「彼女の居ない世界」3

気付けば止め処なく涙が零れ落ちている。

彼女が死んだと聞かされてから、初めて泣く事が出来た。



所々突っ込みを入れたくなるような言葉、自分勝手にどんどん進む会話、切なくて温かいこの感覚、その全てが懐かしい。



たくさん泣くだけ泣いた後、ふっと笑みが零れた。

本当、最後まで勝手な女だ。1人で天国なんか行かせてやるかっつーの。



「一生忘れて―― やらねぇからな」



傍に居てくれているだろうと思い、花に向けてそう呟く。

今まで泣けなかった分、泣くだけ泣いたら肩の荷が下りたような気分になった。

落ち着いてから顔を洗い、身につけている時計に目を移す。



最近は日が落ちるのが早い。

現在午後3時半なのにも関わらず、空は既にオレンジ色になっていた。



「そろそろだな」



手紙を読み終えた後、決意したことがある。

圭太とちゃんと向き合って、彼女の真実を伝えようと思った。

圭太にだって知る権利はある。



そろそろ講義が終わる頃だ。

学校へ向かう途中、念の為にと思い圭太に電話を掛けたが出なかった。



「あいつ、意外と頑固な奴だな」



かつて彼女が俺にしていたように、学校の入り口で張ることにした。

沢山の学生がぞろぞろと帰っていく。久し振りと声を掛けてくる奴等と話していたら、ふと視線を感じた。



圭太が難しい顔をして俺を見ている。

挨拶するように手を上げて合図すると、こっちにやってきた。



「講義も出ねーで、こんなとこで何やってんの?」


「おまえそろそろバイトに向かう時間だろ?だから張って待ってた」


「なんか、前にも似たような事があった気がする。その時は立場が逆だったけどな」


「この後、花が現れたりしてな」



軽く笑い飛しながらそう言うと、圭太が目を丸くさせた。



「花さんの話はしたくねーって言ってたくせに」


「いや、今日は―― 花の話をしに来たんだ」



すると圭太は、再び難しい表情になって黙り込んだ。

何かを考えているようにも見える。

暫く経ってから、表情を変えないまま言った。



「あのさ、3人で花火したあの河川敷に行かね?」


「いいけどおまえ、バイトは?」


「休む」


「素晴らしい」



長い付き合いだから何となく思う、圭太もきっと話す機会を待っていたのだろうと。だけど何に対しても気を遣う男で、それでいて相手を陰から見守るという癖がある。心の準備が出来るまで待ってくれていたのかななんて、何となくそう思った。







「ちょっとさみぃなぁ」



ジャケット1枚でこの寒さは凌げそうにない。

川に沿って届けられる風は酷く冷たかった。

こんな所でよく花火なんかやってたななんて、そんな風に客観的に思う。

草は手入れがされてなく生えまくってるし、川だって薄汚れている。あの頃とは景色がまるで違うように思えた。



暫くの間は何も話さずに川を眺めた。

きっとそれぞれが、あの頃の思い出を辿ってる。

あの時見て感じた物、抱いた想い、それらを思い出して目を閉じていた時、引き戻すようにして圭太の声が聞こえてきた。



「ごめん。俺、聞いたんだ―― 花さんが、死んだって。あれから一ノ瀬さんと連絡取り合ってて、2人で勝手に動いて突き止めた。おまえの様子が可笑しかったし、俺としては居場所を知りたかっただけなんだけど――。」



そしてそのまま言葉を詰まらせ、泣き出してしまう。



「本当ごめん。知らなかったとはいえ、おまえの気持ち考えないで酷い事言った」


「いや、俺こそ黙っててごめん」


「もっと早く謝るべきなのは分かってたんだけど、正直おまえに何て声掛けたらいいか分からなくて」



そんなことは言われなくても分かる。逆の立場だったら俺もどうしたら良いのか分からない。悩ませて悪かったなとも思った。



今はやっと彼女と、圭太と向き合うことが出来る。現実を受け入れる覚悟が出来た。それはあの手紙を読んだからだ。圭太にも同じ気持ちになってもらいたい。

ジャケットから手紙を取り出し、無言でそれを差し出した。



「これ、あいつが書いた最後の手紙」


「読んで、いいの?」



首を縦に振ると、圭太はゆっくりそれに目を通す。読みながら終始泣いていた。

そんな圭太の横で、手紙に書かれていたことを思い返した。



出逢った日に彼女は、何故かクラブの従業員室に迷い込んでいた。

確かにあの時俺は、肩を抱いて出口まで案内してやった。

そんな些細なことから始まった2人、動き出した運命――

だけど本当に、彼女を闇から救うことが出来たのだろうか。

まだ闇の中に居るのではないだろうか?



一緒に居た頃もしも救えていたのなら、彼女はこんな風に消えてはなくて、俺の傍で死ぬ事を望んだのではないだろうか。そんな考えが頭から離れない。

俺が悲しむから傍に居て欲しくないとか勝手なこと書いてたけど、それは彼女が望んだことだ。俺の望みとは違う、そりゃ悲しいに決まってるけど、最後まで傍に居てやりたかった。



ぼーっとそんな事を考えていると、読み終わった圭太が丁寧に手紙をしまい返してきた。



「ありがとう。こんな大事なもん読ませてくれて」


「圭太には読んで欲しかったんだ。俺はこれ読んでさ、胸のつかえが取れたような気持ちになったから」


「うん、分かるよ。読めて良かった」


「だろ?実は俺さ、やっとだけど、とりあえず就活してみようと思う」



圭太はぷっと吹き出すように笑ってから、涙目のまま言う。



「は?今から?そもそも大輝が就活とか想像できない。何か似合わないし」


「うるせえよ」



それはそれはかなり遅い決断だけど、前に比べりゃ、やってみようと思えただけでかなりの進歩だ。



彼女はいつも、俺を正しい方向へと導いてくれる。

どうしようもなく途方に暮れて闇の中に居たのは、自分の方だったかもしれない。光へと導いたのは俺ではなくきっと、彼女なんだ。



「あの、さ、大輝―― 俺、まだおまえに言ってない事があるんだ」


「え、何?」


「実は、ずっと自分の気持ちを隠してたんだ」


「何だよ急に、気持ち悪りぃな」


「えっと、唯にフラれたって言っただろ?あれ、嘘なんだ」


「は?まだ付き合ってるわけ?」


「いや、別れたのは本当なんだけど。フラれたんじゃなくて、フッたんだ」


「何で?」



そのまま圭太は口を閉ざし、びゅーっと寒い風が俺達を包んだ。

思わず自分を抱き締めて寒さを和らげようとした。だけど圭太はその寒さなんて感じていない様子で、緊張した面持ちで息を深く吸い込んでは吐くを繰り返している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る