第3話 洋の告白

 それはある春の晴れた日曜日だった。

 洋はなぎさの携帯をしらないけど、なぎさは約束通り、磯部駅に現れた。

 いつものジーパンにTシャツ、男もののスポーツメーカーのジャージを羽織って。

 洋はなぎさがあんまりにも「デート」って感じじゃない衣装で現れたので(なお、俺は彼女なんかいたことないから、デートするときの女の服なんかしらない、似合ってりゃいいじゃねぇの?)俺がもし大人だったら、こいつにもっと似合う……俺好みの服を買ってやれるのにって思ったそうだ。

とにかく、その日は洋となぎさ二人きり……。

ロマンチックなデートにしようと、洋は丹念にプランを練っていたんだって。

まず、いつもの喫茶店レオとは違う、ちょっとおしゃれな駅前の喫茶店で軽く喋る。

 時間が来たら映画館へ。ワクセイジャーの星が出る高校生同士の淡く切ない恋物語「君がいなければ」を観る。

映画の余韻に浸りながら昼ごはん、美味しいで有名なイタ飯や。

午後は広い公園で、ゆっくりと語り合う。

どんだけいろいろ詰めこんでるんだよ!俺ギャルゲーでしかデートしたことねぇけど(あぁ、っていうな、お前はどうなんだ!)映画だけ行ってればいいんじゃねぇの?ふつう?

で、プラン通り駅前のおしゃれな喫茶店へ。

ここからは洋からお前も聞いたよな。


 洋の告白1

まず、俺はなぎさと一緒に駅前の喫茶店へ行った。ここのケーキは美味いって、女の子の中では評判だったからな。

 ところがなぎさは

「あぁ、ちょうどいい、朝飯まだだったんだ」

ってモーニングセットのパンケーキ頼んで食う気満々なんだ。

 ……まぁこいつの食欲は見てると結構気持ちいいからいいよ?食欲はいいけど性欲はこいつどうしてんだろうな、そういえば……。

 なぎさがパンケーキに蜂蜜をたらすのを、蜂蜜をなぎさにたらす妄想をしながら見てたら

「お前は何頼んだの?」

なんて、まぁ無邪気な笑みだな。

「ケーキセット」

「?」

なぎさはきょとんとしてる。

「別に男でも頼んでいいだろ」

「あぁ、そういえばなんかみさきもここじゃないとこでよく頼んでる」

「ここのケーキは美味いぞ。……やんねぇぞ?」

俺はわざとケーキをすくったスプーンをなぎさの口の前へ運びながら食べた。

 ぱくっ。なぎさが俺のフェィントを阻止して一口かじった。

「ほんとだ!なんつうか上品な甘さだなぁ。美味いとこ教えてくれてあんがと!洋!」

屈託のない満面の笑み。あぁ関節キスだ……。

 馬鹿なことっていうな、お前らだって似たようなもんだろ?

 え?リコーダー?俺そんなの別に盗んだことねぇよ?そんころはガキに用がねえから、意味もなく入ってきたばかりの教育実習のお姉さんに甘えてたりしてたっけなぁ……。

 俺はスプーンをゆっくり味わった、違う、いや本当あそこの喫茶店のケーキは上品な甘さだぞ?

「洋、ベリー好きか?」

なぎさのパンケーキには、クリームとベリーがのってた。おっ!さてはくれるのか!いいなそれすげぇカップルっぽい!

「よけるから喰っていいぞ」

……まぁいいや、そのうちもっと美味しいジャージ着た生徒会長を喰うから。

「あ~ん、してくれたらデートっぽくっていいのに」

「?これ、デートなのか?」

 なんてことない話してたらもう時間だ。やっぱスケジュールきつかったかな。

「喰ったか?じゃあ映画館行くぞ」

俺は会計を済ませた。

「あぁなんだよ、自分の分ぐらい払うって」

なぎさはそういうと俺のポケットに800円をねじ込んできた。……これはデート、なんだぞ?


 洋の告白2

 映画館はあんまり混んでなかった、子供向けアニメの公開を目当てに、親子連れがちょっといるぐらい。

 切符を買って、……ってなぎさ何してんの?

「コーラとポップコーン買った。お前は?」

ラブストーリーをポップコーンぼりぼりやりながら食うか。普通。

「それにしてもお前が姫魔女とは……。まぁ別にいいよ?ニチアサだし」

どうも盛大な勘違いをされたみたいだ。慌てて訂正する。

「え?『君がいなければ』?……見るのはいいけど……」

なぎさが何か言いたそうにしてる

「戦わない星君はどうでもいい?」

言いながら俺はちょっとだけ思った。なぎさのいう「かっこいい」に恋心はあるのかって。

 もしかしたらそうじゃない、少年みたいな憧憬。でもほんのちょっとだけでも恋心みたいなものがあるなら……俺と星はいくらなんでもタイプ違う、けど。

「洋これ見んの?……いやなんつうか、見ればわかる」

なぎさはなぜかしぶしぶと、嫌そうに放映場所へ。

 なんだろうねこの態度、年頃の女の子ならもっと嬉しそうにするとこだろ。

 なぎさが嬉しそうなのは戦隊の新しい映画のちらしを見つけたことぐらい。ったく。

ムード作りか、前途多難だな、これ。


 洋の告白3

 さて、映画が始まった。

 暗い館内、手ぐらい……って思ったけど止めた。何、焦んなくたってそのうち、な。

 ヒットチャート上位を走る切ない女の子の恋心を歌った主題歌が流れる、あのほら松助の好きなARISAのだ。……ってあれ?これARISAでてたっけ?って俺は思った。

まぁいいや。

星演じる主人公、圭太は昔幼馴染を亡くして、それに似たヒロインに惹かれて……って話。

 ……あぁ笑ってくれ!

 宣伝に乗った俺が悪かったよ!

 なんだあのダメ映画!

 ここからなぎさのツッコミちょっと聞くか?聞くよな?

「あぁなんでそこで都合よく再会するかなぁ、つうかよく一回会話しただけで『あぁ、あの時の!』ってなるな」

「もう仲良し……お前らはニチアサか!」

「坂長い!洋!これ!こんな坂自転車でって下りはともかく登りはどうすんだ?あと自転車二人乗り」

「なんだこの『うるさかった二人』って、明らかに先生の話聞いてない生徒他にもいただろ」

「この学校の校則はどうなってんだ!金髪で優等生!」

「絶対許さないって、星今変身ポーズ取りそうだったじゃねぇか!見たか、洋!」

あぁうるさいうるさい、ムードもなんにもあったもんじゃない。いや確かに内容はよくあるアイドル映画で無いに近いけどさ……。でも星ってアイドルっつうか俳優だったよな?

 なんだ松助うるさい、あぁわかってる。

 物語中盤、圭太の死んだ幼馴染役でARISAが出てくんだ、お前もだから見た、そうだよな。

 あの名作を貶めるなってんだろ。

 で……松助、お前、演技のうまい下手、わかるのか?

 そうなんだ。何がひどいってこの映画。

 ARISAの演技が一番ひどいんだ。

 あぁ言ってやる!ARISAは大根だ!そういえば歌だってよく聞けばそんなに上手くない気がしてきた!

 あんなのなんで人気あるんだ?事務所のごり押しじゃねぇだろうな?

でもおかしなもんで、ARISAが出てきてからなぎさは静かになった。

「……ひでぇ演技だな」

って俺が文句言ってたら

「……でも、きついスケジュールの合間ぬって一生懸命練習してんだ。みんな期待してる。他の仕事もあるし学校だって休むわけにはいかない、このプレッシャーって、どんななんだろうな……」

なんて、なんかしんないけどARISAの擁護してる。

 そのころはなぎさがARISAかもしれないなんて与太話よたばなし誰も考えはしなかったから(もちろんそんなことはないと証明されたわけだが)俺は言ったね。

「お前アイドルだった時なんて一秒だってないだろ。アイドルなんて笑って媚売ってりゃいい気楽な商売じゃねぇの?」

ところがなぎさは

「笑ってりゃいいってのも、きついと思うんだ」

と意見を曲げようとしない。

「でもみんなちやほやしてくれるじゃん」

俺は食い下がるが

「何してもちやほやされるってのも、考え物だ」

だってさ、なぁ、なぎさ、なんか変くねぇ?

 物語終盤、『あなたは幸せになってね』と言い残しARISA演じる幼馴染の亡霊は消える。(つうか、これホラーだったっけ?)

 星演じる圭太は時計を見て、思いを寄せるヒロインとのデートに急ぐ。

 しかしヒロインは『わたしはあの娘のかわりじゃない』と言い、デートはおろか、携帯にも出ない。すれ違う二人。

 主題歌が流れ……二人のアップ……。

 あれおかしいなこんな映画、ARISAの歌だってそんなに上手くないのに……目頭が……。

「俺トイレ!」

席を立とうとした途端!俺は戦慄した。

 俺の隣ではこっくりこっくりなぎさが寝てた。

 ……かわいい寝顔。

ってそうじゃねぇ。寝るって何事だ。そんなに俺といるのがつまんないか、いやまて信頼されてるととることもできるな。

「起きろ、もうスタッフロールだ」

結局席は立たず、映画よりはなぎさを見て俺は過ごした。

「……この映画、つまんなかった?」

しかたねぇ、リトライする。一回つまんなかったからってもうデートしないなんていうなよ?

「つうか、一回みたんだ、これ」

なぎさの答えは俺の斜め上を行き過ぎて、俺は頭がからっぽになってしまったんじゃねぇかと一瞬思った。

 だってこれ今日クランクインだぞ?

 つうか誰とみたんだ?一人で、今日みたいにツッコミしながら見たのか?

 ……どうにもわかんねぇことってあるよな。


 洋の告白4

 でさ、なぎさがポップコーン喰ってたし、(あんまムードもないしな)お昼はパン屋でパン買って公園で食べようってことになった。

 そうその駅前のやなせベーカリー、アンパン買ってく奴が多いけど(なにも入ってねぇみたいに見える袋じゃねぇぞ、そんな体に悪いもん買うほどガキじゃねぇ)俺にいわせりゃそんなの選んでるやつは素人だ、実はここは

「あった!ロールパン!」

……先越された、なかなかやるじゃねぇか。

「天丼パンって天ぷら挟んだのあるんだ、喰ってみよ」

それ……ゲテモノじゃねぇの?俺は無難にカレーパンだ。

 駅前に公園なんてって俺も思うけど、ここは公園じゃなく……なんだっけ?昔偉い人が住んでたお屋敷の庭園?そこを開放してんだっけ?でも動物園(もちろんパンダはいない小さいの)あったりちゃちい機関車があったり、まぁ公園だろ。

日当たりのいい芝生に俺は座り込んだ。なぎさも横に座るんで、俺はハンカチを出そうとして……やめた。

どうせこいつそんな下にハンカチ引く気遣い俺に期待してねぇだろ。

「今日の映画、どこでみたんだ?」

座るやいなや、俺は今日一番の疑問を口にした。

 春のその日に全国ロードショー、しかもこいつがラブストーリー?いや興味がないよりはいいけど……。

「知り合いが、としか言えない」

なぎさは申し訳なさそうに口ごもった。

「まぁ、んでツッコミながら見てたし寝てたけど、やっぱ変身しない星には興味ない?」

なんだろうな、なぎさのこの返事。友達がいないっつうか……いや俺なぎさと友達だったっけ?いつかモノにする、それは友達っていうか狼とうさぎの関係だ。

「まぁ……変身はしないってだいぶ前からわかってたけど……二回目だってこと考えればそれなりに楽しかった、かな?」

う~ん?こいつ芸能ニュースなんか見たっけ?

「ってそんなことより、お前私とこんなとこいていいのか?誰か別な女の子誘えばよかったんじゃねぇの?洋」

松助、俺の日頃の行いがって言うなよ。

「俺はお前を誘いたかったの」

「お前どうせ誰にだってそう言うだろ」

なんだこれ全然信用ねぇの、笑うな!こいつ男性恐怖症じゃねぇだろうな?なんとなく男といるだけで男に夢抱いてない系?

 それ寂しくねぇ?

「お前さ、俺今ちょっと傷ついたぞ」

なんだなぁ、女なんてほめりゃすぐつけあがるしここはひとつ……

「じゃあ何かよ?言っとくけどお前なんておなかいっぱいのライオンだからあんま怖くないって女子から言われてんの言っていいのか?」

「もう言ってるじゃねぇか!」

こいつ俺なめてんじゃねぇだろうな、お腹いっぱいのライオンだぁ?」

それ襲ってこないって言いたいのか!

あぁなんだこの野郎、のんきに天丼パンなんてゲテモノ喰いやがって!喰ってやる!

……にしてもだぞ、どうやって喰うかなぁ。

なんて考えてたら

「あっ、四つ葉みっけ」

なぎさはそう言ってクローバーが固まってるとこに駆け寄った、ガキが。

 幸せなんてそうそう落ちてるかよ。

「ほら洋!四つも四つも!」

なぎさの手には四つ葉のクローバーが四つも。

まぁしかし無邪気なことで。

「何?よし、俺も見つけてやる」

負けじと俺も四つ葉を探す。

「ムキになるなよー!私これみつけんのうまいんだ、うちに沢山あるし一つやる」

あぁなぁ、こいつ子供だ子供。

 まだ喰えたもんじゃねぇよ。


 洋の回想5

 まぁいいや、一回のデートで「今日は帰りたくないの」とかやられても困る。

 処女の想像力なんてどうせたいしたことねぇだろうし……。

 三時ごろ、俺らは公園を後にした。

駅前の商店街、なぎさはひとつの古本屋を指し、こう言った。

「なぁ、ついでにここよっていいか?」

店の前には日焼けた文庫本がかごに入って雑な値段の付け方されてる。

「ここ、ゲームはないぞ?」

「知ってる、なんなら帰っていいぞ?」

 こんな漫画もピンク色のお宝も扱ってない古本屋俺は楽しくねぇ。けど送ってけばこいつの母ちゃんやら父ちゃんに会える、ちょっとよそ行きの顔してりゃ、「あら、いい人じゃない、彼氏?」なんて言われたりして……。

「えぇっと、ここ、ここ」

なぎさは古本屋のなかでもなんかとりわけ古そうな本ばかりあるとこへ行く。店主は何も言わない。女が古本屋くるとなんとかっつう言い伝え、なかったっけ?

 あれなんだっけな、うろ覚えだしググっても出てこねぇ。なんて携帯いじってたら

「携帯はご遠慮願います」

じじいの店主に睨まれた。俺はどうせなんでもググるネット世代よ、だってただだぞ?

 つうかなんでも本で調べるなぎさみたいな方が俺らの世代珍しいんじゃねぇの?

 だからなぎさは俺らと会うまであのYoutubeはおろか、いろんなネットのコンテンツ、親に禁じられてたわけでもなし(普通俺らの世代じゃそんなん空気みたいなもんじゃねぇか!)知らない、と……。

 俺あのほらさ、どうせだからあれねぇかな、と思って。俺がまだチビだったころ事件起こした人、俺あの人尊敬しててさ、なんか本ねぇかな?

 しかし、なんかその人叩く意図とマンセーの古い本ばっか。俺がガキだったから詳しくは知らないけど、にしても一人の人をよくそんな色々いうよな。

「おっ、『夜と霧』は持ってるけど『夜』は見つかんなかったんだ、これ買うかな?あぁでもやっぱりちょっと高いな」

「お前なぁ、アマゾンで買え、そんなの」

通ぶりやがって、夜なんてお前ユダヤ人がどうだらいうやつだろ?俺だって知ってら。つうかそれ、お前の人生になんか意味あるか?

「つうかさ、お前の夜ってどうなんだよ」

俺はこっちに興味あるね。

「夜は遅くまで本読んでて、携帯ゲーム機やりながら寝ちゃうかな」

なんとも色気ねぇな、

「好きな人のこと考えたりとかしねぇの?」

いくらなんでもな、そんな勉強ばっかりで恋愛に興味ないとかじゃねぇだろ、

「?私お前も松助も好きだけど、そういう意味じゃないって松助に言われる」

誰かこいつに恋を教えてやれ、……いや俺が教える。

「まぁいい、で、中東問題から始まってユダヤ人のこと調べるはいいけど、中東っていえばさぁ、『悪魔の詩』とか知ってる?」

「聞いたことねぇ、どんなの?」

なぎさは正直に言った、ちょっとしょげてる。一生懸命こっそり勉強したかいがあった。

なぎさ、お前が俺の前を歩こうなんざ百年早いんだよ。

俺らはなんだかんだだべんながら駅前で別れた。

でもそれからなぎさの俺に対する態度が変わるわけでもなし。むしろ次の日に「また行こうな」なんてみんなの前で大声で言われて、別の女子から

「なぎさ遊びにさそうならうちもー!」

とか言われて、あぁ女ってこえぇ。

 いいよそんなにお望みならほんとに遊んでやるから。



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