異世界トリップしたその場で食べられちゃいました

五十鈴スミレ

第一部 なれそめ編

01:気がついたら見知らぬ部屋のベッドの上でした

 ふと気がつくと、私は見知らぬ部屋の、ベッドの上にいました。




 …………は?

 え、ちょっと、何これどういうこと?


 混乱しながら周囲を見回しても、やっぱりそこは知らない部屋。

 薄暗くてちゃんとは見えないけど、わたしの部屋なんかよりもずっと広いってことはわかる。

 ベッドはスプリングが利いていて、寝心地がよさそう。うらやましいなぁ。


 ベッドの上で何度か弾んでから、我に返る。

 いやいや、こんなことしてる場合じゃないでしょ、私。

 ここはどこなのか。どうしてここにいるのか。

 足りない頭でも考えないと。


 まず、直前のことを思い出してみようか。

 たしかそう、私はお風呂に入っていた。

 春なのに今日はちょっと肌寒いなぁって思って、お気に入りの柚子の入浴剤を入れた湯船にゆっくりつかった。

 長風呂、好きなんだよね。

 時間がないときにはできないけど、あとはもう寝るだけだったし。

 提出期限が明日までのレポートはすでに書き終わっていたから、夜なべする必要もなかったしね。

 で、身体が芯からあったまって、極楽じゃ~なんて思ったりして。

 前に調子に乗ってのぼせたことがあったから、そうならないようにほどほどで出ることにして。

 脱衣所が濡れないように、お風呂場で身体を拭いていて。

 そうしたら。


 どこからか、子どもの笑い声が聞こえてきたんだ。


 え? って思って私は振り向いたんだけど、当然のことながらそこには誰もいない。

 となれば、もしやこれは怪奇現象かと、私は急に怖くなった。

 だからまだ完全に水気を拭き取れていなかったけど、お風呂場から出ようとして。

 ついうっかり、段差につまずいた。

 とっさに頭をかばいつつ倒れたわたしを受け止めたのが、このベッドというわけだ。


 はい、回想終了。

 そして謎はいまだ解けません!


 お風呂場と脱衣所の段差でつまずいたんだから、普通なら私は脱衣所で転がっているはずなんだ。

 なのに私はなぜか知らない部屋のベッドの上にいる。

 しかも、格好はそのままなので、身体にバスタオルを巻いただけの状態。

 残っていた水気をシーツが吸い取ってしまっている。

 これは……どうすればいいんだろうか?


 答えが出るよりも先に、キィ、と扉の開く音がした。

 そちらに目をやると、開かれた扉のすき間から光が差し込んでいる。

 その光は、ちょうど人一人の影を作っていて。

 誰かが部屋に入ってきたんだ、とわかった。


「誰だ」


 その声に、私はビクリと身体を揺らす。

 すごく低くて冷たい声だ。

 もしかしてこの人、この部屋の主?

 だったら私、不法侵入者になるのかな。

 どう説明したら理解してもらえるだろうか。

 そもそも私だって、どうしてここにいるのかわかってないんだけど!


「えっと……こんにちは」


 とりあえず私は挨拶してみることにした。

 挨拶は大事だよね!


「……女か」


 声からして男だろうその人は、そう言ってベッドに近づいてきた。

 あ、なんだろう、すごく逃げたい。

 蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なのかな。

 薄暗いからよく見えないけど、けっこうがっしりしているっぽいんだ、その人。

 実力行使で部屋を追い出されたりしたら、絶対に痛い。


 男の人が目の前に来るよりも前に、部屋に明かりが灯った。

 遠隔操作かな? スイッチの音とか何も聞こえなかったけど。

 そして、私はビックリ仰天した。


 好みど真ん中……!!


 いわゆるイケメンさんでした。

 髪は短くて、色は茶色にしては明るいしキラキラしている。う~んと、金茶色ってやつかな。

 迫力のある切れ長の瞳は灰色、かな? ダークブルーとかって言うんだっけ。

 あのね、イケメンっていうとよく連想するのが柔和な王子さまタイプだと思うんだけど。

 違うんだ、優男は私の好みからは外れるんだ。

 男気あふれるイケメンっていうのかなぁ。

 筋肉が適度についてて、腕とか肩とかがっしりしてて、顔はほりが深くてキリッてしてる。

 汗の匂いとかしても許せそうなイケメンです。

 タイプで分けるなら騎士……いや、軍人タイプかなぁ。


「かっこいい……」


 思わず私がそうこぼすと、男の人は眉をひそめた。


「……そういうことか」


 それからそう、小さくつぶやく。

 え、そういうことってどういうこと?

 訳がわからない私は首をかしげるしかない。

 男の人は怖い顔をしていて、でもイケメンだから目の保養でもあって、私は目をそらせずにいた。

 というか、目をそらしたら即ゲームオーバーな気がする。どういう意味でかはわからないけど。


 男の人は一つ息をついたかと思うと、私のほうに手を伸ばしてきた。

 その手は私が身体に巻いているバスタオルをつかんで、勢いよく引っぱった。

 ……すると、どうなるか?

 当然、私はすっぽんぽんになるわけですね。


「う……わっきゃあ!!!」


 数秒ほど固まってしまってから、あわてて何か身体を隠すものを探す。

 そうだ、ここベッドの上! 布団!

 混乱していてもそれくらいは考えついて、私はベッドの中にもぐった。

 いきなり何をするんだ、この人!

 イケメンだからってなんでも許されると思うなよ!

 まあ……見られて困るほど出るとこがちゃんと出てる、というわけでもないんだけど。しくしく。


「得物を隠してはいないようだな。ということはやはり、そういうことか」


 だからどういうことなんだってばよ!

 えもの? えものって獲物? うさぎ? 鳥? それとも猪?

 ああもう、元々使えない頭なのにさらに混乱しちゃってて、なんにもわからない!


 男の人は布団もはがそうとして、そうはさせるものかと全力でつかむ私とで綱引き状態になる。

 あきらめたのかすぐに力を抜いたから、ほっとしたところでさっきよりも強い力で引っぱられて、布団はあっけなく男の人の手に……。

 素っ裸を恥ずかしげもなく異性にさらせるほど痴女じゃないので、私は今度はシーツを引き上げようとした……んだけども。

 男の人が素早く私にのしかかってきて、私は両手を拘束されてしまった。

 あの、この体勢は、何やら危険な香りがするのですが。

 どういったご用件でござりましょうか?


「あの……」

「声は出してもいいが、余計なことは話すな。一夜の夢くらいは見させてやる」


 とにかく何か話さなきゃと口を開いたんだけど、それを拒絶するように男の人は言葉を重ねた。

 うん、何を話そうか決めてなかったしね。余計なことかもしれないね。

 でもこのままだとカニバリズムとは違う意味で食べられちゃいそうなんですけど!


 男の人は片手で私の両手を拘束しながら、もう片方の手で私の肌に触れてくる。

 さすがにベッドの上で押し倒されて、素肌をさわられて、その意図に気づかないほど子どもではないのです。

 どこにスイッチがあったのかは不明だけど、どうやら私はおそわれているらしい。

 逃げなきゃ、と反射的に思ったけど、冷静に考えて無理じゃね?

 だって相手はガタイのいい男の人だし。ここがどこなのかもわからない私には逃げる場所なんてない。


「ふぁっ……」


 あれこれと考えていると、首筋を舐められて思わず声がもれた。

 そういうことをしているんだから当たり前だけど、さわり方がいちいちエロいな!

 この人、なんとなく手慣れているような感じがする。

 イケメンだからか。入れ食い状態なのか。さすがだなイケメン。

 本当のところはどうかは知らないけど、私はそう決めつけた。


 ああ、なんだかもう面倒くさいな。

 このまま流されちゃっても別にいっか。

 別に今は付き合っている人とかいないしね。半年前に別れたのですよ、ケッ。

 今まで恋人としかそういうことはしなかったけど、付き合い始めたその日に事に及んだことはあった。

 それほど貞操観念が薄いつもりはない。現代人ってこんなもんじゃない? と私は思っている。

 いや、あんたは充分薄いよ。と友だちには突っ込まれたりしたっけ。


 どう考えても逃げられそうにないし。

 しかも相手はめちゃくちゃ好みのイケメンだし。

 むしろここは得した、くらい思ってもいいかもしれない。

 うん、そうしようそうしよう。



 そう決めて、私は身体に灯り出した熱に身を任せるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る