一人の運命の補佐官
そんな歌姫たちのやり取りの最中、音楽聖堂の下層のアーク・ソールのハンガーで、他の機体から遠ざけるように保管されている、骨色の実物台の模型のようなアーク・ソールの前で、見上げる一人の女性がいた。
彼女の名は、マヤノ・スズキ、歳は24…。彼女は異世界、『ニホンコク』から来た。不思議な女性だった。
彼女は、売れなかったとはいえ、ニホンコクでインディーズで歌手活動をしていたのだ。
春夏秋の歌姫として選ばれることはなかったが、『ニホンコク』での活動と魔力省のお偉い方の前で歌のパフォーマンスを披露しその確かな功績が認められ、歌姫たちの補佐をしていた。
春夏秋のどの力にも属さず、あまり大きな力を持っていないことから、彼女は春夏秋の歌姫に選ばれることはなかったが、補佐に選ばれたのは、彼女にも歌の力があったからだ。
彼女は、アーク・ソールを見上げながら自分の人差し指の腹に盛り上がるように溢れてくる血を見詰めていた。
「慰めなんていらないわよ…」
彼女は、不貞腐れたように吐き捨てる。
その顔はよく見ると、泣いていたようで、瞼が腫れ目が真っ赤だった。
「…それは、修羅の道を自ら選んだからでしょうか?」
男性の機械的な声がどこからともなくしてきて、彼女に問いかける。
「…ふざけないで、あなたせいよ!」「怪我させた癖にっ!」
マヤノは、ムキになって怒るが…
何だか切なそうだった。
ずっと、アーク・ソールと血が滲む指の先を見詰めていた。
色んな悲しい負の感情が溢れて、感情がこんがらがる…
喜びに溢れる弾んだ声が蘇る。
〔マヤノ!僕は選ばれたんだ!〕〔このiXシステムを完成させる!〕
〔アーク・ソールを創る!〕〔その為にこの肉体を…〕
茶色の髪の端正な顔立ち青年に近い年頃の少年は、魔法学校の飛行科の高等科の優秀な生徒しか着ていない制服を着こなして子供のようにはしゃぐように身を乗り出してそう言った。
心の優しい人だった。
大好きだった…。
だけど、アーク・ソールの創成によって、彼の肉体は無くなり、魂は召喚された…。
今、創成されたアーク・ソールは存在しているが、もうこれを動かすパイロットはいないのだ。
そう思うと、胸が苦しくなる。
顔をしわめて苦渋の表情を浮かべた。
また、マヤノが癇癪を起こして泣きそうになっている。
すると、アーク・ソールが動いた。
その大きな手をゆっくりと動かすと、人差し指だけを突き出す…。
そして、慎重に慎重を重ねるように、マヤノの血を流す指から綺麗に血を拭き取った。
「…え?」
マヤノはそれを呆然と見詰める。
見上げると、アーク・ソールは口元の兵隊のような骨色のマスクを外し自分の人差し指についた、マヤノの血を舐めたのだった。
唖然としていたマヤノのだったが、それを見て、説得されてすべて受け入れたかのように、肩を落として溜め息を吐くと、深く瞑目しもう一度目を開くと…
「そうね。いつまでも後ろ向きではいけないわね…」
そう呟いて、アーク・ソールを見上げて愛しそうに微笑み
「ね?winglover(ウイングラバー)(ソラトブコイビト)…」
名前を呼んだ。
すると、アーク・ソールの目の部分と思われる顔の位置にある二つの出っ張りが、白オレンジに輝いた。
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