◆第二章 Stage1(エントランスⅡ)
タルタウロスはミノタウロスにもアリアドネにも自覚があるという……。
ならば胸を張って言える。俺はどちらでもない。ミノタウロスでもないし、アリアドネでもない。つまりその他の人間十二名の一人、ということ……。
だが少なくとも、この十四の内、一人は全員を皆殺しにすることを考えていて、一人は自分の死即ち全員の死という責任ある立場に置かれている――ということになる。
「アリアドネには、自分がアリアドネだと証明する術はあるのか?」とオフィウクスが訊く。
「ない。アリアドネが死ねば、皆嫌でも判るがな」
「じゃあ、今ここで誰かが『自分がアリアドネです』って言っても、事実である保障はどこにもない訳か」
「サジ……もしかしてお前、ミノタウロスなんじゃねーか?」
キャンサーが拳を構えながら剣呑な発言をする。
「キャンサー、止めろ。拳を降ろせ」
「レオさん。このままじゃ埒が明きません。やるしかない」
「嫌だなぁ……そんな訳ねーじゃん。俺は人間だぜ。一般人かも知れないし、アリアドネかも知れない」
「なら何で俺たちの邪魔をする?」
「だから、俺は国王に
「レオさん、やっぱこいつがミノタウロスだ。不和を先導している!」
「脳筋が」
「なんだと?」
「状況を考えろ。人数で考えれば、十三対一だぞ。そこでミノタウロスがあからさまな行動をしてみろ。負けは必死だ」
「混乱に乗じて一気に皆殺しにするってことも有り得るだろうが!」
「無いな。ダンジョンには魔物が潜んでいるのだろう? ならそいつらと戦って弱ったところを狙う方が確実な筈だ」
「つーか、何で魔物なんているの? やっぱ私たちに不利じゃない!」
テールが怒りを露わにする。
「本来はミノタウロスを弱らせたり殺したりするために投入されたんだが……歯が立たなくてなぁ……。そのまま放し飼いだ」
タルタウロスがとんでもないことを言い出す。
「ま、待った! 僕はただの劇作家だ。剣だって使えないし、戦うことなんてできないぞ!? それでも一緒に行かなきゃ駄目なのか!?」とジェミニが叫ぶ。
「駄目だ。『全員』で挑むこと。それがラビリンスに入る絶対条件だ。安心しろ。武器なら後で配る。丸腰で戦えとは言わん」
このメンバーの中で、兵士は三人。俺、レオ、キャンサー。槍の心得があるライブラを含めても四人。テールとオフィウクスが魔法を使えたとして、格闘家のエリー、殺し屋のスコーピオンを含めても戦闘要員は八人。約半分が非戦闘員という勘定になる。非戦闘員の中にアリアドネがいる可能性を考えれば、非戦闘員を守りながら戦う必要性が生まれる。ハードルの高い戦いになるのは必至。
「なぁ……その全員ってのは、『十四人』じゃなきゃ駄目なのか?」
突如、キャンサーがそんなことを言い出す。
「……? 何を言っている。そんなの当たり前だろう?」とレオ。
「見かけに寄らず良い質問をするな。答えは『No』。全員とは十四人という意味ではない」
タルタウロスが答える。それは――。
「待て、何をする気だ?」
「賛成しないなら、『殺す』って意味か?」
サジが笑う。場は凍りつく。
「やめろ! 内部分裂をしてどうする? それがこの状況で最も危険なことだ」
「ちまちま迷路を攻略するより、化物を探し出して殺す方が、手っ取り早い」
「サジがもしアリアドネだったらどうする!?」
「大丈夫です。すぐには殺しやせん」
それは――どういう意味なのか。
「本当にミノタウロスなら、ブン殴ってる間に本性を出す筈です。違っても殺さなければ、誤ってアリアドネが死ぬことにはならない」
「キャンサー……。本気で言ってるのか?」
レオの声が震えている。流石に考え方が残酷過ぎて内心怒りを抱いているのだろう。
「悪者は俺だけで十分です。これが一番の方法なんだ……!」
「そういうアンタがミノタウロスなんでしょ!」
ヴァルゴが指差し叫ぶ。
「何ィ!?」
「誤って殺したって言い訳するつもりで、本当は本気で殺す気なんでしょ!? そうなんでしょ!」
「ば、馬鹿違う! 俺は本当に――」
「確かに。あまりにも非人道的な考え方だ。人間性を疑う。もしかしたら――」
ライブラが警戒態勢を取る。
「待て、違う! 何故分からん!? これが――」
「やめろキャンサー、頭を冷やせ。そんなことしたって何にもならない。敵の思う壷だ!」
「敵? 敵って誰です?」
「ミノタウロスだ! 君のやり方ではミノタウロスにメリットが多過ぎる。暴走しては駄目だ。落ち着いて話し合おう。人間とはそういう生き物だろう!?」
オフィウクスが失笑したが、キャンサーには聞こえなかったようだ。
「……わ、分かりました。すいません……俺」
「気にするな。冷静になって貰えればそれで良い。――サジタリウス」
「なんだ」
「ここから出るために協力してくれ」
「断る」
「頼む。君は盗賊だ。罠に詳しい筈。君の力が絶対に必要になる」
「だからよぉ、俺は国王の言い成り――」
「あ、すまん。一つ言い忘れたことがある」
タルタウロスが突如口を開く。
「何だこんな時に?」
「生き残った人間にはミノタウロス退治の報酬が出る」
「え? どのくらい?」
即座にサジが喰い付く。
タルタウロスが額面を告げる。一生遊んで暮らせる額だった。
「よっし行くぜ皆! 何ぼさっとしてんだよ!」
サジは意気揚々と扉に近づいていく。
俺たちはその後姿に、黙って冷ややかな視線を向けることしかできなかった。
「あ――でも」
サジは振り向く。
「一緒に戦いはするが指図は受けない」
「お前、まだ――」
キャンサーが身を乗り出すが、レオが止める。
「何故だ、サジ」
「仮にリーダーがお坊ちゃん、アンタだったとしよう。アンタがミノタウロスじゃないとどうやって保障する?」
「それは――」
確かに。ミノタウロスがリーダーになってしまったら、この戦いは大きく不利になる。
「なら俺は自分を信じる。それが最も確実だからな」
「その点に関しては同感だ」
オフィウクスが集まりから抜ける。スコーピオンとヴァルゴもだ。従うしかないと諦観したのか、報酬に目が眩んだのか、反対派も戦うことを決めたらしい。
結局チームは、ローチームとアウトローチームに分かれてしまった。
「仕方がない。取り敢えず、この十人で話し合おう」
残ったのは兵士の三人と武術の心得がある二人、魔法使いが一人。残りは非戦闘要員だ。
「――で、具体的にどうする訳?」
テールが訊ねるが、具体的な案は出てこない。
「取り敢えず、状況の整理だけしよう」
レオは地面に絵を書きながら説明する。
「今僕たちは、大きく分けて三つの勢力に分かれている。『ミノタウロス』、『アリアドネ』、その他――便宜的に、『パーティ』と呼称する」
「『アリアドネ』は仲間じゃないの?」とテール。
「仲間――だが、立場が全然違う。僕たちの中にミノタウロスがいる、というだけの話なら、遅かれ早かれ殺し合いに発展していただろう」
「こっ――」
テールの顔が引き攣る。
「そうならないのは、アリアドネがいるからだ。パーティはアリアドネがいるという前提がある以上、決して無闇に殺し合いをすることができない。誤ってアリアドネを殺してしまったら、パーティは全滅するからだ」
「でも、ならアリアドネは、自分以外皆殺そうって思うんじゃない?」テールが続けて問う。
「仮にアリアドネがそんなことをすれば、間違いなくミノタウロスはアリアドネを殺そうとする。疲弊したところを狙ってな。アリアドネさえ殺せば、ミノタウロスの勝ちなのだから」
「ミノタウロスが、皆殺しにしようとしたら?」
「俺たちにはミノタウロスとアリアドネの区別がつかない。だがアリアドネが暴走して皆殺しをしようとすれば、ミノタウロスに狙われて敗色が濃くなるという前提がある以上、アリアドネが皆殺しに走ることはない。つまり皆殺しに走るのはミノタウロスである可能性大ということ。だとすればミノタウロスも疑われるようなことはできない」
「だから――殺し合いになることはない、ってこと?」
「この前提を皆が十全に理解していれば、だが」
アリアドネの存在は、一見人間側にとって重荷になるように見える。だがアリアドネがいることで、殺し合いに発展することを未然に防いでいるのもまた事実なのだ。
「次にモンスターに対峙する方法だけれど……取り敢えず、前衛と後衛を決めようと思うんだが」
「前衛と後衛?」コーンが鸚鵡返しをする。
「戦いにおいて、前衛は敵に接近して直接攻撃をする。後衛は前衛の後ろで魔法で攻撃したり、補助で前衛を助けたりする。そうやって役割分担をしようっていう作戦だ」
前衛と後衛に分かれるのは最もポピュラーな作戦だが――この場合、問題となるのはアリアドネの存在だ。アリアドネが前衛に出てしまうのは避けたい。だが――。
「じゃあ、前衛を希望する人は挙手を」
エリーが真っ先に手をあげる。続いてキャンサー、俺、ライブラ。
「じゃあ、僕を含めて五人だな。後衛も五人」
順当に分かれた。だが前衛にアリアドネがいないとは限らない。明らかに前衛向きの人間が後衛を志望したら、怪しまれるからだ。
「ちょ、ちょっと良いか?」
ジェミニが片手を中途半端に挙げながら言う。
「僕は本当に何の戦闘能力がないんだ。どうすれば良い?」
「他に、戦闘能力に自身がない者は?」
ビスケスだけ手を挙げる。
「え、これだけ……?」ジェミニはもっと仲間がいると思ったのか、引き攣った笑みを浮かべている。
「私、魔法使えるし」とテール。
「私は回復を使えます」とアリエス。
「僕も楽器さえあれば補助ができる」とコーン。
「ジェミニとビスケスは無理に戦わなくて良い。だから戦闘の邪魔にならないようにさえしてくれれば、それで」
「あ、そう……」
「最後に、今後の方針についてだけれど――」
今後の方針というのは、当然、二つの勝利条件の内、どちらを狙うか、という話だ。
「僕としては『迷宮からの脱出』を目標にしたいと思っているんだけれど」
レオの提案に反対するものはいなかった。強いて言えば、先程まではキャンサーが別の立場だった。
「よし、じゃあこれで行こう」
「待った」ジェミニが止める。
「何か?」
「結局、……リーダーとかどうすんの?」
誰がミノタウロスか判らない以上、自薦の人間をリーダーにするのは危険だ。
「リーダーになりたいという人間はいるか?」
レオが皆に尋ねる。誰も手を挙げなかった。事実上、指揮の心得がありそうなのは、レオしかいそうにない……。
「じゃあこうしよう。一応、僕がリーダーをやる。ただし皆は、自分の命を最優先に行動してくれ。自分の命を守るためなら、僕の指示を無視しても良い。それでどう?」
「それ、指示する意味あります?」思わず聞いてしまった。
「皆だって、いきなり僕を信用なんてできないだろうから。暫定的にこれで、やっていくしかない」
反論する者はいなかった。
こうしてローチームの話し合いは終わった。
アウトローチームと合流する。向こうの話し合いは既に終わっていたようだった。
レオがアウトローチームに今後の方針と作戦を説明する。アウトローチームはサジが代表で話し始めた。
「まず方針についてだが、――どっちもだ」
「どっちも?」
「ダンジョンを攻略しつつ、誰がミノタウロスか探させて貰う。今のところ、危害を加えるつもりはないさ。ただし、不審な行動をすればその限りでないってことは伝えておく」
「もしミノタウロスを見つけたら?」
「当然殺るさ」
互いに沈黙。
「作戦に関しては、こっちの勝手でやらせて貰う。あんたの指図は受けない。以上」
レオは沈黙したままだ。後ろにいたコーンが話し始める。
「僕はこういう理屈事が不得手だけれど、一刻も早く迷宮を脱出するのが一番の近道なんじゃないのか?」
コーンの言う事は正しい。砂上の楼閣である点を除けば。
「仮に――」オフィウクスが呟く。「お前がミノタウロスだとして」
「ぼ、僕はミノタウロスじゃないぞ!」
「仮にだ仮に」
オフィウクスの言葉にコーンが噛みつく。
「お前、全員仲良く脱出しようとするところを見す見す見過ごすか?」
「それは――そうか」
負けかけているのに手を打たない馬鹿はいない。迷宮を脱しようとすれば、絶対にミノタウロスはアクションをしかける。具体的な例を挙げるなら、迷宮攻略の要となる人材を殺害しようとする筈だ。
「だがそれがチャンスでもある。動けば足がつくのは必定。端的に言ってこれは――殺るか殺られるか、――って話だ」
オフィウクスの言うとおり。これは人間と化物の戦争だ。
「……なら、行こっか」
あっけらかんとした声を出したのはエリーだった。
「い、行くってどこへ?」ヴァルゴが情けない声を出す。
「だから、この先だよ。行くしかないんでしょ? だったら早い方が良いよ」
まだレオは黙っていたが、軽く頷いて。
「分かった。だが僕たちは、できれば協力してここから脱出したい。それだけは忘れないでくれ」とだけサジたちに言って、扉の前に歩き始めた。
皆で扉の前に並ぶ。
「確かに十四人いるようだな」
ドアノブの髑髏が喋り始める。先と同じ黄金の髑髏。
「アンタもタルタウロスなのか?」
オフィウクスの問いに「そうだ」と笑う。
「ま、手品みたいなもんだと思って、気にするな。――ではタルタウロス討伐の戦士たちよ、これから
扉が開いた。すぐダンジョンに到達するのかと思いきや――広めの通路に出た。通路の中心には、先程と同じ台座の上に黄金の髑髏が置かれている。通路には十四の宝箱が無造作に置かれている。
「自分の名前が装飾された宝箱を開けるが良い。字が読めない奴は周りの奴に聞け」
床には巨大な魔法陣が描かれていた。これがオフィウクスの言っていた転送の魔法陣だろうか。となればこの宝箱は外から送られて来たのか。
宝箱に近づき、自分の名前が装飾されたものを探す。
スコーピオン、ビスケス、ライブラ、アクエリアス……あった。右側の手前から五番目。『コズミキコニス』と装飾されている。
「ねえ、ボクの宝箱、どれだか分かる?」とエリー。
近くの宝箱を指差した。
宝箱を開ける。中には皮袋と、鎧や兜などの装備に、――一振りの剣が入っていた。良かった。剣の腕には自信がある。
鞘から抜く。鈍色に輝いている。良く砥がれた良い剣だ。鍔の部分に赤色の宝石が嵌め込まれている。他にも、宝石を嵌められそうな穴が四つ空いていた。
皮袋の中には薬草や食糧、着替えなどが入っていた。……だが食糧はせいぜい一食分だ。
通路の奥にはまた扉があり、タルタウロスがいる。
「それがお前らの糧となり武器となる。代表者、前へ」
レオが前に出る。タルタウロスの口から、宝石のようなものが吐き出される。
「これは――?」
「なにそれ、キレー」
ヴァルゴが近づいてまじまじと観察している。俺もこっそり覗き見る。水色の輝かしい宝石だった。大きな石で高そうだ。ネックレスになるよう黄金の台座に象嵌されている。
「その宝石は空と同じ色をしている。日が落ちれば茜色に、夜が明ければ瑠璃色になる」
「つまり、空色をしている今は昼だと?」
「正確には、朝だ。迷宮内では昼夜が判別できない。これで判断しろ」
だがそれに何の意味が――。
「ダンジョンにおけるルールを説明する。『夜中にダンジョンにいてはいけない』」
「何故?」
「モンスターは大半が夜行性だ。昼間に活動する奴でも、夜中では更に凶暴になるものが少なくない。日が落ちれば落ちる程、敵が強くなると考えろ。また、ダンジョン、ボスルーム内にいる限り、ミノタウロスは日が落ちれば完全な姿を取り戻す。もしそうなったら――後は分かるな? だから必ず、ダンジョンの探索は日中に済ませること。良いか? 宝石が茜色になったら『時間切れ間近』のサインだ」
「分かった。肝に銘じる」
「ちなみにそれは頑丈にできてる。壊そうとは思わないことだな」
これは――ミノタウロスへの牽制だろう。
「互いの装備を確認する時間をやろう。準備ができたら、我輩に話しかけろ」
部屋を見渡す。皆、それぞれ別の武器を持っている。
「どうやら、攻撃は君が担当らしいな」
レオが近づいてくる。
「そういうレオ――えっと、申し訳ありません。階級が――」
「敬語は外に出た後で聞くよ。ここではレオで良い」
「じゃあ、レオ。そういうそっちは?」
「これ」
巨大な盾を掲げる。中心に俺と同じ象嵌がされている。宝石一つに、四つの穴。
「剣は?」
「ない。これだけだ。守りに徹しろということらしい」
随分と損な役回りだ。
「レオさん。やっぱり俺の武器、使ってください」
キャンサーがレオに近づく。
「良いって。君の武器が無くなってしまう」
「ですが――」
キャンサーの武器は弓矢だった。
「二人の関係は、上司と部下なのか?」
「いや、直属ではない。会ったのは今日が初めてだ」とレオ。
「ならなんで――」
キャンサーはレオをそんなに慕っているのだろう。
「それはだな、カウリオドゥース様に命を救われたことがあるからだ」とキャンサーが答える。
「あぁ――」
なるほど。命の恩人の子息に不敬を働く訳にはいかない、ということか。だが初対面ということは、片方がミノタウロスでも、気づかないということ。
どちらかが嘘ということもありえる訳だ。
カウリオドゥースの息子というのが嘘なのか。
カウリオドゥースに命を救われたのが嘘なのか。
――無論、どちらも事実であるのが最も良いのだろうけれど……。
「あの、宜しいですか?」
アリエスが話しかけてきた。
「何だ?」
「コズミキコニスくんの武器は――」
「これだよ」
剣を掲げる。
「強そうですね」
「お前は?」
「これです」
くるりとその場で回ってみせる。
「……?」
「似合ってませんか?」
「その服のことか?」
「法衣と言います。神官が着るもので、魔力が増えるのです」
「へぇ……」
「どうですか?」
「あぁ……良いんじゃないか。似合ってるよ」
胸元にブローチがついている。剣の鍔についていた宝石と同じ宝石が嵌め込まれており、穴も四つある。
「えへへ、ありがとうございます」
他のメンバーを見てみる。ライブラは槍を肩にかけ、テールは背丈ほどもある杖を握っていた。コーンは竪琴、エリーは両手にそれぞれ装備する種類の鉤爪だ。
分からないのはジェミニとビスケスだ。
「ジェミニ、お前の武器は?」
「それ、
「え?」
「これだよ」
ジェミニが見せたのはパピルスと羽根ペンだった。
「これだけ?」
「悪いかい?」
「……いや」
戦えねーじゃん、とは思うが。
「あ、でもこれ便利なんだぜ。ほら、――インクなしで書けるんだ」
「へぇ……」
どんな仕組みになっているのか。
「あとこれ。持ち手に宝石みたいなのが着いてて綺麗なんだ」
やはり――俺の剣やレオの盾、アリエスの法衣のブローチと全く同じ象嵌。
続いてビスケス。
「ビスケスのそれは何なんだ?」
「ペンデュラムじゃ」
ぺ、ペンヂュ……。
「振り子という意味じゃな」
「何に使うんだ?」
「占いに決まっておる」
そこで会話が途切れてしまった。
「あの、何か占ってくださいませんか?」
傍らにいたアリエスがそんなことを言う。
「良かろう。簡単なことなら今でも占える」
ビスケスは掌にペンデュラムの紐を巻き、掌を掲げてペンデュラムを垂らす。中心を丸くくり貫いた小さな銀盤には、宝石が一つだけ象嵌されていた。
「ただし、何か特定の物事を占うためには時間と魔力が必要じゃ。今は無理じゃ」
「じゃあ出られるかどうかは?」
「分からん」
「ふーん」
ビスケスは振り子を睨む。振り子が勝手に左右に揺れ出す。
「見える……見えるぞ……」
「な、何が……?」
神秘的とも狂気的とも言える雰囲気に気圧される。どう反応して良いか分からない。
「――神の御手。我々を救う神の御手が見える。我々は――神によって救われる」
ビスケスは振り子をしまう。
「……。……え、それだけ?」
「うむ」
参考にして良いのか悪いのかそもそも参考にするとしてどう参考にすれば良いのか……。
「俺たちがこんな目に遭ってるのって、そもそも神様のせいなのに、神様が助けてくれるのか?」
「神も十神十色じゃが、良い神もおる。そもそも我々の運命など、神の気紛れの前には風前の
「でも的中率は一割なんだよな……?」
言ってはいけないことを言ってしまった気になる。
「まぁ――信じるも信じないも、お主次第じゃ」
後武器を見ていないのはアウトロー組だけだが……。
「何故武器を見せてくれない」レオがサジに向かって言う。
「お坊ちゃん、俺たちは俺たちのやり方でやらせて貰う、と言った筈だ」
「それとこれは関係ないだろう」
「あるさ。良いか? 自分がミノタウロスがじゃないと確証できるのは、自分だけだ。つまり自分以外は等しく疑うべきなんだよ。だったら武器なんて見せられる訳無いだろ。切り札になり得るものかも知れないんだから」
「だがそれでは共闘が――」
「戦うさ。だがあんたの指図は受けないと言った筈だぜ。ならあんたが俺たちの武器を知っている必要もないだろう」
「お前らには協調性というモンがないのか」
キャンサーが弓の弦を弄りながら言う。
「協調性ぃ?」
さも馬鹿にしたように言う。
「一つだけ言っておくぜ、オッサン。生き残るのに必要なのは、協調性なんかじゃない。猜疑心さ。でも疑い続けちゃいけない。疑い過ぎず、信じ過ぎない。他人の存在を大前提にしないからこそ、一人でも戦っていける。そしてこの戦い、結局、味方は自分だけだぜ? そのことに早く気づくんだな」
「俺はまだ十九歳だ」
「え?」
「マジ?」とテールが呟くのが聞こえた。
話はそれで終わってしまった。
レオはため息を吐いた後、ローチームに向き直る。
「戦力は……前衛四人、後衛四人、……非戦闘が二人、だね。四、四、二で陣形を組もうと思う。それで良いかな?」
異論はなし。武器が弓矢しかないため、キャンサーが前衛から後衛に移っている。
「俺は十九だからな。まだ十九だ」
まだキャンサーが何か言っていた。
前衛は俺、レオ、ライブラ、エリー。
後衛はキャンサー、テール、アリエス、コーンに決まった。
「ところで、モンスターの討伐経験は?」とレオが皆に尋ねる。
「リザードまでなら一人で倒せる」と俺。
「私もだ」とライブラ。
キャンサーとエリーはそれより格上を仕留めたことがあるらしい。テールは数体しか倒したことがない模様。アリエスとコーンに到ってはほぼ初めてらしい。
「分かった。そのことを考慮して、フォローするようにしよう」
「ちょっとレオ良い? あいつらとはどう折り合いつけるつもりなの?」
テールが控え目にアウトローチームを指差す。
「って言うか、押しが弱過ぎ。もっとガツンと言わないと。あいつらに好き勝手させて良いの?」
「そうは言わないが……こういう空間で最も避けるべきことは、『支配』だと思うから」
「どういう意味?」
「こういう孤立した状況は、最早一つの国と大差ないと思うんだ。だから弾圧すれば、絶対に『跳ね返り』が来る。勝手に見えるかも知れないけれど、彼らも馬鹿じゃない。全員に不利益になることは、しない筈だ」
「示しがつかないじゃない」
「今すぐ協力しないと、駄目かな? 世の中には、色々な人間がいるよ。すぐに分かり合えるとは思わない。きっと彼らは、少し時間がかかってしまうだけなんだ。そうは考えられないかな?」
考え方としては少し聖人的過ぎるかも知れない。だがこういう考え方ができる奴が、こういう場には不可欠なのもまた事実だ。
「分かったわよ。待とうじゃない」
テールは肯く。皆も同意見のようだった。
こうして、全員の装備が整った。
レオがタルタウロスに話しかける。
「準備ができたようだな」
レオが預かることになった宝石を見る。まだ青空のような色合いだ。
「最後に一言」
タルタウロスが勿体つけて言う。
「我輩はこの迷宮の全てを把握している。だからこそ言える。全員揃って生還することは不可能だ。ミノタウロスのことを言っているんじゃあない。必ず誰か人間が欠ける。だが進め。覚悟があるのなら。そして、決して忘れるな。仲間の死を無駄にするんじゃあない。――以上だ。では諸君、健闘を祈る……」
扉が開く。石畳の廊下が続き、壁際には松明が焚かれている。
「行くぞ」
レオを先頭に、俺たちは進軍を開始する。
始まる。第一の死闘が――。
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