番外編5 器用な彼の欲しいもの【5000PV Thanks!】 ※mission3-29以降
「あなた名前はァ?」
「ウーズレイと申します」
アシンメトリーのストレートヘアの青年は、うやうやしくその店のマスター・アダムに頭を下げる。
営業終了後、客のいない静かな社交場。夜のムードを高めるための刺激的な色のインテリアも、差し込む朝日に照らされればどこか落ち着いて見える。
蛍光色の髪にきついパーマを当てた肉付きのいいマスターは、営業時間中のにこやかな応対からは想像すらできないほど気だるげにタバコをくわえ、面接に来ている青年の整った顔に向かって煙を吹きかけた。しかし青年は柔和な笑みを崩さない。
「出身はァ? この街じゃあ見ない顔ねェ」
「北のヴェリール大陸です。地元では色々とあって、今は各地を転々とする身ですが」
「色々、ね。そんな人間を雇ってウチに何かメリットがあると思うのォ? 甘いわねェ、ウチはキッシュが誇る大人の遊び場。従業員の質に妥協するつもりはないの。それがボーイであろうとね」
呆れたように言い放ち、アダムは席を立とうとする。しかし青年は動じずにこやかに微笑んで彼女を見上げた。
「だからこそです。処世術は心得ていますし、必要とあらば情報収集もこなしてみせましょう。いずれも生き抜くために必要だったので、幼い頃より必死で身につけたものです。……それに」
青年はゆっくりとした動作で立ち上がり、声を低めて言った。
「何か問題があれば私に罪を着せて追い出せば良い。扱いやすい捨て駒も時には必要でしょう?」
アダムは目を細めてその青年の表情を見る。そこに頑なに貼り付けられた笑顔は余裕ありげに見えるが--なるほど必死で生きて抜いてきたと言うだけはある--まるで引き下がる気のない強い芯のようなものを奥に感じる。アダムは大声で笑い出した。
「良いわねェェェェその自信! 気に入ったわ。今夜から入ってちょうだい。仕事はその時に教えてあげる」
「ありがとうございます」
ウーズレイは深々と頭を下げた。この優雅な所作の裏には一体どんなものを秘めているのだろう。アダムは興味深くその様子を眺めた。
「どうやら上手くインビジブル・ハンドに潜入できたみたいだね」
夜。人影の少ない薄暗い路地の中で、二人の男女が声を潜めて話している。
「早速今日から働いてみましたよ。商業派の工員の話も聞けました。やはりあなたが予想した通り、神石を手にした可能性が高いのはこの街の町長・アンゼルのようです。なんでも最近急に宝物庫の鍵を厳重にしたとか」
「宝物庫、か。その様子じゃ共鳴者ってわけじゃなさそうだね。共鳴者と違って持ち歩いていない分、かえって狙いにくいなぁ」
女の方はハァとため息を吐く。世界の権力者たちを震撼させている
「……それにしても、たかがクラブの面接で本名と出身地を明かすなんてどうかしてるよ。正体がバレたらどうするつもりなのさ」
「ターニャ、修道服も似合っていますね」
「会話する気あんの」
ムッと口を尖らせる彼女に対し、ウーズレイは軽やかに笑った。
「大丈夫です。ヴェリール大陸出身と言ったらガルダストリアの人間だと思われるのが普通です。誰も気にしちゃいませんよ、人間の歴史の恥として忘れ去られた
「君はよくもまぁ自分の生まれ育った国のことをそこまで言えるね」
「そうですか? まぁ、消えてくれて良かったと思ってますからね。……それよりも」
ウーズレイはベストの胸ポケットから細長い小箱を取り出した。中に入っているのはアンティーク調の丸眼鏡。それをすっと女の顔にかける。
「あなたの瞳は強すぎる。こんなに引き込まれる目をしたシスターなど普通いませんよ」
少しだけ彼女の頬に紅がさした気がした。いや、それは苛立ちによるものだったのかもしれないし、薄暗いから青年自身の妄想によってそう見えただけなのかもしれない。いずれにせよ、次に彼女が取るアクションは想定通り--みぞおちへの激しい突きだった。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
店内に銃声が響き、客も従業員も大混乱の状況の中、息を切らして店に入ってくる修道女がいた。
「いらっしゃいませ。おや、ここはあなたのような修道女が来るようなところでは--」
受付にいたウーズレイが声をかけると、丸眼鏡の奥からキッと睨まれる。彼女は声を潜めて言った。
「(下手な演技をするな。かえって怪しまれる)」
「(おお、それは失礼しました)」
「(ブラック・クロスたちは?)」
「(奥のVIPルームです。その前に、これを)」
ウーズレイは小さな銅の鍵を彼女の手に握らせた。客の荷物から拝借したものだ。
「(……ちゃっかりしてるね、君)」
「(ありがとうございます。で、ご褒美は?)」
青年が期待の眼差しで彼女の表情をうかがう。しっかりと手を握ったまま。穏やかに微笑みつつもその握力の強さに、彼女は観念したように言った。
「(……面倒くさいな君は。今はそれどころじゃないだろ。あとで考えるよ)」
「(ふふ。お願いします)」
「……というわけで、そろそろご褒美をくれてもいいんじゃないですか、ターニャ」
キッシュの街を出て、彼らは海の上にいた。民間人も多く乗る連絡船の中、ガルダストリアの貴族に変装した二人のことをキッシュの町長を暗殺した主犯だと疑う人間は誰もいない。
ウーズレイが彼女の顔を覗き込むと、小さく舌打ちが聞こえてきた。
「君はあれだな、根に持つタイプの男だな」
「はは、すみません」
いつもより声が低い。怒らせてしまっただろうか。それに彼女は船があまり得意ではないから、体調も優れないのだろう。こういう時にしつこくしすぎるのも良くない。そう思って青年が身体を引こうとすると--ぐいと腕を引かれ、頬に小さく柔らかな感触。
「--ふん。今は恋人同士の貴族という設定だから、それに乗ってやっただけだよ」
彼女はそう言ってぷいとそっぽを向く。
「それも演技ですか」
「さぁね。君ごときには見抜かれないよ」
「全く、あなたという人は……。私はどこまでもついていきますよ。どんなに敵が増えようと関係ない。だって私たちがかつて暮らしていた地獄よりも酷い場所なんて、この世界のどこにもありませんから」
返事はなく、船べりにもたれかかる彼女の目線はどこか遠くを見ている。方角は北の大陸の東側、ガルダストリアではなく自分たちの故郷の方である。彼女はそっと自分の首のチョーカーに手を添えた。その様子にウーズレイは胸に針が刺さる思いがして、そっと彼女の肩を抱く。拒む様子はなかった。
今はまだ彼しか知らない。銀髪女の首元に隠された、痛ましい傷跡のことを--。
〜5,000PV Thanks!〜
by Beni Otoshima (2016.07.04)
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