31:素敵なプレゼントをいただいちゃいました
* * * *
カーディナさんと礼儀作法を学びながら、隊長さんからはダンスを教わって。
それなりに忙しい日々を過ごしているうちに、パーティーは五日後へと迫っていた。
「だいぶ形になってきたな」
「本当ですか!?」
「どうにか及第点……といったところか」
「隊長さんスパルタ……」
残り五日でなんとか及第点、かぁ……。
これは遅すぎるのか、がんばったほうなのか。
後者ということにしてくれないと私の気力が折れそうです。
「でも、ちょっと楽しくなってきました。難しいけど、隊長さんと踊るのは楽しいです」
「それならよかった」
私が笑うと、隊長さんも微笑んでうなずいてくれた。
短時間の録音再生ができる魔具から流れる音楽を聞きながら、ゆっくりステップを踏む。
隊長さんがうまくリードしてくれているからか、もう足を踏むことはないし、ぎこちなさもだいぶ減ったと思う。
なんというかやっぱり隊長さんはあんまり教えるのが得意じゃなくて、できること前提の説明だったり、言葉足らずだったりということが多かった。
それを補ってくれたのは、なんとカーディナさん。
たまに乱入してきて、隊長さんにはわからないような女性目線でのコツを教えてくれた。
どうにか及第点を取れたのは彼女のおかげと言っても過言じゃないかもしれない。
「それに、こうやってくっついていられるのっていいですね」
そう言って、私は隊長さんにピッタリと身体を寄せる。
たったそれだけで、隊長さんの身体が強張るのが触れているところから伝わってきた。
「……サクラ」
「ムラムラしますか?」
「どう答えればいいんだ」
「素直になってくれていいんですよ?」
私の言葉に、隊長さんは深々とため息を吐く。
二人っきりとはいえ、いつ誰が来るともわからない部屋で何をしているんだとでも思っているんだろう。
「お前は俺を困らせる天才だな……」
その言い方が心底困っているように聞こえて、私はクスクスと笑ってしまった。
「そんなところも大好きです、グレイスさん」
自然と、心からの想いが口からこぼれ出た。
私はもうずっと、隊長さんを待たせたままでいる。
答えが出た今も明確に伝えないのは、実はまだ、少しだけ引っかかっていることがあるから。
それが解消できるまでは、覚えていない隊長さんに甘えて、あの夜のことは秘めておこう。
でも、聞いてしまった本音をなかったことにはできない。
だから私は、こうして惜しみなく気持ちを伝えることで、少しでも安心してもらえればと思うのだ。
「パーティーで隊長さんって呼んでたら、ちょっとおかしいですよね。ちゃんと名前で呼べるように、今から練習しておかないと」
「……そうだな」
そうやって、私たちは口実を重ねる。
心も、身体も、全部重ね合わせる日が来るまで。
* * * *
ちょうどダンスのレッスンが一段落ついたところで、ガチャリと扉が開かれる。
ノックもしないで入ってくるのはカーディナさんだけだ。そのおかげで私たちは何度ハラハラさせられたことか。
見られて困るようなことはしなければいいんじゃないかって?
そこはそれ、恋人たちの貴重な二人っきりの時間なんだからしょうがないってもんですよ。いつも私から迫ってただけだけど。
「兄様、届いたものはサクラの部屋に運ばせておいたわよ」
「私の部屋……? え、何をですか?」
隊長さんとカーディナさんを交互に見ながら、私は疑問符を飛ばす。
カーディナさんは問いに答える気はないようで、ニヤリと楽しげに笑うだけ。
「見てのお楽しみよ」
そう言われてしまうと、これはもう今すぐ見に行くしかないじゃないですか!
隊長さんを引きずるようにして部屋に戻る私を、カーディナさんは笑顔で見送ってくれた。
そして――私の部屋では、薄紅色のドレスがデデンと存在感を放っていた。
「どどどどーしたんですかこれ……!」
「舞踏会に行くのにドレスは必要だろう」
隊長さんは当然のことのように言う。
それはたしかに、お貴族様にとってはそうなのかもしれませんけど。
私はそもそも舞踏会なんて初めてで、ダンスのことだけでいっぱいいっぱいだったから、そんなことは考えてもみなかった。
「え、でもこれ、絶対お高かったですよね!?」
上半身部分には刺繍が施されていて、ビーズが縫いつけられているのかキラキラと輝いている。
薄い生地を何枚も重ねてふわりと広がる裾は、下に行くほど色が深い。
こんなに繊細なデザインのドレスが、私のお給料でまかなえるようなもののわけがない。
「俺のためを思うなら黙って受け取ってくれ。これでも一軍の長だ」
恐縮しまくる私に、隊長さんは苦笑と共にそう告げた。
たしかに、隊長さんが偉い人なのはよーく知ってる。隊長さんのもらってるお給金は、一使用人の私とは比べ物にならないだろう。
こういうときのお作法はよくわからないけど、遠慮するのも失礼に当たるかもしれない。
「うっ、じゃ、じゃあ……ありがとうございます! すごいきれいです!」
私は素直にお礼と感想を告げる。
やわらかそうな生地の、桜色のドレス。隊長さんが私のことを思って選んでくれたドレスだ。
ちょっと、私にはもったいなさすぎる気はしちゃうけど、うれしくないわけがない。
「あまり日がなかったから既成品を直してもらっただけだが、気になるところはあるか」
「ない、ないです! 素敵すぎて文句つけたらバチが当たっちゃいます」
「何かあれば遠慮なく言ってほしい」
そうは言われても、本当に何も思いつかない。だって、それくらい素晴らしいドレスだし。
あ、でも……。
ふと、まったく関係ないことが脳裏をよぎった。
「えっと、じゃあ一つだけ。ドレスについてじゃないんですけど」
言いながら、私は襟元に手を持っていく。
鎖を指に引っかけて、それを引っ張り出した。
「これって……パーティーにつけていくことって、できないですか……?」
取り出したのは、桜のモチーフのペンダント。
前に町でデートをしたときに見つけて、その後隊長さんからプレゼントされたものだ。
肌身離さずつけていたけど、パーティー当日はどうすればいいんだろうか。
「……難しいな」
「ですよねぇ……」
重い沈黙ののち、隊長さんはそう答えを口にした。
それは『無理』と断言されたようなものだ。
とてもかわいくてお気に入りのペンダントだけど、町の露店で買ったものだ。王様主催のパーティーにつけていくようなものじゃない。
最近はずっとつけていたこともあって、もう肌の一部のように馴染んでいる。
それを外すのは、なんだか気が重いなぁ……。
「あ、いいこと思いつきました! このペンダント、パーティー中は隊長さんが預かっていてくれませんか?」
「それは構わないが……」
なぜ? と青灰色の瞳が言葉もなく尋ねてくる。
私はそれににっこりと笑い返した。
「隊長さんが"桜"を持っていてくれたら、ずっと傍にいるみたいで心強いかなって。終わったら、また隊長さんがつけ直してください」
この"桜"はもう私の一部だから、隊長さんが持っていてくれれば安心できる。
ちょっと違うかもしれないけど、飼い主にリードを預けるようなものだ。
どんな視線にも、どんな声にも負けないよう、隊長さんとつながっている実感が欲しかった。
「そもそも舞踏会中はほんの一瞬も離れるつもりはないがな」
「じゃあ、壁の花にならずにすみますね」
こんなにきれいなドレスを着て壁に咲くのはさすがに虚しすぎる。
汚さないようにそっとドレスの裾に触れながら、私はとある言葉を思い出した。
「男が女に服を贈るのは、それを脱がせたいという意味があるって、私の世界では言われていたりするんですけど……どうですか?」
振り返って尋ねかけると、隊長さんは油断していたところに苦虫を口に放り込まれたような顔をした。
「……下心はない」
「あってくれてもいいんですよ。恋人同士なんだし、何も変じゃないです」
加えて今は私の部屋に二人きりともなれば、ぜひとも正直に答えてほしいものだ。
私はじーっと隊長さんを見つめて回答を促す。
「サクラ……お前は俺をどうしたいんだ」
隊長さんは眉間に深々と皺を刻んで、吐息をこぼした。
その息はきっと熱いんだろう。
そんなことを考えて、私はふっと笑ってしまった。
「困らせたい、って言ったら怒りますか?」
「……」
「グレイスさんが、私の言葉で困ってくれるのがうれしくて。悪趣味ですね、私」
隊長さんの気持ちは、今さら確かめなくてももう充分わかってる。
態度から、言葉の端々から、私を映す熱を帯びた瞳から伝わってくる。
疑いようもないその想いを、それでもこうして何度でも感じたくなる私は、とてもずるい人間なんだろう。
「……いつも、困っている」
「ごめんなさい」
心から申し訳ないと思ってるけど、笑ってしまったから半分も伝わらないだろう。
本当に隊長さんは厄介な女に引っかかっちゃったね。
「お前に困らせられるのは、嫌いじゃない」
「それは好きってことですか?」
「……知っているだろう?」
まっすぐ私を射抜く瞳に、わき上がるのは震えそうなほどの歓喜。
やっぱり、疑う余地なんてどこにもない。
私は、こんなにも愛されている。
「もっちろん」
だから、私ももう、覚悟を決めようと思ったんだ。
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