「隠されていた真実」4
一ノ瀬さんと花はこの学校で知り合ったのではなく、ボランティアを通して中学生の頃に知り合ったようだ。そこで2人は仲良くなり頻繁に会うようになったらしい。一ノ瀬さんは内気な性格だから、行動力があって頼れる花に憧れてこの学校に入学し、サークルも同じものに入ったと言う。
今年の7月、写真を届けに花は一ノ瀬さんに会いに来た。
それは俺とバッタリこの学校で出くわし、花が此処の卒業生だと知ったあの日。
「花さんね、その時に言ってたの――。」
一ノ瀬さんは言葉を詰まらせ俯いてしまう。
その様子を見ながら深く息を吐いた。変に胸がドキドキして息苦しかった。
少し経つと一ノ瀬さんが泣き出してしまい、圭太が慰めるように背中を摩る。嫌な予感に胸騒ぎが止まらなかった。
「花さん笑いながら言ってた、もう半年ももたないかもしれないって。医者にとうとうそう言われちゃったって」
ドクンと心臓が強く胸を打つ。思わず目を瞑ったその時の視界は真っ暗で、心の中まで闇に包まれていくようだった。
彼女が俺との未来を考えていなかったのは、ただ単に恋愛に対して臆病なだけじゃなかった。俺を信じていないわけでもなかった。
命が短かったから。
それを知ってやっと、彼女が今まで発してきた言葉を理解できるようになった。
だけど何も考えられない。頭の中は混乱する一方だ。
圭太は動揺が隠し切れない様子で言う。
「だ、だけど、ドナーさえ見つかれば――。」
「ドナー登録、2人はしてる?」
「いや――。」
「2人だけじゃない、登録してる人は滅多に居ない。だから提供してくれる人は急速には増えないの。それに登録には検査もあるから時間も掛かるし、そう考えるとね、確率はどんどん低くなる」
絶望的な気持ちになる。ただ立っていることも辛くなり、ふらっと壁にもたれ掛かった。
「私が最後に花さんと連絡が取れたのは、7月下旬頃。倒れて急遽入院になっちゃったけど、一週間くらいで退院できるよって」
その話しからすると、1度突然連絡がつかなくなったのは入院していたからという事になる。なのにあいつ、あの時あっけらかんと焼き芋とか言いながら戻ってきた。
「馬鹿じゃねぇの――。」
つい言葉が漏れ、呆れるように鼻で笑ってしまう。
もう駄目だ、頭が可笑しくなりそうだ。
「大輝、大丈夫か?」
「無理。ちょっと1人になりたい」
そう告げて、2人に背を向け歩き出した。すると音もなく一ノ瀬さんが駆け寄ってきた。
「横山君、花さん言ってたよ、好きな人が出来ちゃったって。もう誰にも恋なんかしちゃ駄目なのにねって。それは横山君の事だったんだね」
今にも涙が出そうだった。その言葉に何も答える事が出来ず、足早に学校を後にする。
家に着いた途端、塞き止めていた物が溢れ出るように涙が零れた。
どうして俺に言ってくれなかったんだとか、今は無事なのかとか何処に居るのかとか、色々な想いが交差して心の中を整理する事が出来ない。
何よりも病気だということ、余命という重い現実を1人で抱えていたという事実に、胸が押し潰されそうなくらい悲しくなる。
電気も付けずに真っ暗な中で横になる。暫く彼女の事を考えていた。
出逢った日“残念な男”だと言われた。そして――
『もしもあたしと君が付き合ったら、凄く気の毒なことになる』
それに対して俺が言った言葉に“全然分かってない”と言った。
そうだ――
俺は何も分かっていなかったんだ。
あのまま何も知らなければ、こんな痛みを感じることもなかっただろう。
だから彼女は、この真実を言わずに隠し続けていたのだろうか?
だけど再び時が戻ったとしても、同じように彼女の全てを知ろうとしただろう。
考えれば考えるほど頭がこんがらがる。
堪らず家を飛び出した。何も考えたくなくて、ただひたすら走って走って、この悲しみを何処かへ消し去ってしまいたかった。
息苦しくなり足を止めた場所は神社の前。
彼女と一緒に行った時に見た祭りの華やかさはなく閑散としている。それはまるで、全てが夢だったかのように。
拭っても拭っても涙が出てくる。どうして彼女何だろう?俺だったら良かったのに。俺のが全然どうしようもない人間なのに。誰でもいい、誰か彼女を助けてくれ。誰にでもなく、心の中で強くそう願った。
その時、携帯電話が震え出す。
取り出してみると知らない番号からの着信だった。
出てみると、さっき会ったばかりの管理人さんからで、彼女の親族の人に連絡を取ったら俺に会いたいと言っていると伝えられる。今日じゃなくても良いと言われたが、居ても立ってもいられず直ぐに会いに行く事にした。
場所は彼女の部屋。
再びアパートに行って部屋のチャイムを鳴らすと、中から年配の女性が出て来た。
白髪交じりの髪をひとつに束ね、少しふくよかな体型。俺を見つめた後に、目尻のしわを増やして優しい笑みを見せる。
「貴方が横山、大輝君ね?」
口調が少しカタコトだったので、恐らく彼女が前に話してくれたお婆さんの妹だと思った。
「どうぞ中に入って。美味しい紅茶がありますから」
「あ、はい。お邪魔します」
ベージュや茶色を基とした家具、窓際に観葉植物が何個か置いてあるだけでこれといって目に付くものが無く、すっきりした部屋だった。
微かに漂うのは、忘れてしまいそうだった彼女の香り。
ふとベッドの側に置かれた写真立てに目が奪われた。
圭太も交えて3人で花火で遊んだ日、あの日に撮った写真が飾られていたから。
それを見つめていると、リンさんがすっと隣に立ち深々とお辞儀をし出す。
「私はリンと言います。まずは花を大事にしてくれてありがとうと言いたかったのです」
「いえ、あの、花は無事なんですか?今は何処の病院に――。」
リンさんは頭を下げたままだった。少しの沈黙があった後に、小さな声で言う。
「病気のことは、知っているのね」
ゆっくり顔を上げ、目を合わせないままキッチンへ行ってしまう。
食器と茶葉が入った缶をトレイに乗せ、それをテーブルに置いてから静かに腰を落とす。
「大輝君もどうぞ座って」
言われた通りにして向かいに座り、紅茶を入れるリンさんの動作を無意味に眺めた。シーンと静まり返る中、重たい空気を感じつつも紅茶を一口飲む。正直味なんか覚えていない。覚えてるのは、この後リンさんが言った言葉とその時の表情だけだ。
リンさんはゆっくりカップを置き、悲しげな表情で見つめてくる。
「花はね、あなたをとても愛していたわ」
「俺もです」
「だけどもう忘れて。貴方はまだ若いから――。」
「どういう意味ですか?」
「これ、受け取って」
手渡されたのは白い封筒。宛名などは一切書かれていなかった。
「花が貴方に書いた、最後の手紙です」
「え?」
リンさんは励ますようにしてそっと手を握ってくる。
そして躊躇うような素振りを見せた後、やっとのことで口を開いた。
「花はもう、この世には居ないの」
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