第8話 山野駅のぼうけん
さて、山野駅。
ここは本当になんにもない。
遠くに山が見えて、駅前も商店街すらなく、バスのロータリーとちいさなお土産物屋があるだけ。
ここで十一時、か。
「ねぇ、まだ三十分ぐらい時間あるよ。どうすんの?あぁなんか喉乾いたかも、よかった自販機発見!松っち何する?みさみさは?雪はねぇ、あ、なにこれやっぱ冬だからおしるこ推しなの、ウケる。じゃあみんなこれでいい?」
雪が人の意見を聞かずおしるこを買いまくりそうなので俺が阻止、千円札を入れ、無難なスポーツドリンクのボタンを押す。
「なんだ松っちそれ推し?ってかおごってくれんの?ありがと。じゃあそれ人数分お願いね」
「わりぃな、松助」
洋の一言ですっかり俺のおごりってことに。流れとはいえ俺の千円札が……。とくに時間を潰す場所もないしなによりなぎさの『デート』の相手を見ないといけない、俺らはバス乗り場にある椅子に座ってだべることにした。
「ひろぽんからの質問だけど、ビアンが女ならなんでもいいってことはないかな~。男だってそうでしょ?雪はね、女の子が大好きだからもっとみんなにシアワセになってほしくって、今色々勉強してんだ、こう見えて頭いいんだよ。でね、起業に今すごい興味深々なの!ほら、雪たちが子供のころ事件起こした人」
「あぁ」
洋は誰かの名前を言った。
「って、なんだ。俺もその人好きなんだ」
会話の糸口を見つけてか、洋は微笑む。
「あのほら食事会?あれ高校生にはちょっと手が出ないよな、でも話聞いてみたい感じもするし……」
俺にはわかんない会話、そんな高いご飯食べてする話ってどんなんだろとしか。
「だよね、きっと高校生だめだよね。若者起業塾ってあるじゃない?あれもねぇ、地元の特産品に注目だのなんかもうちょっとなんかないかなぁ。雪はあるよ?でも教えてあげない。だってひろぽんもしかしてだけどいつかでっかいことしてやるとか考えてない?」
それな、それそれ。
「あぁ、いつかタイム誌にも載ってやる。なんていうか一時の流行なんかじゃない一つの文化を打ち立てたい。世界で俺の名前を知らない奴はいなく……何笑ってんだ」
一つの文化ねぇ、女の前でかっこつけてんのか?俺も初耳だ。それってどんなんだろ。
「だって雪と同じなんだもん。雪もね、若者たちに最近人気の!とかじゃ物足りない。それでね、ビアンじゃなくっても女の子がみんな雪みたいになりたいって思うの」
なんつう、まぁ、お前らはそういうのお前らでやってろ、俺は高志やみさきと『ギャルゲーの女の子はなぜどこかにいそうでいないか』というとっても大切な哲学的命題をな。
「なぁみさきってギャルゲーやる?」
俺はみさきに切り出す。
「うん、だってかわいいんだもん。こないだ一昔前のそういうのやったら服があんまり可愛くなかったけど、こないだ同じシリーズの新作やったらちゃんと可愛くて、ちょっとずつ変わってきたのかなって思って面白かったよ」
おぉ、心の友よ。
「そうだよな、お前よく誤解されるけど、可愛いものが好きなら可愛い女の子だって大好きだよな」
俺は腕を組んで深~く頷いた、
「でね、聞いて?女の子が自分の好みに服を変えてくれるゲームがあるんだけど、それがまた可愛いの。あぁ、可愛い服着た可愛い女の子ってそれだけで癒しだよねー」
とみさきが熱く語る。
「あれはいいよな、でも基本俺清純派好きだから服変えようにも変えられなかった。だってそりゃ清純派行くだろ」
高志は何が好きなんだろ。
「僕は……どこにでもいそうな普通の女の子がいいなぁ。ギャルゲーなら、主人公の女友達キャラとか好きかも。僕も極めて平凡だし、そして平凡な幸せを築くんだ」
あぁ、なにしろお前は
「そいやお前街子とどうなったの?」
俺が一番聞きたかったことを切り出し、やれなんにもだのうそつくなだのじゃれてる時、
「シッ!」
と洋が俺らを制し、道案内の看板の影に急がせた。
「……なんだよ」
俺の口を洋がふさぐ。
「見ろ、犯人だ」
「刑事ごっこならこないだや……ふわっ!!」
ふとみれば、山野駅の改札から出る一人の乙女。
そこにいたのは、いつもジャージでがに股で、喧嘩が強いらしいと有名だからか男子すらからも恐れられ、がさつで大雑把で、繊細さのかけらもなく、こんなのに言い寄る男なんかよっぽど命知らずであろうと噂される白浜 なぎさではなかった。
えっ?えっどゆこと?
そこにいたのは、清楚な水色のワンピースで小股で歩き、そのあまりの尊さゆえに男子からはため息しか出ず、華奢で物静かで、触ったら壊れそうで、こんなのに言い寄る男なんかよっぽど自分に自信あるんだろうなと噂される……って、ARISA!?
ARISAがぁ?なんでここにいるんでしょうか。わたくしですね、ちょっと思いますけど、今日待ってるのはなぎさであるはずで、しかしなぎさがARISAのはずはないとこないだ立証されたはずではないでしょうか。
しかし……なんでしょうか高志、携帯?
「わかったかけてみる」
ピリリ……ピリリ……コール音が鳴る。よかった今日は電源切られてない。
「あっ、携帯」
ARISA(?)みたいな女の子がバックを探る。でもなんか携帯がいつもなぎさがもってるのと色が違う。なぎさのは黒でその女の子が持ってるのは白で。
「あっ、鈴木さん?今ちょうど磯部駅に来たところ。わかった、タクシー乗るね。じゃあ山野ホテルで」
「ホテルぅ?!」
そのあまりの急展開に洋が壊れた。やべぇこのままじゃまたこないだみたいに撒かれる。
俺らも山野ホテルへ行くべく慌ててタクシーを捕まえた。
ロマンスグレイのタクシーの運ちゃんはどう見ても高校生の俺らを見て
「今日も収録ですか?」
と言った。
「あぁ、前のタクシーと同じとこ行くから。全くいつもこの猿顔がいいってファンが言ってくれてるからいいものの、俺らティーンバンドなんて女子高生じゃなくむしろおばさんのファン多くって……あんまやりがい感じないってこいつが言ってるんですけど、そこはリーダーたる俺がね、ちゃんとしないと」
と、猿顔の俺を指して洋が出まかせを言ってる、洋の出まかせはいつものことだけど。
「でしょう、兄ちゃん達面白い顔してるって思ったんだ。この道なら収録は山野ホテルかな。で、リーダーの君はハーフかい?」
タクシーの運ちゃんは上機嫌で、洋の一番気にしてることを全く悪びず言った。
「ボーカルの雪ちゃんが頑張ってるからもってるんだよこのバンド、ギターのひろぽんもベースのみさみさもドラムのたかちゃんもなんにもしないでぼーっと立ってるだけの松っちも十代の女の子の気持ちをちゃんと代弁できないんだもん。雪はね、恋する女の子のハッピーな気持ちを代弁するの!」
雪が洋の出まかせに乗った、つうかなんだよぼーっと立ってるだけって、何気にひどくね。
「いやぁ雪ちゃんみたいな可愛い女の子ならそういう話もあるだろ、しかし男四人女一人……一体誰とデキてるのかい?」
運ちゃんは露骨に卑下たことを聞いてきた。ムッとした雪を穏やかに制して、みさきがそれに答える。
「えぇっと、それはないです。だってみんな雪をだいじに思ってるんだもの。(ここで雪満面の笑み)ベースの僕のこともいつも気遣ってくれて助かってるんです。だいたい異性問題で空中分解なんてかっこつかないじゃないですか。それにそれで傷つくのは僕たちだけじゃない……」
う~ん、なぁなんだよティーンバンドって。なぁ洋。内緒話を始めようとする俺を洋が『いいから話を合わせろ!』とこづく。何考えてんだろ。
「おぉっ、いいこというねぇ。兄ちゃん優しそうな顔してるし兄ちゃんが雪ちゃんの彼氏かな?」
運ちゃんは何だか聞いたとこある古い歌謡曲を口ずさんでいる、テキトーに人の話聞いてないし。
「あっ!その歌手確かこないだ紅白出ましたよね!同じ事務所の先輩なんです。今日も収録ってことは……やっぱり先輩たちは先に山野ホテルで収録してるんだ」
高志が精いっぱい状況を把握して、なおかつ運ちゃんの機嫌を損ねないように誘導した、あぁ、なるほどな、そゆこと。
「まぁ、兄ちゃんたちも紅白出るぐらいにがんばんなきゃだめだよ。うん、山野ホテルは山も湖も見える景観が綺麗なとこだし、よく収録に来る芸能人はいるかな。内線でARISAを乗せたって同僚がさっき……」
なにぃ!?俺は慌てて席を立った。
「兄ちゃん立ったら後ろ見えないよ!」
「ARISA乗ったの!ねぇ運ちゃんこの車?この車?椅子カバー売って!」
運ちゃんの言うことを聞かず俺は半狂乱になる。ならずにいられるかそんなもん。
「ここでお葉書読みます。『日常話より政治ネタが聞きたいです』お答えします、えぇっと、あんまり政治ネタばっかするとニュース番組になってしまうので。これはバラエティなので。はい、もうちょっと勉強します。さて次の曲は……」
ラジオが流れる。
「この車じゃないし、どっちみち椅子のカバーなんか売れないよ、変な兄ちゃんだな。ほら、もうすぐだよ」
俺らがなんだかんだとやってるうちに結構な時間が経ってたのか、曲がりくねった山道にはいつしか山野ホテル→この先5㎞の看板があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます