見えない刃 10

千葉君に言われたからなのか、彼の考えを知ることが出来たからなのか私は、自分の現状をよく把握できる位までに周りが見えてきた。

どれだけ腑抜けていたのかが、よく分かった。

これでは、部長に帰るように言われるのもうなずける。

私の楽器演奏の腕は、驚くくらいに衰えていた。

その衰え具合に自分で自分に呆れ返ってしまった。

もう、夏休みに入っている。

最後の大会までは、あと少しだ。

気合を入れ直さなければならない。

それでも、一つ忘れてはいけないことがある。

『思わざれば花なり、思えば花ならざりき』。

その精神だ。

兎に角、勘を取り戻さなければならない。

という理由で夏休みの二日目は、午後も残って自主練をすることにした。

千葉君には悪いけれども田舎の景色と星空は、明日に持ち越しだ。

夕暮れも迫る四時半頃、基礎練から曲練まで、一通りやり通して音楽室で果てている私がいた。

最後まで居残っている部員は、まばらで殆どが帰路についていた。

「ねぇー○○。

今日帰りバス?」

楽器をしまい終えて、もう帰り支度を済ました部長が声をかけてきた。

「バスだよ」

「じゃ、一緒に帰ろうよ」

断る理由はない。

「いいよ。

先に部室で待っていてよ」

私は、二つ返事でオッケーをしていた。

出していた楽器や楽器演奏に必要だったものを急いで片付けた。

部長に待っているように言った部室は、部室というよりは吹奏楽部専用の靴箱だ。

部室棟の中から一室を頂いているから部室と呼んでいるが、実際靴箱でいいのではないだろうかと思う。

なぜ、部室が靴箱と化しているか疑問であるだろう。

週末や休みの日は、昇降口が開かれないことが多いからだ。

開かれていても教室のある本館と音楽室のある特別棟を繋ぐ通路が、塞がれている。

必然的に屋内で練習をする吹奏楽部員が、休みの日に履く上履きが無くなってしまう。

それにしても音楽室が、特別棟四階の一番端っこというのは、些か文句をつけたい気分だ。

階段を降りながら私は思った。

長い階段を降りて、廊下を通り外に出ると靴を履き替えた部長が、部室棟の二階から呼んでいた。

そう、部室は、二階建ての部室棟の二階にあるのだ。

折角階段を降りたのにまた登らなければならない。

「お待たせ」

部室に入り、靴を履き替えた私は外でスマートフォンをいじっていた部長に声をかけた。

「ん。

それじゃあ、帰ろう」

私たちは、肩を並べて歩き始めた。

夏休みの課題がどうだとか部活のこととか他愛もない会話を挟みながら。

どちらかと言うと沈黙の方が長かった。

なんとなく気まずい。

そんな思いをしていると部長が、口を開いた。

「元気になってよかったよ」

「そんなに元気なかったのかな?」

「いやぁ、やばかったよ。

本当に生きているんだけど死んでるみたいだった」

部長の口振りを見る限り相当だったみたいだ。

「こないだ千葉君にも生きた屍みたいだったって言われたんだよね」

「そうなんだ!

○○最近千葉君と仲いいよね」

何かを勘ぐるように聞いてくる。

「まあ、空のことで色々とお世話になってるから。

千葉君のお陰で少し、前に勧めたような気がするよ」

「ふ〜ん。

そうなんだ」

部長は、ニヤリと笑った。

「言っておくけど、別に恋愛感情とかじゃないからね」

「どうだか。

ほら、良くあるじゃん。

最愛の人を亡くした女性の元に立ち直るようにその友人が励ましていってそのまま恋に落ちてしまうっていう話」

確かに彼の語る物語の常の中に入っていそうだ。

「でも、それはないよ。

最近千葉くんと仲がいいのは、空の小説について二人で色々やっているからで、空のことがなかったら関わることは、なかっただろうからね。

確かに千葉君は、空に似ているところが多いし、考えも何だかんだいいながらもそっくりだよ。

それでも、千葉君は空の代わりにはなれない。

空の代わりは空にしか務まらないんだよ」

「本当に反畑のことが好きなんだね」

この言葉を言われた時私は、どんな顔をしていたのだろうか。

恥ずかしさのあまり顔をそらしたのだろうか驚きのあまりに物凄い顔をしていたのだろうか。

顔が、熱くなっていったことしか覚えていない。

その熱さが自分の熱によるものなのか気温のせいなのか。

普段なら気温のせいにしてしまうだろう。

けれど今は、自分の熱のせいにしたかった。

「顔真っ赤。

耳まで真っ赤」

部長は、そう言うとケラケラと笑い始めた。

なんとなく笑われるのは、嫌だった。

「こ、これは夕日の光が反射してるんだよ」

私達の目の前には、真っ赤な太陽が沈み込んでいっていた。

私は、前に進めたような気がした。

一歩ずつ確実に。










次の日は、お昼から暇をもらって彼の住んでいた町に来ていた。

相変わらずのどかな景色だ。

会話をするロボットが開発された現代で未だに自動改札ではないのだから驚きだ。

一昨日に都会の喧騒と雑踏を見てきたからなのだからなのだろうか。

時が、止まっているようだ。

駅の前を通行する人も少なく、目まぐるしく動き回る車もない。

心が、ほっとする。

少し早くつきすぎたようで千葉君は、まだ来ていなかった。

彼の小説を読み返して待つことにした。

この町では、母を亡くした主人公が父に連れられて祖母の家に引越しをしてくる場面から描かれている。

父が、またいい人で息子のことを第一に考えてここに引越しを決めたのだ。

息子、主人公も最初こそは反発していたが、この町の自然や人、祖母と触れ合うことで悲しみを忘れていき、前に進む決心をする。

なんだか答えまでたどり着いているような気がするが、彼が伝えたかったことは悲しみを乗り越えることだけではないような気がする。

待ち合わせの時間になっても千葉君は、訪れなかった。

と思っていると、遠くからこの町には、合わない速度で動く物体がこちらに近づいて来ていた。

それは、千葉君の乗った自転車だった。

「あっつい」

物凄い量の汗を垂らしながら呟いた。

「どれだけ全力で自転車をこいだらそんなに汗をかくの?」

「いやさ、昨日夜遅くまでアニメを見てたら寝坊しちゃって起きたのが本当にさっきだったんだよね」

寝坊とは情けない。

待ち合わせ時間を指定したのは、そっちだと言うのにちこくするとは、何事だ。

って私は、人のことを言えないか。

「とりあえず、この町をブラブラしようか」

「そうだね」

小説の中でこの町の物が沢山出てくる。

この駅はもちろんのこと公園や寺、神社、田畑、コンビニのような商店そして多くの緑たち。

日本の原風景。

それを一つずつ眺めていこう。

千葉君が、自転車を押してその隣を私が歩く。

「ここはね、丸山さんっていうおじいちゃんの畑でよくネギの収穫を手伝ってたんだ」

千葉君が、一つ一つ説明してくれる。

本当にこの町に詳しいんだなと思い知らされた。

すれ違う人たちも千葉君に挨拶をするなり話しかけてくるなりしていた。

町と言うよりは村だと私は、 思うのだけれどもそこに住む人たちは、あくまでも町だと言い張っている。

どんな町かは、日常系アニメ 田舎で検索すると出てくる某アニメを見てもらえればわかると思う。

主人公が、語尾に「なのん」を付けていたのなら正解だ。

ゆっくりといろいろなところを見て回った。

緑が多いせいなのか暑さが、とても心地いいものに感じられた。

それくらいに涼しかった。

気がつけば、公園にたどり着いていた。

あの告白をした公園に。

あの時とは、違って木には葉がついている。

月明かりではなく、太陽の光にブランコは照らされている。

「あのさ、千葉君お昼食べた?」

私は、千葉君に尋ねた。

「いや、急いで出てきたから何も食べてない」

「まあ、そうだよね。

それで、お弁当を作って来たんだけど食べる?」

「え、ほんと!

食べる食べる!」

予期しない反応だった。

彼にお弁当を作ってきた時も最初の時以外でこんな反応はなかった。

「いやぁ女子の手料理を食べることが出来るなんて俺は幸せ者かな」

段々ハードルが、上がってっている気がする。

このままでは、作ってきたのがサンドウィッチだなんて言いづらくなる。

私は、カバンの中からランチボックスを取り出す。

「おお!

サンドウィッチか!

俺好きなんだよね」

大喜びであった。

中身は、玉子とハムレタス。

最近は、カツサンドもバリエーションに加わったのだが、あいにく今日は家にカツがなかった。

「喜んでもらえて嬉しいよ」

「いやね、あいつから君のサンドウィッチは、絶品だと耳にたこが出来るほど聞かされていたからいつか食べてみたいなと思っていたんだよ」

彼が、そんなことを言っていたなんて。

驚きだった。

いつも感想を聞いても「まあまあ」としか答えなかったのに。

とんだツンデレさんだったのか。

木陰にあるベンチに座りながら二人でサンドウィッチを食べた。

私の人生は、あの冬の日が絶頂だったのではないだろうか。

今のところあの日以上に嬉しかった思い出はない。

これからの人生は、楽しくなるのだろうか。

お腹もいっぱいになって少し考え事をしたら眠たくなってきた。

疲れもあるのだろう。

隣で千葉君もアクビをしている。

「なんだか眠くなってきたね」

「うん。

ここは、とってものどかで心があったかくなるね」

「お、そこまで来ているなら答えは、もうすぐそこだよ」

千葉君が、教えてくれた。

もう少しということは、なにかが足らないらしい。

私は、彼について考える。

彼は、どんな人だ。

彼は、優しすぎるくらいに優しくて思った思いを真っ直ぐと伝えることが出来る人。

そして、人と人とを繋ごうとした人。

ここまで考えた時に彼の一つの言葉を思い出した。

「ここでは、人が人間でいられる。

どうかな?」

私は、千葉君をみる。

驚いたような顔をしていた。

私は、私の思いを続けた。

「ここで言う人間は、人と人とが関わり合っていくことなんだよ。

都会だと人は、過ぎ行く日々に追われすぎて自分のことばかりになっていた。

だから、歩いていて他者にぶつかろうとゴミが落ちていようと素通りで人であった。

けれど、ここでは時間の流れがゆっくりで、周りの家のこととかも知っていて、人が人間でいられる。

人が本来あたたかいものだと知ることが出来る。

それが、彼の伝えたかったことじゃないのかな?」

「…正解」

千葉君は、短く呟いた。

「いやはや、そこまで答えるとはね。

驚きのあまりに言葉を失ってしまったよ」

「良かった」

私は、安堵のため息をつく。

「君は、もう少し自分の理解力に自信を持った方がいいのかもしれないよ?」

「いや、空のことだから分かったんだよ。

彼が言っていた言葉を思い出したから分かったんだよ。

それ以外のことなら多分からきしだと思う」

「本当になんでこんなにいい彼女を残して死んじまうんだか」

千葉君は、呆れ返っていた。

私は、恥ずかしくなって顔を埋めてしまった。










星空の見れる時間までは、しばらく時間が余ってしまった。

どうやら私と千葉君は、時間の使い方が下手くそのようだ。

公園のベンチに座ってしばらくした後、初詣の時に訪れた神社へと向かっていた。

「ここさ、よく新年開けた時なんかは出店が出てるんだよ」

「元旦に来た時に見たよ。

色んなものが並んでたよね。

綿飴とかたこ焼きとかダルマとか」

参道に入ると夏の日差しを高い木々が、遮ってくれていた。

木漏れ日が、キラキラと輝いて綺麗だ。

参道に注ぐ蝉時雨すらも心地よいものに思えてくる。

「毎年ここには、初詣に来てた。

高校受験の時もあいつが、何気神様とかを信じているから御百度参りもここでした。

懐かしいな」

どこか憂いを帯びた横顔だった。

彼と千葉君の思い出話を聞いていたら日が暮れそうだ。

軽くお参りをして次の場所へ向かうことにした。

「次は、どこに行こうか?」

大してこの町に詳しい訳では無いのだけれど、聞いてみた。

「俺の家にでも来るかい?」

私は、言葉を失った。

「あ、まあ嫌ならいいんだけどさ」

えーっと、こういう場合なんと答えればいいのだろうか。

「他に小説に関係してそうな場所がないなら別に構わないよ」

こんな感じでよかったのだろうか。

私は、千葉君が私に抱いている感情が分からなくなった。

千葉君に連れられて到着したのは、大きな庭のある古民家だった。

「俺も祖母の家に身を寄せていてね。

ここの庭でよくあいつと星を見たんだ。

だから、ある意味では関係しているのかもしれない」

「それじゃあ、今夜は、ここで星を見ようよ」

「それが一番いいかもね」

とりあえず、私は千葉君の部屋に通された。

クーラーの冷気が少し肌寒い。

どこかの誰かとは違い、綺麗に整頓されており足の踏み場も確保されていた。

「すごい…」

私は、壁一面にある本棚に整頓にされた本を見て感嘆の声を漏らした。

「これ全部千葉君の本なの?」

急須からお茶を入れている千葉君に聞いた。

「半分は、親父の。

そして、もう半分はあいつの」

「えっ」

多分私の顔は、引き攣っていただろう。

彼は、一体何をやっているのだろうか。

「あいつさ、あまりにも本を買いすぎて、家の床が落ちるって親に怒られたらしくてそれで俺の家に持ってきたという理由」

やれやれと言うふうに首をふる。

これは、千葉君の癖らしい。

「これからどうしようか」

私達は、部屋の真ん中にある円形テーブルに向かい合って座っていた。

「そうだな…。

お昼のお礼として俺は、夕飯をご馳走しようと思っているんだけど」

「あ、いいの?」

「俺の感謝の気持ちを伝えたいだけだよ。

どうせ妹が、帰ってくるから作らなくちゃならないし」

「千葉君妹さんがいるんだ」

「そ、中学三年生のね。

後は、兄がいる」

次男坊か。

よく、次男坊は、甘えん坊だなんて言ったりするけれど千葉くんを見ている限りそんな事はなさそうだ。

「御両親は?」

「親父は、単身赴任でお母さんは、施設に入っている祖母の付き添いだから今夜は、帰ってこないんだ」

だから、妹さんのお世話をしているのか。

本当に感心するよ。

「おばあちゃんの施設って…?」

聞いては、いけないようなそんな気がした。

でも、手遅れだった。

私は、思いを口にしていた。

「二年くらい前にね、おばあちゃんぼけちゃって、お母さんも最初の頃は、熱心に介護をしていたんだけれど親父が単身赴任で東京に行ってからは、一人じゃ色々と手が回らなくなってきちゃってついこないだ施設に入れることにしたんだ。

それでも、お母さんは、週に二、三回は、おばあちゃんのところに行っているんだ。

だから、その手助けをするために僕は、部活を辞めたんだよ」

そうだったのか。

悪いことを聞いた気がした。

私か、千葉君の家庭事情に踏み込んでいいはずがないのに。

「それじゃあ、私は読書でもしているよ」

「そうかい?

それじゃ、俺も読書をしようかな。

夕飯を作り始めるにしてもまだ時間が早すぎる」

こうして、二人揃って読書をした。

いつ以来だろうか。

こうして誰かと肩を並べて読書をするというのは。

去年のクリスマス以来だろうか。

千葉君と一緒の部屋で読書をしているこの時間は、とても心が安らいだ。

千葉君には悪いのだけれども私は、彼と千葉君を重ねていた。

それほど、千葉君から彼のことを感じ取ることが出来た。

彼のものだという本を何冊か読んだ。

どれもこれもミステリーばかりで彼らしいセンスだと思った。

最近読んだ本は、全部彼の部屋にあるのだろう。

後で読んでみよう。

どれくらいの時が、流れたのだろうか。

部屋の扉が突然開いた。

「ただいま!」

快活な少女が、そこに立っていた。

「ん、おかえり。

もうそんな時間か。

そろそろ夕食の支度を始めるとするか」

そう言って千葉君は、読んでいた本を閉じて立ち上がった。

「…お兄ちゃんが、部屋に女の人を連れ込んでる」

「人聞きの悪い言い方をするなよ」

「お兄ちゃんが、部屋に女の人を連れ込んでる!」

少女は、よほどビックリしていたのか顔が真っ青になっていった。

「大丈夫ですか!

怪我してませんか!

どこから連れてこられたんですか!」

少女は、私に飛びつくなり肩を揺さぶってきた。

首がガクンガクンいっている。

酔いそうだ。

「お前は、自分の兄をなんだと思っているんだ」

「だって、お兄ちゃんが、空さん以外を家に連れてきたことないじゃない。

それに女の人の話も家で少しもしないからホモなんだとおもっていたよ」

多分この少女が、妹なのだろう。

妹にホモと思われていた兄って一体…。

皆までは、何も言うまい。

「こちらの方は、○○さん。

空の彼女だよ。

○○さん、こっちは、妹の光。

五月蝿いだろうけれど仲良くしてあげて欲しい」

丁寧に紹介してくれた。

「それじゃあ、俺は台所にいるから何かあったら呼んでくれ」

そう言うと千葉君は、姿を消した。

残された私と光ちゃんは、微妙に気まずい空気になっている。

「あなた、空さんの彼女さんなんですか?」

「まあ、そう…かな」

ここで、物語の常ならばこの光ちゃんが彼のことを好きだということがよくある話だ。

なんて、彼みたいなことを考えてしまった。

「じゃあ、ひとつ聞いていいですか?」

「なに、かな?」

ずいっと顔を寄せてきた光ちゃんに少々驚きを覚えながらと返答した。

「お兄ちゃんって好きな人が、いると思いますか?」

この言葉を聞いた瞬間に私は、気がついた。

読み間違えた。

ブラコンのパターンだった。と。

「お兄ちゃんっていつも空さんの話ばかりで空さんのことが好きだと思っていたんですけど、空さんには彼女さんがいるみたいですし、誰か好きな人いないのかなと妹としては心配なのです。

ああ見えてお兄ちゃんは、コミュ障だからあんまり女の人とは話さないし…」

その顔は、さながら恋をしている少女そのものだった。

「それに空さんが、いなくなってからなんかおかしいんですよお兄ちゃん。

一人でブツブツ言ってたり、ご飯食べ終わってもすぐに部屋に引っ込んじゃったりで」

千葉君も彼がいなくなって思うところがあるのだろう。

「だから、お兄ちゃんのことが心配で!」

必死に光ちゃんは私に訴えてきた。

確かに妹にホモと思われるくらいだ。

私の知らないところで何をしていたのだろうか。

「でも、千葉君は、ホモとかじゃないと思うよ?」

「はい!

安心しました!

お兄ちゃんが、部屋に人を呼ぶだなんてよっぽどですから」

そう、だったのか。

「光ちゃんは、本当にお兄さんのことが好きなんだね」

千葉君の意外な一面を見ながらも私の考えは、それでいっぱいだった。

「べ、別にそんな訳じゃないんですからね!」

なんだろうこのベタベタなツンデレは。

もっと苛めたくなる。

私の中で何かが目覚めそうになった。

私は、読書の続きに戻ろうとしたのだが、光ちゃんに彼との付き合いについて根掘り葉掘り聞かれてしまった。

そのため、夕食ができたと千葉君が呼びに来るまで読書に戻ることは無かった。







千葉君のお陰で美味しい夕食にありつくことが出来た。

本当に美味しいと言われたサンドウィッチが、自信をなくすほどに。

最近の男子が、料理上手なのは知っていたが少し舐めていたようだ。

私が、平均女子を下回るくらいに料理ベタなのかも知れないけど。

千葉君が、作ったのはカレーライスであった。

市販のカレールーを使ってこんな味が出るのかと驚いた。

千葉君曰く「市販のカレールーは、きちんと作れば美味しい味が出る。

下手にチョコレートだとかヨーグルトだとかを混ぜると寧ろ味を崩してしまうんだよ」らしい。

彼の作った料理を食べた限りでは、それが正しいと思えた。

完全に日が落ちて綺麗な星々が、輝き始めた。

夏の大三角が、悠々と空に輝いていた。

縁側に三人仲良く腰掛けている。

夏に縁側に腰をかけるということが、初めての私には、とても新鮮な気分だった。

「あれが、デネブで少し離れて右斜め上にあるあれがアルタイル。

それでデネブからすぐの右斜め上にあるのがベガ。

三つ結んで夏の大三角だよ」

千葉君が、空を指さしながら教えてくれた。

まるでとある歌のようだった。

「千葉君も星に詳しいんだね」

「まあね。

よく星は見上げるから」

何かを思うように空を見上げていた。

そして、彼を思い出してしまい顔を伏せる。

彼と千葉君が、重なって見えた。

そんな、自分に嫌気がさす。

もう彼は、いないのだ。

どんなに立ち止まりたくても一歩を踏み出さなければならないのだ。

この場面は、この町に引越ししてきたばかりで未だに立ち直ることの出来ていなかった主人公が、ふと空を見上げて感嘆する場面だ。

「この星達を見て主人公は、何を思ったのだろうか。

そして、あいつは、何を伝えたかったのだろうか」

さっきと同じように彼の立場になって考えてみる。

都会では、こんなにも星は見えなかった。

人が、見ることを不可能にしているのだ。

街の街灯やネオンたちによって。

だから、きっとこうであろう。

「人は、自分たちの手で美しいと思えるものを見えなくしている。

美しいものを消している。

だから本当に綺麗なものはすぐそこにあるのに、大切なものはすぐそばにあるのに見落としている。

その愚かさとかかな」

「そして、主人公は、何を思った?」

「この空に比べた自分の悩みの小ささを悔いた。

自分もいつかは死んでしまう。

なら、この人生に意味などないんじゃないかっていう悩みの」

「うん。

正解」

千葉君は、納得したように頷いた。

「空さんらしいね」

光ちゃんが、嬉しそうに答えた。

「光は、本当にあいつの事が好きだよな」

「な、別にそんなんじゃないんだから!

別にお兄ちゃんと空さんでBL妄想なんてしてないんだから」

私の中で一つの謎が解けた。

だから、千葉君のことをホモだと思っていたのか。

カエルの子はカエルではないけれど、やはり兄妹なだけはあって、光ちゃんも小説とか漫画が好きなのだろう。

「これで残すは、あと一つだけだね」

千葉君が、思うように言った。

あと一つ。

夕日の景色。

「これで、私たちの旅は終わりだね」

ある意味では、旅であった。

よく考えると小説に寄り添って彼の軌跡を辿っていた。

彼という人間を構成してきた全てを学んできた。

だから、夕日を見たら私は、前に進めるような気がしていた。

「これが、終わったら○○さんとの関係も終わりかな?」

私は、目を丸くした。

「なんでそんなことを言うのさ。

私は、これからも千葉君と仲良くしていきたいよ」

本心だ。

千葉君は、とてもいい人で千葉君の良さをもっとみんなに広めたいくらいだ。

彼に隠れてあまりみんなの視界に入っていないし、千葉君自身が光ちゃん曰くコミュ障だからみんなによく知られないのだろう。

私は、それがとても悲しいと思う。

「これで、ようやく…」

千葉君が、何かをつぶやいたような気がした。

光ちゃんの言っていた独り言なのかもしれない。

私の耳には、それを聞き取ることは出来なかった。

「何か言った?」

「いや、何でもないよ。

さぁ、帰るでしょ?

駅まで送っていくよ」

「ありがとう」

私は、笑顔で答えた。

彼の考えを知っていくごとに自分の変化を自覚していく。

元の私に戻っているのかもしれないが。

私は、千葉君に駅まで送ってもらい帰路についた。




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