番外編6 鍛冶屋の二人【6000PV Thanks!】 ※mission3-34以降




 正直、あんたがその選択肢を取るとは思わなかった。いつだって自分の思うがままに根無し草。それがあんただったろう--




「ガザ! また私のレポートを勝手に写したな!」


「もう気づかれたか。いいだろ別に、減るもんじゃないんだし」


「そういう問題じゃない! 街の金を使って留学させてもらってることを忘れるんじゃないよ!」


「別に時間を無駄にしてるつもりはねぇよ。あんなレポート書く時間があったらナスカ=エラの街を歩き倒した方がよっぽど刺激的だって話さ」


「あんたってやつは……!」


 ナスカ=エラの街の広場のベンチで、ガザは私の方を見ずにそう返事をした。スケッチブックに何やら書き込みをしている。覗きこむと、街の建物や道具の模写にその構造図、そしてその隣に彼なりの考察がびっしりと書かれていて、私はそれ以上の言葉を飲み込まざるを得なかった。


 十五年くらい前だったか。私とガザはキッシュの留学制度でナスカ=エラに来ていた。


 入国時点からこの土地を治める大巫女マグダラと一悶着あったが、その後無事に学府に入学できた後もガザはまともに課題をやらなかった。座学の授業の時間はいつもサボってこうして街に出ている。しかしそれでも彼を退学に追い込もうとする者はいなかった。誰もが気付き始めていたのだ。彼が天才だということに。


 実技の授業で彼が作った試作品は最新鋭の機能を搭載した銃だった。ガルダストリア製の拳銃の構造をベースに、ルーフェイの呪術を機構に組み込み火力を上げたものだ。発想はいたってシンプルだったが、その二国が当時一触即発の状況であることを知っている常識人であるならば、それを実現しようとはしなかっただろう。だが彼はやってのけてしまった。後から聞いた話だが、結局あの時の試作品は両国軍の目に留まって注文が殺到したんだそうだ。


「軍からスカウトがあったんだって?」


 私が尋ねると、ガザは相変わらずスケッチブックから目を離さないまま答えた。


「ああ。でも断るつもりだ。これからはもっと武器が必要な時代になる。俺はあくまで武器職人でいたいんだ。だったら軍属になるよりキッシュにいた方が自由に作れるだろ」


 ガザの瞳は楽しげにキラキラと輝いていた。本人に直接言ったことはないが、私はこの時のガザの表情を少しだけ恐ろしいと思ったんだ。






 それからしばらくして私たちがキッシュの街に戻った頃、世の中の流れはガザが言った通りになった。二国間大戦が始まり、軍需がやってきてキッシュの職人たちはこれまでになく忙殺された。当時私が師事していた親方の工房もその例外ではなかった。


 初めは自分たちが必要とされているということに職人たちは歓喜した。しかし五年経っても終わりのない見えない戦争に、今思えば少しずつ私たちの理性はどこか狂っていって、気づかぬうちに神経をすり減らしていたのだと思う。


「親方……この前の発注が白紙になったって、どういうことですか?」


 納期に間に合うよう、徹夜で作った刀剣数十本が丸ごと送り返されてきて、私は思わず親方に尋ねていた。理由は分かっていたのに。


「わかっているだろう。発注元の軍隊が潰れたんだよ。エルロンド軍の一隊だったが、軍本隊でも引き取れるほどの余裕がないらしい」


「そうですか……」


 親方も深い溜息をつく。戦争が始まってからというもの、私の親くらいの年齢のはずの親方は年不相応に老けてしまったような気がする。


「あの国ももうダメだな。富裕な貴族の国というイメージは戦争でずいぶん廃れたようだ。ファブロ、お前も今のうちにしっかり力をつけておけ。この先何が生き残って何が滅びるか分からない時代だ。たった一人になったとしても食っていける技術をつけておくんだ」


 ぎくりとする。私は迷っていた。もう鍛冶職人をやめてしまうということも正直考え始めていたのだ。このまま続けていても、私が作るものは戦争で誰かを殺すためのものでしかなく、技術をつけたところでガザのような天才になれるわけでもない。


 ガザが例の話をしてきたのは、そんな時だった。


「おいファブロ! ファブロはいるか!」


 ノックもせず工房の扉を開け放ち、この暗い雰囲気とは対照的なガザの生き生きとした顔に、私は心底うんざりしたのを覚えている。


「なんだいガザ。今親方と話しているんだ」


「いいから聞いてくれ! 俺はついに最高傑作を作ったぞ!」


「最高傑作?」


「ああ、間違いない! 胸を張ってそう言えるぞ! 戦争を終わらせることだってできるかもしれない!」


 興奮して普段より早口になっている。いつも飄々としていて楽観的な男ではあるが、ここまでの熱を帯びた様子はなかなか見たことがなかった。


「一体どういうことだい? 戦争を終わらせるだって……」


「ヴェルンドのじいさんでも叶わなかったことを、俺はついに成し遂げたんだ!」


「! まさか」


「ああ、あの禁忌の石を組み込んだ剣だ! たったひと薙で一個師団を殲滅することもできるだろう! これに敵う武器はそうそう作れやしない。俺は今からあの剣の晴れ舞台を見届けに行く! きっと戦争が終わる瞬間が見られるはずだ。お前も一緒に行かないか!」




 私は嬉々として話す彼の言葉の途中で、すでに片手を振り上げていたように思う。




--バチンッ!!


「ガザ、あんた……自分が何を言っているのか分かっているのかい!!」


 ガザは驚いて何度も瞬きをしながら、私が叩いた頬をさする。


「なんだよファブロ……お前も職人なら分かるだろ? この武器の凄さを! 一緒にナスカに行った仲じゃねぇか。よくこの町一番の鍜治屋になるのはどっちかって話で喧嘩したろ? お前ならわかってくれると思ったんだが」


 ああ、この男はずいぶん遠いところへと行ってしまったらしい。私の中で、その想いが確信に変わった瞬間だった。


「……買いかぶりすぎだ。私はあんたみたいに、理性をすっ飛ばしてまで天才になる気はないんだよ」


 抗議をしようとしたガザを私は無理やり締め出した。


 創世神話に言い伝えられた『終焉の時代ラグナロク』が始まったらしいというのと、ガザが戦場に行ったきり行方不明だというのを聞いたのは、その後すぐのことだった。








 戦場から離れたここキッシュでも、終戦後にちらほら難民の姿を見かけるようになった。中には戦争だけでなく破壊神が引き起こした震災のせいで親を失った子どももいるらしい。


 軍需が終わり、親方が病に倒れ、全く余裕のある状況ではなかったが、私は二人の子どもを引き取ることにした。ジョルジュとフレッド--彼らに同情したというよりも、ガザを止められなかったことへの罪滅ぼしの念の方が大きかったのかもしれない。


 しかし彼らを引き取ったことが鍜治屋を続ける大きなきっかけになったのは間違いない。二人の少年を育てるには金が必要だったし、彼らの未来を示すために自分が道標みちしるべになってやらなければならなかった。




 自分が年長者となり三人で暮らすという生活にも慣れ始めたそんな時、ガザはふらっと帰ってきたのだ。


「今までどこに行ってたんだい……! 皆心配していたんだよ……!」


 すでに寝入っているジョルジュとフレッドを起こさないよう声を殺して問うと、ガザはへらっと笑う。無精髭を生やし、伸びた髪を後ろで雑に束ね、すっかり日焼けしたその様子は、最後に見た彼の姿とはずいぶん様変わりしていた。


 ガザは背負っていたバックパックから二本のキッシュブランのボトルを取り出し、一本を差し出してきた。私はそれを受け取り、ガザのボトルと響かせる。


「あれから色々あってな。戦場で知り合って面倒見てた女が手離れしたから、一度戻ってきたんだ。しっかし驚いた! ファブロ、お前がまさか子育てしているなんてな」


「時代が変われば人も変わる。思っていたより簡単じゃなかったね。だが、私も彼らの存在には救われているよ」


「そうか。それは良かった。知らないうちに俺のできないことに手を出していたんだな、お前は。悔しいが少し羨ましいよ」


 ガザの口から羨ましいなどという言葉が出るなんて思いもしなかった。私でさえ常々頭の中にはありつつも吐き出さなかったその言葉はなんだか苦々しくて、私は誤魔化すようにボトルの中の酒を一気に煽った。


「……あんたはこれからどうするつもりなんだい」


「『終焉の時代』を引き起こしてしまったけじめをつけるつもりだ。鍛冶屋をやめる。ちゃんとヴェルンドのじいさんの墓の前で叱られてからにしたくてよ、それで戻ってきたんだ」


「やめるだって?」


「ああ。もう二度と武器は作らない」


「ふざけるな!!」


 思わず大きな声が出た。子どもたちの寝室にも響いてしまったのだろう。キィという音がして、寝ぼけまなこのフレッドが部屋から出てきた。


「ファブロ……どうしたの……?」


 私はふらふらと寄ってくるフレッドを抱きしめ、背を撫でてやる。彼の家族を奪った大震災は、彼がすでに眠りについていた時間に起きたのだ。目を覚ませば共に暮らした家族の姿はすでになく--運が良いのか悪いのか、フレッドだけが生き残ったのだという。それ以来眠りが浅く、ちょっとの物音でも目が覚めてしまうらしい。


「この子はね、破壊神が引き起こした地震で親を亡くしたんだ。身寄りがなく、『終焉の時代』が始まった絶望の時代でも必死に物乞いをして生きようとしていたんだよ。なのにあんたは何だい! 鍛冶屋をやめれば罪から逃げられるとでも思ってるのか!? 楽しようとするんじゃないよ!」


「だが、俺が武器を作り続けたらまた……」


「だから頭使って考えな! あんたの腕は一体何のためについているんだ? ものを作ること以外で何かできるほど器用な男じゃないだろ。償いをする気があるんなら、力を全部使い果たすくらいのつもりじゃないと何の意味もないんだよ!」


 半分は自分に向けた言葉だった。結局私も、職人であり続けることでしか二人の子どもを養えない。


 ガザは考え込んでしまったのか、それから何も答えなかった。翌日私たちが朝起きる前にはもう家を出て行っていたのだが、それが逃げでないことはすぐにわかった。彼が泊まった部屋には、大量のメモ書きがぐしゃぐしゃに丸められていくつも転がっていたのだ。神器--それが、一睡もせずに編み出した彼なりの罪滅ぼしの方法だった。







「そんなあんたが、まさか今度はキッシュの復興に力を尽くすことになるとはね」


 元々ヌスタルトに勤めていた工員たちに工場改築のための指示を出しながらガザは答える。


「なに、神器職人をやめるつもりはないさ。世話になるだけなっておいて、この街に恩返しできてなかったのも気がかりではあったからな。俺にできることがあるんなら協力させてもらうよ」


「そうかい。こっちにとっちゃありがたい話だけど、なるだけ早く神器職人として復帰してやりな。それはあんたしかできないことなんだからね」


「ああ、もちろん。それにちゃんと見てやれてなくて悪かったと思ってるんだ。フレッドにジョルジュ--お前が面倒見てるとなんだか自分が父親にでもなった気分でよ」


 私は思わず吹き出した。この男の頭のどこにそんな感覚が残っていたのだと言うのだろう。


「……気色の悪いこと言ってんじゃないよ! 散々ほっつき歩いて旦那気取りかい!? あんたみたいな放蕩男なんざ、金積まれたって願い下げだね!」


「んなっ! 言ったなこのアル中女!」


 バシンと大きな背中を強く叩く。好敵手とか、同期とか、友人とか、ありふれた言葉で括るのは難しい関係だと思う。だけど、これだけは間違いない。




「……まぁ、あんたと私がいれば、この街は絶対立ち直れるさ」




 ガザが大きく頷く。その目には日々活気を取り戻していくキッシュの街並みがしっかりと映っていた。





〜6,000PV Thanks!〜

by Beni Otoshima (2016.08.28)



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