第9話 女の子とホテルに行くってすげぇ冒険

 山野駅はなんにもないとこだけど、駅前にあったパンフレットによれば、なんか武将が入った温泉とか遺跡の跡とか石碑とか山野ホテルとか湖とか……やっぱなんもないとこだ。

 で、そこからタクシー飛ばして来たここも、風光明媚で絵葉書や旅行のパンフレットにでもなりそうな、ようは俺ら普通の男子高校生が行ってもやっぱなんにもないとこなんだが。

「じゃあ、帰っていいのかな?会社の番号渡しとく、収録頑張ってね」

運ちゃんは俺らをゲイノウジンと勘違いしたまま俺らを降ろし、タクシーの会計で俺の全財産がすっからかんになった。

「お前ら、六百円ずつちゃんと払えよ」

俺が息巻いてると

「はい、じゃあ」

雪が千円札を出して来た。おっ!こういうとこはどこそこの洋さんとは違ってちゃんとしてるのねぇ。

「はい」

「はい」

みさきと高志も、よしっ、このまま、このまま。

「……うん?」

無理矢理に笑って手を出した俺を、洋は何のことだかわかんないといった顔で見下す。あぁ、やっぱり。

「タクシーのお金、出して欲しいなぁ。なんて……」

俺が苦笑すると

「あぁ、悪りぃ悪りぃ、貸しで」

それだけ言って洋はとっととホテルに入って行く。もうやだこいつなんでなの、なぜなら洋だからですか。俺なんでこいつと友達なんだろ。う~ん。

 さて、山野ホテルってパンフレットでは大きそうに見えるけど実際はまぁそこそこで、で……、う~ん。

「やっぱり納得いかない、なんでなぎさを追うはずがARISAを追っているのか」

俺は素朴な疑問を発した。

「……なんか今お前なぎさっぽかったぞ。そういう何かにつけ理由をほしがるとこ」

洋はちょっと不機嫌だ、つうか俺がなぎさににてるだぁ!謝罪と訂正を

「ARISAはなぎさじゃない、しかし十一時に山野駅に間に合う電車ってあれで最後のはずだ。そしてなぎさの電話は?」

なぁやめようぜこれ、ARISAを付けるなんて。なぎさならシャレでしたー!ってげんこつぐらいで済むけどARISAなら俺らカスとり雑誌の記者とおんなじことやってることになる。

「さっき松助くんがかけたけど通じなかったみたい」

俺の提案は阻止され、高志が答えた。つうかなんでみんなそんな乗り気なんだ。話が進まないなんて言ってんの誰だ!

「ねぇ、とりあえずフロントで受付はしないよね?泊まるお金なんてないし……」

みさきが状況をまとめる。

「雪ちゃんがいいって言うなら、俺は虎の子の諭吉さん出すんだけど」

洋お前そんなつもりで着いてきたのか、どうりで。

「勘弁して、ってか諭吉さん一人じゃ足りないっぽいよここ、だってほらカーペット赤いしこの花瓶なにげに高そうだし」

雪は赤いカーペットを軽く蹴った。やめろもしも何かあったら弁償できないから。

「足りたらいいの?ここATMあるかなぁ……」

馬鹿をいうことを止めない洋を放置して、雪がホテル内をぶらぶらしだす。

「う~ん、ここってちょっとお高いカンジ。あ、喫茶店はっけ~ん、雪喉乾いた。ひろぽんパフェおごって」

「おごったらいいの?」

お前ら二人ともめいめいが勝手なこと言っててそれでよく会話が成り立つな。

「……あ、でも『貸し切り』だって~」

「そうかじゃあね、そっちにお土産屋あるよ?」

洋が館内のはじにある小さな土産物やを指す。

「ってかそんなので済まそうとしてる時点でキモイ」

「まぁ見るだけでも」

なにげに雪をエスコートしようとする洋を、雪はうまくかわしてトイレへ行った。

 ……あれ?

貸しきりのはずの喫茶店にいるのはARISAか?まわりになんか大人がいるし収録かな。

あいかわらずかわいい、なぎさなんか目じゃない。ちゃんとほのかに自然っぽく化粧して、キャラ物の可愛い鏡を取り出してメイクの確認。だから可愛いし大丈夫だって

「松助くん何?」

みさきも気づいた。そしてARISAの鏡を見て急に大声を出した。

「あれ!あれ僕のだよ」

「大声出すな!つうかなんでお前女ものの鏡なんか持ってんだよ」

俺は突っ込むやら慌てるやら。

「声が大きいよ松助くん。別にいいじゃない、身だしなみ気にしない男って女の子にモテないらしいよ?」

みさきは俺の口を指で押さえ、俺の密かに気にしてることを言った。

「いいんだよ男は内面だから」

「よう、何してんの?」

雪に振られた洋が、お土産物屋さんのおばさんに負けたのか何かの袋を持って俺らに声を掛ける。

「しぃっ!ほら、ARISAだ」

俺らは植木鉢の影に隠れて喫茶店の中をしばらく覗いていた。

「……あの鏡、今日なぎさに貸した覚えがある」

「……どういうことだ、松助、電話」

俺は慌てて形態を取り出し、着信音をオフにした後なぎさにかけた

 プルル…… プルル……

「はい」

「でたぁ!」

携帯の着信音が鳴るころ、ARISAは鏡をバックに入れて、しばらく手持ちぶたさにしていたが、しばらくたってバックから『イスラム原理主義のほんとう』という新書を出して読み始めた。

「……?ARISAもあんなの読むのかな?」

俺がちょっとだけ意外がってるうちに

「……ごめん、ちょっと用あって雪の用事いけなかったんだ。私」

なぎさに掛けた携帯からもなぎさらしい声が。

「えぇっ!俺らお前いると思って山野駅まで来て山野ホテルまできたぞ!」

俺がぶうたれてると雪がトイレから出てきた。

「何?なっちゃん、なっちゃんなの?」

俺は携帯を奪い取られ、ARISAは新書をずいぶん時間をかけて読んでる。う~ん、そりゃ可愛いから何を読んでても様になるんだけど、何もいちいち新書なんか持ち歩かなくっても、雑誌とか時間潰すのはいくつかあるだろ?携帯とか。なんでイスラム原理主義なんていうセレクトなんだろう?アイドルは馬鹿だとは思わないけど、なんかイメージが。……俺の知り合いでそういうの好きなやつがいたな、そういえば。

「なっちゃんなんで雪とのデートドタキャンなんてするの~!もう信じられない!ってか聞いて、さっきからひろぽんが変な目つきで雪のこと狙ってんですけれど。なっちゃんにはそんなことしないよね?いやむしろ今はなっちゃんのことだよ!もう心配したんだからね!今どこ?」

雪がまくしたてる。俺らは携帯に耳をそばだてる。

「……あぁ、ごめんな、さい。あた……いや私、今電車の中で……」

なんかちょっと変だな、はっきりしないつうか。

「電車の音するか?雪?」

俺は確認する。

「しないよぅ。なっちゃん雪に嘘ついたら嫌だよ~!心友でしょ?」

雪は必死に懇願する。

「……心配かけて悪かった。でも本当なんでもないから、ごめんね」

ガチャ、電話は切れた。

 う~ん、なんか変だ。

確かにどこかで聞いた声には違わないんだが、そのなんつうか……。

「今の本当になぎさかな?なんか演技の下手な娘が無理に一生懸命男っぽくしてる感じが」

「それだ」

みさきに俺が同調する。

「だいたいあいつが『ごめんね』なんていじらしい言葉言ってたまるか」

なぁ、あいつ別に謝んねぇってわけじゃないけど、そんときゃ『わりぃ』とかで済ます気が。

「……それもちょっと言いがかりな気もするけど……」

と、みさきはぼやいた。俺らはしばらく考えたが、わかんないしせっかくなのでもうしばらくARISAの収録を見ることに。

 ARISAはカメラマンに囲まれてる、う~ん可愛い。住む世界が違うっていうまさにあれですな。

しかし?う~ん。

「……ちょっと疲れてるかな?顔が固いよ」

カメラマンがカメラを構えてケーキを口にしようとするARISAを撮ろうとする、なるほどこれはよくあるプライベートショットってやつですな。

「……済みません」

ARISAはケーキが載ったフォークを置いて謝った。そんなのいいのに。でも言われてみれば確かに、どっか笑顔が固いっていうか、なんかひきつってるっていうか。

「ケーキ乾きましたね、取り替えます?」

スタッフの一人がカメラマンに声を掛ける。

「そうだな、もう一個いっとく?」

カメラマンが指示する。ってまてまて

「うわっ!それ喰いてぇ!」

俺は慌てて大声を出し、しかるに見つかってしまった。だってARISAが喰いかけたケーキなんて間接キッス……。

「なんだ君は!」

「お客さんたちさっきから何してんの?お泊まりにならないんなら、お帰り下さいね」

カメラマンには怒鳴られるわ女将さんにはつかまるわ。

「あ、え~と、迷子だったんでおトイレだけ借りました~!じゃそゆことで!」

雪の機転でごまかして、俺らはまたタクシーと電車で帰った。

 こうして、俺の「女の子とホテルに行くっていうすげぇ冒険」(ホントに行っただけ)は大切なものを無くさずに無事終わったのだった。


 昼休みだ、見ろ!おにぎり続いてるぞ!

 しかしこないだはさんざんだったな。

 あの後俺を追いてこうとするオモシロイベントはあったものの、よくタクシー代足りたよな、俺ら。『なっちゃんとデートだから何があってもいいように』余分に持ってた雪サンクス。

 でさ、さすがに昨日の今日だろ?覚えてるか、みさきが言ったこと、

「なぎさが疲れて帰ってくると、なんでか次の週刊誌にARISAが……」

いや待て、はっきり言うがなぎさとARISAは月とすっぽんだ、同じ女つうか、同じ人類じゃない。お前もそう思うだろ?

 え?俺ファンならスケジュール把握してるだろって?もちのロンよ。って言いたいことだけどARISAの事務所ってときどき公式更新するの忘れてたりするんだ、ったく仕事しろよ。

あぁ忙しすぎて急なスケジュール変更に対応できないってのはあるかもな。

「……なにがケーキ食べるだけの楽な仕事だ!ったく。……はぁ」

俺らをこんな目にあわせた本人がみさきをつれてため息ついてるぞ、ちょっとなんかいってやんなきゃ気が済まない。

「お前なぁ」

俺がなぎさに声を掛ける前に

「……じゃあほんとうにありさちゃんの家に泊まったって言うんだね?」

みさきがなぎさにすがりつくように聞いている、あぁ?泊まった?ありさって確かなぎさの親戚だよな、まぁ変じゃないんだけど……。

「あ、松助くん、洋君は?」

みさきが俺に気が付いた。

「あぁ、なんか高校生起業塾のことで先生に用事だって」

あれから洋の『不良』とかいう人物評のことはどうなったんだろう、気になるなぁ。

 俺らも特に用はないのに職員室へ行ってみるか?そうしよ、どうせ暇だし。

 てなわけで職員室、俺らは中に入らず耳をそばだてる。ってなぎさそんな堂々と入っちゃだめじゃんか!

「……大平くんね、起業なんかよりその態度なんとかしないと。それじゃ社会では……」

なんか誰かが怒られてる、って大阪先生か!うわぁっ……うぜぇ。なぁお前どう思う。だいたい社会ってどこにあるってこれはなぎさの言葉だったな。

「……すいません」

謝ってんのは洋か。

「だいたい君はいつも『警察につかまったこともある』って威張ってるらしいじゃないか。前科あるの?それにしては学校に何にも連絡がなかったんだけど……あ、津島先生ちょうどいいところに。大平の前科ってあります?」

もう前科があるって決めつけた大阪先生が津島先生を顎で使う。

「前科ね、あの警官ぶん殴っておけばよかったかな」

おいおい、俺らはハラハラして見てらんないでいると

「……津島先生、それ終わってからでいいですから今度の生徒会の資料下さい」

女生徒の声が聞こえてきた

「あ、白浜。その新聞の切り抜きどこ行ったかなぁ。大阪先生待ってね、大平の前科、大平の前科……」

なんだなぎさかよ、まぁ生徒会もあるんだし職員室にいてもおかしくはないんだけど。

「あった、反省文?大阪先生、大平そんな悪いことはしてないんじゃないかな?白浜、そういえば大平と仲よかったよな。何か聞いてるか?」

津島先生はなぎさに水を向けた

「……なんだよ洋。え?あのこと言うな?でも言わなきゃだめじゃんか」

なんだかわかんねぇけど、洋がこそこそ『言うな』とか耳打ちしてんのかな。

「なんだ?お前ら付き合ってんのか?」

津島先生ののんきな一言と

「秘密にしちゃいけないことしてるようであれば、問題だなぁ……」

という大阪先生のねちっこい絡みを

「両方ありません」

とぴしゃりとなぎさは否定してのけた後

「松助から聞いたんだけど、洋って顔が濃いじゃないですか。で、ある日ぶらついてたら警官に呼び止められて国籍聞かれたそうです。運悪くたまたまパチンコ屋の前だったからめんどくさくなって逃げて、捕まった。それだけみたいです」

「松助、あの野郎……」

あぁ悪い洋、お前のキャラ的にそれ鉄板かなと思ってなぎさにメールで教えたんだ、あとで俺が洋に怒られるパターンですね、わかっておりますとも。

「はぁ?そんな大平くん君ギャグ漫画じゃあるまいし、ねぇ津島先生」

納得しない大阪先生を

「……いやぁ考えられますよ。僕も正直初対面の時『ご両親、両方日本人?』って聞きそうになったしね、じゃあ白浜、これ、資料」

と津島先生がなだめて

「……そうか、まぁいい。しかし起業なんかよりもっと地に足が付いた生き方をしたほうがいいような気がするんだが……ぶつぶつ」

大阪先生はどっちみちなんかいい足りない感じらしいけど、なんとかなったっぽい。

「よかったな洋」

二人が職員室を出るや否や、俺よりなぎさが先に洋に声を掛ける

「……よくねぇよ、たかがプリント一枚にてこずらせやがって」

洋からはありがとうなんて聞けるわけもなく、それはそれとして、これはこれは、ほほう。

「まぁ職員室で怒られてた時点でお前のキャラにブレはないから、じゃあなぎさ、お前今日生徒会か?放課後洋借りたいんだが」

「私んじゃない。喫茶店は禁止!ついてくぞ」

 俺らはあきれ顔のなぎさを追いて、ちょっとだけにやけた昼休みを終えた。


 

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