「彼女との初体験」3

「言ったな?ぜってぇ取るから待ってろ!」



そう言って、意気揚々とくじ引きに挑戦しに行った。



よーし、こうなったら意地でも入手して何でもしてもらおうじゃねぇか!

――と、意気込んだ所で簡単に取れる訳がなかった。



気付けば自棄になって既に五千円は遣っている。

あんな猿の為に五千円とか。目の前でブサイクに笑うぬいぐるみに馬鹿にされている気分になった。そんな俺を見て、屋台のおやじは威勢良く大笑いし出す。



「兄ちゃん、何でそんなにあんなのが欲しいんだ?」


「これ取らねーと、チャンスが一生回ってこねぇ気がするんっすよね」


「アハハ、何言ってんだ、わっけぇなぁ」



いやいやいや、笑い事じゃなく、これを逃したら彼女が何でもするなんて機会は早々ないと思う。まあ、下心で始めた賭けのようなものだけど、今から何でも俺の言う事を聞かせるとか、そういう遊びでも楽しいかなと思った。いつも振り回されてばかりだからな。



その時、引いた紐がかなり重い感覚と共にある物が浮き上がる。



おやじは「お!?」と大きな声を上げベルを鳴らした。

現れたのは、1等の最新ゲーム機だった。



「やったな兄ちゃん、チャンス回ってきたなぁ!」



は?ゲーム!?それじゃ駄目なんだよおやじ!

このゲーム機ならしっかり元も取れる。なのにも関わらず心の底から落胆した。

終わったか、俺の唯一のチャンスが。そう思っていた時、隣にずっと居た子供が泣き出した。驚いて見つめると、じとっと恨むような目つきで俺を見てくる。



え、俺?なんかした?



戸惑っていると、おやじが腰に手を当てあーあと言った。



「その子さっきからこのゲーム機狙ってたんだよ、な?」


「ええー、いや、ごめんな?」



だけど俺も別に欲しくはねーんだ。確かに良い物だけど、そんな物よりあのブサイクな猿を――。こっちまで泣きそうになる。そんな時、おやじが素晴らしい提案をしてくれた。



「取引しねぇか?そのゲーム機その子に譲ってやんなら、この変なぬいぐるみ兄ちゃんにやるよ」


「マジっすか!?よっしゃあ!!」


「おいおい、そんなに喜ぶことかよ。兄ちゃん変わり者すぎるぞ」



呆れ返るおやじに目を丸くする子供。そんな2人なんかお構いなしで大喜びした。

清清しい気持ちでぬいぐるみ受け取り、子供にゲーム機を渡した。

すると満面の笑みで「お兄ちゃん、ありがとう!」と言われる。

嬉しそうに小走りして立ち去るその子の後姿を見て、しみじみと良いことしたなぁなんて思った。



ふと、抱いた猿のぬいぐるみを見てハッとする。

あれ?そういえばあいつ何処に行った?何時いつからか分からないが彼女の姿がない。しまった、くじ引きに夢中になりすぎた。



携帯電話を取り出すとなんと圏外。



「まじかよー」



俺っていざという時の携帯運が無さ過ぎる。



仕方なく足だけで彼女を捜し回った。

暗闇の下オレンジ色に光る屋台の列。その中を走っていると残像が残る。

目が変にチカチカする。立ち止まって目を瞑り呼吸を整えた。



ああ、ダメだ、この神社って結構敷地広いな。

少し冷静になって考えよう、彼女は極度の方向音痴だ。

初めて逢った時も、クラブの出口と従業員室を間違えたくらいの。

絶対有り得ねぇ変な所に居るんだろうな。



方向転換して、屋台から外れた人通りの少ない場所に出た。

すると案の定、そこで携帯電話を弄る彼女を見つけた。

迷子になったようにしょぼんと肩を落とし、大きな岩の上に腰掛けている。



「花!」


「あっ、良かったぁ、気付いたらはぐれちゃって。携帯電話も圏外だし―― あ、でも此処は電波入るみたい」



そう言って電話を掲げ出す。



本当に世話が焼ける女だ。

ため息交じりで彼女の前に屈み、ぬいぐるみを見せつけてやった。



「ええ!?うそ、取ってくれたの?凄く嬉しい、一生大事にする」



そう言って、嬉しそうに満面の笑みでぬいぐるみを抱き締める。

そしてそれにちゅっと軽くキスをして喜びを表していた。

ブサイク猿に負けた気がする。



少なからずともぬいぐるみにまで嫉妬するなんて、我慢しすぎて頭がイカれたのかもしれない。立ち上がって深いため息を吐くと、彼女も立ち上がり猿と俺をキスさせた。



そして子供のように笑う。

何かがプッツリ切れた。彼女の手を掴みじっと見つめた。



「なあ花、何でもするって言ったよな?」


「へ?」



そのまま抱き寄せると、猿が彼女の手から転げ落ちる。



初めはちょっとした冗談のつもりでキスをした。

いつもだったら何してんの?とか何とか言ってからかい出す。

だが約束を守っているつもりなのか、彼女が何の抵抗も見せない。

お陰で限界値がMAXに近い俺は止まらなくなった。



長いキスをしていたらエスカレートしてしまい、気付けば手が彼女の胸にある。

そしてキスマークがつくほど首に噛み付いた。



「ん、ちょっと何?や、やめてよ――。」



そこで彼女はやっと抵抗し始める。

だけど声がいつもより色っぽく、そんなのを聞いたら拍車が掛かるだけで止められない。浴衣の隙間に手を入れ、じかに胸に触れようとしたその瞬間、思い切り突き飛ばされた。



が、そんなパターンにはとっくに慣れている。もう一度強く抱き締めた。



「もう無理、我慢の限界」


「ごめん、でも―― 本当に駄目なの」



何が駄目なのか理由が知りたい。

こんな風にずっと蛇の生殺し状態じゃ、頭狂って可笑しくなりそうだ。



「何か特別な理由があるわけ?」


「だ、だって―― エッチしたら情が増すでしょ?」



情が、増す?

思わず体を離して彼女を見つめる。



何だその理由?そんな事でずっと拒み続けてたのかよ。

意味が分からなすぎて暫く唖然とした。

彼女は目を合わさずに俯いている。



「あの、さ、情が増して何が悪い?付き合ってんだから当たり前だろ?」



「でもね――。」



やっと上げた彼女の顔を掴み、キスで口を塞いだ。

彼女の言葉はいつだって理解出来ない。分かり合えないその穴を埋めるように唇を重ねた。



これよりもっともっと先に行って、そして深い関係になれば、少しの欠片でも何か掴めるかもしれない。解き明かすことの出来ない彼女の実態、ずっと傍に居るのか分からない不安感、それらを吹き飛ばしたいのかもしれない。



そりゃ下心が無い訳じゃないけど、いつもとは違う気持ちで彼女を求めていた。

もっともっと、全てが知りたい。



彼女が徐々にキスに応えてきた。もう一度浴衣の中に手を入れると、ビクッと少し動いただけでもう抵抗はしてこなかった。



やっと来たか、この時が。



「んっ――。」



受け入れてくれた事だけでも嬉しいのに、色っぽい声を前に興奮が収まらない。

此処が外だなんて事も忘れていた。彼女の声、息遣い、もうそれしか耳に入らない。



「ねぇ、此処でするの?」


「うちに来る?何処でもいいよ、花と一緒になれるなら――。」



その時、ジーンズのポケットから携帯電話の振動が伝わってきた。

無視、まじで無視!何事もなかったように振舞っていると、彼女もその音に気付き目を丸くする。



「出ないの?」



念のため少しだけ取り出して画面を見てみた。



「圭太だ、出ない」


「出てあげなよ」


「いい」



今かなり良い所なんだ、悪いけど圭太、邪魔しないでくれ。そんな思いから電源を切る。再び彼女を抱いてキスをした。と、その時、今度は彼女の携帯電話が震え出す。途端に俺から離れ電話を取り出した。



「圭太君だ。やっぱり何かあったのかな?」


「いいじゃん、大した事じゃないって」


「大した事かもしれないでしょ」



そう言って電話に出てしまう。



この時の苛付きったらなかった。圭太、一生おまえを恨んでやるとまで思った。

それほどに滅多にない機会だったのに、肩を落とす俺なんかお構いなしで、彼女は心配そうな声で会話している。



「大丈夫?どうしてそんな事になったの?うん―― ねぇ今何処?こっち来れる?」



は!?


思わず彼女の腕を掴んだ。



「何で圭太呼ぶんだよ」



だが彼女は無視しこの場所を告げている。心の底から落胆とした。



マジかよ、何てタイミングなんだ。次はいつこんな機会が訪れるのか分からない。

何なら彼女の気が変わって、もうしないとか言い出すかもしれない。

通話を切った彼女に思わず詰め寄った。



「こんな良い雰囲気の時に、何で圭太呼んでんだよ」


「圭太君さ、今日彼女が遊び来てたでしょ?」


「ああ、そうだった。だったら尚更何で来るんだ?」


「フラれちゃったんだって」

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