ある冬の日 2
僕の持ち合わせている時間つぶしの手段とは、読書、スマホゲーム、そして小説を書くことだ。
将来は、小説を書いて生計を立てて行けたらいいかなと思っている。
今書いているのは、二月いっぱいで締切のある新人賞に応募しようと思っている作品だ。
大賞を狙っている。
ま、そんな簡単に取れるとは思っていない。
僕ほどの才能の人間などごまんといるだろう。
活字離れが叫ばれている昨今、読者の数と小説家を目指している人の数とが、反比例している。
確かに小説家で売れることが出来たのなら一攫千金も夢ではない。
けれど、イバラの道である。
それをよく考えてから目指してもらいたいものだ。
「やあ、待った?」
急に声をかけられて手元にあるスマートフォンから顔を上げる。
さっきの生徒の他にも今日という日に部活動がある生徒は、いたらしく何人かの生徒が、校内に入っていたのは分かったのだが彼女が到着したことには気が付かなかった。
何事も、自分の遅刻など無かったような朗らかな顔が、そこにあった。
「結局10分遅れだけど」
軽い文句を告げる。
僕の持つ手袋は、スマホに対応していないから付けながらの操作が行えない。
だから、操作する時は、外さなければならない。
お陰で僕の左手はとてもかじかんでしまった。
弄らなければよいじゃないかと言われればそこまでなのだが。
まあ、そこはご愛嬌と言うことにしておいてはくれないだろうか。
「まあ、今日は先が長いんだしいいでしょ。
少し遅れたくらいが、全体の流れとしてのバランスが取れるというものなんだよ」
「え、長いの?」
「だって、クリスマスだもん」
クリスマスだからなのか。
そんな道理が通って言い訳はないだろう。
と、言おうと思ったが心の内に締まっておくことにしよう。
「それじゃ、行くとしようか」
彼女は、僕が歩いてきた方向と逆の方へと歩き始めた。
他愛もない話をしながらわからない場所を歩く。
登下校では、使うことのない道だ。
「それで、どこへ向かってるんだ?」
「行き先なんてないよ。
ただただあてもなく歩く」
心底楽しそうに彼女は答えた。
あてもなく歩くとはとても不毛だな。
まあ、嫌いではないけれど。
嫌いではないと言うことは好きである時の言い訳であるのが、物語の常であるけれども実際そうであるのだから仕方が無いというものかな。
「今日は、部活は休みなのかい?」
「うん。
クリスマスだしって部長が。
彼女彼氏がいるような人は、五人にも満たないというのに」
彼女は、やれやれと言うふうに首を振った。
色々なものを見ているうちにあてもなく歩くのもだいぶ時間が経った。
普段は学校の周りなど散策することはないからとても新鮮な気分だ。
硝子屋やお弁当屋、ペットショップ。
こんな店があったのかと驚きを隠せない。
知らないことを知るということは、楽しい。
自分の中で新しい世界が広がってゆく。
これが豊かになるということなんだろう。
彼女は、いつだって僕に新しいを提供してくれる。
「ちなみにだけれどサンタクロースについてどう思う?」
僕は、全人類が持つであろう疑問を彼女にぶつけた。
「どう思うって言うのは、いるかいないかどう思うってことでいいの?」
「まあ、そうかな」
「私は、いると思うな」
「意外だね」
「そうでもないよ。
サンタクロースの元になった人は、聖ニコラスさんという聖人なんだよ。
四世紀頃の話でね、現在のトルコでのデレム、かつてのギリシアの町ミュラの司教であった聖ニコラスさんが、自分の家の近所に住む三人の娘がいる貧しい家に助けをと思って煙突から金貨を投げ入れたんだよ。
そしたら、ちょうど煙突の下に干してあった靴下に入り込んだという訳なんだ。
だから、煙突からサンタクロースは侵入してくるし、靴下の中にプレゼントを残していってくれるという伝説が生まれたわけだ。
そして、聖人というのは、死んだ後に天の国に行くらしいんだよ。
そこには、イエスキリストは、もちろんのことペトロをはじめとする十二使徒たちがいる。
文献によると彼らは、いろいろな奇跡を起こしてきたようだ。
だったら同じように聖ニコラスさんも奇跡を起こせるんだよ。
一晩で世界中の子供たちプレゼントを配るというね」
彼女は、自分の正しさを証明したと言わんばかりの誇らしげな顔をしていた。
実際のところその論は、両親にネタバレをされた僕には通じないわけだけれど。
「まあ、聖ニコラスさんとやらは、みんなの心の中にいるんだろうよ。
だから、クリスマスになればプレゼントが届いているわけだ。
でも、侵入というのは些か物騒な物言いだな。
さて、この話の流れでどこへ向かっているのか教えてくれてもいいのではないかな?」
彼女に行き先があることはだいたい察しがつく。
だけど、同じ場所を回っている訳では無いけれどもいくら何でも不毛すぎる。
朝の早くから電車に乗るため、自宅から駅まで自転車を飛ばしたのだ。
足も疲れてきた。
これは、単なる時間の無駄遣いというやつだ。
少し小腹も空いてきた気がする。
「まあ、ないわけじゃないけどまだ時間が早すぎるんだよ。
ま、お昼でも食べようよ」
気づけば少し開けた公園のような場所、つまりは空き地に到着していた。
どこかの漫画のように土管が置いてあるなんてことは、ないが。
公園なのかもしれないが。
この漫画を漫画と引用するかアニメと引用するかによってどちらに慣れ親しんできたかよくわかるような気がする。
無論僕は、漫画である。
叔父の残してくれた漫画が、僕の子供の頃の友達であった。
「お昼用意してきたんだ!」
嬉しそうにカバンの中からランチボックスを出し始めた。
2人で遊ぶ時は、いつも作ってきてくれている。
食費が浮いて大助かりなのだが、ひとつ変えて欲しいことがある。
「中身はどうせサンドウィッチだろ?」
「いや、今日のはいつものとは違うよ!
私が腕によりをかけて作っちゃった」
ついにほかの料理を覚えたか。
なかなか期待値が高い。
内心そんなことを感じつつ、少しあきらめの気持ちを捨てずにいる。
「いつもの玉子じゃなくてハムとレタスなのだ!」
「絶対難易度は逆だよね!」
虚しくも空へと空振る声。
玉子とハムレタス一体どちらの方が作るのが簡単なのか。
普段料理をしない僕としてはわからないのだけれど、あきらかハムレタスの方が簡単だと感じる。
卵は、火を使うけれどハムレタスは、使って包丁じゃないか。
いや、手でちぎれば最悪包丁も作らないが。
「だって、朝寝坊しちゃって時間なかったんだもん」
まあ、時間がなかったのに作ってきてくれたことは感謝しよう。
寧ろ、女子の鏡とも言えるのではないだろうか。
作ってきてくれたのに文句を垂れるようなやつは、男失格だな。
出てこい。
簡単であるほうが味に失敗というものがない。
まあ、彼女の作るものは基本美味しいのだけれど。
レパートリーは、サンドウィッチしかないけれど。
ただでさえ短い髪をポニーテールのように縛り、それを揺らしながらカバンから水筒を取り出した。
コップにお茶を注いで僕に渡してくれた。
冬には、嬉しい温かいお茶であった。
一息をつき、空を見上げる。
風に乗ってゆらゆらと漂う雲が、一つ。
この世の悪など一つも知らないような白さでそこにあった。
「のどかだね」
「のどかだね」
二人して口を揃えた。
このような日々が、いつまでも続けばいいのに。
でも、その願望は叶うことは無い。
人は、いつかは死ぬのだから。
「そう言えばさ、サンタクロースについてやけに詳しかったけれど、君はキリスト教徒だったのかい?」
「いや、そういう訳じゃないよ。
ただ、興味本位で調べただけ。
だから、キリスト教に纏わるイベント事ならその起源は、説明できるよ」
「キリスト教とか宗教のことって知っているようで知らないこと多いからね。
自由信仰の国らしいと言えばそれまでだけれど。
正しくないものに踊らされるのが日本人だ。
まあ、僕はそれを悪いことだとは思わないけれどね」
「私も同感かな。
やっていて楽しいもの。
きちんとした情報を知れば、もっと楽しくなるのにななんて思ったりもするけれど」
「まあ、イエスキリストが、生まれたことと聖ニコラスさんの優しさに感謝しようではないか。
彼らがいなければ、僕らのいる今は存在しないと言っても過言ではないのだから」
「そうね」
ある冬の日の昼下がり。
冬にしては少し暖かいそんな日。
夜は冷え込みが強くなりそうだ。
それはそれで愉しいのだが。
寒い風が、僕の横を通り過ぎる。
僕の目の前 寒い風が、僕の横を通り過ぎる。
僕の目の前には赤い海が広がっていた。
昼食を食べた後二人で何をするわけでもなく、図書館に行き読書をしていた。
日長な書店巡りよりは、幾らかましかと思える。
書店巡りができるほどの本屋は、この街には存在しないが。
僕は、昨日両親から貰った児童図書を。
彼女は、適当に引っ張ってきた書物を。
普段なら勉強スペースとして開放されている椅子に腰をかけ、並んで読書を楽しんだ。
高校生にもなって児童図書?なんて思われるかもしれない。
だけど、千ページを超える本の間に挟むには丁度いい。
それに内容も悪くない。
故にやめられない止まらないというやつだ。
子供の頃に読んだシリーズの続きが気になっての方が、勝っているだろうが。
どれくらい時間が、経過したのだろうか。
急に彼女は、立ち上がり口を開いた。
「そろそろ時間かな?」
スマホの電源を入れる。
そこに示されている時間は、3時58分。
目的地は、そこから歩いて10分程で到着した。
駅の反対側。
海岸を望むことが出来る駐車場。
右手には、海に落ちてゆく夕日が見える。
紅く染まる海を綺麗だと思う。
「ね。
やっぱり冬は夕日の方が綺麗でしょ」
僕は、驚いた。
前に話した話をここまで気にしているだなんてね。
冬は、朝日と夕日どちらが綺麗なのか。
「朝早い時間を指定すれば、きっと君は朝日を見る時間に家を出ると思ってね」
それであんなに早く集合時間にした訳か。
一つため息をつく。
僕が、言いたいことは、二つあった。
「早い時間を指定しておいて自分は朝寝坊で遅刻とはどういう神経だ」
「まあ、それは悪かったよ。
で、どちらが綺麗だった?」
楽しいそうに愉快そうに聞いてくる。
この命題に対する僕の答えはいつだってひとつだ。
「冬の日にね、朝日も夕日も要らないんだよ。
強いて言うのなら月日だって要らない。
それを証明しよう。
今から時間はあるか?」
「え?」
「帰りが遅くなるだろうから大丈夫かと聞いている」
「えーっと。
今日は両親も帰りが遅いから大丈夫だと思うけれど…」
「それじゃ、善は急げだな」
呆然とする彼女の手を引き、駅のホームへと向かう。
僕らは、僕の家方面への電車へ乗り込んだ。
自宅の最寄り駅についた時にはもう日は沈み、辺りは真っ暗だった。
ただでさえ人工の灯りが少ない町。
空に輝く満月だけが明るく僕らの顔を照らしている。
寄りによって満月かと思いながらも僕は彼女を促し、目的の場所へと向かう。
「噂には聞いていたけど本当に田舎なんだね君の住んでいる町は」
初めてこの町に来た時はこんなことを僕も言ったものだ。
だけれども何処よりも夜が綺麗な場所という自負がある。
二人肩を並べて目的地へと向かう。
会話はない。
隣に彼女がいる。
それだけで僕には充分だった。
こうして歩いていると僕は、本当に彼女のことが好きなんだと思い知らされる。
でも、この想いを伝える日は二度と来ないだろう。
僕は、今のこの関係を壊したくない。
ただ好きでいるだけで充分だ。
片想いであるのなら言葉にしなければいい。
たとえ両想いだったとしてもお互いに気づかなければいい。
ふと、話をしたくなる。
そんな関係であるだけで幸せだ。
そんなことを考えていると目的の場所に到着した。
月影に照らされたブランコが、規則正しく揺れていた。
ブランコだけがある公園。
シンプルで僕は、とても好きだ。
二台しかないブランコに腰を下ろす。
ふと、空を見上げる彼女が感嘆の声を漏らす。
「きれい…」
そこから言葉を失くしてしまったようで空を見上げたまま黙り込んでしまった。
「あれが、オリオン座。
その隣にある大きな星を中心として見えるのがイッカクジュウ。
二つの下のほうにあるのがおおいぬ座。
三つの星座のベテルギウス、プロキオン、シリウスを結んで出来るのが、冬の大三角」
「星座、詳しいんだね」
「星が好きだから。
視力さえ落ちていなければ宇宙飛行士になろうと思っていたくらいだからね」
「君が?
意外だね。」
二人で首の痛みなど気にしないで空を見上げる。
「視力ならレーシックとかで治せるものじゃないの?」
「そうかもしれないけれど、目にレーザーを入れるのって怖くないかい?」
「それは、わかる」
二人して笑った。
いつまでもこの時が続けばいいのに。
だけれど、そんなに長くは続かない。
僕は、自分で話の流れを変えた。
なぜなら、僕は、話さなければならない。
どうしてこの空が美しいのかを。
「もう四年前、いや五年前になろうとしているんだね」
僕は、不意に話をふった。
「あの大震災が起こってから。
あの頃はまだ、高校のある街よりも大きな都市部とも言える街に住んでいたんだ。
そこは光が沢山ある街で星なんてろくに見えなかった。
それでもたまに見える星を美しいと感じていたんだ。
だけど、震災の起こった夜。
街から光の消えた夜。
見上げた空によって価値観を変えられてしまった。
哀しむべき夜に僕は、感動してしまったんだよ。
亡くなった命の輝きが、まだそこにあると示すかのように瞬く星に。
でも、しばらくすると街に光は戻ってきた。
もう二度とあの空に出会うことは無いのだと諦めていたんだ。
だけど、住んでいたマンションが震災の影響で住めなくなり、ちょうど中学生に上がるからと祖母の家のあるこの町に来た。
小さい頃に来たきりでなんの記憶もない町だった。
でも、そんなことはどうでも良かったんだ。
この空にまた会うことができたから。
会いたかった空に会うことが出来たのだから。
だから、空気の酷く冷え込む冬の主役は、朝日でも夕日でも月でもない。
この星空なんだよ」
僕が一番綺麗だと思うもの。
それを君に分けたい。
「うん…。
これを見せられたら考えを変えなきゃかな」
「月が出ていなければ一番良かったんだけどね。
寄りによって満月とは」
「ううん。大丈夫。
また新月の日に来るから」
彼女は、優しく言った。
「あのね。
本当は夕日の前で言いたかったことがあったんだけど、こんなのずるいよ…」
マフラーに顔を埋め、恥ずかしがっている。
一体何を言おうとしていたのだろうか。
何故ずるいと言われなければならないのか。
甚だ検討がつかない。
「私は…君のことが好き」
胸の鼓動が速くなる。
顔が熱くなっていくのがわかる。
今どんな顔をしているのだろうか。
口は、魚のようにパクパクと動いている。
言葉が繋げない。
何を言えばいいのかわからない。
焦点が合わない。
僕は、夢を見ているのか?
「ねぇ、なんとか答えてよ!」
恥ずかしそうにどついてきた。
痛い。夢じゃない。
「どう、答えればいいのかわからない。
ただ、ひとつ言えるのは驚きだけだよ」
「そりゃ、私だって人を好きになることくらいあります」
きっと漫画だったら「えっへん」とか描かれていそうだ。
「誇るところじゃないだろ」
「でも嘘じゃない。
心から思っていることなんだよ」
「それなら、僕も嘘はつけないかな」
本当はずっと前から伝えたかった。
でも、一度目の告白を「眠い」とあしらわれ、諦めていた。
でも、この時は「月が綺麗だね」と言ったのだから彼女が気づいていないということも考えられるのだが。
さて、これが彼女の気持ちだというのなら僕は、自分の精一杯で答える。
彼女に対しては、正直であることが一番いいことであることを知っている。
だから、僕はこう告げる。
「僕は、君のことが好きじゃない」
何一つ偽りのないありのままの言葉で。
彼女の目は見開かれ、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「もう好きだなんてレベルを超えている。
愛おしく思っている。
ただ、君が隣にいるだけで幸せだ。
声が聞けるだけで幸せだ。
君のその目が好きだ。
いつも、いつまでも隣にいるとこの場所で誓いたい」
とうとう泣き始めた。
泣いているところを見たのは2度目かな。
滅多に泣かない人が泣いているととても申し訳ない気分になる。
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「夢じゃない?」
「夢じゃない。
今、ここにいる貴女のことが好きです」
これが僕の精一杯。
諦めていた気持ちも気づかなければいいと思っていた気持ちも言われてしまったら応えるしかない。
言葉は形にしなければ伝わらない。
そんなことは知っていた。
知っていたからこそ届けなかった想いを伝えた。
僕が一番僕らしくいられる彼女に。
とある寒い冬の日。
二つの思いが重なり合った日。
僕の人生で一番忘れられない聖夜がそこにはあった。
人の心は、分からない。
自分でも把握しきれていない自分のこともある。
だから、手を取り合って僕らは生きていこうとするのだろう。
それが、歴史なのだろう。
ぼくは、初めてそれを知った。
人に笑われたって今この時だけは、構わない。
彼女と共にいる今を忘れたくはない。
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