第5話 再認識

子供の頃には飲めなかったコーヒーを今は美味しいと思うことについて

僕は思うのだ。

コーヒーの味が変わったわけでなく、自分が変わったのだと。

つまり、言いたいことは簡単で昔気がつかなかった気持ちや思い、感覚を愚鈍ながら今さら自覚する場合があるのだと……

コーヒーを美味しいと思い始めたのはこの喫茶店でなんとなくコーヒーを頼んでみた日からからだ。

本当に「美味しいコーヒー」というものはあって、まさにそれこそが美味しいコーヒーそのものであると僕が感じた。

まぁ、その喫茶店というのは優衣、宮本とよく会うために使うものだけど。

たまにはこうして1人でコーヒーを味わうのも良いものだなと僕は思った。

もちろん、ミルクティーや紅茶も美味しいし、小腹が空いた時に食べられるサンドイッチも絶品だ。

しかし今日は、ナポリタンにしよう。

あまり頼まれないのは、量が多いからだろう。

「すいません、ナポリタン1つ。

あ、あとコーヒーのおかわりを」

アルバイトをしている同い年に見える女の店員さんに話しかけた。

「はーい。今行きますー。あ……」

「あ……」

中学校の時、同じクラスだった吉見さんだった。

ちなみに彼女は、高校も同じだ。

「いらっしゃいませ、小坂くん」

「いらっしゃいました。吉見さん」

なんだかクラスメイトとプライベートで会うのは、不意打ちだったことも手伝って、かなり気恥ずかしい。

「ナポリタンと、コーヒーだったよね」

コクリと頷いた。

「もりもりにしとくよ!」

にやっと笑った彼女をみて、空笑いが浮かんできた。

「あ、あはは……」

もとより多いナポリタンがどうしてこうなってしまったのだろうか。

まさにもりもり、いや美味しいんだけどね?

なんとか食べきるしかないかという結論に至り、しぶしぶフォークを手に取る。

不思議なもので初めの一口が美味しいと感じたあとは気がつけばナポリタンは半分もなくなっていた。

「食欲って恐ろしい」

わざと口に出すことでよりそのことを感じた。

「ですよね〜」

背後からいきなり声がしてびっくりした。

その拍子に再び頬張ったナポリタンが変なところにはいってしまい、盛大に噎せた。

吉見さんだった。

いや、なんとなく想像は出来たけど………

「相談聞いてくれるって聞いたんだけど、ホント?」

その言葉からはいつものようなおふざけは全く感じられなくて、思わず息を飲んだ。

あまり関係のない話だが、こうして張り詰めた空気だとしっかりと相手の顔を見ることになる。

そして、思った。

吉見さんはかわいいと。

ほんの数瞬だったはずだが、本当に気まずくなってしまい、頭がクラクラしてきた。

そんなところで彼女は口を開いた。

「私の相談を聞いて欲しい」

まぁ重々しい雰囲気をしたと思えば、またもや色恋の話で一見ありきたりだと思った。

しかし、話はなんというかそう簡単でもなかった。

「同じ高校の菅野くんか」

恥ずかしそうに下を向きながらこくりと吉見さんは頷いた。

入試の時に少し話したなと頭の中でその彼のことを思い浮かべてみた。

爽やか系という感じがぴったりのすっきりとしたような人だった。

これから同じ高校に入る身としては友達になりたいと感じさせた。

「そういえば、菅野くんとはどーやって知り合ったの?」

その言葉が吉見さんに届いたと思われるその瞬間。

年相応な対応?というべきか、わたわたと慌てた風に純情な乙女を鏡で見たような姿をみたようだった。

いつもの吉見さんなら、からかってくるような対応とか、無邪気でありながら核心をついた揺さぶりを行う天然さん。

というイメージだが、こんなにも純粋に女の子をしている姿を見るのははじめてだった。

「地域のサッカーのクラブチームで、私も入っていたんだ。

マネージャーとしてだけどね」

「多分、一目惚れだったと思う。

「感情が豊かな人みたいで、彼の表情、仕草を見ていると心の奥がキュッと締められるような感覚があって、けど、それは嫌な感覚では決してないの」

なんだかそれを聞いていて、ふと優衣のことが頭に浮かんだ。

それが浮かんだことをはっきりと認識するまで少し時間がかかった。

何を考えてんだ……僕は……

まとめると彼女はレギュラーではなかったけれど、みんなが慕うような大らかな背中を見て、一目惚れしたようだ。

それを聞いていて、なんだかすごく納得した。

優衣のことが浮かんだのは一旦考えることをやめた。

「そか、あの人はたしかにそんなタイプだもんな」

まるでお似合いの二人みたいだ、そう優衣と宮本のような……

相談内容としては、やはり仲を取り持つこと、というか関係を築くということだろうか?

ただ、問題なのは彼女にとってそれは初恋で、彼女は思っていたよりもずっと恥ずかしがり屋だったということだった。

ナポリタンはすっかりなくなって、彼女はおもむろに立ち上がる。

僕も、すっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干した。

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