番外編3 旅するダンデライオン【3000PV Thanks!】 ※mission1-31以降


「あ、あれは……」


 街道を歩く途中、ユナがふと立ち止まった。しゃがみ込み、何かを見ている。横から覗き込んでみると、ユナは道端に咲く黄色の小さな野花を見つめていた。


「アルフタンポポがどうかした?」


 ルカが尋ねると、ユナはぷっと吹き出した。なぜ笑われたのだろう。ルカが首をかしげていると、ユナはタンポポの花びら--いや、確かあれは一枚一枚が花びらではなくて花なんだっけ--をプツンと一枚抜いた。ユナはその花を裏返してルカに見せる。花びらの裏にうっすら薄桃色の筋が入っていた。


「ほとんど見た目は変わらないけど、これはシマタンポポ。コーラントによく自生しているものだよ」


 そう言ってユナは空を見上げる。一面に青い空が広がり、季節が変わって色づき始めた草花とのコントラストが眩しい。


--ビュウッ


 強い風が吹いた。このあたりでは春になる頃によく吹く偏西風だ。ルカの金髪と朱のバンダナが風になびく。目を凝らしてみると、空中で白いタンポポの綿毛がゆらゆらと心もとない動きで漂っていた。




***



「うっ……ぐすん……うぇええええん。お母さぁぁぁぁぁぁん……」


 一人の幼い少女が、人気ひとけのない飛行場を泣きながらとぼとぼと歩く。涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。しかし彼女は知っていた。コーラントの飛行場は滅多に人が来ない。飛行場の奥の小高い丘であればそれは尚更だ。春になると黄色いタンポポが一面に咲くその丘は、彼女の母親が歌を練習する際によく使っていたと言われる場所で、今では彼女が人目をはばからず思いっきり泣くための場所になっている。


 タンポポの丘にたどり着き、少女は座り込んで思い切りむせび泣く。黄色い花は満開だというのに、気持ちは全く晴れなかった。


(どうせ夕方になればミントがさがしにくる。それまでになみだを枯らしておくんだ。おしろで泣くわけにはいかない。わたしはコーラントのおひめさまなんだから)




--ガサッ




 誰もいないはずの丘で急に物音がして、少女は思わず飛び跳ねた。すぐそばで金髪の少年があくびをしながら起き上がる。コーラントの漁師のシンボルでもある、水色のつなぎを着ている。少年は深緑色の寝ぼけまなこでこちらを見てきた。


(な、泣いてたのがばれちゃった……)


 少女は慌てて涙を拭い、きゅっと口をへの字に結んで少年に背を向ける。


「わっ、わたしは泣いてなんかいません! タンポポで花かんむりを作りにきただけですっ!」


 少年は何も言わなかった。


(ああ、この人にもきっとばかにされるんだ……)


 拭ったばかりなのに、目尻にまたじわりと涙がにじむ。すると、ぽん、と頭の上に温かい手が乗せられた。振り返ると、金髪の少年はにっこりと微笑んでいた。優しげな表情に、不思議と緊張が解けていく気がする。


「何かあったの、ユナさま。僕で良かったら話を聞きますよ」




 彼とは初対面である。しかし彼の穏やかな雰囲気に安心して、ユナはポツリポツリと自分がなぜ泣いていたのかを話し始めた。ミントの他に打ち解けて話せる相手のいないユナだったが、今回限りは彼女に話せる内容ではなかったというのも、一つの理由だったのかもしれない。


「それで、お城の使用人たちがユナさまの悪口を言っているところを聞いてしまったんだね?」


 ユナはこくりと頷く。先日、自分が魔法を使えないということが分かってからというもの、あらゆる人々に冷たい目で見られているのには気づいていた。目の前で国民に悪口を言われることだって何度もあった。傷つきはしたが、ユナにはミントがいた。どんな時もミントは自分の味方をしてくれる。そんな自信があったのだ。しかし、今日でその自信は容赦なく打ち崩されてしまった。


「ミントもしようにんだから……あの人たちといっしょに、わたしのわるくちを言っているかもしれない……」


 再びユナの目に涙が溜まる。少年はよしよし、と少女の頭を撫でると涙を拭ってやった。


「それなら僕と仲間だね」


「なかま……?」


「僕も街じゃ嫌われものなんだ。父さんが外の世界にばっかり行きたがるから、コーラントを乱すだって言われてさ。同い年の子たちにはさけられてるし……」


 少年は困り顔でへらっと笑う。同じ嫌われ者のはずにどうしてこの人は笑顔でいられるのか、ユナは理解できずに眉をしかめる。


 少年は少しの間黙って何かを考えていたようだが、やがてぱぁっと表情を輝かせて言った。


「そうだ、それなら嫌われ者同士、僕と仲良くしてよ。ちょうど手伝ってほしいことがあってさ!」


「え、ちょっと……」


 少年はユナの返答を無視して丘の向こう側まで走っていく。仕方なくついていくと、彼は錆びた何かの部品のそばに立っていた。幼いユナの身長ほどの大きさがある。近くで見てみると、それは飛空艇に取り付けられるターボエンジンの残骸であった。かつて破損したものがそのままここに取り残されていたのだろう。少年はつなぎのポケットから軍手を取り出し、ターボエンジンからファンの部分を取り外した。そしてユナに向かって手招きをする。どうやら丘の上まで運びたいらしい。


「ね、ねぇ……こんなの運んでどうするの……」


 金属製のファンはなかなかの重量があり、子供の力では二人がかりで引きずって運ぶのがやっとだった。ユナは息を切らしながら少年に尋ねる。少年は嬉々とした様子で答えた。


「今から、コーラント史上初の実験をしてみるのさ!」


「じっけん……?」


「そう! コーラントの島以外にシマタンポポを咲かせることができるかの実験だよ。ほら、この季節になると強い風が吹くでしょ? あれを利用したら軽々と外の世界に出られるんじゃないかと思って。父さんには笑われたけど、やってみなきゃわからない。だからまずはコーラントしか咲かないと言われてるシマタンポポを使って実験するんだ」


 楽しそうに話す少年の横顔を見て、ユナはつられて微笑む。すると、少年はすかさず彼女を指差し、悪戯な笑みを浮かべて言った。


「あ、笑ったね」


 ユナは急に決まりが悪くなり、顔を赤らめる。少年はそれを見てあははと笑って言う。


「父さんがよく言ってるんだ。つらいことがあっても笑ってろ、って。しあわせをつかさどる神さまは人間のえがおが大好きだから、笑ってる人にしか寄ってこないんだって。まぁそんな神さま、そうせい神話にはのってなかったんだけどね」




 少年はファンを丘の上に立てて、レバーのようなものを中央部に取り付けた。このレバーを回せばファンが回る仕組みだ。


「よーし、いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 少年は体全体を使って力いっぱいレバーを回す。ゆったりとファンが回転し始め、ゴォォという風音が鳴った。ファンの正面に生えていたシマタンポポが風になびいて、綿毛を次々と飛ばしていく。真っ青な空に、小さな白い綿毛がいくつも浮かんだ。風向きは良好。順調に海の方向へと飛んでいく。ユナはその光景に見とれて、思わず叫んでいた。


「がんばれぇぇぇぇぇっ!」




 目の前のシマタンポポの綿毛が全て飛んで、茎とまだ綿毛になっていない花だけが残ると、少年は力尽きたようにその場にしゃがみ込んだ。


「やった……やったぞ……!」


 いつの間にか汗だくだ。おまけにファンを運んだ時に洋服に錆がついてしまった。きっとミントに怒られる。--そう、ミントは怒ってくれる。ひそひそと悪口を言う人とは違って、ちゃんと自分に向き合ってものを言ってくれる。ミントが怒る顔を想像すると、なぜだか笑みがこぼれた。


 そろそろ帰らなきゃ、と立ち上がる少年にユナは疑問に思っていたことを口に出す。


「ねぇ、そういえばシマタンポポが外の世界で咲いてるかどうか、どうやって確かめるの?」


 少年はピクリと肩を震わせて固まってしまった。


「……! そ、それはいつか自分が旅に出た時に……」


 ゆっくりと振り返る少年の顔は真っ赤だった。ユナはそれを見て涙が出るほど笑った。なんだか気持ちが軽い。「しあわせをつかさどる神さま」は、本当にいるのかもしれないと思えてきた。




「あの……ありがとうね。今日は楽しかったよ。よかったらまたあそぼうね。えっと……」


「キーノ・アウフェン。それが僕の名前。こちらこそよろしくね、ユナさま」


「ユナでいいよ。だって、”なかま”なんだから」


「分かったよ、ユナ」





***



「おーい、アイラが戻ってきたからそろそろ行くよ」


「はーい」


 ユナはルカに向かって返事をすると、綿毛になっているタンポポを一つ摘んで、ふっと息を吹いた。綿毛はふわりと風に乗って、青空に溶け込んでいく。またどこかで花を咲かせるまでの長い旅が始まったのだ。




(きっとあなたにもいつか会えるよね……キーノ)




 ユナは立ち上がり、にっと笑顔を作ってみる。どこで「しあわせの神さま」が見ているか分からないのだから。








〜3,000PV Thanks!〜


by Beni Otoshima (2016.04.09)



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