新しい朝

年が明けた。

部屋に差し込む朝日が冷めきった部屋を暖め始める。

「日」という概念が無ければ、いつもの朝日と何も変わらない。

ただ、それがあって区切られるからこれは特別なものになるのだ。

その概念を作り出すきっかけとなったイエスキリストに感謝しなけれならないだろう。

彼が、今の僕らの生活を作っていると言っても過言ではないだろう。

信仰を持たない身としても感謝を捧げたい。

朝日を見ていると思わずほころぶ。

新しい物語の始まりを告げられているようだ。

新しい服に着替える。

新年と言うくらいなのだから気分も変えたい。

自室を出て、リビングへと向かう。

家族は、まだ誰も起きていないようだ。

充電器に繋いであるスマートフォンを手に取る。

「あけましておめでとう」と何件も送られてきているが、返すのは後でも構わないだろう。

テレビをつける。

他愛もない新春特番がやっている。

声が遠くに聞こえる。

何をしても手につかない。

早く起きすぎたことを後悔している。

だが、習慣というのはなかなか変えられないものだ。

布団にでも入ろうかと2階の自室へと向かった。

東向きである僕の部屋は、暖まりにくく、冷めやすい。

なんと立地条件の悪い事だろうか。

初日の出が差し込んで以来、僕の部屋に陽射しは入りこまない。

それだと言うのに僕の部屋には暖房器具の類は、一切存在しない。

故に、布団に潜るというわけだ。

寒い部屋で布団に入り、傍らにあるノートパソコンを起動させる。

僕は物語を読むことも好きだが、書くことも好きである。

将来は、その道に進もうと思うくらいに。

だから、時間がある時に自作の小説を書いたりしている。

と言っても誰かに見せる理由でもないのだが。

Wordを起動させ、保存してあるファイルを開く。

いくつかのタイトルが羅列される。

書いておいて何なのだが、どれもこれも駄作である。

こんなので将来食べていけるのかと問われると些か不安である。

故に、まずは資金貯めから始めなければならないだろうと最近考え始めている。

取り敢えず今書いているのを書き上げようと思い、キーボードに指を走らせる。

が、何も思い浮かばない。

完全に行き詰まった、という奴だ。

朝ということもあり、頭が回転しないのだろう。

うん。

きっとそうだ。

なにも、彼女と初詣に行く約束をしていて、ソワソワしているからという訳では無い。

そうに違いない。

などと無理やり自分を納得させ、仰向けに寝転がる。

枕の脇にある時計によるとそろそろ来てもおかしくない時間では、あるのだ。

だが、朝にズボラな彼女のことだ。

遅れるなんてことは、大いに予測できる。

きっとまだかかるだろうな。

そう考えたのが、甘かったのかもしれない。

温まり始めた布団によって僕は、夢の国に強制連行されたのだった。

だって、楽しみなことがある前夜ってなかなか眠れないものだろう?

つまるところ寝不足だったのだ。









起きる直前に僕が感じたその感覚は、枕とは違う何かだった。

何か柔らかくて温かい…。

それが、誰かの太股だと気づくほどハッキリとした意識をその時の僕は、持ち合わせていなかった。

まだまだ思い瞼を開け、いつもの枕のチェック柄ではない華やかな模様が、目に入り頭が覚醒した。

寝返りを打つと、晴れ着姿の彼女の姿が頭上にあった。

「やっと起きたね。

そろそろ起きてもらわないとと思っていたんだよね。

足が痺れてきちゃって」

「えっと…この状況は、一体…?」

「説明してもいいけれど、まずはどいてくれないかな?」

僕は、素早く体を起こした。

無論物語の常のように顔を上げた時に、おでこでごっつンコなんてベタのことは起こらなかったが。

「さて、君は、一体何をしてもらっていたと思う?」

逆に僕が、問い返された。

「えと…えーっと、今年の干支は、なんだっけ!」

「申どしだよ。

さあ、逃げないで答えようか」

どうやら、逃げの回答は、不正解だったようだ。

それはそうだろうとも思いつつ、次の答えを考える。

ここは、正直に答えるのが一番だろう。

「膝枕…?」

「ピンポンピンポンだいせいかーい!」

なにやらどこかのクイズ番組のBGMが、流れてきそうだ。

「いやあね、家に来たらお婆ちゃんしか起きていなくって、事情を説明したら君の部屋に通してくれたの。

そしたら君が寝ていたから起きたらどんな反応するのかなーっておもってやってみたの。

どうだった?」

どうもこうもあるかと反論したかった。

寝ているのだから分からないだろうとも。

だけれども、その時の僕は、違う考えが頭の中を締めていた。

「実際は、太もも枕な訳なんだけれど、どうして膝枕って言うのだろうか?」

重大な疑問が発見されてしまった。

「言われてみると確かに!」

彼女も驚きを隠せないようだ。

実際の膝枕をされたらそれはそれは寝づらくて、たちまちに目が冴え渡ることだろう。

「そういう疑問を持つあたりは、新年が開けても変わらないんだね」

僕の疑問をかき消すような笑顔で考え事をする僕の顔をのぞき込んできた。

「あけましておめでとう」

「今年もよろしくね」

「晴れ着、綺麗だね」

「あ、ありがとう…」

この疑問は、一時保留だ。

いつか答えが出るだろう。

今は、初詣に行くことの方が、大事だ。

彼女の美しい姿を自慢したいという気持ちが強かった。

僕らは、ベットから降り、初詣へと向かった。










神社についた時には、もう太陽は高く上っていた。

それでも人の多さは、大して変わっていないのだろう。

賽銭箱までは、なかなか遠そうだ。

山の中腹ほどに位置しており、周りを木々に囲まれたこの神社は、家からとっても近い。

とてもではない。とってもだ。

歩いて10分ほど。

いつもは、参拝客など存在しなくて静かそのものであるのだが、この時期と言うよりはこの日は、人が多い。

参道には、出店なんかも出ているからなかなか賑わっている。

他愛もない話をしたり、溜まっていたSNSの通知なんかを返信していたらあっという間に順番が、近づいてきた。

「5円玉持ってるか?」

僕が聞くと

「え、もういい縁に巡り会ったから別に5円玉じゃなくてもいいんじゃない?」

などという事をさらっと述べた。

「恋愛とかそういう面だけの縁じゃないんだよ。

こういうのは」

「そういうものなの?

じゃあ、五円玉にしておこうかな」

あっさりと聞き入れた。

さあて順番が回ってきた。

願い事は、何がいいだろうか。

なんて考えているうちに作法が終わり、次の人に順番を譲っていた。

案外そのようなものだ。

「なにを願ったの?」

「特に何も。

初詣は、願い事をするのではなく、神様に新年の挨拶をするぐらいでいいんだよ」

「つまらないなー」

「それじゃ、おみくじでも引くか」

初詣が終わった人たちは、おみくじに列を成していた。

最近では、機械でなんて所も多いらしいがここは、未だにジャカジャカ振って出た棒の番号をとるという昔ながらの方式だ。

こちらの方が、運試しという感じがして信用できる気がする。

さて、引いた結果なのだが、僕が凶で彼女が大吉。

なんて物語のような展開は一切なく、二人揃って中吉だった。

「微妙ね」

「中吉は、中吉でいいだろう」

「こうなんかもう一歩頑張れなかったのかなっていうなんとも言えない感情があるよね」

それは、君だけだ。

おみくじは、あくまでも運を占うだけだ。

そこから大吉になるかどうかは、僕らの努力次第である。

その逆も然りで、努力を怠れば大吉から凶への転落だってありえる話なのだ。

つまるところ、努力をしないものに幸運は、舞い込んでこないという訳だ。

だって、神様がいたとしても人類七十億全員を見ることなど不可能であるのだから。

屋台を横目に僕らは、それぞれの帰路についた。

夕食を我が家で食べていくかと誘ったが、それは野暮と言うもので正月くらい家族団らんを楽しみたいというものだ。

見上げた空には、冬の寒さは、まだまだこれからだと言わんばかりの鉛色の空が、重く垂れ下がっていた。

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