第3章 夏の始まり

「夏の始まり」1

電話は圭太からだったが、面倒だったので無視した。

根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。ぜってー話したくねぇ。



学校に着き、次の講義から出ようと食堂の外で一服することにした。

日常的に吸うほど依存していないが、たまにこうやって吸いたくなる。

昨日は苛々したからかもしれねーな。

煙草に火をつけている時、聞き慣れた声が耳に入る。



「おーい、人の電話無視してんじゃねーよ」



現れたのは圭太だった。露骨に嫌な顔を見せてやる。



「何だよおまえ、講義は?」


「おまえが女持ち帰った時はいつもこの時間に来るだろ?だから張って待ってた」



暇人だな。



なんとなくだが、昨夜のことを聞きたそうにしているのが感じ取れる。

いつもだったら聞いても仕方ないとかなんとか言って話したくても聞かない癖に、

今日に限っては物凄く聞きたそうだ。


そこまでして聞く必要のない事なんだけどな。

最低最悪につまらん話しか提供出来そうにない。



そっぽ向いて煙を吹かしていると、俺の肩を意味ありげにポンポン何度も叩いてくる。思わず睨みを利かせて振り返った。



「なんだよ」


「昨日あの後どうなった?」



昨夜の事は、少しでもいいから忘れさせてくれ。

この煙草の煙に乗せて、一緒に何処かへ消え失せて欲しいんだ。

自然と眉間に力が入っていた。それに気付いた圭太が面白そうに顔を覗き込んでくる。



「なになに?持ち帰った子となんかあったんだろ?」


「おまえさ、今日に限って何なんだよ」


「いやだって修羅場だったじゃん?それにおまえがメールしてきたんだろ?美人持ち帰ったって」



ああ、そうだった。


あまりにもすんなり事が進んだせいもあって、テンション上がって報告しちまったんだった。ホテルに入ってから後悔したけど。



「別に何もねーよ。連絡先教えてねぇし、この先も会うことはねぇな」


「えー、なんかつまんねーな」



昨夜の出来事はもっとつまんねーんだぞ圭太。まぁ、事細かに教える必要はない。

煙草を灰皿に落とした時、ジーンズのポッケで携帯電話が震え出した。

画面を覗くとそこには“離婚調停中”という文字が表示されていた。



「は?」



思わず声が漏れる。呆然と電話を眺めていると、遠くから誰かの叫び声がした。



「出なさいよ!」



顔を上げるとそこには何故か、七瀬 花が居る。

怒った表情でこちらへ向かってきているが、逃げるという考えが浮かばないほどに、思考が停止状態。



圭太が小声で耳打ちをしてきた。



「あの子って昨日の―― おまえ、ストーカーもう一人増やしちまったな」



そして励ますかのように、肩をぽんぽんっと叩いてくる。

そんなこんなで、七瀬 花は俺達の前で足を止めた。

俺はいまだ微動だにもせず、彼女をただ凝視することしか出来ない。



もう一生会う事もねぇと思ってたのに。そもそも、なんでこんな所に現れたんだ?

口を開こうとしたら、彼女が先に怒鳴り声を上げた。



「失礼ね、誰がストーカーだってのよ!」



すげぇな、あの耳打ち聞こえてたのかよ。

呆れるように鼻で笑ってから、なんとか口を開いた。



「おま―― 花さん、じゃあ何で此処に居んの?」


「それはこっちの台詞なんだけど!」



まさかの逆切れだ。昨夜の様子と全く同じ。

今はさすがに酔っ払ってないと思うから、昨日の行動も全てシラフだった可能性が高い。最悪だ。最悪な女に再び巡り会ってしまった。



「や、言ってる意味がよく分からないっす。だって此処、俺の通ってる学校だし」


「うそでしょ?」



彼女は目を丸くして驚いている。

だけど昨夜に女優顔負けの演技を見ているから、半信半疑で受け止めた。



「世間って狭いんだね。あたしこの学校のWAKIわきっていうサークルのOGで用があって来たの」


「は!?此処の卒業生?」


「うん」



なんてことだ神様、なんてこと仕組んでくれやがるんだ。

まあ、神様なんて信じてねーけど、何かを恨まずにはいられない。

再会なんか望んでなかったし、接点だって欲しくはなかった。



気付かれないよう小さくため息を吐くと、横からすみませんと圭太が入ってきた。



「あの、花さん?でしたっけ。俺、南田圭太みなみだ けいたっていいます。WAKIわき、俺も入ってます」



「「うっそ!」」



思わず彼女と声を合わせてしまった。



「なんで同じサークルで気付かねーんだよ」



圭太の鈍さと、実在するサークルだったってことは、まじで卒業生じゃねぇかという事実に苛立った。圭太は頭を掻きながら言う。



「や、だっておまえも知っての通り俺、学校のあとはバイトばっかりだろ?幽霊部員みたいなもんだから、メンバーはおろか、OBやOGまで覚えられねーよ」


「それにあたし、OGだけどめったに現れないしね」


「じゃあ、今日に限って何故に現れたのですか?」



皮肉を込めて敬語で言ってやった。接点があったのは仕方のない事だとして、何百人も通う大学で、よりによって俺を見つけるとは恐ろしい。しかも滅多に来ないという日に。



「後輩の子から、うちの代の時の写真が欲しいってずっと連絡もらってたの。今日渋谷に居たでしょ?渋谷から此処わりと近いから。渋谷なんて滅多に行かないし、良い機会だと思って」



なんか本当っぽいじゃねぇか――。


会いたくないと思う奴ほど偶然に会ってしまう。

よく聞く話だな。そう落ち込みながらも、ハッとして思い出した。



「つうかさ、さっきの“離婚調停中”っていう着信――。」


「うん、あたし」



彼女はケロッとした態度でそう言う。



一体いつ俺の番号を入手したんだ?教えた覚えは無い。

記憶を辿って黙っていると、彼女はそれに手を貸すように口を開く。



「昨日君、寝ちゃったじゃない?その間にかばんあさってみたら携帯電話が出てきたから、登録しておいてあげたの」


「――しておいて、あげた?」



ああ、だからかばんの中身が散乱してたのか。

つうか、登録してくれって頼んでねーし勝手に人のかばん開けてんじゃねぇ!そもそも“君、寝ちゃったじゃない?”じゃねぇよ。

おまえがマイク離さずに歌い続けるから、睡魔に襲われたんだっつうの。



突っ込みどころが多すぎて逆に何も言えなくなった。

この女に言っても仕方ないという思いもある。



その時、都合良くチャイムが鳴った。

ここぞとばかりに手を上げ、彼女に向かって無理に笑顔を作った。



「じゃ、講義出ないとならないんで。さよなら」



これ以上関わりたくないので、圭太を連れて逃げるように去った。

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