恋と呼ぶには儚すぎる

速水春

ある冬の日 1

星空に願いをかける。

空は、前よりも近くなった。

 夢への道はまだまだ長い。

僕の願いは、星空に空振りを決めていた。

自分がどこにいて何者なのか分からなくなる。

希望なんてないのかもしれない。

夢は夢であるのだから夜に見るだけのものなのかも知れない。

どこまで行っても何も見えない。

考えれば考えるほど足は前へと進まなくなり、遂には立ち止まってしまう。

こんな時、どうすればいいのだろうか。

回り道や寄り道ばかりで。何もわからない

「考えすぎないことだよ」

遠くでその声が聞こえる。

何時だっただろうか。

誰が言っていたのだろうか。

その時、僕は上の空だった。

人は何度だって立ち止まる。

その度に諦めてしまえと心のどこかでつぶやいている自分がいる。

諦めるということは、簡単だ。

再び歩き始めることに比べれば。

だからこそ、僕らは再び立つのだろう。

僕らはまだ小さな子供なのだから。

諦めるには若すぎるのだから。




   


 全ての事には、始まりがあって終わりがある。

僕らは、ついその事を忘れてしまっている。

終わりが、訪れてもそれに気が付かない人だっている。

それ故に僕らの世界には、争いが絶えないのだろう。

 人が、人間であること。

その意味を僕はまだ知らない。

でも、知りたいと思う。

知りたいと思うことが、明日を創る原動力となるのだから。

 これから語られるのは、たった一つの恋の物語。

僕が、短い人生の中で唯一経験した恋の話。

僕が、人間であった時間の物語だ。

 全ての事には理由がある。

かの有名な脚本家が、作品の中で用いた言葉だ。

さて、語り始めるとしようか。









けたたましいブレーキ音が鳴り止み、扉が開く。

足元へ流れ込んでくる冷気に驚き、思わず手元の本から顔を上げる。

時計の示す時間は、午前6時36分。

窓の外からは、眩しい朝日がこちらを覗いている。

以前冬は夕日が綺麗だと言う友人を咎めたことがある。

まだ暖まらない冷気に差し込む朝日の美しさは、言葉に表すことは出来ない。

電車内を見渡す。

乗客は誰もいない。

それもそうだろう。

こんな片田舎の鈍行を利用している者は殆どいない。

学生や社会人の利用する平日ならまだしも今日は休日である。

遠出をするにしても僕らの住んでいる地域なら車を利用した方が早くつくことが出来る。

この電車を利用して遠出をしたのなら、最悪家に着くのは次の日の朝だ。

そんな電車を休日に利用している僕は一体何なのだろうか。

理由は、単純明快である。

高校に行くには車で行くよりも電車を利用した方が早いからである。

誰も乗らないのにやけに長い停車時間が終わり、扉が締まる。

そしてまた、けたたましい音を立て走り出す。

最初は、うるさいと感じていたこの音も今では心地よいと感じるほどこれには世話になった。

あと何回乗ることが出来るのだろうかと考えると少し悲しくなる。

窓の外一面に広がる田畑は寂しい。

そこに緑はなく、茶色い土が見える。

一面の茶色。

踏んだらザクザクと良い音を立ててくれそうだ。

冬の景色は、一見寂しく見える。

だけどそれは、来るべき時に綺麗な花を咲かせるための準備なのだ。

誰もが、花を咲かせるために長い冬を乗り越える。

先はまだ長い。

僕の今日の道のりもこの先の人生の道のりも。

全く一体どうしてこんな早い時間を指定してきたのだろうか。

やけに早い集合時間を決めた彼女に少し反感を覚えた。

ただでさえ、僕は学校に到着するまでに1時間はかかるというのに。

でも、それを聞いてしまう僕も僕なのだろうけど。

ともあれ、僕には慣れた道だ。

昨日、両親からもらった本もある。

長い電車内での時間を退屈のままに過ぎ去らせることは無い。

読書は、至高である。

寒い寒い冬の日。

僕の電車での道すがらは、まだ続く。










自宅から高校まで1時間かかると言ったが、あくまでも自宅からで電車に乗っている時間は30分ほどだ。

30分なんて読書をしていればあっという間に終わってしまう。

時間というのは案外すぐに流れていくものだ。

気がつけば、電車は停車していた。

扉の閉まる前に急いで降りる。

電車の内と外の温度差でかけていた眼鏡のレンズが曇る。

どうやら、降りたのは僕一人らしく駅員さんが呆れた顔をしていた。

さて、高校最寄りの駅についたわけだが、ここから更に20分ほど歩かなくてはならない。

遠いな。

つくづくそう感じる。

きっとなぜこんな遠いところを選んだのだろうかと疑問に思うだろう。

理由は、簡単なんだ。

制服がなく、私服での生活となるからだ。

僕は、制服というのがあまり好きではない。

はっきり言って嫌いだ。

全員が同じ色に染め上げられていくようで。

その学校に拘束されているようで。

息苦しい。

幸いこの高校は、少し努力すれば入れるレベルであったから難なく入学することが出来た。

まあ、入ったら入ったで大変ではあるけれども。

冬の寒さに縮こまりながらコートのポケットにある手袋へ手を伸ばす。

僕の住む町よりも北にあるここは、やはり寒いと感じる。

冬には、雪が降る。なんてことは滅多にないが、乾燥した空気が頬をなで寒さをより一層強く感じさせる。

海に近いからなのだろうか。

風が強い。

変わらない景色の中を歩く。

曲がり角に差し掛かり、学校の方へ曲がる。

変わったと言えるのは銀杏並木の葉があるかないか。

並木が切れて見えてくる橋を渡ると学校が見えてくる。

正確に言うと体育館なのだけれども。

学校の反対側に海が薄らと見えた。

そこから校門までは軽い坂道になっている。

前からどこの部活動だろうか。

ランニングをする生徒が来る。

折角のクリスマスだというのに。

というよりも感心する気持ちの方が大きい。

部活動は学校生活の付属品のようなもので、行うか否かは本人の意思だ。

同期のみんなとの相性。

先輩、後輩との摩擦。

先生との行き違い。

部活動の方針。

1番難しいのはその競技の自分の実力ではなく、人間関係の方だと思う。

噛み合わなくても逃げずにそこにとどまり続けるのは、普通に感心する。

逃げてしまった身としてはね。

人の心のうちというのは、いつまで経っても他人に公開されることは無い。

故に、一番恐ろしく、触れ難いものだろう。

だから、ついね。

逃げてしまった。

傷つくのも傷つけるのも怖くて。

覆い隠したそれが、悪意となって目に見えないように。

いつの日にか胸の奥に生まれたそれが、暴走しないように。

横目で走る生徒を見送り、待ち合わせ場所に目をやる。

まだ、彼女はいないようだ。

まあ、待ち合わせ時間の10分前の上に彼女の性格上時間丁度に来るだろう。

そう言える確信がある。

さて、待つとしよう。

彼女の遅刻癖は、今に始まったことではない。

それに僕には、時間を潰せるだけの手段はいくらでもあるのだから。

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