見えない刃 1

平和とは、戦争と戦争の間の時間だという。

この言葉に間違いは、ない。

人が、平和と呼ぶ時間の始まりには多くの血が流れ、終わる時にも血が流れる。

故に僕らが、平和と享受してるこの時間はいつか終わりを告げ、また戦争が始まるのだろう。

だから僕は、平和ではなくて平穏を望む。

平和とは、戦いや争いがなく穏やかな状態と辞書にはある。

争いごとを前提にした言葉なのだ。

争いが存在しなければ、平和も存在しない。

この二つは、切っても切り離せない。

良いようで悪い言葉であるのだ。

反対に平穏という言葉は、変わったことが起こらず穏やかなさまとある。

変わったことの種類にもよるが、意味的にはこちらの方が好感を持てる。

だから僕は、平穏をモットーに生きていこうとするのだ。

しかし僕の平穏は、あっさりと終わりを告げた。

綺麗に跡形もなく崩れ去っていった。

テストも無事に終わり、テスト後に行われる模試も難なく終えた。

明日は、卒業式。

そんな春の足音が聞こえてきそうな長閑な日の昼休み。

何人かいるうちの1人、サッカー部の友人が僕にとある問いを投げかけてきた。

「なぁ、反畑(そりはた)って隣のクラスの〇〇と付き合ってるのか?」

ここで読者の諸君には僕の苗字が、反畑であることを察してもらいたい。

「えっ?」

弁当も食べ終わり、心地の良い陽射しの暖かさにほんのりとした眠気を覚え始めた時だった。

急にクラスが静かになったような気がした。

「お前、テスト期間の土日に草津に行った?」

「行ったけど…」

取り敢えず正直に答えておく。

取り敢えずとか関わらず基本正直に答えるのだが。

たまに正直すぎると言われることもあるけれど。

ともかく草津に行ったことが知られている以上このような感じだろう。

少し調子に乗っているサッカー部員が、あろうことかテスト期間に草津へ旅行へ行った。

そうしたら同じように草津へ訪れていた僕らを見かけた。

それをサッカー部内で土産話と共に話したら「えっ、あの二人付き合ってるんじゃね?」的な展開になって確認を取りに来た次第だろう。

「いやあね、サッカー部のやつでテスト期間だっていうのに草津へと旅行へ行った奴がいて、そいつが反畑と〇〇を見かけたって言ってるんだよ。

それで、サッカー部内で話したら付き合っているんじゃないかってことになって、まあ直接聞いた方が早いだろうってことで聞いてみることにしたんだよ」

自分の予感の的中率に驚いた。

「なるほどね」

一度言葉を切る。

一緒に昼食を食べていた友人達も気になっているようだ。

正直にありのままを話すのが一番だろう。

「付き合っているというのとはまた違うかもしれないけれど、好きと言われたから愛していると応えた。

それだけの関係だよ」

嘘はついていない。

だって、僕は、彼女に好きだとは一度も言っていないのだから。

一度目だって二度目だって僕は、愛しているの言葉しか言っていない。

「「「それを世間一般では、付き合ってるって言うんだよ!!!」」」

見事に友人達の声が揃った。

「それじゃ、そうなのかもね」

みんなが、そういうのであればそうなのだろうな。

しかし、これはみんなが羨むようなそれではない事を声を大にして言いたい。

別に相手の気持ちが分かっただけであって、その前と後では特に生活に変化はないのだから。

気づけば、僕の席の周辺は男子友人諸君ではなく、女子達に変わっていた。

「反畑君まじで!」

「いつからいつから!」

「えーいがいー」

などなど、質問攻めにされてしまった。

質問攻めをするより先にその日本語はどうにかならないものなのだろうか。

何がまじでなのだろうか。

何がいつからなのだろうか。

何が意外なのか。

主語と述語を使って会話ができないのか。

現代高校生の語彙力と会話力の低下を嘆きながらも取り敢えず質問に答えていく。

例え、主語と述語がない言葉だとしても意味が通じるのだから僕も現代人なのだと実感させられる。

「うん。

まじまじ。

いつからっていうのは、去年のクリスマスからだよ。

意外というのはいささか心外かな」

どうだろうか。

高校生らしい回答だったろうか。

現代人にのような回答だっただろうか。

女子達は、ポカンと口を開けたまま黙り込んでしまった。

何かおかしなことを話しただろうか。

「反畑君って面白い話し方するんだね」

何人かいるうちのひとりが口を開いた。

そんなに面白かっただろうか。

「そうかい?」

「なんか少し前の人みたいな話し方だよ。

いささかとか初めて聞いたし」

この場合の前というのは、時代がということだろうか。

「それこそ心外だよ」

「心外なんて今どきいう人いないって」

「そういうもんかね」

「そうそう」

僕としては、正しい日本語を使用しているつもりなのだが、どうやら違うらしい。

「それよりー、どういう感じなの?

付き合い始めて2ヶ月くらい経つし、どうなのよ?」

どうやら質問は、さっきのでは終わらなかったらしい。

助けを求めようと女子に押しやられた親友に目配せをする。

どうやら気づいてくれたようで女子の間を縫って僕の隣に来てくれた。

そして、肩をたたいて一言。

「そういう所だよな」

「わざわざそれを言うためにここまで来たの!?」

突っ込まずにはいられなかった。

「反畑、この年頃の男子高校生ないし女子高校生というのは、恋愛沙汰が大好きなんだよ。

他人の不幸は、蜜の味。ならぬ他人の恋は、蜜の味。なわけだ。

ここは、諦めたほうがいいだろう」

それだけ言い残すと自分の席へと帰って行った。

顔を上げるとなにやら新しい玩具を与えられた子供のような顔が、三つあった。

どうやら、僕の昼休みは帰ってこないらしい。







工場の煙突から出る煙が輝いている。

「夕日が綺麗だな」

三階にある僕らの教室からは、夕日が良く見える。

ベランダに親友と並んで眺めていた。

「工場の煙が邪魔だけどな」

「煙がいいんじゃないか」

「見解の相違だな」

「ま、十人十色って言うくらいだし咎めはしないが」

「そういう所だよな」

「いい加減どういうところなのか説明していただきたい」

グランドからは、野球部とサッカー部の練習する声が聞こえる。

その中に演劇部と思わしき発声練習の声が混ざっている。

「どう思う?」

僕は隣に立つ親友に問いかける。

「何が?」

「僕の明日からの生活」

「特に何も変わらないだろう。

ただ、変わることといえば君に彼女がいることが校内中、少なくともこの学年には知れ渡っていることくらいだよ」

それが、一番の問題なのだ。

どういう理由なのか僕は、有名人らしい。

一体みんなは部活動を途中でやめたような奴のどこに興味があるのだろうか。

彼女のいうとおりに僕は、自分を過小評価し過ぎなのだろうか。

「怒っているのか?」

僕は、親友に尋ねた。

「いや、別に」

短くそう返ってきた。

彼がそういうということは、そういうことなんだと思う。

「ただ、一言言って欲しかったって言うのはあるかな。

長い付き合いなんだしさ」

「ごめん」

小学校から高校に至るまでのこの間。

僕と彼は、長い時間を共にしてきた。

この事を腐れ縁というのだろう。

「まあ、何かあったことは薄々感ずいていたけれど」

「えっ」

「だって、毎日一緒に帰っているし、年末に会った時よりなんだか楽しそうだ。今日もいつも通りの時間に帰るのか?」

そんなに僕は、楽しそうだったのだろうか。

案外自分では、分からないことは多い。

「多分。

その時間になったら教室に来ると思う」

特に約束をしている訳では無いけれど、放課後教室に残って勉強していることを知っているのか部活が終わると彼女は、教室を訪れる。

それで成り行きによって一緒に帰っている。

昼間のことがある以上あまり他人に見られたくはないのだけれども。

「まあ、とっととくっつけばいいのにって思ってたから俺としては、嬉しいんだけどね。

これは、俺だけの意見ではないだろうけれど」

そんな目で僕らは、見られていたのか。

ま、諦めるしかないか。

「そろそろ教室に戻ろう」

彼を促し、教室に戻った。

模試も終わっているため、特に急いで勉強しなければならないという訳では無いのだが、なんとか受験を九月に終わらせてしまうために努力を続ける。

宇宙そらには、未完の満月がいた。










いつも通り、7時半になると教室に彼女が訪れた。

いつもよりもブスっとした顔で。

僕としては遠回りであるのだが、彼女の乗るバス停まで一緒に帰る。

街頭の電球が、今にも切れそうになっている薄暗い通りを歩く。

人通りは少ないが、学生諸君の姿がチラホラとある。

塾帰りの中学生の姿も見慣れたものだ。

高校受験が、間近に迫っている。

あまりストレスを貯めすぎないことをオススメしよう。

僕が意気揚々と様々な学生の姿を楽しんでいる中、彼女はバス停につくまでの時間一言も話さなかった。

「何に怒っているんだ?」

「私の不注意」

短く返された。

「皆に質問攻めにでもされたのかい?」

「それは別にいいのよ。

隠すようなことではないし。

心配事は他にあるのよ」

「ま、たとえ他人に何を言われたとしても僕らの関係性は、何も変わらない」

「そうだけれど、私は構わないのだけれど、空が困るんじゃないかって思って」

そう言うと彼女は、バスの扉の先へ消えていった。

僕は、バスの進行方向とは逆の駅へ向かって歩き始めた。

何か心配されるようなことがあっただろうか。

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