「彼女の居ない世界」4

「俺、花さんに惚れてたんだ」



ギョッとした。そしてそのまま絶句。

それは考えてもなかった事で、驚きの告白だった。



「ごめん、隠してて」


「な―― いつから?」


「いつからだろ?花さんは何か隠してる事があるなって、最初はそれが気掛かりなだけだったんだけど、大輝と交えて3人で遊んでる内に、気付いたら好きになってた」


「お、おいおい、マジかよ」



驚き意外何の感情も湧かない。怒りはないし、悲しいとか裏切られたなんて気持ちもなかった。圭太は裏切るような奴ではないという事も知っていたし。



ただ、本気で気付かなかった。



「そんな感情を持ったまま唯と付き合うのは失礼だろ?だから別れたんだ」


「こ、言葉がでねぇよ」


「そりゃそうだよな。大輝だけではなく、誰にも言ってなかった気持ちだから。それに、略奪してやろうとかそんな事は勿論思ってなかったし、2人のことは心から応援してた」


「えっと―― 何かごめん」


「何で大輝が謝るんだよ。俺は別に花さんと何かを望んでたわけじゃないんだ。ただ好きだっただけ。それだけだよ」



分からない。圭太はいつも俺とは全く違う価値観を持っている。

それでいて、真似しようと思っても出来ないほど心から人に優しく接する奴。

自分とは真逆だからこそ、全くをもって理解出来ない。



普通は誰かを好きになってしまったら、自分のことも好きになって欲しいと思うものなんじゃないのか?俺だったらそれに付随して、何としてでも手に入れたくなる。



「とにかく、花さんは大輝と居て幸せだったんだ。俺にとっては、そこが1番重要な事なんだ」


「だけどこんな事になるなら、意地でも手に入れておけば良かったっつー後悔とか感じないのか?」


「その後悔はない。ただ、何も望んではないけど、好きだったって気持ちだけは伝えておけば良かったかもなっていう後悔はある、かなー?」



首を傾げながら自信なさげに言うその姿は、そこまで強い覚悟で伝えたいとは思っていない様だった。圭太は多分、俺達の幸せを傍で見てるだけで充分だったんだ。全く理解は出来ないけど。



それにしても、サークルの奴等といい圭太といい、勿論俺といい、彼女は多くの人から愛され慕われていた。なのにも関わらず黙って消えるとは良い度胸だ。



あんなにもインパクトのでかいキャラのくせして、変に後ろ向きで、その内みんな自分の事なんか忘れるみたいな発言が多かった事が、今となってはもどかしいような苛立ちを覚える。今すぐにでも逢って、どれだけ多くの人の心に彼女がべったりと纏わり付いて離れないかを知らしめてやりたい。



だけどもう、それも出来ないんだよなぁ。



彼女に向かって心の中で呟いた。

また喧嘩したいって気持ちは、俺も同じだって事を。



それから俺達は、今まで話さなかった分たくさん彼女の話をした。

そんな風にして圭太と話していたら、ますます心の整理が出来た。

再確認したのは、やっぱり彼女を想う気持ちは変らず、愛しくて大切な存在だということ。



長い時間話終えた後は、2人でドナー登録についての説明を受けに行った。



もしかしたら何処かで、俺達の骨髄を待っている人が居るかもしれない。

その人には家族が居て、大切な人も居て、誰でもいいから助けてくれって願っているかもしれない。その人達の願いを叶えてあげられる人物になれるのなら、それは凄く幸せな事だ。



彼女の事を守りたかった。だけど何もしてあげられない現実がそこにある。

それは酷く胸を痛め、無力だという気持ちになり、自分がこの世に存在していることにさえ疑問を抱いた。



こんな気持ちを味わう人を1人でもいいから減らしたい。

彼女を救えなかった代わりに、見えない誰かを救いたいと願った。






                    ***




年が明け季節は冬真っ只中。たまに雪が降るほど寒い日々が続いた。

そんな中、骨髄提供の為、冬休みを使って入院していた。



病院は比較的いつでも静かで、テレビを観ない限り外の情報が入ってこない。

ふと寂しい気持ちを抱くと、必ず彼女の事を思い出した。

彼女もこんな気持ちで入院していたのだろうかと考える。

そう思うと不憫になり、堪らなく悲しくなった。



頑固で勝気な性格の彼女だったけど、俺にだけは素直に甘えて欲しかった。

辛いとか寂しいとか、一緒に居て欲しいとか弱音を吐いて欲しかった。

時間を持て余していたこともあり、彼女に対して心残りなことばかりが頭を過ぎる。だから早く退院したかった。



そして、心待ちにしていたその日はやってくる。



私服に着替え荷物片手に病室を出た。

看護士の人と一緒に1階の待合室に行き、大きく広がる窓に目を移す。

外は午前中なのに明るくなく薄暗い。木々は痩せ細っている。

その景色を見ただけで寒さが伝わってくるようだった。



彼女との夏はもう、遥か彼方へと消えてしまったように思える。



「お疲れ様。気をつけて帰ってね」



そう言って微笑む40代くらいの女性看護士さん。その人と向き合って挨拶をしようとしたその時、見覚えのある顔が受付に居る事に気付いた。



あれは多分、リンさんだ。



受付の方を指差し、看護士さんに聞いてみることにした。



「あの人って、リンさん、ですよね?」


「あら、どうして横山さんがリンさんを知っているの?」


「えっと、ちょっとした知り合いなんです。だけど何でリンさんが此処に?具合でも悪いんですか?」


「ああ、違うわよ。多分、親戚の子の事でいらしたんじゃないかしら?」


「それって―― 七瀬花のことですか?」



そう聞くと看護士さんは、目を丸くさせ驚いた表情を見せた。

そしてその後、悲しげな笑顔を見せる。



「知らなかったわ。花ちゃんと知り合いだったのね?だったらこれからも励ましてあげて」



会話が噛みあっていないような気がしたが、よくよく考えてみると、彼女を亡くして悲しいのはリンさんも同じだ。初めて会ったのが最初で最後になっていて、それもかなり衝撃を受けた話をされたこともあり、リンさんの気持ちを考える余裕がなかった。



彼女の成長を傍で見守ってきただろうし、俺なんかよりも長い付き合いだ。

だから彼女を亡くした悲しみは底知れないと思う。

リンさんの気持ちを考えて励ましてあげるべきだ。



「そうですよね。俺、自分のことばっかりで、リンさんを励ますなんてこと思い付きませんでした」



看護士さんはキョトンとした顔で黙り込んでしまう。何か間違ったことを言っただろうか。そう思い、俺はその看護士さんに対してキョトンだ。



「それもそうだけど、先に花ちゃんを励まさないと」


「え?」


「今が1番辛い時だから、横山さんみたいな男性に励まされたら元気が出るかもねぇ」



頭の中が整理できず、そのまま何も言えなくなった。そうこうする内に、看護士さんは「お大事にね」と言って立ち去ってしまう。

そのまま暫く立ち尽くして、ハッとしたようにリンさんに目を移した。



一体、どういう事なんだ?

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