33:パーティー会場に到着しました

  * * * *



「あ、着いたみたいね」


 カーディナさんがそう言ってすぐ、馬車の揺れが収まって、窓の外の景色が停止した。

 裾を踏まないように気をつけながら扉に近づくと、外から扉が開かれる。

 その向こうから姿を現したのは、軍の正装に身を包んだ隊長さんだ。


「サクラ、手を」

「あ、はい……」


 差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねる。

 隊長さんは私の手を力で引っ張ったりはしないで、全身で促すようにして私を馬車から降ろしてくれた。

 一瞬、私にも何が起こったのかよくわからなかった。

 こ、これが本場のエスコートというものなの……!?

 強面な上に軍服を着てるのに、今だけ隊長さんが王子様のように見えた。


「妹には手を貸してくれないの? グレイス兄様」

「……ほら」

「別にいいのよ。今日はサクラの保護者役だものね」

「お前にはエッシェがいるだろう……」


 カーディナさんも、文句を言いながらも隊長さんの手を借りて馬車から降りる。

 当然ながら私よりもずっと自然で、流れるような足運びに思わず見入ってしまう。

 家にご厄介になっていたときはそこまで意識してなかったけど、こうして着飾ったカーディナさんは仕草の一つ一つまで洗練されていて、育ちの違いを感じさせられる。

 隊長さんと並ぶと、さすがは美男美女兄妹なだけあって、絵画でも見ているようだ。

 そんなカーディナさんが、隊長さんのお相手に求める美人で才女な女性って……いったい、どれだけ完璧超人じゃないといけないの?


「どうかしたか?」


 ついため息をこぼした私に、隊長さんは心配そうに声をかけてくれた。

 パーティー本番に緊張してるんじゃないかとか思ってくれているのかもしれない。

 まったく関係ないこと考えてたんですけどね!


「グレイスさん、私、もっとがんばりますね……」

「よくはわからないが、お前は充分がんばっているだろう」

「まだまだ、まだまだ足りないんです!」

「……そうか」


 ふ、と隊長さんはおかしそうに表情を和らげた。

 その様子を見て、隣にいたカーディナさんがぱちぱちと目をまたたかせる。


「サクラの前だとずいぶん自然に笑うのね、兄様」

「……笑っていたか?」


 隊長さんは決まり悪そうな顔をして片手で口元を隠した。

 どうやら本人は無意識だったらしい。

 大丈夫、とっても素敵な笑顔でしたよ。


「気づいていなかったの? サクラの緩い空気に感化されたのかしら」

「カーディナさん、それ褒めてませんよね!?」

「あら、すごいことだわ。兄様は何があってもピクリとも表情を変えないから、氷のようだと言われていたのに」


 ん? それって、あれかな。

 だいぶ前に小隊長さんから聞いた、氷の第五師団隊長とかいう、どこか中二病臭い異名。

 疑ってたわけじゃないけど、改めて聞くとなんとも味わい深い……。


「グレイスさんはむしろ炎だと思うんですけどね」


 私の中で、隊長さんと氷がうまく結びつかなかった。

 隊長さんは優しくて、あたたかくて。

 そして……私に向ける想いは、焦がされそうなほど熱いから。


「立ち話もいいが、エッシェが待ちくたびれているぞ」

「あ、そうでした! 早く合流しましょう!」


 待ち合わせの時間とかは決めてなかったから、彼の性格からして早めに来てそうだ。

 カーディナさんから聞いた話でしか知らない婚約者さん。

 幼馴染から婚約者という入れ物に変わった、エッシェさん。

 本当、どんな人なんだろうなぁ。とても興味深い。


「ちょっとくらい待たせてもいいのよ。男は忍耐が大事でしょ?」

「……もう充分すぎるほど待っていると思うがな」


 ため息混じりのその言葉は、今の状況を指しているわけではなさそうだ。

 というか、ほぼ確実に、比喩なんだろう。

 現在進行系で私のことを待ってくれている隊長さんは、余計にエッシェさんの気持ちがわかるのかもしれない。

 申し訳なさと、覚悟を胸に抱きつつ、隊長さんに促されるまま玄関ホールに向かった。


 玄関ホールはすでに多くの招待客で賑わっていた。

 カーディナさんのようにここでパートナーと落ち合う約束をしている人もいるようだ。

 もっとかしこまった場所なのかと思っていたけど、意外とみんな楽しそうに談笑していたりする。

 それとも今日のパーティー会場の大広間に行くとまた違うんだろうか。


 幸い、エッシェさんとはすぐに合流できた。

 丸っこいフォルムの栗色の髪はいかにもお坊ちゃんといった感じで、聞いていた通り優しそうな人だった。


「あなたが、サクラさん……」


 挨拶を交わしてすぐ、おっとりとした目元には似合わない眼力で凝視されてしまった。

 怖くはないけど、さすがに私もたじろいでしまう。


「あの、何か……?」

「あ、いえ、すみません……カーディナが楽しそうにあなたの話をするものだから、あの、だからってその、別に何かあるわけでは……」


 話しながら、その語尾がどんどん小さくなっていく。

 しまいにはエッシェさんは恥ずかしそうにうつむいて、縮こまってしまった。

 ……なるほど。どうやら私は、婚約者さんに嫉妬されていたらしい。


「カーディナさんからもエッシェさんのお話はうかがっていました。とても仲のいい幼馴染だったとか」

「そう、ですね。子どもの頃からずっと一緒でした」

「素敵ですね、そういうの」


 にっこりと笑いかけると、エッシェさんもやわらかく微笑んでくれた。

 決して美形というわけじゃなくて、カーディナさんと並ぶと余計にアンバランスな印象を受ける。

 でも、カーディナさんのことが本当に好きなんだと伝わってくるその笑みに、心があたたかくなった。


「何よ、楽しそうじゃないの」


 拗ねたように唇を尖らせて、カーディナさんはエッシェさんの腕に巻きつく。


「カーディナ?」

「いくらサクラがめずらしくても、今日のパートナーは私なんだからね。ちゃんとエスコートしなさいよ」

「そ、それはもちろん……!」


 カーディナさんに顔を覗き込まれ、エッシェさんは顔を真っ赤にして何度もうなずいた。

 これはもしや、カーディナさんもヤキモチを焼いたんだろうか。

 やっぱり、二人の様子を見ると、心配することは何もなかったようだ。


「お兄ちゃんとして複雑だったりとかしませんか?」


 隣の隊長さんにだけ聞こえるように、ヒソヒソ声で尋ねてみた。

 隊長さんは少しだけ考えるように沈黙して、それから首を横に振った。


「いや、仲がいいようで安心した。……妹も弟も、俺より選択肢は限られていたから」


 隊長さんはうっすらと笑みを浮かべながら、妹とその婚約者を見守る。

 二人を映す瞳は、少しだけ複雑な色をしていた。

 この世界一年生の私にはよくわからないけど、王位継承権を持つカーディナさんも、持たない隊長さんも、お互いに負い目のようなものがあるようだ。

 家族を思うがゆえの優しい葛藤に、私も笑みを深くした。



  * * * *



 友人を見つけたカーディナさんたちと早々に別行動となった。

 私と隊長さんは玄関ホールを抜けて、個室でパーティーの始まりを待っていた。

 もうすでに会場には人が大勢集まっていて、国王夫妻と王太子夫妻の入場が開始の合図となるらしい。

 一応、今回の主賓のような立ち位置の私は、なぜか……本当になぜか、その二組と一緒に入場することになる。

 事前に聞いてはいたけど、つくづく意味がわからないね……?


「ドレスもかわいいし、こんなにきれいにお化粧してもらったのもうれしいんですけど、これだと一つ難点がありますね」

「難点?」

「イチャイチャできない……」


 裾の広がりは動きを妨げるし、うっかり接触すると化粧が剥げる。

 完璧に磨き上げられた自分の姿を見下ろしながら、私はため息をついた。


「……お前らしいな。意外と落ち着いているようでよかった」

「そんなことないですよ。もうバックンバックンです!」


 さっきから何度か、気を紛らわすために花瓶に生けられた花の花弁を数えていたりした。

 そのくらい、実は心臓が飛び出しそうなほど緊張している。

 それでも、大丈夫だと思えるのは――


「でも、グレイスさんが一緒にいてくれるから」

「……殺し文句だな」


 隊長さんは困ったように笑って。

 それから、私の手を自分の胸ポケットに押し当てた。


「ここにいる。だから、安心しろ」


 それは、隊長さんのことにも、ペンダントのことにも、隊長さんの心に住み着いた私のことにも取れる言葉だった。

 そしてたぶん、そのどれもを含んだ言葉なんだろうと思った。


「フォローはお願いしますね、グレイスさん!」


 信頼を込めた笑顔を向けると、隊長さんはしっかりとうなずいてくれた。



 そうして、ついにパーティーに乗り込むときがやってきたのです。


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