40:ラブレターをしたためてみました

 たったったっと廊下を走る。

 この砦には学校みたいに『廊下を走るな』という決まりはない。

 みんなの反射神経がいいためか、ぶつかりそうになっても避けてくれる。

 もちろん私もそこまで全速力で走ったりはしないけどね。


 とにかく私は急いでいるわけです。

 いいことを思いついたから、早く実行したくて。

 早く結果を確認したくて、隊長さんの部屋へと向かっている。


「たいちょーさん! たいちょーさん!」


 いつものごとくノックもせずに隊長さんの私室の扉を開く。

 足音だけで私だとわかっていたのか、執務机に座った隊長さんは顔をあげていた。

 私は足早に隊長さんに近づいていく。


「なんだ」

「これ、読んでください!」


 そう言いながら、私は手にしていたものを隊長さんに差し出した。

 それは、中が見えないようにと四つ折りにした紙。

 この世界も元の世界と同じくらい製紙技術が発達している。

 正確には同じ技術なのかはわからないけど、少なくとも簡単に紙を手に入れることができる。

 だからこんな、王都から遠い砦の下っ端使用人の私でも、書き心地のいい薄い紙を使えるというわけ。


「手習いか」


 隊長さんはすぐにそれがなんなのか思い至ったようだ。

 そう、私は今、文字を書く練習をしている。

 私の中にいる精霊のおかげで、私はこの世界の言葉を理解できるし、私の話した言葉を相手も理解できるようになっている。

 それは精霊の力で聞く言葉も話す言葉も変換してくれているから、ということらしい。

 だから私は、この国以外の言葉もちゃんと聞き取れるんだって。精霊の護り人はそういうものだって隊長さんが教えてくれた。


 さて、ここで問題がある。会話には困らない。じゃあ、読み書きは?

 文字を読むことができるのは、最初の一週間でたくさん本を読んだからわかっている。ちなみに今も小隊長さんから恋愛小説を借りていたりするけど、仕事しているから読むスピードはだいぶ落ちた。というのは蛇足だね。

 問題があったのは、文字を書くことだった。

 精霊というものは便利なもので、こう書きたい、と思い浮かべると、それが頭の中で文字になる。

 それをそのまま書けばいいわけだから、一見問題がなさそうに思えるけど。

 実際に書いてみると、これがなかなか大変だった。習字でお手本どおりに書けないのと同じように。

 一番最初に書いた文字なんて、他人には解読不可能なものになってしまった。

 この世界の文字なんて一度も書いたことがなかったんだから、そんなものかもしれない。

 精霊は便利だけど、万能ではないらしい。


 この国や周辺国で使われている文字は、基本が表音文字だ。

 文字の種類が少ないのは助かった。書いて身体に覚えさせる、ということができるから。

 ひらがなで言うところの五十音順のようなものを隊長さんが作成してくれ、私はそれを見ながら文字を書いて書いて書きまくった。

 アルファベットとハングルとを足して二で割ったような独特な文字は、書くのにコツが必要だった。

 最初はゆっくり、それこそ小学生が習いたての漢字を書くような速度で文字の形を覚える。

 だんだんと文字の形が整ってきたら、今度は文章に移った。

 英語にブロック体と筆記体があるように、文章だとまた少し癖が違ったりした。

 今もまだすらすらとまではいかないけど、だいぶ書き慣れてきた気がする。


「別に俺に見せる必要はないと思うが」

「隊長さんに読んでほしいんです!」


 ずい、と私はさらに隊長さんの目の前に突き出す。

 いつもはエルミアさんやハニーナちゃんにチェックしてもらっていたから、訝しげに思ったんだろう。

 でもこれは、隊長さん専用。隊長さんに読んでもらわないといけないもの。

 手紙だ、と素直に言ったら受け取ってくれない可能性もあるので、お口はチャック。

 さあさあ、受け取ってくださいな。読んでくださいな。

 私の思惑を知らない隊長さんは、少し不思議そうにしながらも紙を手に取って、開いた。


「……っ!」


 その瞬間、隊長さんはこれ以上ないくらいに目を見開いた。

 よし、見たね? 読んだね?


「えへへ~、ラブレターです!」


 私はネタばらしをした。

 作戦成功! やってやった、とくふふと笑った。

 手紙にはこう書いてある。



――大好きな隊長さんへ。


  私は隊長さんのことが大大大好きです。

  隊長さんは優しくて、頼もしくて、責任感があって、なんでもできて、すごい人です。

  私となんて釣り合わないなぁってことは、わかってます。

  でも、好きなものは好きなんです!

  自分から身を引くような殊勝な性格はしていませんし、簡単にあきらめられるほど軽い気持ちでもないんです。

  隊長さんも私のことを好きでいてくれるなら、なんの問題もないと思います。

  毎日でも好きって伝えたいです。ううん、伝えます。

  だからいつか、隊長さんからも好きだって言ってほしいです。

  隊長さんが私の気持ちを信じてくれる日を、待ってます。


  未来の恋人、サクラ・ミナカミより――



 正真正銘のラブレター。

 初めて書いたよ、ラブレターなんて。

 恥ずかしかったけど、隊長さんの反応を見ると、書いて正解だったみたい。

 すごいよ、顔が真っ赤っ赤。

 日に焼けているのに赤くなったのがわかるのって、相当だよね。

 隊長さんって、いつも無表情だったり仏頂面だったりするけど、けっこう顔に出るほうだと思う。

 だからこんなことを計画したわけなんだけどね。

 私の想いを伝えること。隊長さんを動揺させて、私への気持ちを確認すること。

 どっちも成功したと思っていいよね?


「私の気持ちを込めてみました! どうですか? 伝わりましたか?」


 執務机に両手をついて、隊長さんの顔を覗き込む。

 たぶん今の私はドヤ顔をしている。


「……くそっ」


 隊長さんはちらりと私のほうを見て、それからすぐに目をそらす。

 舌打ちされても、真っ赤な顔じゃ迫力がなくて怖くない。

 むしろかわいく見えちゃうくらいだ。


「がんばって書いたので、捨てないでくださいね。できれば何度でも読んでください。そしたらきっと私の気持ちがわかるはずです!」

「……何度も読めるか、こんなもの」

「じゃあ、また書きます。毎日でも書きます! 字の練習にもなるし、一石二鳥ですよね」


 にこにこと笑いながらそう提案した。

 我ながらいいアイディアだ。


「真面目に練習しろ」

「この上なく真面目ですよ。本当のことしか書いてませんもん」


 私がそう言うと、隊長さんは一瞬言葉を詰まらせた。


「……まったく。精霊よりたちが悪いぞ、お前は」


 隊長さんは疲れたようなため息をつく。

 疲れさせているのは私だろうか。

 それでも私は私なりに気持ちを伝えることしかできない。それしか方法を知らない。


「精霊と違って、遊びじゃないですよ」

「そうであることを願いたいものだ」


 冗談はやめろ、とは隊長さんは言わなかった。

 信じてくれたわけじゃないだろうけど、まるっきり信じていないということでもないみたいだ。

 隊長さんは、私の言葉の重みを計りかねている。


「ドキッてしたなら、それは私の気持ちがこもっていたからなんですよ。私の気持ちを、隊長さんが読み取ったからなんですよ」


 手紙を持ったまま机の上に置かれていた手に、私は自分の手を重ねる。

 隊長さんのことが好きだって、伝わってほしくて。

 まっすぐ隊長さんを見つめていると、隊長さんは苦笑をこぼした。


「……どうだろうな」


 あの、言葉が通じなくなった事件があってから。

 隊長さんは私の言葉を、私の気持ちを否定しなくなった。

 全部ちゃんと受け止めて、本当かどうかを考えてくれているんだと思う。

 あの日に私に言った言葉を守って。

 隊長さんは律儀だ。

 律儀だから、私は期待する。

 私の気持ちが伝わって、両思いになる日が来るって。


 一度知ってしまえば、隊長さんの気持ちはとてもわかりやすいものだった。

 たとえば今、まだ頬から赤みが引いていないように。

 隊長さんは気持ちを隠そうとはしない。

 私のことを好きでいてくれているんだって、伝わってくる。

 なるほど、私にはこれが足りないのかもしれない、なんて思ったりもした。


 隊長さんの気持ちを知れば知るほど、もどかしくなった。

 だって、せっかく両思いなのに、何もできないんだよ!?

 本当ならキスだってそれ以上だってしたいのに!

 隊長さんが信じてくれないことには、先に進めない。

 欲求不満になりそうですよ、私。


「大好きです、隊長さん」


 だから私は、こうして言葉にして伝える。

 数撃ちゃ当たる、じゃないけど。それ以外に方法を知らないから。

 少しでも隊長さんの心に響いてくれればいい。

 言葉でも、文字でも。何度だって愛を伝えるから。



 私と恋をしましょうよ、隊長さん。

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