34:まさかまさかの展開になりました!
* * * *
パーティー会場に続く通路のようなところで、国王夫妻、王太子夫妻と顔を合わせた。
事前に決めていた挨拶を交わすだけで、形式的なもので私語は一切なかったけど、にこりと笑いかけてくれたココリア様に癒やされた。
そのまま、二組のあとに続いてパーティー会場に入る。
会場全体がざわめいて、視線が一斉にこちらに向けられた。
ううっ、覚悟してたけど、こ、こわい……!
隊長さんの話によると、私と隊長さんが再会した場面にいたのは貴族のごくごく一部だったらしい。
そうして、そこから精霊の客人が現れたという噂はだいぶ広まっているようだ。
ただ、どうやら恋愛関係にあることは隠されているそうで。
安心してほしいと言われたけど、相変わらず隊長さんは明後日の心配をしてるんだから。
玄関ホールで特に注目を浴びなかったように、私には精霊の客人だとひと目でわかるような特徴があるわけじゃない。
あの場で、四人のうち一番視線を集めていたのはカーディナさんだ。
私からすると変な話だけど、王位継承権を持たない王族もそこまで注目されないらしい。
しばらくこういった場に顔を出していなかった隊長さんをものめずらしそうに見る人はいただろうけど、まさかそのパートナーが噂の精霊の客人だとは思いもしなかっただろう。
「もう知っている者もいるだろうが、我が国に精霊に招かれ客人が訪れた。サクラ・ミナカミ殿は年若い女性だ。今宵の舞踏会は歓迎の意を込めてのものである。皆、精霊の祝福に感謝し、ゆるりと楽しまれよ」
王様の挨拶は思っていたよりもずっと簡潔なものだった。
世の校長先生もこのくらい短く済ませてくれれば眠気に襲われることもないのに。真夏や真冬の朝会も地獄だったなぁ。
と、そんな現実逃避をしたくなるほど、かつてない注目を浴びているこの状況が怖い。
笑顔が引きつる……! 化けの皮が剥がれる……!
そこここでコソコソ何かを話している気配がするのは気のせいなんかじゃないだろう。
いったいどんなふうに言われているのか、想像するだに恐ろしい。
演奏が始まっても、こちらに向いた視線は変わらない。
隊長さんと何度も練習した曲の生演奏はとてもきれいだけど、それに感動するだけの心の余裕がない。
これから王様と王太子が踊って、その次は私たちだ。
国王夫妻が前に進み出て、ぽかんと空いているホールの中央で踊り始めた。
私の両親よりも年は上のはずなのに、まったくそれを感じさせない動きは優雅に流れる川のようだった。とても真似できる気がしない。
途中で、王太子夫妻がそこに加わる。
まるで鏡でも見ているかのように息がピッタリ合っていて、それがとても意外だった。
入場前に一言交わしたときにも思ったけど、二人が並んでいると不思議としっくり来る。
自分勝手な王太子にココリア様が振り回されているような関係だと思ってたのに、お互いを尊重し合っているように感じられた。
「王太子様って、本当にちゃんとココリア様のことが好きなんですね……」
そう、しみじみつぶやいてしまった。
隊長さんは二人に目を向けたまま、小さくうなずいた。
「俺が第五師団に入ったあとのことだから、詳しくは知らないが。妃殿下のことは、あいつが唯一自分のために我を通したことだ」
「え? 唯一……?」
思わず口をついて出そうになった悪口をあわてて飲み込む。
さすがにこんな公の場で、王太子って普段からわがままですよねとは言えない。
誰かが聞き耳を立てていたとしても、距離がある上に小さい声だから大丈夫だろうけど、一応。
それでも私の疑問符の意味は正しく伝わったようで、隊長さんは苦笑をこぼした。
「あいつは好き勝手に生きているように見えるが、自分が周りから何を求められているかを知っている。あいつのわがままは、基本的に国のため、誰かのためのわがままだ。……だから、きっと今回のことも」
「なるほど……」
そう言われてしまうと、たしかに納得できる部分もあった。
どうやら今回の一連のあれやこれやは私を試す意図があったようだから。
手段といい、今までの発言といい、やっぱり性格は悪いと思う。
私もつらい思いをたくさんして、正直張り倒したいくらい腹が立ってる。何より王太子が隊長さんに対して放った暴言は許せるものじゃない。
その捻じくれた性根をココリア様に矯正してほしいくらいだ。もう手遅れな気しかしないけど。
……それでも、きっと全部、隊長さんのためだった。
「なんだか不思議な関係ですね。仲は悪いのに、お互いのことをよくわかってるなんて」
「色々と複雑な思いはあるが、嫌いではない。上に立つ者として認めている」
「……たぶん、王太子様も似たようなことを思っていそうですね」
全然似てないと思っていたけど、考え方とか、そういうところはそっくりだったりするのかもしれない。
誰かのためにばかり行動するのなんて、隊長さんにも当てはまることだし。
思ったことをそのまま言うと、隊長さんは眉間にシワを寄せた。
本当に複雑そうで、私はちょっと笑ってしまった。
「……俺たちの番だ。行くぞ」
「はい」
隊長さんと一緒に進み出ることに、不思議と不安はなかった。
練習と同じように踊れば大丈夫。
少し失敗しても、隊長さんがいてくれればなんとかなる。
ワン、ツー、スリー、フォー。ワン、ツー、スリー、フォー。
心の中でカウントを唱えながらステップを踏んでいく。
隊長さんのリードに身を任せて、ホール内をゆっくりと移動する。
今度は演奏に聞き惚れる余裕すらあった。
最初に隊長さんがアドバイスしてくれたとおり、笑みを絶やさず、視線は隊長さんに固定して。
周りの人がみんなカボチャになってしまったように、緊張はすっかり消えていた。
「グレイスさん」
「どうした」
踊りながら名前を呼ぶと、隊長さんは即座に返事をしてくれた。
その声が、私への気遣いに、愛にあふれていて。
ああ、好きだなぁと思った。
「グレイスさんのことは、私が幸せにしますね」
心を込めて、宣言した。
この会場にいるすべての人を証人にして誓いを立てるように。
隊長さんは何も言わず、表情も変わらなかったけど、私の手を握る力がくっと一瞬強まったのは、気のせいじゃないだろう。
最初の曲が弾き終わり、私たちのダンスも問題なく終えることができた。
すぐに次の曲の演奏が始まる……はずだったのに。
スッ、と王太子が手を上げたことで、会場内はしんと静まり返ってしまった。
カツン、カツンと王太子が歩み出る足音だけが響く。
「皆、今一度聞いてもらいたい。このクリストラルに舞い降りた精霊の客人は、我が親愛なる従兄グレイスと
え、と固まったのは私だけじゃない。
隊長さんも、会場にいる人もみんな、すぐには王太子の発言を理解できなかっただろう。
「今ここに、グレイス・キィ・タイラルドとサクラ・ミナカミの婚約を発表する。この吉事を、共に祝してくれるだろうか」
しばらく、時が止まったような沈黙が続いた。
ため息すら響いてしまいそうなその場に、パチパチ、と最初に拍手を鳴らしたのはココリア様だった。
やがて二つ三つ音が増えていき、十、百、千と、耳が割れそうなほどの拍手が響き渡る。
完全に置いてきぼりにされながらそれを聞く、私と隊長さん。
これは、どうすればいいんだろうか……。
隣を仰ぎ見ると、今にも倒れそうな顔色をした隊長さんがいた。
「やられた……」
小さな小さなつぶやきは、拍手に掻き消されることなく私の耳に届く。
それは、私の耳が隊長さん仕様に作り替えられているからかもしれない。
「まあ、別にいいじゃないですか」
私の気持ちが固まった今、早いか遅いかだけの違いだ。
まさかこんな大人数に祝福されることになるとは思ってなかったけど、こうなってしまったものは仕方ない。
宣言どおりに隊長さんを幸せにできる権利を得たと、前向きに捉えるとしよう。
「サクラ……すまない」
けれど隊長さんの顔色はさらに悪くなり、幸せどころか死相が見えていた。
婚約発表ではなく離婚報道と言われたほうが納得できそうなひどい顔だ。
「大丈夫です、グレイスさん」
隊長さんの腕に添えた手に力を込め、安心させるように笑みを向ける。
それでも、隊長さんの顔色は結局、パーティーが終わるまで元に戻らなかった。
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