分岐

 金曜日の午後、天気も良いのにカーテンを閉め切り、リビングにはコウタとその父、母が互いに向かい合うようにテーブルについていた。決して食事ではない。食卓には皿などなくて、代わりに一枚のA3用紙が中央で広げられている。だが紙の内容など見ていない。少なくともコウタは見ないようにしていた。うつむいてはいても、コウタの目は両極に座る両親の間を泳いでいた。誰も何も言わない。壁の時計に目をやれば17時を回っていた。あと1時間で役所は窓口を閉める。この機を逃せば来週に持ち越しだ。もはや、そう表現して良いのかはわからないが『家族』間の気まずい空気が、更に二日続くのは御免こうむりたいと思った。しかしコウタは答えを出せずにいる。

向かいの席に座る父がしびれを切らし確認してきた。

「父さんについてきなさい、大学受験やらでお金が必要だろ。面倒見てやる。な?」

すかさず母が口を開く。

「母さんがんばって働いて、コウタには苦労は掛けさせないから。一緒にいましょうよ。ね?」

コウタは沈黙で応えるしかできない。

 夫婦喧嘩の事は気づいていた。確か火曜あたりからだ。コウタが寝室で横になっていると、リビングの方から言い争う声がしていた。知っていて仲裁に入ることもせず、時間が解決してくれることを待っていた。それがとんでもない間違いだったと思い知ったのは昨日の事だ。木曜日、コウタが高校から帰ると母に言われた。

「母さんが、父さんと別居するっていったら、どっちについてくる?」

すぐに答えることなど到底できずに、コウタはいま決断を迫られている。些細なことでよく言い争いをしていた二人だったが、仲直りするのも早かった。喧嘩するほど仲が良いとはこの両親の為にある言葉だな、などと勝手に思っていた。いったい何がこの二人をここまでこじらさせてしまったのだろうか。

 ふとコウタは、そういえば件の喧嘩について原因を知らないということに気がついた。取り返しのつかない問題でも一応息子として聞く権利はある。どちらについていくのかはそれを聞いた後でも遅くは無いはずだ。

 コウタは、重たい空気を振りはらい、疑問を淡々と吐いた。刺激しないための配慮だったが、父母はそれに対して、さも自分が被害者だと言わんばかりに今回の発端をまくし立てはじめる。コウタは、はじめこそ表情を硬く耳を傾けていた。しかし、徐々に雲行きは怪しくなる。そして最後には怒りにわなわなと震えた。父母のどちらが悪いというからではない、本当にくだらない顛末を聞かされたのだ。苦笑するしかなかった。コウタは第三の選択肢を取ることを決意する。



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