35:夢の中に精霊が出てきました

 黄色にピンクに緑に水色。

 白を基調としながら、いろんな色が交じり合って輝いている。

 そんな不思議な空間に、私はただよっていた。


《やあ、サクラ!》


 唐突に目の前に出現したのは、精霊のオフィ。

 全身オパールはこの空間にいると、余計にファンタジーだ。

 というか、オフィの身体とこの空間、色がそっくりだね。


「……これって夢だよね?」


 そうとしか考えられなくて、私はオフィに確認してみる。

 まさかまた異世界トリップさせられたなんてことはないよね、さすがに。


《そうだよ、これは夢。でもボクと話してるのは現実だよ》


 夢だけど現実?

 つまり、これ自体は私の夢だけど、オフィとは実際にお話している、ってこと?


「精霊って、人の夢にも入れるものなんだ」

《夢の精霊と、人の子の精霊はね》


 オフィの言葉に、ふむ、と私は考えてみる。

 以前言っていた、私を異世界召喚するのに力を使う精霊の中に、夢の精霊は入っていなかった。

 ということは、オフィは人の子の精霊ってわけか。

 人の身のうちに宿ることができるのは人の子の精霊だけだって隊長さんが言っていたから、フルーも人の子の精霊のはず。オフィーとフルーは同じ種類の精霊なんだね。

 余談だけど、精霊を身のうちに宿した人は精霊の護り人と呼ばれて、精霊の姿を見ることのできる人は精霊の愛み人と呼ばれるらしい。

 つまり精霊の客人は、精霊の護り人でもあって精霊の愛み人でもあるってことだ。


「夢の精霊はわかるけど、人の子の精霊は、なんで?」

《夢ってのは人の頭が見せるモノなんだから、ボクたちの領域なんだよ》

「そっか、たしかに」


 過去の記憶だとかいろんなものを合わせて、脳が映像化しているんだっけか。

 人の内側で起こっていることだもんね。人の子の精霊が入れてもおかしくないよね。


「ねえ、私の体調不良の原因、知ってたりする?」


 ふと思いついて、私は聞いてみた。

 記憶がたしかなら、私は今現在、隊長さんの部屋のベッドで寝ているはず。

 原因不明の体調不良に見舞われたために。

 なんかね、妙な感じだったんだよね。

 アブナイ薬でも飲んじゃったんじゃないかっていうくらいに。


《もっちろん。それを伝えにきたんだもの》

「へー、そうなんだ。じゃあ教えて」


 どうりで狙ったかのようなタイミングだったわけだ。

 頻繁には会いに来ないわりに、ちゃんとこっちの状況を把握しているんだね。

 もしかして、どっかから見てたりする? ストーカー?

 こっちにはストーカー法とかないのかな。……あったとしても精霊には適応されないか。


《キミの不調は、キミの中の子――フルーオーフィシディエンが関係してる》


 フルーオーフィシディエン。

 何度もオフィが呼ぶから覚えてしまった、私の中にいるらしい精霊。

 その子がどうかしたっていうんだろう。


《簡単に言うと、実力行使に出たんだね》

「どういうこと?」


 意味がわからなくて、私は首をかしげる。


《キミの中の子は、キミと感情や感覚が同調してる。キミが感じたモノをフルーオーフィシディエンも同じように感じるんだ》


 オフィの説明を、理解できるように頭の中でかみ砕く。

 私が感じたものを全部、フルーも感じている。

 つまり、悲しいとかうれしいとかっていう感情と、おいしいとか痛いとかっていう感覚を、フルーと共有しているってこと、なのかな。


「それはなんというか、勝手に何してるんだって感じですね」


 とてつもなく恥ずかしいよね、それって。

 だって、私が隊長さんのことを好きだっていうのも、フルーにはダダモレなわけで。

 い~や~だ~!!

 だからって、私の身体から出て行ってくださいなんてことも、言えないんだけど。


《それでね、フルーオーフィシディエンがキミの中に入ったすぐあとに、キミは何を感じたかな?》


 フルーが中に入ったすぐあとって、異世界トリップ直後ってことだよね。

 私はこの世界に来ちゃったときの記憶を引っぱり出してくる。


「何って、えーっと……最初は驚いて、訳がわからなくて、あとは……あ、快楽?」

《そのとーり!》


 隊長さんに抱かれたことを思い出して口にしてみれば、オフィは機嫌よく私の周りを飛び回った。


《フルーオーフィシディエンはそれでキモチイイコトを知っちゃったんだ。同じモノをもっともっと欲しいって、望んじゃってる》

「えーと、つまりエッチなことをしたいと。淫乱!」


 媚薬を飲んだみたいな、っていうのはあながち外れていなかったんだね。

 フルーが催淫効果のある何かしらをしたんだろう。

 中に融合しているってことは、実は私の身体をいじりたい放題なのかもしれない。

 まったく、本当に勝手に何してくれてるんだか。


《ボクたちは単純だからね。欲しいものは欲しいし、やりたいことはやりたい。だから異世界から人も連れてきちゃうんだよ。そのほうが楽しいからね》


 オフィはオパールみたいなくりくりとした瞳を細めて笑みを作る。

 まだ三回しか話してないけど、いつも楽しそうだもんね、君。

 精霊って本当に子どもそのものなんだなぁ。


「たしかに単純かもしれないけど、タチ悪いね。享楽主義者っていうやつなのかな」

《難しい言葉はわからないよ!》

「単純でバカなのか……ちょっと親近感がわいてきちゃった」


 私も単純なところがあるし、バカなのも自覚ずみ。

 なんだ、実は私って精霊とそっくりだったんだ。

 だからオフィを怒れなかったりとか、こうして話していて楽しかったりするのかな。


《サクラはボクらと似ているところがあるからね。だからボクらはキミのことが好きなんだ!》

「うわ~、基準そこなんだ。複雑だぁ」


 じゃあこっちに召喚された異世界人、みんなこんな性格しているのかな。

 それはなんだか嫌だなぁ。

 自分の性格が嫌いってわけじゃないけど、こういうのばっかりっていうのはちょっとね。

 他にも選ばれる基準がありますように。


《サクラ、フルーオーフィシディエンは本気だよ》


 オフィは少し、ほんのちょっぴり、真面目な声で言った。


「本気で、そういうことがしたいの?」


 淫乱っていうか……あれか、ビッチって言えばいいのか。

 あらやだサクラさんたらお口が悪うございますわよ。


《ボクらは遊びにも本気だからね。フルーオーフィシディエンだってそうだよ》

「精霊は一回みんな、人格矯正したほうがいいと思う」

《ムダだよ。だってボクらは何よりも自由だもの!》


 きっぱりと言いきるオフィに、私は大げさにため息をつく。

 憎めない。憎めないんだけど、ちょっと相手をするのに疲れたりもする。

 私と似てるのはたしかだよ。でも、私よりもハチャメチャだよね、精霊って。


「……どうすればいいの?」


 あの媚薬効果は、どう考えても日常生活に支障をきたす。

 身体が熱っぽくて、人にちょっとさわられただけで変な声を出したりとか、力が抜けちゃったりだとか。

 砦は男性ばっかりだしね。隊長さんだったから何もなかったけど、他の人の前だと危ないよね。

 だから、どうにかできないのかな、と聞いてみたんだけど。


《エッチすればいいんだよ》

「簡単に言ってくれやがりますね」


 オフィの簡潔すぎる答えに私は脱力した。

 そんな答えは求めてない!


《サクラは好きな人がいるんでしょ? フルーオーフィシディエンがそう言ってる》


 オフィは、きょとん、という顔をする。

 好きな人がいるなら、その人に抱いてもらえ、ってことか。

 相変わらず単純思考ですこと。


「私のほうが好きでもね、相手にも好かれなくちゃいけないんだよ」


 言ってて悲しくなってくる。

 どうやら身体には興味を持ってもらえているみたいだけどね。

 隊長さんは真面目だから、それだけじゃ手を出してくれそうにない。


《キミなら大丈夫だよ。だってボクらの護り人だもの!》


 自信満々にオフィは言う。

 あまりにもはっきりとした言い方だったものだから、単純な私は少しだけ、そうかな、なんて自惚れたくなった。


《キミはこの世界に好かれてる。キミは愛に恵まれているんだ》


 オフィの声が空間に響く。

 ゆらんゆらんと空間が揺れる。

 それはなんだかゆりかごみたいに、私を寝かしつけようとしているように思えた。

 夢の中で寝るってどういうことなんだろう。まあ経験あるけど。

 でもこれは、夢だけど夢じゃない、はず。

 あ、もしかして、もうすぐ起きるってことなのかも。

 それならこの眠気に身を任せればいいんだよね。



 オパール色の世界に包まれながら、私は目を閉じた。

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