見えない刃 5
まさかの百合展開においてけぼりを食らっていた。
女子と女子。
物語の中では、とても甘美な響きである。
それは、あくまでも物語の中での話だ。
現実世界でそれが行われることは、滅多にない。
僕も初めて遭遇した。
しかし、初めて見る他人の告白の瞬間に高鳴る胸の鼓動を抑えられない。
結城さんは、なんて答えるのだろうか。
「うん。
私も好きだよ」
結城さんは、笑顔でそう返した。
違う。そうじゃない。
きっと結城さんは、勘違いをしている。
大きな勘違いを。
飛び出して違うことを説明しようかと思った時だった。
「ありがとう。
でも、きっと、結城さんの好きと、私の好きは意味合いが違う」
油木さんが、自分の手で道を作った。
彼女自身の決心で。
危うくお節介をするところだった。
「あなたの好きは、友達としての、だと思う。
私のは、恋愛感情としての」
言葉を切り、深呼吸をした。
「好きです。
私と、付き合ってください」
彼女らしい告白であった。
真っ直ぐで、簡潔に簡単に伝えようとする。
一方で結城さんは、困ったように頭を掻き始めた。
返答に悩む問だ。
難問だ。
本気であればあるほどに苦しい。
まるで底なし沼だ。
もがけばもがくほど、沈んでゆく。
悩んで悩むほどに自分の首を絞めてしまう。
そして、相手の首も絞めてしまう。
どう答えるか。
正解などありはしない。
「ごめん。
今の私には、油木ちゃんのその気持ちに応えてあげることは、出来ない」
結城さんは、悩んだ末にそう告げた。
油木さんと同じように真っ直ぐに。
「そう…」
油木さんは、顔を伏せた。
こうなる事は、分かっていた。
分かっていた話だった。
相手には、他に好きな人がいる。
気がついたのはさっきであるのだが、女子同士である。
海外ならともかく、日本ではまだそれは浸透していない。
最初に話を聞いた時に是が非でも諦めさせるべきだったのだろうか。
違和感に気づいた時点で問いただすべきだったのだろうか。
自分の選択をひとつひとつ思い返してみる。
だけれど、思い返したところでこの現実は何も変わりわしない。
僕は、じっと二人の行く末を見守る。
僕には、それしか出来ない。
彼女は、まだ道を開けるのだから。
彼女が、顔を上げる。
何か考えがまとまったようだ。
「ありがとう、結城さん。
私は、あなたの事を好きになってよかった。
これからも友達でいてくれますか?」
「もちろんだよ。
だって、油木ちゃんのこと好きだもん。
これくらいでもう話せなくなるなんて私には、そっちの方が嫌だね」
結城さんが、油木さんを抱きとめた。
「私の方こそありがとう。
気持ちを伝えてくれてありがとう」
そこに僕の出番など存在していなかった。
僕の学校の教室に付属しているベランダは、すべての教室でつながっている。
隣の教室を通り、ベランダから廊下に場所を移していた。
三年五組の教室の扉が開く。
出てきた人物は、こちらに気がついたようだ。
「人の告白を立ち聞きとは、趣味が悪いね」
あからさまな敵対の意思を示された。
僕と彼女は、初対面であるはずなのだが。
「油木さんに頼まれたから僕は、その終始を見ていただけだよ」
「油木ちゃんが?」
どうしてお前と知り合いなんだと言いたいようだ。
「吹奏楽部の部長の紹介でね。
油木さんの相談にのっていたんだ」
「ふーん。あんたがねぇ」
「何だか僕が人の相談にのるのが不思議、みたいな反応だけれどどうしてなのかな?
間違えがなければ僕と君は、初対面のはずだ」
「ああ、初対面で間違いないよ。
ただ、反畑。
君は、有名人だからね。
知られていたくらいで驚いては行けないよ」
何なのだろう。
初対面でこのフレンドリーさを感じる話し方は。
そして、フレンドリーさの中に明らかに僕を嫌っている節を感じ取れる。
「どうして有名なのか教えてもらおうじゃないか」
この流れに乗ったらなんだか教えてくれそうな気がした。
この答えは、僕も気になっている。
「少なくとも私の界隈では、演奏会の前日に部活を辞めたというろくでなしという事ぐらいかな。
他にも理由は、あると思うけれど」
それが真実である以上、僕は何も言い返さない。
だが、他にもあるのか。
すべてを知るまでにはもう少し時間がかかりそうだな。
「私のさっきの答えから私の感じた疑問についての答えもわかるんじゃないのかい?」
「そのようなろくでなしが、人の相談に乗るのが意外だ、と言ったところか?」
「ご明察。
いいね。
油木ちゃんといい反畑といい、察しがいいやつと話しているととても愉快だ」
ここまで話して結城について分かったことがある。
自他ともに認める僕よりも変人であるということ。
でも、その変人さというのは現代的な意味であり、少し前の時代では受け入れられるものだろう。
「さて、それで反畑は、油木ちゃんを振った私に文句を言いに来たのかい?」
「いや、礼を言いに来たんだよ」
結城は、目を見開いた。
「変に誤魔化したりせずにきちんと油木さんの気持ちと向き合ってくれてありがとう。
きちんと気持ちに答えを出してくれてありがとう。
その二つを言いたくて。
僕には、油木さんの持つその思いに答えられるだけの経験が無い。
だから、答えを提示してくれた君に礼を言いたいんだ」
何をやっているのだ僕は。
そんな疑問を自分の中に孕んだ。
でも、今は、こうすることが正しい気がした。
感謝の気持ちを感じているのは、事実である。
自分の経験不足を呪う。
僕は、もっと油木さんに何かしてやれなかったのだろうか。
真っ直ぐと結城を見つめた。
すると、結城は堪えきれなくなったようで笑い出した。
「いやぁ、悪い悪い。
君が、あまりにも私の聞いた話とは違う人物でね。
君は本当に反畑空かい?」
「正真正銘反畑空だ。
他の何ものでもない」
「どうやら私は、噂に踊らされていたようだ。
やはり、人間というのは実際に話してみないとわからないな」
「うん。
人づてに聞いた話なんて言うのは、言った人の先入観が入っている。
だから、正しいことを見失う」
何故だか、思っていることを口に出してしまう。
結城なら受け入れてくれるような気がして。
「うん!
反畑。君とは仲良くなれそうだ。
私と同じ香りがするよ」
結城は、手を出してきた。
僕は、その手を握る。
「それは、不本意な気がするよ」
いつの間にか打ち解けていた。
最初のあれは何だったのだろうかと思うくらいに。
「油木ちゃんは、まだ教室にいるから行ってあげて。
今の私には、何も出来ない。
油木ちゃんが、反畑に見ていて欲しいと言ったのなら君に話を聞いて欲しいはずだよ」
僕は、無言で頷いた。
僕に何が出来るのかは、分からない。
だけれど、やるしかない。
不思議とそんな気分にさせられた。
「あ、油木ちゃんのこと泣かしたら怒るからね。
まあ今日の落ち度は私にあるから今日くらいは、許してあげてもいいけれど。
それじゃあね」
そう言うと結城は、去っていった。
去る直前に呼び止めた。
「最後に一ついいか?」
「なんだい?
部活に急いで戻らなくては、ならないのだけれど」
「その部活のことだよ。
結城は、何部に所属しているんだ?」
「陸上部だよ。
それだけ?」
「うん。
ありがとう。」
僕の中で一つの疑問が、解決した。
結城は、とてもスラッとした体型で足も長い。
悔しいが、僕よりも身長も足も長かった。
そんな結城がやっている部活動は、何なのか。
単純に疑問を感じた。
僕は、教室の扉に手をかける。
何が待っているか。
それは、神のみぞ知る。
いや、油木さんのみぞ知る。
覚悟を決めて、一歩を踏み出した。
教室に入ると油木さんは、席に座り外を眺めていた。
僕に気がつくと微笑みながら口を開いた。
「ごめんなさい、反畑君。
振られちゃった」
いつも通りの位置へ僕は、向かった。
前の席に僕が座り、振り向くという位置に。
「油木さんは、なにか謝らなければならないようなやましいことをしたのかな?
僕には、一向に見当がつかないのだけれど」
「だって、好きな人が女の子だって、言わなかった。
きっと、男の子だと思っていたでしょ?」
「確かにそう思っていたよ。
最初は、驚いた。
でもね、この二週間と少しの間油木さんと話していて油木さんの気持ちが本気であることを僕は、知っている。
だから、何も悪くは無いんだよ。
例え、好きになった相手が同性だったとしてもなにも悪いことなんてない。
人を好きになることが、出来なくなったら僕ら人間は、人として人間としての本質を失ってしまうのだから」
人を好きになってしまうのは、全然悪いことなんかではない。
誰も好きになれない人生ほど寂しいものはない。
たとえそれが、同性だとしても。
「あのね、これからも友達でいてくれるって」
油木さんの声が震え始めた。
「良かったじゃないか」
優しく僕は返す。
「これからも、後ろを向いて、面白い話をしてくれるって」
鼻をすする音が、微かに聞こえた。
「大丈夫。
結城は、いいヤツだから」
先程感じた確信を告げる。
「あのね、反畑君」
「なに?」
目に沢山の涙を溜めた油木さんが、じっと見つめてくる。
「泣いても、いいですか?」
ひと呼吸おいて僕は、答えた。
「もちろん。」
すると油木さんは、堰を切ったように泣き始めた。
教室中に声が響き渡る。
涙の雨が、油木さんの頬をたたく。
人は、感情を持つ生き物だ。
だから、嬉しくもなるし悲しくもなる。
喜怒哀楽という四字熟語は、よく出来ていると思う。
涙は、嬉しくても悲しくても流れる。
涙は人である証拠のようなものだ。
泣きたい時には、泣けばいい。
泣けないことの方が、悲しいことなのだから。
一体いつからなのだろうか。
僕が泣けなくなったのは。
日没の時刻を過ぎ、地平線から漏れ出た太陽の光ももうなくなった。
どうやら今日は、下校時刻が早いようでまだ六時前だというのに下校を告げる放送が入る。
その時だった。
教室の扉が開いたのは。
扉開けた主は、こちらをじっと見つめている。
「いつもの教室にいなかったから探したよ」
「ごめん」
彼女であった。
最初は怒ったような様子であったが、謝ると分かってくれたようで笑顔に変わっていった。
久しぶりに彼女の笑った顔を見たような気がする。
「それで、これはどういう状況なのかな?」
目は、笑っていなかった。
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