番外編9 ドリームカジノで一儲けせよ!〈後半〉【9000PV Thanks!】 ※mission4-34以降



 こんなところにカジノなどと半信半疑だったユナも、門をくぐった向こうの光景を目にして思わず息を飲んだ。とにかく金、金、金色。門をくぐった瞬間は自分たちに向けられて強い光を当てられていたのかと思ったが、それは違った。床も、壁も、天井も全てが金色。いつの間にか、太陽が出ている昼間の街道をはるかに超える明るさの建物の中に出ていたのだ。


 広さはコーラントの城の大広間と同じくらいだろうか。ユナは視線をぐるりと一周させる。今いるところから向かって正面の大きな階段には赤い絨毯が敷かれ、吹き抜けの二階部分へと繋がっている。二階はVIPルームと書かれた個室が並び、一階はスロットにルーレット、ポーカーに射的……あらゆるゲームで遊べるテーブルがあるようだ。ゲームのディーラーたちは皆鼻から上は陶器のマスクをしている。


(なんかあの人たちの格好、見覚えがあるような……)


 ユナは一瞬悪寒を覚えたが、空間内を満たすアップテンポなBGMや、各所から湧き上がる客の勝利を讃える喝采、あるいは落胆の嘆き声、そして時折地下から轟く謎の歓声……大人の娯楽ひしめく場所の空気に呑まれ始めたか、あまり深くは気にしなかった。


 コツコツと前方から足音が響き、ルカたちは正面を見やる。階段からきらびやかな白スーツに身を包む、サングラスをかけて無精髭の大男が降りてきたのだ。その脇には露出の多いドレスを身にまとう女性を四、五人引き連れて。


「ようこそ我がドリームカジノへ! お客人、体力と金の果てまで遊びつくす準備はできているかな?」


 その声は、確かに聞き覚えのあるものだった。


「……ガザ?」


 アイラが問うと、男は大仰なそぶりで手を振った。


「ノンノン、私の名前はオーナー・G! このカジノの主だ! そこらをふらつく流浪の鍛冶屋とは一緒にしないでおくれよ、ミス・アイラ」


 そう言って柔らかい仕草でアイラの手を取ったかと思うと、その手の甲に軽くキスをする。アイラの額に青筋が立っているのが見えた。声も、風貌もどう考えてもガザだ。ユナは心の中でアイラがカジノオーナーを名乗る彼に対していきなり発砲することがないよう密かに祈る。


「さてさて! 初めて来たのであれば勝手がわからず不便だろう? 君たちの運に賭けて、特別に案内人をつけてあげよう」


 そう言ってガザ――もとい、オーナー・Gは二回手を鳴らした。すると、突如背後に気配を覚えてユナは慌てて振り返る。そこには、細身で長身の男が立っていた。スーツ姿に仮面という出で立ちで、毒々しい紫色の唇に、口元にはホクロがある。


「……クレイジー?」


 ユナは恐る恐る尋ねてみたが、彼はにこやかにそれを無視し、「ではここからはボクが案内しましょう」というと、すたすたとカジノの奥の方へと歩いていく。ルカたちは見慣れないカジノという空間に左右きょろきょろとしながらその男の背を追った。


「まず皆様に挑戦いただくのは、こちらのゲーム……『サンド二号危機一髪』!」


 ルカたちの前には巨大なサンド二号と同じ形のつぎはぎのぬいぐるみが佇んでいる。


「ええ……? サンド二号……?」


 ユナは巨大なサンド二号に向かって話しかけてみるが反応はない。アイラは「大丈夫、レプリカよ」と言ったがそれも何が大丈夫なのかはいまいち腑に落ちなかった。ユナが怪訝な表情を浮かべている横で、ルカはキラキラと目を輝かせている。


「なぁ、どんなゲームなんだ?」


「ランダムで体重が変化するこちらのぬいぐるみを、殴り飛ばすことができたら賞金獲得という単純なゲームです」


「簡単そうだな! なら早速おれが……」


 最初のゲームは支給品としてもらったチップで遊べるようだ。ルカがチップを渡すと、クレイジーによく似た男は「それでは行きますよ……」と怪しげな笑みをたたえ、サンド二号の後ろについているレバーを引く。


「待て。こういうのは俺の出番だろう」


 リュウがシャツの袖をまくり、ルカの前へと進みでる。リュウはサンド二号の前に立つと、「はぁぁぁぁぁぁ」と低い姿勢で気を込めた。その右腕はみるみるうちに鬼人族の血を示す赤色へと染まっていく。


――ドゴッ!!


 鈍い音を立て、巨大なサンド二号の体が宙を舞う。すぐに落下してきて――ドシン! 轟音がして、床が軽く縦に揺れた。ユナとアイラは思わず顔を見合わせる。そんな二人の気をよそに、パチパチと乾いた音で案内人の男が手を叩いた。


「お客さんすごいですねェ。今のサンド二号は最大体重に設定されていたのに」


「最大体重? すげーな、リュウ!」


 ルカが嬉しそうにリュウの肩をたたく。


「はん、お前らの本気はこの程度のものということだな」


 リュウは胸を張って言うと、案内人から賞金の分のチップを受け取る。最大体重はレートが高いのか、たった一枚のウェルカムチップが両手で抱えきれないほどの量の金貨になった。


(でももしルカがやっていたら、危なかったよね……?)


 ユナはふと飛ばされたサンド二号のぬいぐるみの方を見やる。するとそのぬいぐるみはいきなりウサギの頭の部分を外した。そこからは禿げた男の頭が現れ、タオルで顔を拭いながら「ふいー、殴られバイトも楽じゃないわい……しっかし今のあんちゃんのパンチはなかなかに効いたのう……」などと顔を上気させながらぼやいている。


 ユナは何も見なかったと思い込むことにした。




 次に案内されたのは射的だった。ヴァルトロ四神将や覇王マティス、王子ドーハの顔が描かれた的を銃で撃ち抜くというものだ。これにはアイラが参加し、一発だけ外したがそれ以外は全部的のど真ん中を捉えたことで、またもチップは五倍以上の量に膨れ上がった。


「ツキが来てるなー。次こそはおれがやるぞ!」


 ルカが意気揚々と言う一方で、ユナは不安を拭えない。次に案内された場所は女のディーラーが取り仕切るルーレットだ。


「ふふふ。ここまでノリに乗ってる君たちがあたしのところでどん底に落ちるなんて……なーんて悲劇的なのっ!?」


 その声はやはりどこかで聞き覚えのあるものだったが、さすがに学習したユナは彼女の名前を尋ねる無粋はしなかった。ルカやリュウ、勘の鋭いアイラでさえも彼女の正体を気にすることはない。ルカはハリ……ディーラーの向かいの椅子に腰掛けると、これまで獲得したチップをどんとテーブルの上に乗せた。


「よし、じゃあ全チップを賭けるぞ!」


「え、全部!?」


 ユナは慌てて止めに入ろうとしたが、リュウに肩を引かれた。


「これはおとこの勝負だ。口出し無用」


「いや、でも……」


 ユナはルーレットのレート表を指差す。ここは他のゲームよりもレートが高かったが、一方でマイナスレートが存在するのだ。つまり賭けに負ければその分だけチップを支払うことになる。全チップを賭ければ、負けた時には借金だ。


「大丈夫よ、ユナ。ルカにはあの力があるし」


「ええー、でもそれイカサマじゃ……」


 言いかけたユナの口はアイラによって塞がれる。ルカはもう賭ける数字を決めてしまったらしい。ルーレットがゆっくりと回りだし、ハリブルがボールを盤上に落とす。コロコロと音を立て、ボールが転がる。徐々に減速するそのペースを見る限り、ルカの賭けた数字に当たる確率は高そうだ。


(あっ……)


 よくよく見ると、そのボールはうっすらと紫色の光を帯びている。ルカがクロノスの力でスピードをコントロールしているのだ。イカサマをすることに罪悪感はあれど、借金を背負うことを思えば負けられない。ユナは固唾を飲んでボールの行方を見守った。だんだんとボールの動きは遅くなり、一つ、一つと数字の枠を超えていく。ルカの指定した七番まであと二枠、一枠、ゼロ……




――コロンッ!



「ああああああーーーーーーっ!!!!」


 信じられないことが起こった。ほとんど止まりかけていたはずのボールが一枠超えて「8」の枠に収まったのだ。


「ちょっと! 今明らかにおかしい動きしたわよね? ボールの影が伸びたように見えたんだけど」


 アイラが食ってかかるが、それを言ってしまうと自分たちもイカサマをしているので立つ瀬がない。案の定女ディーラーは仮面の奥でヘラヘラと笑っていた。


「負けたものは負けでしょー? 借金一億ソル、しっかりその身で返済してねっ!」


 彼女がガコンと手元にあるレバーを引いた。するとユナたちの足元の床板が外れ、彼女たちは真っ逆さまに地下へと落下していく。


「うわああああああああああああ!!」




「痛たた……」


 かなり落ちたはずだが、不思議とあまり痛みを感じない。上階と比べあたりは薄暗かった。ユナはゆっくりと立ち上がろうとしたが、急に強い光を当てられて目がくらみよろける。


「レディース・アンド・ジェントルマン! それではこれよりお待ちかね、猛獣ショーをご覧いただきます!」


 何度も瞬きをしてようやく慣れてきた目で周囲を見渡す。ユナはスポットライトの照らされた円形の舞台の上に立っていた。舞台の周囲は仮面をつけたカジノ客たちがびっしりと席についてざわめいている。ユナは恐る恐る舞台の袖の方を見た。そこには鎧を着た大柄な女と、その脇に控える巨大な白い虎。女はニッコリとユナに微笑みかけた。



「お嬢さん、最期に……飴ちゃんいる?」



「いやああああああああああ!!」










――バタンッ!!



 背中にじんわりと広がる痛みでユナは目を覚ました。辺りは暗く、星空が見える。倒木の上で寝ていたのだが、どうやらそこから転げ落ちたらしい。


「どうしたの、ユナ? 何か悪い夢でも見た?」


 アイラが覗き込んでくる。彼女も、その奥にいるルカやリュウも、皆いつも通りの格好だ。


「カジノは……?」


 アイラはプッと吹き出して笑った。


「カジノ? もう、何を言っているのよ。こんな辺境にそんな娯楽施設あるわけないでしょう」


 「でも」と言ってアイラは鞄の中を眺めながらため息を吐いた。


「実はそろそろ旅の資金が底を尽きそうなのよ。次の街に移動するのに一人二千ソルは必要なんだけど、それを使ったら一日の食費分も残らないわ。カジノでもあったら一儲けできるかもしれないわね」


 ユナは唾を飲み込む。聞き覚えのあるセリフだ。


「しょうがない、一旦今のミッションは中止にして、資金稼ぎミッションに切り替えるか」


 そう言ってルカはアイラに目配せする。アイラは「そうするしかないわね」と言ってコートのポケットからサンド二号を取り出した。ユナの胸が高鳴る。確か夢ではこの後……


「待って!」


 ユナが急に大声を出したので、三人はきょとんとした表情で彼女の方を振り返った。


「あ、あの、私……ちゃんと地道に資金稼ぎするから! おばあちゃんのお手伝いだって、害虫駆除だってやる! あ、暗殺とかはちょっと出来ないけど……でも、ちゃんと働いてお金稼ぐから!」


「……どしたのユナ?」


 ルカは不思議そうに首を横に傾げる。ユナは知らず知らずのうちに力が入っていた拳をそっと開いた。その中に入っていたものを見てユナは息を飲む。彼女の手のひらの上で、緑色のコインが月明かりに照らされ怪しく光った。





〜9000PV Thanks!〜


by Beni Otoshima (2016.11.27)



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