第1話

学校が始まり、1ヵ月とちょっと。6月にある文化祭へ向けて、校内は割と忙しそうだった。

うちの学校は春に文化祭、秋に体育祭があり、その他にも歓迎遠足やマラソン大会など沢山の行事がある。その中でも、今度の文化祭は特に気合の入る一大イベントだ。

また併催される合唱コンクールのため、それぞれのクラスは毎日休み時間に練習を行う。指揮者が中心となってクラスメイトに指示を出す。大体、指揮者は音楽未経験者が多いので専門的なアドバイスはできない。基本形だけのリーダー、と言ったところか。

小さな時から一応ピアノを習っていたという理由だけで去年は伴奏者をやらされた。その経験がより私のイベント嫌いに拍車をかける。

私はイベントが大嫌いだった。大体、「私はみんなのためにこんなにも頑張ってるのに」という悲劇の主人公風なやつが出てくるからだ。

しかし、私以外のその他大勢は尋常じゃないほどにノリノリで準備しており、先ほども絶対金賞とるぞー!!などと大声で叫びまくっていた。

無論、私は息すら吐いていない。そんな中、お昼休みの今、教室にいれば練習に参加させられるにきまっているので、逃げてきた次第である。

しっかりとお弁当をぶら下げて適当な場所を探す。

今日は大好きなハンバーグ弁当。私は中学に上がる年、色々とあり実家を出た。遠く離れた、と言えば大げさだが決して近くはない場所で一人暮らしをしている。炊事洗濯その他もろもろ全てを自分でこなす生活は、決して楽ではないが、充実していた。

お弁当は1週間曜日ごとに決めてあり、栄養バランスも考えて構成している。中でも一番好きなハンバーグは週末の金曜日に位置づけ、自分的ハッピーデイを設けてある訳だ。お腹が空いた、早く食べよう。


ほとんどどのクラスが練習をしているので、校舎外を彷徨いている人は少なかった。とはいえ、ベンチなどもないのでなかなかいい場所がない。

時々すれ違う先生達に挨拶をしながら(練習はどうしたんだ、と少し怪しげに見られる)ふらふらとしていると、名案が浮かんだ。

そうだ、図書館。あの棟は確かベランダがあったはずだ。今いる第1棟の真反対、理科棟と呼ばれる建物に隣接する図書館は、生徒が普通生活する校舎から離れているため、ほとんど人が通らない。そのせいで薄気味悪く感じるので、もう悪循環である。

まぁ、私は気にしないけど。少し遠いが他に心当たりもなかったので、すぐに向かうことにした。

だけど。そこには先客がいた。背中を向けていたので、よくは見えなかったが、塀に腰掛けて、たぶんギターを弾いている。楽器に詳しいわけではないが、はっきりと音がなっていないため、エレキギターだと認識した。

この人どこかで…。あ、と気づく。この前表彰式で賞状を受け取っていた、副会長さんだ。熱心に楽器を弾いており、邪魔をしてはいけないような雰囲気だった。少し残念だったが人がいるなら、と他の場所へ行こうとした時、私の気配に気づいたのか演奏を止めこちらを振り返った。

目が合う。さっきまでの人を寄せ付けないような、鋭い雰囲気とは打って変わり、人懐っこい瞳だった。それからはっ、と何かに気づいたような表情を見せて立ち上がった。少し間が空いた。

「ごめんね、ここ、なんかで使う?」

合唱練習とか、と慌てた様子で問いかけてくる。

「いえ、お弁当食べようかと思っただけなので。違う場所を探しますね」

赤い上靴。すぐに2年生だと分かった。別にここじゃなければならない理由もないし、今度こそ立ち去ろうとする。その時。強い突風が吹いた。既に花びらの散ってしまった桜の木が、枝と枝を擦らせてさらさらと鳴った。

と同時、「待って」と大きな声がしたと思えば、急に強く手を掴まれた。ギターを持っていない方の右手だった。

「えっ」

驚いて振り向いた拍子に、ぶら下げていたはずの弁当箱がふわりと空中に放り出される。まずい、と思う頃にはベランダの塀を優に越え、地面に叩きつけられてしまった。

…多少見苦しい事かも知れないが、私は食べ物に関して容赦なかった。すぐに塀へ駆け寄り下を覗く。バンダナに包まれたはずなのに中身は全てアスファルトの上に散らばっている。相当な勢いで落ちたんだ、と人目で分かった。

「わ、私のお昼ご飯…」

学校で悲しかったり、嬉しかったりする事はほとんど無い。機械的に一日を終える毎日だ。しかしこれは、涙がちょちょ切れそうだ…。

「あわわ、ごめん!!大事な弁当だよね」と手を合わせる副会長さんは、心から申し訳ない、と顔に書いてある程に謝罪の色を浮かべていた。あわわって何なのよ、と思いながら、

「食べるもの無いですけど、別にいいです。」

皮肉たっぷりにそう告げた。我ながら可愛げが全くない。

「本当ごめん、お腹空いたよね。奢るかさ、食堂行こう」

「いえ、大丈夫です」

「大丈夫じゃないでしょ、お腹の音凄いよ。それに俺が納得いかない。ほら」

さっきからぐぅーぐぅーと鳴り響く重低音。あまりのショックに自分でもきづいていなかったが、他人に聞かれたと思うと少し恥ずかしい。

いつの間にか片付けてしまったギターケースをからって私についてくるよう促す。こんな事になるとは思ってもいなかった。正直、上級生とお昼を共にするなんてめんどくささMAXだが、お金を持ってきていない私にとって、お弁当の事故は死活問題だった。

食堂へ向かう時も、食事をしている今もたくさんの人が副会長さんへ声をかけていく。同級生である2年生の友達、後輩の1年生。仲がいいであろう若い先生。すごく、人望がある人なんだなぁ、と思った。だが、それと同時に私の事を「こいつ誰だ」みたいな怪訝な目で見てくるのはやめて頂きたい。

私はいたたまれない気持ちになりながら、副会長さんの買ってくれたうどんを啜った。なにこれ、すっごく美味しい。

「そう言えば名前聞いてなかったね。何ていうの?」

美味しそうにカツ丼を頬張りながら、私に尋ねる。

「◎◎◎です、けど」

「そっか、俺は△△△。よろしくね」

よろしくとはなんなのか。これから先校内ですれ違うことはあっても、話すことはたぶん、ない。はず。

「あれ、ていうか◎◎◎ちゃん、合唱練習は?」

「サボりです。嫌いなので」

「なんか意外だね、すごい真面目ちゃんかと思った」

けらけらと笑いながら、話を続ける。

「俺もサボりだよ。合唱も大事だけどさ、こっちの方が頑張りたくて」

さっきまでからっていた楽器を撫でる。

「好きなんですね、ギター」

「うん、小さい頃からやってて」

「そうなんですね。この前、表彰されてましたね」

「お、覚えててくれる人いるんだ。嬉しいなぁ。」

えへへ、と笑う△先輩はどこか懐かしさみたいなものを感じさせた。

気の所為としか考えられない感覚は脳みその傍らにふわふわと浮かびつつも会話は続く。

「◎ちゃんは部活してないの?」

「バイトがあるし、特にやりたい事とかないんでしないです」

「そっか〜、楽しいのにな」

「軽音同好会、でしたよね」

「うん、まだ部活に上がれないままでさ、さすがに九州大会で優勝したのにこれは厳しい」

「大変ですね」

「うーわ、めっちゃ他人事」

少し、馴れ馴れしい人だな、とも思った。既に食べ終わった丼を少し端へよけて頬杖をつく先輩は、ついさっきそうしたように真っ直ぐに私を見つめて目線を左上へとずらした。

「ごちそうさまでした」

手を合わせてお礼を言う。学食には初めて来たが、予想以上のクオリティだった。スープまで飲んでしまった。

「いえいえ。本当ごめんね」

「私こそ取り乱して申し訳なかったです」

ありがとうございました、ともう一度お礼を言い、教室へ戻ろうと立ち上がる。ふと思い出す。

「あれ、先輩」

「ん?どうかした?」

「そう言えば、なんで私を引き止めたんですか?」

ここに来る事になった原因を忘れていた。

「…あー、いいや、忘れて」

「え、気になります」

「いいって。大したことじゃないし」

「そう、ですか」

無理に聞くこともないか。小さく頭を下げて食堂を出た。先輩の表情が少し曇ったように見えたのは、たぶん考えすぎだろう。

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君と僕との先回りの約束。 いちごみるく @xxx8bit_ai0301xxx

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