第4話五か月前。新世界で。
-exchange perspective -third person-
アルキス帝国の帝都、その北西部。
外壁にほど近い、建物の隙間を冷たい風がかけぬける場末のような場所。
木造の建物は小屋のようなものばかりが並び、大きい建物であっても安全性という面から見て心配しか残らない。
「このっっ! グズがーー! ろくに接客も出来ないのか!!」
「す、すいまぜん」
今は夕方、夕陽も届きにくい場所で、辺りは薄暗く陰惨とした気分が立ち込める路地裏だった。
「何、うじうじしてんだてめー?、男だろ。女々っちいんだよ!」
「そ、そんなこと…」
「口答えすんな!クソッタレ!クビだ!クビ! うちの店から出てけ!」
ここは、古びれた宿屋兼食堂の裏口。
その店の店主であり今怒鳴りつけている大男は1人の青年の胸ぐらを掴む。
彼、ナナリは押し出すようにして突き放られた。
店主はいかにもアウトローというような風貌だ。
ナナリの昔はある程度鍛えられていた身体だったが、ここ最近の栄養不足と、店主の厳つい鍛え上げられた身体に成す術もなく地面に転ばされた。
筋肉量では到底及ばない。まして力だけで勝つことなんて出来ないのは当然だった。
「何が、計算は人よりできるだ…役立たずじゃねえか。」
バタンッ
店主の男はそう吐き捨てるよいにつぶやき、苛立ちに任せるようにして、勢い良く裏口の扉を閉めた。
「出てけも何も、店の外じゃないですか…」
ナナリの口から出たのは言い訳がましいそんな事。
ナナリに反論しようなんて気は一切起きなかった。
怒鳴られるのも嫌だったしそんな事しても意味がないと分かっていたからだ。
誰もいない裏路地に1人。
「 今日の分、お金もらえなかった……はぁ、今日はどうしよう。」
食堂では、お酒を飲んで酔っ払っている人がいるのだろう。騒がしさが伝わってくるがその喧騒はひどく遠く感じられた。
周囲を冷たい風が通り抜けて行く。
「ケホッ、ケホッ」
埃が舞い上がり生ゴミの腐敗臭が流れてきてナナリは思わず顔をしかめた。
辺りの寂しさが何となく惨めさを嘲笑っているような気がしてナナリは段々と気分が滅入ってくるような気分だった。
このままいても意味ないし、ここに居続けてまた怒鳴られるのも面倒だ…そう思い立ち上がろうとする。
だが、足に力を入れようとした瞬間、尻に鈍痛が広がった。
尻をさっき打ったせいだろう、痛みで普通に立ち上がるにはかなりの苦労を要した。
「いったぁ。……はぁ」
確実に、あざは出来ている痛み。
「あぁ、またか……痛いのって面倒なんだよなぁ〜」
零したくもないのに涙がすっと糸を引くように流れ出た。
痛みで思うようには動けない。
ナナリは、日本で高校ラグビー部に所属していた事によって痛みには慣れたと思っていたが、暴力の痛みと運動の痛みは全く違っていた。
痛む身体に鞭打ち、すぐ近くにあった木箱に手をついてゆっくりと立ち上がる。
地面を踏みしめた足は傷も痛みを訴えかけた。
もう身体はボロボロだった。
顔を隠すように俯いて歩き出す。
店からだいぶ離れたところで、少し緊張感が柔らいだせいか、立ち止った瞬間にタイミングを見計らったのかようにお腹が鳴る。
昨日夕方は賄い飯とすら言えないような残飯のみたいな物だが食にありつくことが出来た。
ただ、それ以来何も食べていないのだった。
本当、お腹減ったなぁ…。
何故かはわからないが、ナナリの瞳からはまたも涙がこぼれ落ちる。
彼は食べ物を求めて歩き出した。
ナナリがこの世界にきて一ヶ月。
お店をクビになったのは4度目。雇用自体を断られるかのとはザラだった。
断られた理由で一番多かったのは、文字を書けなかった事。
今回は、食堂で給仕の仕事をしてい時にトラブルを起こしてしまった。
仕事の最中に性的な目的で体を触ってきた男がいて、気持ち悪い、と突き飛ばしてしまった。
突き飛ばした相手がその宿周辺を巡回する兵士かなんかで、クレームをつけられたせいでクビになったのだ。
ナナリは別に女に見えるというわけじゃない。というかどう考えても男っぽい。
その兵士の趣味なのか、性的な事をしろと暗に命令された。断ったにもかかわらず、命令口調で性的な事をしろと触ってきたのだ。 相手にはそういう趣味があっても、ナナリにはそういう趣味は無い。ナナリは本当にやめて欲しかった。
ナナリは別に同性愛を否定する訳じゃないけれど彼には無理な事なのだ。
ナナリは歯噛みして、クソッと呟いた。
何も無しにこの世界はでスタートしたナナリには色々な物が足りなく、きつい事だらけだった。
日本みたいに甘い世界じゃない。
生活保障なんて何も無い。この世界では一ヶ月という短期間の間に幾度となく貧しくて死ぬ人を見てしまっていた。
一ヶ月でも、失敗、苦労、暴力色々な事で途方もない長い時間が経ったように感じでした。
もう死人を見ても素通りしてしまう。
特に今のナナリの生活圏は帝都でも1番治安が悪い場所。暴力と死が非日常ではなかった。
もし、生きていたとしても助けてくれる人なんて確実にいない。
この世界はにナナリにとって分からない事だらけだった
この世界の人の顔立ちは欧米系で、基本金髪、茶髪で瞳の色素は薄く青、碧眼の人もいる。
それに純粋なという言い方が正しいのか分からないが、純粋な人種以外にも、人間と同じように喋ったりする事が出来る他の種族がいた。
ナナリは未だあまり姿は見かけた事はない。少し見たことのあるもので言うと、獣人種などの人々がいる。
ナナリの行動範囲が狭い為か、獣人種以外の種族には未だお目にかかれていない。
アルキス帝国の政治制度は、元いた日本と違い一応の中央集権制度。封建社会でかなり激しい階級身分社会だ。階級社会だからか、へりくだる言葉や敬意を表す言葉もあり、日本と同様、敬語と尊敬語がある。
今いる国は戦争状態にないが、戦争の脅威が身近にある状態となっている。
そして、ナナリにとって最も不可解なのが魔法と呼ばれる存在だった。
地球に居た時にはあり得ないもので、火は出せるし水は出せる。
魔法とは魔力というものを持っている人しか使えないもので、エネルギー保存則などの法則の範疇外にある。
自分が異なる世界にいる。
最初はもちろん夢だと思った。夢だと思いたかった。それはそうだろう。誰だって夢だと思うのが普通だ。だが、五感は全てが現実だと訴えかけてきた。醒めない夢。そうではなかった。どうしようもない現実だったのだ。
ナナリは自殺を考えたこともあった。
一番はやはり、死にたくないという想いが強かったのが理由だが、死んでも粗雑に扱われ誰も見向きもしないような場所に埋められたりするだけで。死に尊厳など何もない。
貧民街近くで虫に食われていた死体見てしまった時には、盛大な吐き気と共にこのままでは死ねないという気持ちが湧きあがった。
もしナナリが楽観主義者でなかったなら彼はもう自殺をしていただろう。
それでも、死への甘美な響きは恐ろしい。
死にたくないという思いは強いけれど。
こんな不思議現象。ナナリは、日本からこの全く異なる世界に来るなどファンタジーの物だけだと思っていた。
聞いた限りではだが、地球上の痕跡もない。絶望するには充分な条件。
でも、自殺なんてしたくない。
何が起こったか分からない。運命なんて信じてはいないけれどナナリは、彼一人がこの世界に来た意味を見つけてみたかった。
生きる理由とするために。
。
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