番外編7 義賊のハロウィン【7000PV Thanks!】 ※mission3-34以降


-まえがき-


 今回は本編と無関係のギャグ回につき、本編ではまだ訪れていないブラック・クロスの拠点を舞台にお話が進みます。本編中では顔を合わせていない人たちも平然と会話したりしますが、そこはご愛嬌ということで。。。



***



「何だこれ! 人間の祭りにはこんなのがあるのか?」


 空気が肌寒くなってきた頃、リーダーの執務室でとある資料を見ていたノワールはいきなり大きな声をあげた。


 シアンは「何かあったんですか?」とノワールが見ていた資料を覗き込む。


「ああ、これは一部の地域で毎年秋頃に行われるお祭りですね。子どもが主役のお祭りなので、幼い頃シャチに育てられたあなたが知らなくてもおかしくは……」


「やろう」


「へ?」


 嫌な予感がして、シアンはノワールの顔を見た。まるで少年のようにキラキラと目を輝かせ、資料に載っているそのお祭りの写真に釘付けになっている。


義賊うちでもやるんだよ! 季節もちょうどいいじゃないか。今本部にいる奴らをかき集めてさ」


「で、ですが……」


「よし決めたぞ! 特別ミッションだ!」


 困惑するシアンのことは気にもせず、ノワールは机の引き出しの中から白紙のミッションシートを取り出し、半ば強引にシアンに羽根ペンを握らせる。彼は文字が書けないので、普段はこうして彼女に代筆をさせているのだ。


「いいか、書き出しはこうだ--」



————————————————


特別ミッション:仮装大会で優勝せよ!


【目的地】

特になし


【任務概要】

秋だ! ハロウィンだ!

ということでブラック・クロスでハロウィンにちなんだ仮装大会を開催してみようと思う。

優勝者には豪華商品もあるぞ。

ふるって参加してくれ! −−ノワール


【報酬】

手作りパンプキンケーキ


(文責:シアン)


————————————————



「……なんだろう、これ」


 ブラック・クロス本部の食堂に貼られたミッションシートを見て、ユナはうーんと首を横にひねる。


「ノワールの思いつきでしょう。たまにこういう悪戯みたいなことするのよ。気にすることないわ、私たちは次のミッションへの準備をしましょう」


 アイラがフーッとタバコの煙を吐きながら言う。ルカもミッションシートを見ながらうんうんと頷いた。


「そうだな。報酬のパンプキンケーキには惹かれるけどさぁ……ってシアン!」


 ルカたちの背後にシアンが立っていた。その姿を見て三人はぎょっとする。彼女が着ていたのは、いつもの動きやすい格闘着ではなく、ずっしりと重たげな膝丈まである道士服に、正面に札のついた箱型の帽子。いわゆる、キョンシーという妖怪の格好であった。


「あ、あなた……ずいぶんノリノリね」


 アイラが引き気味に言うと、シアンは涙目で彼女の洋服の裾をつかんだ。


「お願いだからあなたたちも参加して! ノワール、一度言い出したらもう止まらないのよ! 仮装大会終わるまでは他の仕事しないって、未承認の書類がこんなに」


 シアンは腕に抱えている大量の書類を見せる。どれもノワールの承認印が押されていない。ルカたちは背筋がぞっとするのを感じた。ミッションをこなしても、承認印がなければ報酬は手に入らないのだ。


「それに参加しないメンバーにはブラック・クロス本部の掃除ミッションを強制的に与えるとも言っていたわ……うち清掃員さんいないから、相当ホコリが」


「わわわわわかった! やる! やるよ!」


 ルカが慌てて返事をすると、シアンはそれまでの必死そうな表情は嘘かのようにニコッと穏やかな微笑みを浮かべた。


「本当? ならすぐに用意してね。今日の午後には仮装大会を始めるみたいだから、今から準備しないと間に合わないわよ」







--コンコン。


 扉をノックする音。


「ユナ、準備はできた?」


 ルカの声がする。そろそろ仮装大会が始まるのだ。


「こ、こんな感じで大丈夫かな……」


 本部に割り当てられた自室から出てきたユナは、自信なさげに俯きながら言った。つば広の三角帽子に、黒いローブ。それに小道具として箒も手に持ってみる。


「よく考えたら安直だったかな……魔法の国出身だから魔女だなんて」


 恐る恐る見上げてみる。ルカはオオカミをかたどったフード付きの茶色の毛皮のパーカー着ていた。よく見ると、背後にはパーカーと同じ色の尻尾がつけてある。オオカミ男の仮装なのだろう。ルカはレプリカの牙をつけた歯を見せて笑った。


「似合ってるよ。魔女っ子って感じで可愛い」


「え……」


 ぼっとユナの顔が赤くなる。ルカは普段、こういう気の利いたことをあまり言わないはずだ。ユナがルカと顔を合わせられないでいると、カツカツとハイヒールの足音が近づいてきた。


「あらあら。ユナのことそのまま食べちゃう気? オオカミ君」


 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべるアイラ。しかしルカは茶化されていることに気づかなかったのか、平然と聞き返した。


「あれ、アイラは仮装しないのか?」


「私は審査員側に回ることにしたのよ。ノワールに頼みこんでね」


「なんだそれずっりーぞ!」


「要は参加さえすればいいんだから、派手な役どころは若者に任せるわ」


 そう言ってアイラは颯爽と居室区域の階段を降り、仮装大会の会場となっている食堂へと向かう。ルカとユナも慌ててそのあとを追った。


 会場にはすでに仮装した義賊のメンバーたちがぞろぞろと集まっていた。外部の任務に出ているメンバーも含め、ブラック・クロスは総勢五十人にもなる組織だ。それだけの人数が一堂に会して仮装をしているとなると、いつも過ごしている場所でもなんだか非日常のように思えてくる。


「なんか仮装してるとみんな別人みたいだね」


「確かになぁ……あれ、リュウも参加してるのか」


 ルカは腕組みして座っているリュウの方へ向かう。彼は足元まである長い黒のローブを着て、顔には黒い隈取りのような化粧をしている。鬼人化をしているようで、皮膚は赤く、生まれつきの額の一本角が余計に異形らしさを際立たせている。ルカたちが近づくと、腰に挿していたスティックを手にとってグリップの部分についたスイッチを押した。両端から赤い光の刃--もちろんレプリカだろう、レプリカであってくれ--が出てきた。


「ずいぶんいかつい格好してんだな」


 リュウに光の刃を喉元に突きつけられ、冷や汗を垂らしながらルカが言うと、リュウは無愛想に答えた。


「こうしていると、俺のモデルになった某敵キャラクターにそっくりになるそうだ」


「おいおい、そんなあっさりキャラデザモデルばらしていいのかな!?」


「知らん。作者がそう言うんだからな」


 すると、会場内でパンパンと手を叩く音が響いた。皆が音のした方に注目する。食堂の奥にテーブルを寄せて作った舞台のようなものがしつらえてあり、そこにノワールが立っていた。横には審査員に回ったというアイラとキョンシーの格好をしたシアンもいる。


「よーし、お前ら集まったな! みんなここの審査員席まで来て、自分の仮装のアピールをしてくれ。第一声はもちろん『トリック・オア・トリート』だ! 一番仮装のレベルが高いやつに報酬を与えよう! それじゃあ今から審査を始める--!」







 半分くらいのメンバーの仮装アピールが終わったところで、アイラはだんだん飽き始めていた。


(私……なんでこんなことやっているのかしら)


 隣の席に座るノワールは最初からずっと同じテンションで仮装したメンバーと色々楽しそうに話していたが、そもそも皆仮装には不慣れなのかネタが被っている者が何人もいるし、仮装したキャラクターになりきれていないのはざらのことだった。


「お、次のは……ヴァンパイアだな!」


 吸血鬼の仮装をしているのはこれで三人目だ。アイラは呆れながら顔を上げる。


(あれ、こんな人いたっけ……?)


 高身長でスラリとした背丈の男が壇上に上がってくる。色素の薄い髪、まつげ……化粧をしているわけでもなく肌は色白く、紫に彩られた唇はいかにも吸血鬼らしい。すっと高い鼻に切れ長の目がどこか余裕あり気な微笑みを作り出す。


(いけない、いけない……古株の私が見た事ない人間がいるはずないじゃない)


 アイラは一瞬見惚れてしまった自分を戒めるように首を横に振り、声を低くして聞いた。


「あなたは誰? 見ない顔だけど--」


 すると、彼の上半身がふわりと折られ、その整った顔がアイラの顔にいきなり近づいてきた。


(な、何……!?)


 動揺しまいと平静を装うアイラ。耳打ちをするつもりだろうか--と思えば、首元に温かい感触と、チクリとした痛み。




「……ふふ。ボクだよ、アイラ」




--その声は聞き覚えがあったし、この行為も実は過去に一度だけやられたことがある。




 会場内に銃声が響き、どよめきが上がる。舞台上に立ち昇る硝煙。吸血鬼の格好をした男は難なくそれを避けたようだ。そう、いつもの仮面をしていないから、誰も彼の正体が分からなかったのだ。


「もーーーー許さないっ! 今日で息の根を止めてやるわ! 覚悟しなさいクレイジー!」


「ふふっ。アイラはいくつになっても可愛いなァ」


 アイラが室内ということも忘れてクレイジーを狙い撃ちするが、彼は余裕の表情でひょいと身軽に躱す。


「あ、アイラ……髪の毛がメドゥーサみたいに逆立ってるよ……」


 シアンのツッコミ虚しく、怒り狂うアイラの銃弾に当たるまいと会場は散々に乱れてしまった。






「ったく! これじゃあ台無しじゃないか! まだ優勝者は決まってないのに……!」


 ノワールは入りみだれる会場を眺めながらも審査員席から動こうとはしなかった。すると、一人の女が壇上に上がってくる。


「じゃ、私はどうです? トリック・オア・トリート」


 ノワールの目の前に現れたのはキョンシーの姿。帽子からこぼれる長い銀髪のかつらと、顔を半分隠す札のせいで、いつも見ているはずなのに一瞬誰だか分からなくなる。


「ああ、なんだシアンか。アイラを止めに行ったんじゃないのか」


「ええ。でも私の事もちゃんと見てほしくて」


 そう言ってシアンは両手を前にだらんと伸ばし、両足を揃えたままピョンピョンと跳ねてみせる。伝承に聞く通りの妖怪の姿に、ノワールの心は躍った。


「シアン、お前そこまで乗り気だったのか……! どうせ嫌々やってるんだろうと思って始めから審査対象にしていなかったのに」


「私はノワールのためならいつだって全力ですよ」


 シアンがにっこり微笑むと、ノワールはガシッと彼女の肩を両手で掴んだ。


「よく言ってくれた! お前が優勝だ、シアン!」


「じゃあ報酬はもらっていっても?」


「あ、ああそうか。もちろんだがあれはお前が……いや、そんなに欲しいのなら止めはしない。持っていけ!」


「ありがとうございます、ノワール」






「あれ? 報酬のケーキはどこに?」


 しばらくして息を切らしながら審査員席に戻って来たアイラが尋ねる。クレイジーは軽い身のこなしでアイラの銃弾をすべてかわし、ついには見失ってしまったらしい。


「もう祭りは仕舞いだ。さっきシアンが優勝して持って行ったんだからな」


 ノワールが満足げに言うと、アイラの後ろからシアン本人が現れて、眉をひそめた。


「何言ってるんですか? 私はさっきまでアイラを止めるのに必死だったんですけど……それに、報酬を持っていくわけないじゃないですか。あれ私が作ったケーキなんだし」


「「ええ!?」」


 ノワールもアイラも思わず大きな声を上げる。もちろん、二人が驚いた理由はそれぞれ違うものだが。


「あのケーキ、あなたが作ったものだったのね……知ってたら誰も参加しなかったわよ」


「ひどい!」


「ちょっと待て、じゃあさっきのシアンは一体誰だったんだ……?」


 三人は顔を見合わせる。しかしシアンと同じ格好をした人物はすでにその場にはいなかった。残っているのは、散らかった仮装やハロウィン用の装飾の残骸ばかりだ。


「まさか……なぁ」






--一方、本部から少し離れたとある海辺では。



「どうでした? ブラック・クロスのハロウィンパーティは」


 二人乗りのボートで、キョンシーの姿をした女を出迎えた男が尋ねた。


「なかなかカオスなことになってたよ。まぁ報酬はもらってこれたし、偵察以上の価値はあったかな」


 そう答えた彼女は、仮装用の帽子を外した。かつらではなく地毛であった銀髪が潮風になびく。彼女は報酬としてもらってきたパンプキンケーキを口に入れると……ぎゅっと顔をしかめた。


「げ。このケーキすっごく不味いよ。ウーズレイ、あんたにあげる」


「要りませんっ」





〜7,000PV Thanks!〜


by Beni Otoshima (2016.10.02)


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