「隠されていた真実」2

                    ***




連絡がつかなくなって、気付けばもうニ週間の時が経った。

さすがに心配になって、圭太と話し合い、二人で彼女の家に行ってみようということになった。微かな記憶を頼りに、あの日彼女を見送ったアパートになんとか到着する。



「あ、多分ここだ」


「何号室か分かる?」


「2階だったのは確かなんだけど、何処だったかな」


「じゃあ、ポスト見てみよう―― って、なんか下手したら俺達ストーカーっぽいな?」



不安な気持ちを和らげてくれようとしたのか、圭太は笑いながらそんなことを言う。確かに傍から見ると追い掛け回してるように見えるけど、結構我慢したほうだ。それに連絡がつかないんじゃこうする他ない。何か事件にでも巻き込まれていたらという不安と心配な気持ちもあった。



ポストを見てみると、彼女の名字をすぐに見つけ出すことが出来た。



「あった“七瀬”。多分これだ205号室」


「とりあえず行ってみようか」



階段を上がっていると、圭太がぽんっと肩を叩いてくる。



「さっきから思ってたんだけど、その小さい紙袋なに?手土産?」


「うーん、まあ、そんなとこ」



これは昨日買ったばかりの指輪。彼女に渡そうと思っていたもの。

何があるか分からないから、いつでも渡せるようにと用意してきた。



部屋の前まで行くのに数分も掛かってない。だけど一歩一歩が重く長く感じた。

もしも彼女が結婚していたら?実はシングルマザーで、子供が家から出て来るかもしれない。もしくは、他に男が居て一緒に暮らしているかもしれない。

あらゆるパターンを考えてみても、指輪だけは渡して帰ろう。この気持ちが本気だということさえ伝われば、それだけでいいと思った。



305号室の前に到着し、息を深く吸って吐く。意を決してチャイムを鳴らしてみたが、何の反応もない。繰り返し鳴らしても変化はなかった。

すると圭太は、不安そうな声を出した。



「なあ、具合悪くて中で倒れてたらどうしよう?」


「管理人の所に行ってみよう」


「管理人って何処に居んの?」


「うーん」



とりあえず1階まで戻って何処かに連絡先がないかを確認する。

圭太は心底心配しているような素振りで、不動産屋の連絡先を見つけ、慌てるようにそこに電話を掛けて管理人の居場所をつきとめた。

俺はその行動力と気転の早さに関心して見つめるだけ。



「大輝、管理人このアパートに住んでるって。101号室がそうらしいから行こう」


「いや、倒れてたりしたらそりゃ心配だけど――。」



正直ここに来てビビっていた。連絡が取れない真相が何か分かるかもしれない。だけど、それを知っても良いことは何もない気がする。



「花さんを信じてやれよ」



付き合いが長いだけあって、ビビってる俺を見透かすようにしてそう言い放つ。



「花さんは大輝を本気で好きだったと思うよ。俺がこんなこと言わなくたって、大輝は2人きりの時の花さんを知ってるだろ?その日々を思い返してみれば、自分が何をしたらいいかおのずと答えは出ると思う」



そう言われてやっと思い出す。彼女の優しい眼差しと、心地良い温もりを。




『信用してるよ、君の事』




そう言った彼女。




『あたし、すごく幸せ』




あの時感じた愛を全て思い返した。何があったとしても、この先に進まなければ後悔すると思う。完全に弱気になっていた。圭太が一緒に来てくれて本当に良かった。



「ごめん、やっぱ行こう」



圭太は柔らかい笑みを見せ、励ますように背中を軽く叩いてくる。少しだけ勇気をもらった気分だった。



管理人が居る部屋を訪ねると、50代くらいの女性が中から出てくる。

事情を話すと、あっというような表情を見せてから口を開いた。



「七瀬さんねぇ、何人か訪ねて来たけど、ここ二週間くらいは帰ってきてないみたいなのよねぇ」


「二週間ってことは、8月終わり頃からってことですか?」



その頃だとすると、2人で過ごしたあの日以来帰っていないという可能性が高い。



「そうねぇ―― 多分その頃ね。詳しくは分からないけど、旅行に行ってるのかと思ってたわ。帰ってきたら連絡するように言いましょうか?良ければ連絡先と名前を教えてくださいます?」


「お願いします」



玄関先で連絡先を告げている途中、ランドセルを背負った少年がやってきた。

俺達を睨むようにじっと見つめながら近寄ってくる。



「おまえ、花ねーちゃんの知り合い?」



圭太と一緒になって目を丸くする。すると管理人さんがにこっと笑顔を見せた。



りょうちゃん、お帰りなさい。この子ね、七瀬さんのお隣さんの子よ」


「そうなんですか」


「おい、どっちか花ねぇちゃんの彼氏だろ?」



少年はにこりともせずそう言った後、俺と圭太を交互に見つめ視線を俺で止めた。



「おまえだよな」


「え?何でわかっ――。」



次の瞬間、何故か少年から蹴りを食らう。



「おい、一体何なんだよ」


「俺のが花ねーちゃんと仲良いんだからな!」



おまけにそう怒鳴られる。

唖然としていると、管理人さんが慌てるようにしてその少年を押さえつけた。



「こら、良ちゃん!すみませんねぇ、良ちゃんのご両親が共働きだから、鍵を忘れた日なんかは七瀬さんが面倒見てくれていたみたいで、仲が良かったのよね?」


「面倒とか、俺は子供じゃねーんだよ!花ねぇちゃんとは結婚しようと思ってたのにコイツがさー」



そう言ってビシッと俺を指差す。

こんな少年まで虜にするとは恐れ入る。

圭太は横で、口を押さえて笑いを堪えながら見つめてきた。



「花さんのライバル登場」


「勘弁してくれよ」



少年の怒りは収まらない様子だった。管理人さんに向かって未だぶつぶつと何かを言っている。



「あの、なんで俺が彼氏だって分かったの?」


「あ?写真見させられて、おまえと付き合ってるから駄目だって言われたんだよ!」



まだ幼いのに、俺に負けじと中々の肉食系男子と見た。

意外にも彼女はそういうたぐいの男にモテるのだろうか。俺に出逢う前によく他の男と付き合わなかったなと、この少年をきっかけにそんなことを思った。



少年は腕を組み、喧嘩を売るような乱暴な言葉遣いで言う。



「おまえさ、花ねーちゃん何処にやったんだよ?しばらく見てねーんだけど!」


「俺も捜してんだ。ねぇちゃん帰ったら教えてくれねーか?」


「嫌だね、ぜってー教えねー!」


「……」



結局此処に来て収穫できた事は、恐らくあの日辺りから此処へ帰っていないという事と、小さなライバルが存在するということだけだ。



何とも言えない気持ちを抱きながら歩く帰り道、突然ハッとしてある事を思い出す。



「なあ、圭太!そういやおまえのサークルで何か知ってる奴居ないの?」


「あ、WAKI《わき》?」


「そうそう。花さ、前にサークルの後輩に写真渡しに来たって言ってなかった?花の知り合いの後輩が何か知らねーかな?」


「そうだな―― でも、花さんの知り合いの後輩が誰かを知らないんだけど」


「マジかよ、役立たずだな」


「大輝の方こそ、付き合ってんだから聞いておけよな」


「だよな。じゃあさ、圭太の知り合いだけでもいいから、サークルの奴等に聞いて回らないか?」


「うん、そうしよう」


「あっ、てか圭太、バイトは大丈夫か?」



バイトの前に時間があるってことで一緒に来てもらった。もうそろそろ向かわないとマズイ時間になってきている。



「いや、休ませてもらおうと思ってた。だってニ週間だぞ?気になるっていうか、正直心配になってきたんだよね」



俺達はこの時、同じ気持ちだったんだと思う。

表面上は冷静に見せようとしていたが、心の中は不安でいっぱいだった。

少年のお陰で少し和んだけど、考えれば考えるほど悪い事ばかりが頭を過ぎる。

最悪の事態を迎えなければいいが、妙な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。

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