第4話
彼には、常にだれかとつるむ性質があるようで、群れ意識が強い傾向にある。
彼の周りにはいつだって人がいるところから察するに、彼は思いのほか寂しがりであると言えるのかもしれない。
孤独好きな人間にはとうてい思えない日常である。
彼はリーダー気質ではないのかもしれない。
つまり、彼は自分の今のポジションに、性質からは無理をしているかもしれない。
一方、大城は個人主義である。
寂しがりではあるが、実のところ、なによりひとりの時間が好きだ。
ひとりの時間がないとストレスが溜まって、体調を崩してしまうだろう。
まあ言うなれば、だれかを求めたとしてもそばにいてくれる人間もいない、ただの寂しい人間とも言える。
彼には、彼のそばにいたいと思う人間がたくさんいるのだ。
それがたとえ
このように人間関係の構築にかんして、噛み合うことのない二人がなし得るであろう関係と言えば、恋愛が一番だ。
恋愛であれば、異なっていても、それが持ち味ね、と許容することができる。
恋愛であれば、生活をともにしなければならないという規則もなく、ただ自由にしていることができる。
大城にとって、彼と生活していく自信は導きだした結果、皆無であった。
彼はいわゆる世間一般で言う”リア充”(リアル充実者)で、大城はどこかコミュ障(コミュニケーション障害ゆえにリアルから退き、引きこもる)。
彼と、ずっとはいっしょにいれない。
四六時中とか無理難題。確実に、疲労が付きまとう。
だが、彼に対して率直に言うならば、興味はあるのだから仕方ない。
興味が失せるまでの恋愛感情。
消費期限は、みじかい。
この感情のままでは、結婚に結びつくことはないだろう。
結婚はともに生活してゆくのである。
結婚とは、そういうものだ。
「興味だってね、いつ終わるかわかったもんじゃないよね」
「最長で、約二年だよ二年」
「どうせすぐイヤになるんでしょう?」
「でもさ、彼に想いを寄せていると推測される別の女性は、かれこれ……四年くらい、彼に片想いしてるんじゃない?」
脳内で年数を計算しながら話をする。
彼はモテる。モテるものは、仕方ない。
「すごい忍耐力だねえ。それとも彼にそんなに魅力があるのか……」
「その人も、実らない恋愛で良いと思ってるんじゃない?」
「どうかなあ。実利主義ではあるけれど、肝心なところでへたれている人間だと推測する」
「へたれだろうが、なんだろうが、それだけ忍耐を持ってして想えるのもすごいよね」
「どうだかねえ。自分があまりに結婚出来なくて、ただの打算が働いているだけかもしれないよ」
「第一、双方で恋愛の空気も発していないよ?女性のほうが一方的だもん。女性のほうが肉食的かつ一方的で上手く行っている例ってあ……るにはある、のか……?」
「なんでそんなに歯切れ悪く疑問系?……まあでも、どこまでが本当かわからないけれど、その女性は彼にきらわれている様子だよ」
「彼が大城の前では、その女性をきらっているように演じているだけかもしれないけれどね」
「演技でも彼にきらわれているような素振りをされて、イヤじゃないのかな。つらくないのかな。わたしだったら耐えられないよ」
「観ている側としては、あわれだね」
「人間関係なんて第三者から見れば大抵、あわれなものだねぇ」
「気付いていないふりかもしれないけれどね、知ってしまうとあまりにつらいから」
「認知的不調和かな、それもそれであわれだね」
「まあ、まるで他人事のように話してはいるけれど、明日は我が身だからね。いつの間にかにきらわれているかもよ。人のこころは移ろうやすいから」
大城は、彼に冷たくされた(別の言い方に言い換えると距離を置かれた)そんな地獄のような何日間を振り返る。
彼の子どもに会う機会があったのだ。
彼の子どもに会った後、彼の大城に対する態度は豹変した。
大城をあからさまに避けたり、素っ気なくなったり。
それはもう分かりやすいものだった。
そんな大城を避けていた彼は、口少なめに大城に言った。
「大城さん、疲れてる?」
「え、疲れているように見えます?」
「うん」
大城は、自分の顔に手を当てる。
そんな様子を彼はポーカーフェイスで見つめている。
彼に見られていて恥じらいが感じられるよりは、たしかに疲労を感じていた。
しかし、やっとした彼との会話がこれとは……。
大城がわかりやすく、ショックを受けてしまったせいかもしれなかったと後には考えた。
しかしその彼の態度に対して大城は、だいぶ堪えていた。
いわゆるダブルショック。
「まるでいじめを受けているような気分だったよ」
「根本的な心理の部分は大差ないだろうね」
「仮に告白されて、振ったらああなるんだろうね」
「もっと凄惨なのが待ち受けているかもよ」
「どうして恐怖心を煽るようなことを言うの」
「よく考えてみなよ、振られた側だってつらいさ」
「たしかに」
そうして、安全地帯にいるような、安全牌を取ることになる。
それは果たして良いことなのだろうか。
良いも悪いもないのかもしれないが、大城は釈然としなかった。
「なんだか、ずいぶんと理不尽だよ」
「なにをいまさら。この世の中、理不尽なことだらけじゃないか」
「ずっと好きで居てもらえるなんて、そんな都合の良いことあるわけないじゃない」
「なにを与えて、なにを受け取るのか、ただそれだけでしょう、いつだって」
「ただ与えてばかりいれるの?無償で?」
「そんなに気持ちを張りつめていたら疲れてしまうよ」
「ぜんぶはタイミングなのかもね」
彼とは、なにか共通なものがあるだろうか?
よく考えてみる。
妙にせかせかしていないだろうか。
効率ばかり考えて順調であるなんて、そんなのはあまり楽しくない。
ゆっくり微睡むような時間でいたいときもある。
神経質で、小さいことばかり目について注意されたり。
そんなんで良いの?
変に相手に合わせすぎてもつらいだけだろう。
好きになってしまったら、自然と相手に合わせていってしまう現象だって見られる。
それが快感だと想える。
恋愛には歯止めが利かない。
「尽くしている自分が好きなのでしょう?」
まるで誰かに向かっていった台詞である。
良いところばかりが目につくときは良い。
それすら好きだって、盲目的になれているときは良い。
その場限りであれば、それで良い。
しかし、いずれフィルターが外れるときが来る。
そのときに、今みたいな既にリスクとも言えるような重荷がある場合、
投げ出すことは出来るのだろうか。
長期を見越して考える必要も出てくる。
果たして、刹那的なそんな無責任なことが出来るのだろうか。
「リスクかあ……」
「不確実性だね」
「将来はどうなるかわかったものじゃないものね」
「完全にコントロールをするのは無理だよ」
「その話の主語はなんだい?人間?それとも不確実性?」
「どちらもだよ。君がすべてを把握していることは、到底無理だ」
「リスクヘッジでトレードオフな関係が理想だよ、ウィンウィンなんてバカみたいな話だ」
「そうだね。ウィンウィンなんて都合が良すぎる。これだから起業家思考の頭は嫌だよね」
安易な分かりやすいところへ流れたら
すべての主導権を相手に渡すことになる。
それでも、人は毎日の雑多なやらなくてはいけないことに疲れてしまって、
単純なものへと、流れていく。
「ファーストフードが好まれる所以だね」
「いまは、ファストファッションというものも好まれる」
人は、どこへ向かってゆくのだろうか。
しばらく経ったある日のこと。
「彼は今回来ないんだって。これってどういうことだと思う?それじゃあ会えないよ」
大城は机に顔を付けて、いつもの友人と話す。
「せっかく会える機会があるっていうのに……会えなくても何とも思わないのかなあ」
「やっぱりわたしのことなんて何とも思ってないのかな」
近頃は、とても疲れている。
髪の毛もどことなくボサボサで、やる気が出ない。
ホルモンバランスが悪いのだろうか。
そうだ、肌荒れもしてきている。
ああ、良くない。
この状況は良くない。
打開しなくては、と思うけれど、なかなか抜け出せそうにも無い。
「あなたのことを試しているんだよ」
「試すって何を?」
「自分のところへ来てくれるか」
「なぜ、行かなければならないの?っていうかわたしが行くの?わたしが行く側なの?文脈からしておかしくない?彼がこっちに来るっていう体で話しているんだよ」
「あなた以外に誰がいるの。理由は簡単で、自分が愛されていると思いたいから」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
「子どもだなあ。大人な子どもだ。言うなれば大人の知恵がある子どもだわ」
カフェでお茶を飲みながらそんな話をする。
「やだなあ、そういう駆け引きみたいの。楽しいの?」
「さあ、わたしは知らないけれど楽しいんじゃない?恋は駆け引きが醍醐味だと思っている人もいるよ」
「彼を好きな他の人に、わたし上手く利用されてるんだけれど、それについてはどう思う?」
「良いんじゃない。そういうのもわかってるんでしょうどうせ。楽しんだもの勝ちよ」
「なんか冷めて来たなあ。そういうの疲れる」
「そうね、あなた疲れた顔をしてる。楽しくないのなら、やめたら?」
「そう簡単にやめられたら苦労しないんだけどね」
「徐々に冷めていくと思うよ。あなたにそうやって情熱性を求めて来ている時点で温度差があるもの」
同じ温度が良かった。
同じものを見れる目が良かった。
深入りしなければ、楽しめていたのだろうか。
いつから想いが上回ってしまうのだろうか。
どうすれば、適度に楽しい状態を保っていられるのだろうか。
よく「もっとあなたに早く出会えていたら」と望む人がいるが、
自分が望むとしたら同じ価値観であって欲しいと大城は思っていた。
別に出会う時間は遡らなくていい。
そこまでif(もしも)な話は求めない。
だからせめて同じ時間が流れて、同じものが見れて。
それだけで、とてもしあわせなこと。
感想は違っても、心が一緒でありたい。
それは依存と呼ぶのだろうか。
どうせだったら、いっそのこと同化してしまいたい。
その一緒にいられる時間ですら、この世では限られている。
時間は有限である。
「今、どんなことを想っているのかな」
「同じこと考えていたとしたら、うれしいなあ」
そんな乙女思考を削除する。
「いつまで一緒に居られるかな」
きっとずっとは一緒に居ないだろう。
彼と一緒にいるというビジョンを作ることが、不可能だった。
しかし、ビジョンばかりが作られてそれで終了、と言うのも
また寂しい話ではある。
妄想は妄想で終わる。
「明日も何も変わらなくて、およそこの関係は進展を見せることはないだろうね」
「言うなれば終わりを迎えるのはいつだって容易いということだけだ」
妄想を実現する力は、どのようにしたら湧き出てくるのだろうか。
彼と会わない日がもう幾日も続いている。
かれこれ一ヶ月は会わない。
残念なことに、これからも会う見通しはない。
会えるとしても二ヶ月先である。
自分で行動を起こすのであれば別だが。
こんなのを恋愛と呼べるのだろうか。
呼んでも良いのだとは思うが、
徐々に自分のなかで彼が薄まってゆくのを感じる。
また会えば盛り上がったりするのだろうが、
そんな浮いたり沈んだりの自分の気持ちに疲れてしまう気がしてならない。
近頃の自分と言えば、仕事を切り詰めて、
帰宅すれば即寝してしまっている。
こんな毎日で良いのだろうかと自分で自分に問いかけている。
日に日に自分は老けてゆく。
自分の若さにだって限りがある。
「こんなんでいいのかな、自分」
思っていることを、言葉にして口に出す。
口に出してしまえば、なおのこと、真剣味を帯びる。
こんな恋愛ではいけない。
こんな生活ではいけない。
時間は有限で、楽しめる時期だって決まっているのだ。
自分はいったい何をしているのだろう。
すべてがすべて、順調に行くものではない。
それでも不安なとき、そばに居てくれる人がいい。
昔の恋愛スタイルとも変わり、やはり自分も安定が欲しくなる。
どんどん焦燥感に駆られる。
四十路の未婚者は語る。
「あの人、きっと独身よ。わたしが言うのもなんだけど」
大城は苦笑いで対応するしかなかった。
それはシングルな人間にはシングルな人間なりの
何かがあると物語っている。
そのこと自体は決して悪いものじゃない、と大城は思う。
シングルだって、別に悪くない。
大城は、一人が楽だと感じることも多い。
しかしそんな大城を悩ましく思わせるのは、突如として訪れる寂寥感である。
これほど悩ましいものはない。
対処法は、依然として見つけられていない。
これは多分、誰か他の人間と居たところで、変わりなどないのかもしれない。
本当に大事なものは既に失ってしまっていて、
自分はようやくその痛みを忘れられていた。
そのように思っていた。
しかしそれは、古傷が痛むように、ときどき訪れる。
その傷を忘れることが出来ないように痛み始める。
人間は忘れる生きものだから大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせたのに、あるとき簡単に浮上してくる。
「もうだれかを好きになるべきじゃないよ」
「どうしてこんなに恋い焦がれるの」
「大事にしても大事にしても、いつかは消えてしまうかもしれないのに」
片想いのつらさも、両想いのつらさも知っている。
より自由で幸せなのはどちらなのだろう。
自分にプラスに出来るのはどちらなのだろう。
大城は、そっと彼を見る自分の目の瞼を閉じた。
彼から目を背けることを決意した。
こんな想いに囚われてしまうくらいなら、その方法が最善策だと感じた。
彼には、似たような苦しみがあるのだろうか。
彼が苦しんでいないのなら、それでいい。
たとえば彼も自分と同じように苦しみを味わっているのだとしたら、いつしか笑ってそんなときもあったねと話したい。
一度、彼氏、彼女の関係として交際を始めると、結婚まで一直線に夢見る乙女が多い。
それは大城の周りの友人たちを見ていても、常々思うことである。
「結婚は勢いだよ」と言っている人たちは、おそらくその部類だろう。
女性は、一人の男性の遺伝子しか受け入れられない体の構造をしている。
本能の心理もそうだし、世間体的にも一人の男性を深く愛せという。
付き合い始めた人は大抵、尋常じゃないくらい惚れ込む。
日常生活では自分のパートナーの話ばかりするようになり、毎日ノロケるようになる。
相手を選ぶ判断基準とは何なのか。
比較的若い未婚者の場合、遊びの恋愛をしている頃は容姿やルックス、顔、体型やスタイルなど表面的、外見的で視覚的な刺激を重要視するが、結婚相手を選択するときには、性格面、内面重視に変わっていく。
ファッショナブル性を求める人間は別として。
恋愛には楽しさや面白さを求めるが、将来パートナーとなる人には母性や父性、家庭を築くための安らぎを求める。
「夫婦生活ではさ、やっぱり安心が欲しいよ。リラックスしたい。外では気を張っているから」
「信じられるのは家族だけだって思えるくらいにね」
「自分を信じて 応援してくれたり、褒めてくれて尊重して支えてくれるのが大事かもね」
美人であったり気が強すぎる人と一緒に居ると、その場にいるだけで緊張してしまって、疲れる。
仕事で疲れて帰ってきたときに、さらに疲労が重なるような人間をパートナーにしたいとは思わない。
だからいつの時代も男性に好意を持たれやすい人気のモテる人というのは、相場が決まっている。
求めているのは微笑みや笑顔、元気。
ただ傍で笑ってくれる人がいれば、それだけで大抵の人は満足するのだろう。
目立ちすぎることも無く、余計なことを言うことも無く、ただその役に徹する。
「プロ彼女」だなんて言葉が流行ったが、まさにその通りだと思う。
現代なんて、特に恋愛に臆病になっているのだから、まるで二次元さながらのように、相手の思うままになりさえすれば、重宝される。
「才能がありすぎたら嫌われてしまうよ」
「大概、人は自分が一番だと思いたがるものなのだから」
独身女子会を開いて、理想のタイプについての話を聞く。
「体格が良くて筋肉があるほうがいい」
「デブはいや。細い人がいい」
「高身長な男性がいい。せめて自分より背が高い人」
なぜ、低身長が好まれないのかは私には全く理解出来ないのだが、口を挟むことはしない。
そういえば飲み会の席でも
「彼氏が一年で十キロ太ったらどうする?」
みたいなことを聞かれたが、大城の本音としては、どうもしない。
見た目で好きになったの?と問いたい。
「年収は五百万円以上で、安定している職に就いている人が理想」
「華やかな仕事もいいけど、仕事が忙しくて帰って来なかったりするのは嫌だよね」
「イケメンとか格好いい人じゃなくてもいいからお金持ちで経済的に豊かな人がいい」
「すっごいイケメンで、自分のタイプだけど、貧乏っていうのなら本当に結婚に向かないよね」
独身女性の多くは、自分の高い理想の条件に妥協できないために結婚相手が見つからない。
そして、理想を掲げているわりには当人のスペックが追いついていないということが多い。
「相手の欲求を叶えてあげられることが出来る人は、誰からも好意を持たれるよ」
ぽつりと呟く。
「それは当たり前のことだ。当たり前のことだけれど、なかなか出来るものじゃない」
誰かの期待にいつも答えている誰かを思い浮かべながら。言葉を紡ぐ。
「自分から幸福を人に与えられる人間になれるのは、理想的だ」
「この世は因果応報で出来ていて、やったことは必ず自分に返ってくると思うの。……どんなカタチであれ」
「善行をすれば自分にも良いことが起こるようになる」
「ね、だから忘れちゃいけないよ。おこなってもらったこと、気遣いをしてもらったこと」
「されて自分が嬉しかったこと」
彼が、多くの人の前で話をする機会があった。
大城は、彼のそのスケジュールを頭にメモしていた。
多くの人の言葉が飛び交う中で、彼の言葉に重点を置き、耳を傾ける。
そのなかで、耳を疑ってしまうキーワードが飛び込んで来た。
「前の奥さんには、逃げられましたね」
そんなことを自虐的に笑って話す。
その言葉が頭をリフレインする。
彼のことをわからないと形容する人は多いが、彼ほどわかりやすい人もいないのではないだろうか。
わかりやすく、しているのだろうか。
これはまるで大城に対する牽制のように思えた。
「逃げることは許さない」と安易に言っているのか。
逃げられることに多大に傷ついたというのか。
いずれにせよ、大城の自由をある程度奪う発言であったことに違いはない。
『逃げられた』という言葉に込められた心理を探る。
助動詞、られる。
『られた』というのは、どこか被害者意識が強い。
『逃げられた』と、『去られた』は、同義語に近い。
受け身、不満足、不本意の行為を指し示す。
それは元奥さんに、まだ未練があるからだろうか。
いや、人は未練のあることは口には出せない。
自己完結したことでない限り、なかなか言葉にするのはむずかしい。
「誰かが去っていくのは、つらいよね。とてもつらいことだ。愛情があればあるほど」
ぼそりと呟く。
「別れはつらいよ」
たとえ、どんな別れであってもつらい気がする。
別れに対して、これまで自分をどのように納得させてきたかわからない。
自分に言い聞かせて、言い聞かせて、無理矢理というのが正しいのかもしれない。
来るもの拒まず、去る者追わずがかっこいいとは思わない。
ただ、去っていく者を引き止める力は、持ち合わせていないことが多い。
どうすれば引き止められるのだろう。
そう思いつつ、絶望の淵に立たされるのだろう。
彼が傷ついているのではないだろうかと杞憂な思いが先走る。
別れを経験して傷つかないわけがないだろう。
平気なふりをしていたって、案外傷ついていることだって多いのだから。
どうして突然、自虐なんてしたのだろう。
傷ついているのだとしたら、彼を癒し得るものはなんだろう。
そんなことを考える。
彼にとって一番のことを。
ほんの少し、離れたところからサポート出来たらそれで良い。
きっと近い距離では、守って来たすべてが崩れてしまう。
人と人との距離感はとてもむずかしい。
「彼はお嬢様が好きなんだよ」
知人は、かくも語る。
「あなたのステータスとか現状とか、そういう部分的なものが単純に好きなだけだと思うよ」
「よく考えてみなよ、出会ってから現在で、あなたの何を知っていると言うの?」
そのとおりだと思う。しかしながら、知人の言うことすべてが正しいとは思えない。
「大概の人間、お嬢様が好きでしょう。ただの一般論だよ」
思いたくないというのもある。何よりこういうときは、直感が大事だ。
直感を信じたい。
「ステータスかあ……」
「彼はそういうものに苦労して来たからね、あこがれが彼を形成しているのかもしれない」
「それってなんだか、かわいそうだね」
「かわいそうと思われることがかわいそうだけどね」
「うん」
初めから終わりまで、きっと情がすべてを占めることになりそうだ。
なんだか、かわいそうなのだ。
切なくなる。
わたしは、彼とは結婚ではなく、恋愛がしたい。
大城は、何度となくそう思うのだった。
自分自身に対して、いろんな課題を課している人。
いつもどこかプレッシャーに晒されている、そんな人。
重荷ばかり背負ってしまって、後悔ばかりしてしまって、そんな苦しみを拵えている人。
彼の望んだことが、すべてすべからく形になるわけでは決して無い。
人生、そう甘くない。
人生のその甘くない部分を、とてもよく知っている人。
しかしながら、子どもじみている一面もある。
たとえば、嫉妬をしやすいところ、他者とすぐ比較してしまうところ、嫉妬がゆえに、意地悪をするところ。
すべてがすべて良いところではない。
大城は、彼のあらゆる面を見て来た。
見て来たうえで、またいろいろと考える。
本当に、きみを愛せるか。
どうすれば誠実でいられるだろう?
打算で動くような人間にはなりたくない。
彼は、何を望むの?
「彼じゃないよ、あなたが望むものを提示しなきゃ」
そうかと言って、彼はずっと誰かの期待や要望に応えて来たのではないだろうか。
そうすると、大城は何も言えなくなる。
「恋だったら良い。そう、恋であれば良い」
始まりも終わりも曖昧だから。
どこにも罪はないから。
そして少しずつ、心を切り離していこう。
抱いてしまった、想いに気付いてしまった。
そのことに対する対処法は、時間である。
形にすることはない、ある意味無駄な時間。
しかし、それは自分の感情の処理には必要な時間である。
「いつもあなたは終わりばかりを見てるのね」
誰かは、大城にそう言った。
大城は、少し俯いて笑う。
「終わり」なんて見たところで、何も良いことは無い。
「終わり」が美しいと美化することもなく、
「終わり」はあくまで「すべての終わり」であって、
破滅だとか、そういう感覚もない。
「終わり」は、ただ終わりなだけだ。
終わったからと言って、すべてから解放されるわけでもない。
悲観的にではなく、あくまで現実的に考えての行動で。
希望も夢も無い。
「一緒に居たら、そういうの、気にしないでいられるような人がいいな」
「一瞬、一瞬を楽しめるような」
大城は、手のひらを何気なく眺めて、何も残らない手のひらを揺らす。
自分に向かってばいばいをするように。
何も掴んでいないこの手は、軽くて自由だ。
この手には、何もない。
何も、手にしていない。
目で追って、この手を伸ばしても、対象を掴むことはないだろう。
この手で抱きしめることも、手をつなぐことも無い。
自由であるけれど、どこかさびしさを感じる。
そのさびしさから、また、無気力が派生してくる。
電子機器のフォルダを開いて、下書き保存したメール文面を眺める。
ひと通り眺めた後に、直接送ることはないメールをそっと閉じる。
何度、文面を読み返しても送れそうにない。
しかしながら破棄はせずに、とっておこうかなとは思う。
文面を考えていた無駄な時間がもったいない。
まるで別れた恋人からもらったものをとっておく人間のようである。
何度もああでもない、こうでもないと校正を行った文面。
送ることを前提としていたはずなのに、結果として送ることが出来なくなる。
ありのままに語り過ぎたメール。
「思ったことを言いすぎるのも問題がある」
「隠していたほうが良いことだってある」
「恋って言うのは、本当に病だね。平常時なら言わないほうが良いってわかるようなことですら、相手に言ってしまいたくなる」
「それは意地悪な心からなのか、脳の中枢がいかれてしまっているからなのか」
「相手に配慮した状態でなければ、ならないよ」
「どんなに大事にしたって、なにもカタチになっていないのにね」
でも、それくらいがちょうどいい。
何にも迷惑をかけないだろう。
それが他人行儀だと受け取る人もいるかもしれない。
だが、それが大城なのだ。
ただ、自分の想いだけが重い。
はやくすべてが終わっていけば良い。
そうすれば、自分は楽になるのだろう。
大城はそう思った。
内包するばかりで、放出することができない大城には、
つらいことばかりだった。
多くのことを経験していけば、こんな自分自身も変えてゆけるのだろうか。
ふと電話が鳴った。
画面の表示を見る。
彼からだ。
一瞬、頭が真っ白になり、一時停止する。
それでも鳴り止まない音で、現実に引き戻され、理性が通話ボタンを押させる。
電話に出たいような、出たくないような不思議な感覚が自分のなかに生まれる。
通話ボタンを押して、はい、と答える。
その声は、自分の声ではなく聞こえる。
不自然になっていやしないかと不安に思う。
少しの間があって、彼が話す。
その少しの間がやけに気になる。
彼は、大城の声に不審がったわけではなさそうで、原因は別のところにありそうだ。
言葉に詰まるのには、意味なんてないのだろうか。
それとも何か他に言いたいことがあったのだろうか。
事務的事項の伝達が終えられた後も、その空白の間について考える。
踏み込むことのない関係性。
どちらかが踏み込むべきであるのに、お互いが譲れない想いがあって、現状維持になっている。
「保身的だな、ずいぶん」
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