危機

 黒板消しは、あるべきところになかった。

本来の用途からは、かけ離れた目的のため利用されていた。このままでは数分後に大参事だろう。

 しかし少年は、教師の到着を待った。心待ちにしていた。

教室にはもちろん他の児童もいたが、とがめる者はいなかった。これから起こるであろうことをみんな楽しんでいたのだ。呆れたという態度をみせつつも、口角はあがっている。

 一分が経過し、朝のHRをつげる鐘がなった。自然と戸に注目が集まる。

教師は、現れない。何か準備に手間取っているのか。

少年は仕掛けを確認するためいま一度席を立ち、黒板消しの元へ向かった。チョークで入念に汚されたそれは、引き戸と柱の間でけなげにくっついている。少しでも戸を引けば、こいつは直ちに下の者を灰まみれにすることだろう。教師の困った顔が目に浮かんだ。

 するとちょうど彼の耳に足音が届いた。教師のおでましのようだ。少年は急ぎ席に着く。その様子を見て皆の期待が高まる。教室全体を奇妙な連帯感が包み、遠くの方でパトカーのサイレンが聞こえた。

ついに戸が引かれた。

仕掛けが作動する。

黒板消しは、その汚れきった体躯を、重力の赴くままに。

少女へと打ち付けた。

少女。少年はみた。被害者は少女だった。少年は3度、瞬きをしたが、少女は教師へと変身することは無かった。見覚えのない少女は、最初なにが起きたのかわからないようだったが、徐々に瞳がぶれ、口元がわなわなと震え、ついにはびゃーと泣き出してしまった。遠くの方ではまだサイレンが聞こえた。

 あとから少年は、この女の子が今日から新しく仲間になる転入生だと知る。しかし、とりあえずそれを聞かされるのは一難去った後の事で、彼はこれからおこる危機に心して立ち向かわねばならない。

少女のすぐ後ろから、鬼のような形相の教師があらわれたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る