「忘れられない夏(後編)」3

学校を出ようとした時、圭太からメールが届いた。



【女の子3人集まった。男はもう1人誰かに声掛けてみる。場所は渋谷のミリオンズ・バーで夜8時】



思わずふっと笑みが零れる。こいつ、仕事が早い。

面倒臭がりな俺をよく知ってるからなのか、場所や時間までバッチリ決めてくるとは恐れ入る。



ミリオンズ・バーにはたまに圭太と行く事があった。

店内は薄暗くて、バーカウンターの他にテーブル席が5席だけの小さな店。

だが知る人ぞ知るの人気店だ。カウンターの後ろには色取り取りのボトルが並べられていて、マスターも若くてイケメン。全体的にお洒落な雰囲気で女子が好きそうだ。



1度家に帰って、着替えてから向かうことにした。



コンパなんて高校生以来行ってない。

それも一度しか経験がない。今までは女に困ったことがなかったからだ。

そんなこともあり、何を着ていけばいいか悩んだ。


気合入ってるとか思われるの嫌だし、結局の所、シャツにジーンズといつもとあまり変わらない格好で家を出る。ただ、髪だけはばっちりセットし直した。



ホームで電車を待ちながら携帯電話を弄っている時、何気なしにアドレスをスクロールさせ、“離婚調停中”の文字を見つめる。こんな事をしなければならなくなったのは、全部あの女のせいだ。

人の生活をめちゃくちゃにしておいて姿消すとか、詐欺師同然だな。



よくよく考えてみると、彼女が普段何をしているのか一つも知らない。

仕事だって何してるか教えてくれなかった。


まさか本当に詐欺師?それかあれだ、別れさせ屋に似たたぐいのやつかもしれない。俺に捨てられた女が腹いせに依頼して、七瀬 花はそこで雇われている女で―― って、テレビの観すぎだな。そもそもそんな事された所で、女が大好きだっつーこの性格が変わるわけじゃない。なんてったって、今からまた女を求めに行くんだから。



その時、警笛の音と共に電車がやってきた。



そうだ、俺は今から新たな女と出逢って、悪夢に近いあのイカれ女のことを過去にするんだ。そんな決意を抱き、電車に乗り込んだ。





                    ***




集まった女の子3人はかなりレベルが高かった。

みんな読者モデルをしているとかで、かなり可愛い。圭太に心から感謝した。



飲み出して1時間ほどが経ち、良い感じに盛り上がってきている。

気付くと俺は、隣に座る一つ年下の欧米のハーフの子と仲良くなっていた。

くっきりした二重瞼に、本物か?と疑うほどの長い睫。

真っ白な肌に細い体は一見いっけんか弱そうに見えるが、ショートカットで大きな口で終始笑顔を見せるその子に、時間が経つつれ活発なイメージを抱く。



「大輝くんって、コンパなんか来なくてもぶっちゃけモテるでしょ?」


「いやいや、全っ然、ちっともモテねぇな。何でだろ」



原因は明確だったが、思わず厭味いやみのようにそう言い放った。

それを聞いていた圭太が、思わず飲み物を吐き出しそうになっている。

俺と彼女の事を思い出してバカにしているに違いない。

今までの俺を知ってる奴らは全員、こんな状況の俺を見たら良い気味だって思うはずだ。



彼女との日々をここで話したらかなり盛り上がりそうだが、惨めになるだけだから封印することにする。



ハーフの子が言い出したのをきっかけに、他の女の子達も話しに乗っかり出した。



「モテないとか有り得ないよね?綺麗な顔だし、背だって高いじゃん」


「絶対なんかあるよねー」



そう言ってジーッと見つめてくる。



本当、女は人のあら探しが好きだな。

そんなに見たって、ぜってぇ分かんねーぞ。あの女は想像を絶するからな。



「圭太君、何か知ってるんでしょ?」


「いや、うーん―― こいつは色々と残念な男なんだよ。可哀想っつうか自業自得っつうか、なんつうかねぇ」


「残念な男?」



隣に座るハーフの子が、疑問をもった表情で見つめてくる。

よりによってその言葉だけをチョイスするなと、突っ込みを入れたくなる。

相手は意味不明だと思うが。気付かれないようため息を吐いて、椅子にもたれ掛かった。



『残念な男』



出逢ったあの日にそんな事を言われていたんだった。

忘れかけていた彼女の声を、嫌でも思い出してしまう。

少しだけ甲高くてべらべらと早口で話すんだ。

だけど真剣な話をする時は、消えそうなくらい小さな声で呟く。



ぼーっとしていたら、目の前にマドラーが飛んできた。

顔を上げてみると、どうやらそれは圭太が投げてきたようだった。



「おーい大輝、どうした?」


「や、最近ちょっと寝不足で飛んでたわ」



しまった、気が緩むとまたこれだ。ここ最近、こういう気持ちによく駆られる。



心ここにあらず。ただ頭にあるのは、“彼女に会いたい”ということだけ。

この気持ちを何処かにやりたくて此処に来たのに、これじゃ意味ねぇじゃん。

あれだけ酷いことをされても振り回されても、それでも会いたいなんて、あの女はハマっちゃいけない薬みたいに危険だ。



「大輝君、大丈夫?」



ハーフの子が俺の腕に手を回してきた。



お、結構大胆だなと驚きつつ見つめる。

その子はひるみもせずにこっと可愛い笑みを浮かべた。

上目遣いで見てくるその目は大きくて透き通っている。

この子に惚れない男など何処に居る。

そんな事を考えていたら、こっちの世界に戻ってくることが出来た。



「大丈夫、今かなり元気出ちゃったわ」


「アハハ、やだぁ」



そう言って軽く叩かれた時、その子から良い香りがした。

ああ、女の匂いだなんて思いながらも、彼女とは違う香りだななんて事も考えてしまう。



その時、テーブルに置いていた自分の携帯電話が震えて小刻みに動き出した。



「あ、ちょっとゴメン。俺の携帯――。」



画面を見て思わず固まった。



着信した液晶画面、そこには“離婚調停中”と表示されている。

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