第6話 魔女への道
結局、ホテルの地下のカフェにやって来たのはナナとトモちゃんだけだった。
他の皆んなはそのまま中級クラスに出るらしい。
このカフェは地下にあるものの、半分が地下に埋まってる作りになっていて、外に面した窓からは、歩道を歩く人々の足が見える。
ただ、残念な事に、通り行く人々の膝下までしか見えない。ミニスカートの女性が通りを歩いていても、綺麗に植えられた街路樹が邪魔をして、どんなに頑張ってもミニスカートの中の秘めたる部分を見る事は出来ない。巧妙に設計されたカフェである。
ホテルのカフェ、それもかなり高級ホテルの方に入る。
かっちりとした制服に包まれたスリムな女性が、窓際の席へと案内してくれた。
ネームプレートには『王・・・?』
中国名らしい文字が並んでいた。
驚いた事に、席に案内してくれた彼女の言葉は日本人が使う丁寧語よりも素晴らしく綺麗に優雅に発音され、ナナは、彼女のその美しい顔を二度、見上げてしまった。
恐らく中国人であろう。でも、そのネームプレートが無かったら、日本人だと誰一人疑わないだろう。
きっと、日本で働く為に相当な努力をしたに違いない。
席に着くと、分厚いメニューを持って来てくれた。
聞いた事の無い紅茶の名前が何種類も書かれていた。ケーキのセットが気になった。
ナナは、トモちゃんがメニューを決めるのを待った。
「 何する?」
「スィーツ食べたいんですけど。」
「えっ?さっき、ナナちゃん、ドーナツ2個食べて無かった??」
トモちゃんは、悪気のない、可愛い顔で口角を上げながら笑った。
「え、ええ〜〜。でも、ここのスィーツ食べた事無いんですよね。」
「さっき運動したし。」
自分に、『ダイエット』の文字が浮かんできた訳では無かったが、ダイエットの言い訳に浮かんできた『運動』と言う文字で誤魔化す。
「そうね〜〜。私はご褒美は1日一回って決めてるから、紅茶で、良いわ。」
「じゃ、私はやっぱり、ケーキセットで。」
先ほどの中国人の彼女を呼ぶ。
紅茶でも、色々な種類がある。コーヒーはブレンドか、アメリカン。
ナナは普通にコーヒーを頼む。
トモちゃんは、ダージリンティーを頼んだ。
「ナナちゃん、ベラムでレッスン受けてるの長いの?」
「えっ、ええ〜、三年くらいかな。あまり、熱心に通って無くて。」
嘘だ。ナナは、ダンスが下手なのを知ってる。キャシー先生の教え方が下手だと思われたく無い。
「トモさんは?本当に最近なんですか?あんなに上手に踊れるのに。」
一応、年上なんで、さん付けで呼ぶ。
「トモちゃんで良いわよ〜〜。自分の事、ちゃん付けで呼ぶのちょっと恥ずかしいけどね。アキラも、トモちゃんって呼んでるし、そもそも、私のニックネーム考えたのはキャシー先生だからね。」
「キャシー先生の所でレッスン受けてたんですか?」
「そうよ。ナナちゃんが産まれる前くらいにね。でも本格的にやり始めたのは、最近よ。アキラがサルサダンスのインストラクターやりたいって言って、何とか人様に教えられるようになってからだから。ここ三年くらいかな。」
「あの、本当にゴメンなさい。先生が、言ってましたけど、50歳過ぎてるんですか?見えないんですけど。信じられ無いです。」
「ふふ、そうよ〜。知ってる。」
トモちゃんは、また、口角を上げて微笑みながら指を一本立てて昔早ったギャグのマネをした。
トモちゃんの笑顔はまさしく魔女だと思った。女のナナでもドキドキしてしまう。黒く大きく開いた澄んだ綺麗な目。二重瞼。ナナには持ち合わせて居ない。
「しっかり、若作りしてますからね。これでも一応、日々努力してます。人生ね、楽しむ為には頑張りが必要な訳ですよ。」
「あ、で、スキューバダイビングですか?」
「それもある。でも、ナナちゃんに聞きたいんですけど、何か頑張ってる事とかある?」
「頑張ってる事ですか?‥‥。」
「無いかも‥‥。」
「じゃ、人生どう言う風に生きたい?」
「‥‥。その質問、難しいですね。考えた事無いです。」
「私のこのくらいの歳になるとね、周りで亡くなる人が結構いるのよね。で、思うのよ。人生一度きりでしょ。いつ死んでも良いように、今、この一瞬、一瞬を、悔いの無いように生きようと。」
「スキューバダイビングなんて、50歳過ぎてからやり出したのよ。ライセンスも取ったけど、案外出来るものね。」
「努力すれば、為せば成るって感じ」
ナナは、トモちゃんに惹き込まれた。
キャシー先生も、若く見えるけど、トモちゃんは、年齢じゃ無くて、人を惹き付ける力と、一緒に居る人を幸せにする力を持ってる気がした。
「努力っと言われましたけど、どんな努力したら、そんなに若くて綺麗でいられるんですか?」
絶対、何か秘密があるはずだ。この人のようになれるものなら、なりたいと思った。
「私の場合は、ジムに週三回通って、筋トレとヨガ教室、エアロビクス、プールで1キロは必ず泳ぐ事にしてる。あと、アキラのレッスンに週二回は行ってるわね。あ、一応、専業主婦じゃ無いよ。これでも、ちゃんと仕事してます。
バイトだけど友達の花屋さんで週4日くらい午前中だけど働いてるの。」
やはり、運動と言う努力はきちんとしないと行けないようだ。
「精力的ですね〜。やっぱり、それだけ身体動かしてるからスリムなんですね〜。」
「ナナちゃんは、痩せたいの?」
「はい、この体型ですからね。痩せたいです。」
「でも、痩せれない。」
トモちゃんみたいにスリムな体型だとどんな服を着ても似合うだろうし、サルサダンスのフロアに立てば、男性陣はみんなペアを組みたがるのだろう。
羨ましいと思った。
「ナナちゃん、出来る事から努力しなきゃいけないよ。今日、初めて会った私が言うのも何だけど、努力して見えて来るものが沢山あるはずだから。」
「例えば、食事ね。1日、何キロカロリーくらいに摂取してる?ドーナツ2個食べて、ケーキだと、結構カロリー高いよね。」
ごもっともです。
「私が言わなくても分かってると思うけど、人を羨むんじゃ無くて、自分に出来る努力して、自分の為に人生、生きなきゃね。折角与えられた人生だから、サルサダンスも綺麗に踊りたかったら努力する。」
「あ、そうそう、ナナちゃんって、サルサの音楽ってレッスン以外で聞いてる?
踊ってる時、頭の中で、1.2.3とか言って自分でカウント取ってるでしょ。そうじゃ無くて、音楽を聞いてごらん。その方が絶対上手く踊れる。あと、力が入りすぎちゃってるよ。肩の力を抜かなきゃ。ペアで踊る時は、相手に身を任せてね。足踏んだらどうしようとか、転けたらどうしようとか考え無いで自然に、気持ち良く踊るようにね。後でパーティーでアキラと踊ってみて。きっと、上手くリードしてくれると思うよ。」
確かに、サルサ音楽をレッスン以外では聞いて無い。いつも、このステップで合ってるか不安で、相手の足を踏まないか不安で、ギクシャクした踊りになる。
トモちゃんを『師匠』呼びたいと思った。
「それからね、ナナちゃん、踊ってる時の顔が怖いよ。まーいーうーって言ってみて。」
「まー、いー、うー、ですか??」
「そうそう、顔の表情筋ってそれも鍛え無いとダメよ。人の身体って不思議なものでさ〜〜、筋肉って鍛えれば、鍛えただけ応えてくれものよ。表情筋も筋肉でしょ。」
明日から、食べる物も気をつけて、とにかく運動をしよう。とりあえず、近くのジムに登録して、プールで最低は週二回は泳ごう。
と、固く決心した。
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