「彼女との初体験」4


                    ***




神社を出て少し歩けば大道路沿いに出る。圭太はそこのガードレールに腰掛け、ぐったりしたように肩を落とし、誰がどうみても落ち込んでいると分かる佇まいで居た。俺達が近付いてもちっとも気付かない。軽く肩を叩くと、はっとしたように顔を上げた。



「おまえ、大丈夫か?」


「大輝ごめん、デート中なのにさ」


「い、いや、全然大丈夫」



さっきまで一生恨んでやるとか思ってたけど、この落ち込みようを前にしたらそんな事思えなくなる。圭太は何かあっても人前では滅多に落ち込まない。さっきの欲望たっぷりな自分が後ろめたくさえなってきた。掛ける言葉が何もなく無言でいると、彼女が圭太に近付き肩に手を置く。



「圭太君フルなんて、彼女勿体ないことしたよね」


「う―― 花さぁん」



涙目になった圭太は、そのまま彼女のお腹に抱き付く。おい、と思ったが、さっき彼女と少しだけ進展出来たからか、そんなに腹立たしくならない余裕があった。



何があったかを聞いても圭太は「俺が悪い」の一点張りで詳しく話さない。

こんな時まで相手の肩を持つなんて、圭太らしいっちゃらしい。

ただ、いくら遠距離でも5年の付き合いの末の別れは相当堪えたようで、1人じゃ居てもたってもいられなくなったようだ。



こんな時は飲もう!としか励ます事が出来ない。

いつまでも落ち込む圭太を引き連れ、俺達は近くの居酒屋に入る事にした。



そして――



「もう本当、花さんって姉ちゃんみたいです」



こんな姿の圭太は滅多に見られない。過去に1度だけ見たことがあった。

それは初めて酒を2人で飲んだ時。忘れかけていた過去を思い出させるかのように、圭太はべろべろに酔っ払っている。



そりゃそうだ、日本酒3本開けて、しまいにゃワインもボトルで2本開けやがった。その飲みっぷりに引いてしまい、俺はちっとも飲めていない。



そんでもって――



「あははは、可愛い弟が出来たぁー!本当のお姉ちゃんだと思って良いよぉー」



何故か彼女も酔い出す。

酔っ払い2人に囲まれてしまいうんざりした。



「なぁ大輝ぃ、花さんと結婚したら、俺とおまえは兄弟になるってことだなぁ」


「あー、そうだな」



さっきからこんな調子で冷めた口調で受け答えしている。

さっきの下心も一気に吹き飛んでしまった。

何ならさっきの出来事も、ただの妄想だったかもしれないとさえ思う。



すると突然、圭太が肩に手を回してきて引き寄せられた。



「おい大輝!」


「あ?なんだよ」


「なんで俺はいつもこうなんだろう―― そもそもどうして恋人同士に別れは来ると思う?」


「は?」


「分かる、圭太くんの気持ち凄く分かる。だったらさ―― 人に恋愛感情なんて、なくていいのにね」



彼女は悲しげにそう呟く。たまにこの世に1人みたいな顔を見せる事がある。

俺にはそっちのが疑問だ。何かあるなら言って欲しい。

だけど彼女の心に踏み込もうとすると、ふざけたり我が儘を言って誤魔化されてしまう。



ぼーっと彼女の顔を見ていたら、隣から異様な空気を感じてきた。

はっとしたように目をやると、圭太が泣き出している。



「は、花さん、人と人はどうしていつかは別れてしまうんでしょうか?」



ゲ、まじかよ。と思っていたら、彼女までもが泣き出した。



「どうしてだろう?神様って本当に酷い事するよね」



勘弁してくれよ。わざと呆れ顔を作って、深い息を吐きながら背もたれに寄り掛った。なんか疲れた。昼間からプールに行ったし、祭にも行ったし、おまけに性欲も失せてどっと疲れが押し寄せてきた。



「君だって、いつかあたしを忘れちゃうのよ。あたしは君の記憶から抹消されるの」


「おい大輝、そうなのか?」



酔っ払いってのは、本当厄介だな。疲れを倍増させやがる。2人は泣き顔でじっと見つめてきた。相手にしたら疲れるだけだけど、此処で適当に答えたらもっと五月蝿くなりそうだったので、真面目に答えておこうと思った。



「花を手離す気は少しもねぇから、安心しろ」



そう言うと、圭太がますます泣き出した。

意味が分からない。なんでおまえがこの台詞で泣いてんだ。



気付けば時刻は夜中の二時。



やっと俺以外の2人も疲労を感じてきたのか、眠たそうに机に伏せたり目を瞑ったりしだした。こんな所で寝られたらその後が大変だ。そう思ったので、急いで会計を済まし2人を引き連れ店を出る。



圭太をタクシーに乗せ、運転手に住所を告げて見送った。

去り行く車を見つめ、あいつがあんなに泥酔しちまうなんて、よっぽどのことだなと少し心配する気持ちが芽生え出す。



すると後ろからくすくす笑い声が聞こえてきた。



酔っ払いはまだ1人残ってる。

彼女はブサイク猿を抱き締めながら地面に座り、にこにこと笑顔を見せていた。



「ねぇねぇー、おんぶ」


「はあ?」


「君ん家に行くー、おんぶしてー」



完全に子供になっている。浴衣がはだけて太ももが見え、慌てて駆け寄って隠した。



「おい、着崩れてるから何とかしろよ」


「嫌、おんぶしてくれないと脱ぐ」



そう言ってぎゅっとしがみ付いてくる。辺りを見回すと人は居なく、家に向かう道のりも住宅街で閑散としているので、仕方なく彼女に背を向け屈んだ。



「ほら、今日だけだからな」


「やったぁー!」



すんげー疲れてるけど、何故か体が勝手にそうしていた。

彼女の願いは些細な事でも聞いてあげたい。それに、酔っ払って真っ直ぐ歩けないとも思ったし。



ひょいっと持ち上げると意外に軽く、夜空を見上げながら歩く余裕もある。

弱まった蝉の鳴き声を聴きながら、いつも通る帰宅路をまじまじと見た。

彼女が背中に居るだけで、なんだかいつもと違う道に見える。

もやっとして暑いのに、ホッとするような安心感があった。



そんな中、噛み締めるようにふと思う、彼女のことが好きという気持ちを。

これは味わったことのない気持ち、例えるならば、愛しいという感情だ。



女に対してこんな感情を抱く事もあるんだなと、しみじみ思う。だからつい伝えたくなった。



「花、俺は―― 本当におまえとは離れないから」



彼女から返事は無い。

寝たのかもしれないと思い、気にせず足を進めていると首に冷たいものを感じた。



彼女は泣いていた。



ぽつぽつと温かいようで冷たい涙が何個か落ちていく。そしてぎゅっと強く抱き締められた。



何も言葉が出ず、そのまま深夜の道のりをゆっくり歩く。

顔を上げると月が細くなっていて、あと少しで暗闇に呑まれてしまいそうに見えた。







部屋に到着し、彼女をそっとベッドに降ろす。

目を瞑っていたから眠ったかと思っていたのに、ぱちっと目を開きキスをしてきた。



「おい、今の俺はすぐその気になるから黙って寝ろ」


「――水。水道水じゃないやつ」


「分かってます。冷蔵庫にペットボトル買っといてあるから」



過去に水道から注いだら超切れられた。それからはこうやって買って置くようにしている。ペットボトルを差し出すと、豪快に飲み出した。一気に半分くらいは減った。



「ぷっはー!酔いが覚めた」


「良かったな」



つかもうねみぃ、俺も寝よ。彼女からペットボトルを取って立ち上がろうすると、引き止めるかの様に後ろから抱き締められる。



「花、だからな――」


「しないの?」



思いもしなかった言葉が彼女の口から飛び出し、眠気が一気に吹き飛ぶ。

それと同時に、その意味を考え何も答えず硬直した。



今、何て言った?



目を合わせたまま固まっていると、彼女は困るように眉を下げながら言う。



「さっきの続き―― しないの?」



ドキッとしてしまい、その瞳を直視することが出来なくなった。

やっぱりそういう意味だったのかと驚きを隠せない。



何でいつもこう突然なんだ?



彼女の言動はいつだって俺を動揺させる。

鼓動がどんどん早まるも、動揺が悟られないよう笑顔になって言った。



「だって、情が増したら困るんだろ?」



すると俯いてしまう。

唇をぎゅっと結び、戸惑っているのか恥かしがっているのかよく分からない素振りを見せた。その姿を見ながら失敗したと思った。

チャンスをくれたんだから、素直に彼女の言葉に応えれば良かったと。

だが彼女は目を合わせないまま顔を上げ、小さくこう呟いた。



「君のことが、もっと好きになりたいの」



それを聞いた瞬間、欲望が一気に溢れ返ってしまう。疲労や睡魔など何処へやらで、気付けば彼女を押し倒していた。そして唇や首筋にキスをしながら浴衣を脱がした。



すると、やっと息が出来たように大きな息を吐く。



「はあー、もうすっごく浴衣苦しかったー」


「なんだよそれ、色気ねぇな」


「そんなこと言うと、浴衣が脱ぎたかっただけだからもう止めてって言うよ?」



悪戯に微笑む彼女を見つめながら思う、最初は憎たらしいと思っていた表情と言動が、日に日にどんどん愛しくなる。恐くなるぐらいだった。



「そう言われても無理だから」



今にも壊れそうな物を手にするように、そっと彼女を抱き締める。

月夜の灯りだけが俺達を照らしていた。微かな光の中に居る彼女の顔を、今でもハッキリ覚えてる。



やがてその目からは涙が零れ、俺を真っ直ぐに見つめこう言った。



「どうしよう。あたし、すごく幸せ」



そう言って微笑む表情は、心からそう思っているのだろうと感じた。

だけど彼女の言う“幸せ”には、何処か悲しみが含まれているように思える。

俺の力で心の底から幸せだと思えるようにしてやりたい。



密かにそんなことを考えた。

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