくのは忍びない。魔物の餌になってしまうよりは――ここで……!」

「葬儀なら、ここから出た後できちんと行った方が良いんじゃ……」とコーン。

「もし、出られなかったら?」


 レオらしくない。後ろ向きな発言だった。皆で顔を見合わせる。亡くなってすぐ火葬するのは、本来非常識な行いだが事情が事情だ。しかし、最善策としては生還した後、国に正式な火葬を依頼することだ。果たしてどうするべきなのか――。

「待て。この痣、何だ?」スコーピオンが言う。

 キャンサーの頬に妙な痣が浮かんでいた。丸い円のような痣……。


「ただの痣じゃないのか? 毒の作用で――」

「いや――」スコーピオンがコーンの言葉を否定する。

「アマヨモギの毒にそんな作用は無い」


 なら――何故こんな痣が出たのだろう。


「何かを表してるのかもな」

「どういう意味だ?」ジェミニに問う。

「どういう意味、って言われても……。丸い痣が、何かのヒントになってるとか、さ……」


 ジェミニはそう言うが、何度見ても丸い痣は丸い痣だ。それ以外の意味を見出せそうになかった。


「アリエス、君は神官だったな。こういう場合、どうすれば良いと思う?」ライブラが尋ねる。

「……本来は三日待つべきです。ですが、故人の遺族がいる訳ではありませんし……。キャンサーくんが慕ってたレオくんが言うのなら、火葬で良いと思います。こればっかりは、正解なんてありません」


 場は静寂に満たされる。正解は無い、か。


「ごめん、私は――」テールが言いかけた瞬間――。

「俺がやってやっても良いぞ」


 オフィウクスが言う。

「ただし一つ貸しだ。お前とテールにな」

 レオとテールを順に指差す。レオとテールは顔を見合わせる。レオが「なら、頼む」と言った。

「念のため言っておくが、この魔道書では遺体を燃やしきる火力は出ない。生焼けだ。俺に力がないじゃない。魔道書に力が無いんだからな」


「構わない。やってくれ」

「『エリュギュロス』」


 躊躇無く呪文を唱え、キャンサーを火葬する。遺体が燃え盛る。

「キャンサー、キャンサー、キャンサー……。汝の遥かなるエリュシオンへの旅路に無病と息災のあらん事を。風と共に去りぬ、安らぎの地へ――」

 アリエスが鎮魂の祝詞を紡ぐ。

 乱暴な奴ではあったが、悪い奴ではなかった――と思う。レオへの敬意は本物だっただろうし、勇み足だっただけで勇気のある人間だった。

 俺たちもアリエスの言葉を繰り返し、キャンサーの冥福を祈った……。

 サジがキャンサーの弓矢を拾う。


「まだ使える。借りるぜ」

「武器を隠している癖にもう一つ奪うのか!?」


 とライブラが怒鳴ったが――。

「だから借りるだけさ」

 と聞く耳を持たない。

「それとも、武器らしい武器持ってない奴に譲ろうか? 例えばジェミニ。お前使う? 俺の代わりに戦ってくれるか?」

「貸すだけだからな!」ジェミニは即答した。

 ビスケスも異論はなかった。


「これで一つ解決だな」サジが呟く。

「いや、全部だ」


 オフィウクスが壁に近づき、答えを入力する。


「おい――」レオが止める間もなく扉が開いた。正解したのか……?

「先に行っているぞ」

「待てオフィウクス!」


 レオが声を荒げる。躊躇ちゅうちょする素振りそぶりを見せたが、間を置いてオフィウクスに怒鳴る。


「貴様! わざとキャンサーを見殺しにしたんじゃないだろうなッ!?」

「妙な言い掛かりは止めろ」

「言い掛かりではない! 貴様のあの淀みない動き! 明らかに解答が解っていた。なのに真っ先に答えずに他人に答えさせ――どういうつもりだ!?」

「ついさっき偶々ひらめいたんだよ」

「嘘を吐け! そうやって人を減らす算段か、ミノタウロス!」

「フッ――」


 オフィウクスから漏れる失笑。


「クックック……」

「な、何が可笑しい!? やはり――」

「俺がミノタウロスだったら、謎を解きはしない」


 一言、そう言い残して扉の向こうへ去って行った。

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