「終わりの鐘」2

しみじみと考え込んでいたら、いつの間にかいつもの彼女に戻ったようでこんな事を言い出した。



「ねぇ―― せっかくラブラブだったのに暗くない?じゃがりこの話にしない?」


「話し逸れすぎだろ!」


「だって、あんなに食べる手が止まらないお菓子ってないでしょ?」



付き合ってから分かったけど、彼女は真面目な話をしようとしたり、もしくはしていると、突然それから逃げたくなるようだ。前は人と真剣に向き合うことを面倒だと思ったけど、彼女とはもっと深い話をしたい。だけど彼女のペースに合わせて、少しずつ知っていけたらいい。この時はそう思った。



そんなこんなでこの後、大食いの彼女は食の話を熱弁し出す。



気付けば少しずつ外が明るくなってきて、彼女が話し疲れて眠ったのを確認してから眠ることにした。






                    ***




携帯電話の振動で目が覚める。

目を細めながら掴み取ると、圭太からこんなメールが届いていた。




受信:南田 圭太

―――――――――――――――

今日は学校来なかったなー。

昨日はデート中にマジごめん!

俺あのとき気が動転しててさ。

花さんにも謝っておいて。

兄弟になる予定の圭ちゃんより♪

―――――――――――――――




「圭ちゃんって何だよ」



髪をくしゃくしゃと掻きながら起き上がり、ふと時計に目を移すと、もうすぐ午後2時になろうとしていた。今から行っても講義は終わっている。

すると、頭まですっぽり布団を被っていた彼女が、のそのそっと顔を出す。



「ん?おはよう―― あれ君、学校は?」


「寝過ごした」


「えー、駄目じゃない行かないと」



そう言って起き上がった彼女を見て一気に目が覚める。

服を着ていないんだった。

明るい所で見れた嬉しさから思わず抱き付いてしまった。



「過ぎたことは仕方ねーじゃん、一緒に寝よ――。」



次の瞬間、思い切り頭をはたかれる。



「朝は弱いから懐かないで」



だが彼女と一緒になれた喜びは、自分の中でかなり大きかったようで、ちょっとやそっとのことで苛ついたりめげたりはしない。

下着を探す彼女を止めて、無理やり自分のTシャツを着させる。それはもう酷く不機嫌な様子で拒まれたけど、それさえも可愛く思えるから不思議だ。

ぶすっとした顔で頬を膨らませながら言われた。



「何なのもう。まあいいや、お腹空いた」


「せっかく今日も二人きりだし、どっか行かね?」


「君さ、あたしとばかり居て飽きないの?」



いやいや、今更何を言う。そう思った後に、もしかして彼女が飽きているのではないだろうかと不安になった。



「そんな今更――。」と言いながら、大きめのTシャツを着る彼女をじっと見つめる。自分が無理矢理着させたんだけど、そそられる。胸の辺りをじっと見ていたら、やましい心がバレたようで両手で隠されてしまった。



「もう、何でそんなにじっと見るの?」


「いや、うん。いいから、ちょっとこっち来て」


「ううん。朝は懐かないでって言ってるでしょ」



じたばた抵抗する彼女を力尽くで抱き締めてキスをした。



「何?今更おはようのチュー?」


「いや、したくなっちゃったのチュー」


「嫌!昨日したばっかりだし。というか、正しくは今日したばっかり」


「ノーブラにTシャツなのが悪いだろ」


「君が着せたんでしょ?」



彼女を押し倒し、Tシャツの中に手を忍ばせる。またもや抵抗され腹をくすぐってきた。じゃれ合うようにして戦っていたら、降参といった感じで手を上げて彼女は言う。



「もう、分かったから待って。その前にあたし、お風呂に入りたい」


「一緒に入りたいって意味?」


「バカじゃないの?」


「いや、意地でも一緒に入ってやる」



そう告げると目線を上に向け、じっと何かを考え込み出した。

何かを企み出したようだ。ろくなことないと思い、肩を揺らして止める事にした。



「おーい、花!」


「ねぇ、もし一緒に入ったら、今日一日あたしの言う事何でも聞いてくれる?」


「なん、でも?」



少しだけ怖じ気づいた。こんな恐ろしい提案に乗ったらやっかいな事になるのは間違いない。何も答えずにいたら、分かりやすくため息を吐かれた。



「嫌なら諦めて」



立ち上がってバスルームの方へ足を進める彼女を見て思う。

というか、普段からほぼ彼女の言いなりだ。だったらいつもと変わりないだろう。



「待て。分かった、聞く」



そして彼女と一緒に狭いバスルームに入って、体を洗いあったりシャワーを掛け合ったり、やらしい雰囲気ではなく、子供同士が遊ぶようにしてはしゃいだ。

心の底から楽しそうに笑う彼女が無邪気で可愛くて、ますます好きな気持ちが強くなった。



このまま時間が止まって、ずっと2人きりで過ごせていれば――

そしたら俺は、最後まで傍に居ることが出来たのに。



過去に戻りたいなんて思ったことはなかった。

だけど今は、この時に戻りたいと強く願う。









お風呂上がり、洗面台で髪を乾かしながら彼女は言う。



「君さ、免許持ってたよね?」


「持ってるけど、そんな運転したことねーよ」



去年の夏以来運転してない。確か圭太も一緒に女の子達とバーベーキューをしに行った。荷物が多いからという理由で車にしただけで、都内でやったからそんなに走っては無い。



「お願いその1、今からレンタカー借りて」



ふと時間を確認すると、現在午後3時半。場所によっては日が暮れてしまう。



「いいけど、なんで車?」


「今日は何でもあたしの言う事を聞くって言ったでしょ?いいから早く借りて」



仕方なく近くのレンタカー屋に連絡をした。どの位の時間借りたら良いのか分からず、彼女に聞くと、とりあえず1日借りてと急かすように言われた。



彼女は横で化粧をしている。

電話を切ってそれをじっと眺めていると睨まれた。



「何?」


「いや、女が化粧してるの見んの初めてじゃないんだけど、なんか物珍しいっつーか何つうか」



女と朝まで一緒に居ることがない。ことが済んだらさっさと帰ることが多かったから。今まで数えられる位しか見たことないけど、彼女がこうしてうちで支度しているのが不思議でたまらない。



それと同時に、感動に近いものを覚えた。

このまま此処に住んじまえばいいのにと思った。



「ねぇ、そんなに見られるとやりづらい」



照れるというよりも、心底不愉快そうにして押しのけられた。

仕方なく自分も支度することにする。



そして、家から10分もしない場所にあるレンタカー屋に到着し、軽自動車を借りた。車に乗り込むなり彼女は言う。



「海が見たいんだけど」


「海?ここからだと――。」


「館山の」


「は?館山って千葉の奥の奥じゃねぇか。今から!?」


「そう。お願いその2、早くしないと日が落ちちゃうから急いで」



そう言いながらカーナビを操作し出す。どうやら本気のようだ。



「マジかよ」


「言う事聞くって言ったのは君の方でしょ?」



こうなると何を言っても無駄だ。最終的には切れて帰るとか言い出しそうなので、とりあえず館山に向けて車を発進させた。

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